池の主:湊
学校が終わると、特に部活もしていない俺はまっすぐ家に向かう。
圭はサッカー部だから、帰りはだいたい一人だ。
ほかに友達がいないわけじゃないけど、やっぱり部活があったり、ないやつは遊びに行ったり、そもそも帰る方向が一緒じゃない。
遊びに誘われることもあるけど、家事や家の仕事の手伝いもあるから無理だし。
まぁ、一人の方が気楽ってのもある。
一人だと、だいたい声をかけてきてくれる奴らがいるからだ。
『湊』
ほら。
中学校から家までの近道に通る公園の池の側。
「久しぶりじゃん」
池の中から聞こえたなじみの声に、普通なら聞こえないくらい小さい声で答えるが、じゅうぶん伝わる。
『そうか?』
3ヶ月ぶりなんだけど、こいつらにとっては昨日みたいなものか。
苦笑して、池をのぞき込むと、水の上に佇む姿。
亀だ。
普通は公園にはいないウミガメみたいに大きい。
それどころか、目の上や口まわりに白くてふさふさの毛が生えていて、その姿はあれだ、水戸黄門みたいな立派は髭って感じで、変に人間っぽい表情さえうかがえる。
俺は池の周りにある柵に肘をついて、久しぶりの姿を観察する。
こんなじろじろ見るのって、本当は罰当たりかもな?
だってこいつらは一応「神様」って呼ばれる存在で。
俺はたぶん産まれた頃からこいつらが見えていて、普通にしゃべって触れられたから、それが特別なものだなんて思わなかった。
いや、ばあちゃんは「きちんと敬いなさい」とことある毎に言っていたけれど。
ばあちゃんは感じることはできても俺みたいに見ることはできないから、結局見てないところでは自由にしてたもんだから、なんだか今更って気がしてる。
「どっか行ってきたの?」
聞くと、亀じいさんは嬉しそうに笑って。
『あの子について行っていた』
言われて、そういや最近姿を見ない女の子のことを思い出した。
この公園が好きで、池の祠におままごとで作った泥団子とか供えていた無邪気な女の子。
迎えに来ていた母親らしい人が呼んでいた名は確か、真央とかいったか。
こいつらはあまり人間の名前を口にしない。
知らないわけでも覚えてないわけでもない。
一度、理由を聞いたら、名前は軽々しく口にするものじゃないとか、訳の分からないことを言われた。
てか、俺のことは名前呼びするくせに。
教えてもらえないから、俺は不敬なんだろうけどと思いながら、こいつのことを亀じいさんと呼んでる。
まあ、本人(本亀?)はどんな呼び方でも気にしてないみたいだけど。
「あの子、どっか行ったの?」
『海の近くに行くから泳げるようになりたいと言っていた』
人とは感覚が違うからか、神様ってのは説明が下手だ。
想像で補完する。
「引っ越したのか? で、泳げるようになるまで見守ってたと」
亀じいさんは目を細めてうなずく。
ああ、泳げるようになって喜んでる姿でも思い出してんのかな?
満足げな姿が、なんだか可愛くて笑みを浮かべる。
でも、神様ってのも大変だなって思った。
願いを向けられても実際は簡単に願いを叶えることができる訳じゃない。
基本は見守るだけ。
それでも願いを向けられて、それが叶ったとき、やたらと嬉しそうな顔をする。
愛すべき存在だなと素直に思った。
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