ビオラ奏者、東奔西走
まさか、このまま北海道に残ることになるとは、思わなかった。
私、住田 薫は、東京出身で、成沢大学を、めでたく卒業。
教員採用試験を受け、めでたく受かった。
この4月から、高校の英語教員で、釧路市の近い町の高校に赴任する予定。
大学に在学中は、趣味のビオラをいかして、北大学生オーケストラで、
学生生活の大半を過ごした。何しろ、練習時間が長いし
私は、ビオラ経験者として、1年の時から、一人前扱いされた。
オーケストラでの演奏は、初めてなのに・・
赴任先は、田舎と聞いたので、オケ活動もこれで終わると、思ってた。
ちょっと寂しいけど、仕事が忙しくなれば、趣味の時間もとれないだろう。
その電話は、私が赴任して半年くらいの時に、かかってきた。
学生オケのビオラの川村先輩だ。実は、私の憧れの人だ。まだ独身。
「やあ、ご無沙汰です。川村です。お元気でしたか?」
先輩は、確か、旭川で公務員をしてるはず。なんの用かしら。
突然の告白は・・・ないでしょうね、残念だけど。
”仕事は忙しいですか?”と聞かれたので、少し落ち着きましたと、
正直に答えた。新任の教員は、研修会が義務化され忙しい。
それが、やっとひと段落したのだ。
「じゃあ、もしヒマがあったらでいいので、釧路のオケの定期演奏会に
出てくれないだろうか?メインの曲は、学生オケでもやった事のある、
チャイコフスキーの交響曲5番だし、前日のリハーサルと本番。二日間だけ
だから、どうかお願いしますよ」
川村先輩には、オケでのあれこれをいろいろ教わった。
車の免許をとったほうがいいと、助言してくれたのも先輩だ。
赴任先にきて、免許のあるおかげで、本当に助かった。
親切でついでにイケメンの先輩のため、釧路のオケの定期演奏家に出ることに。
それが、私のビオラ旅団入団だったかも。
釧路オケのリハーサルでは、川村先輩に再会。そこで、他のビオラの
メンバーを紹介される。このオケ、ビオラ半分は私のような
ゲスト演奏者=エキストラ、だった。
釧路オケのメンバーはみんな、気さくで、定期演奏会後の打ち上げは、
にぎやかで、楽しかった。ひさしぶりに、生き返った感じ。
職場では、緊張してばかりで、それが失敗につながって、落ち込んでた時だったし、
余計、そう感じたのかも。
自己紹介になり、細岡高校で教師してますって、言った時、
コンミス(女性のコンマス)が、嬉しそうにこちらにやってきた。
コンミスからの釧路オケへ勧誘された時は、練習は、出られる時だけって
約束で、入団することに。
ビオラの音が好きで、習っていたバイオリンを変更したくらいだ。
オケ活動も楽しかった。入団するのに、それほど躊躇はなかった。
演奏会が終わった後、オケの練習は、お休みしてた。
私は忙しくて、家でビオラを触ることもなかなか出来なかった。
3月に学生オケの卒業記念演奏会に、エキストラで参加。
年度末で忙しいけれど、ビオラが足りないと懇願された。楽譜がすぐ送られて
来た。メインは、ブラームス交響曲2番。これは演奏経験あるからなんとかなるか。
札幌までは、車で5時間。結構キツいものがある。
5月に釧路オケのサマーコンサートがあった。
コンミスには、申し訳ないけど、最低限しか合奏練習に出られなかった。
7月、川村先輩から電話があった。
”ごめん、今、旭川オケのビオラ人数が足りないんだ。忙しいだろうけど、
申し訳ない。なんとかサマーコンサート、出てくれないかな”
川村先輩、メールではなく電話してくるし、
先輩の低音ボイスに、私は弱いのかもしれない。
引き受けてしまった・・旭川までぎりぎり4時間でつくかな。
今回は、川村先輩が出張で釧路に来てるので、先輩の車に便乗。
二人で甘いムードには・・・ならなかった。
他のビオラ奏者も乗っていたから。でも、車中は楽しかった。
ビオラの話で盛り上がった。
私のほかに、二人ビオラ奏者が乗って、ビオラの知り合いが増えた。
旭川オケでも自己紹介して、オケのビオラ奏者さんと話がはずんだ。
10月になって、農民だけのオケ、アグリ・オーケストラの
演奏会のエキストラを頼まれた。もちろん、川村先輩から。
これには、さすがに困った。やった事のない曲がある。
ドボルザークの「フス教徒」
また、拝み倒されて、承知したけど、開催地は夕張とのこと。
名前は知ってる町だけど、ここからどうやって行けばいいのか・・・
時間がかかるってことは、わかる。札幌と旭川の間くらいだし。
そんな感じで、4年間。
私は、いろんな演奏会に顔を出すようになっていた。
気づくと、どこの演奏会も周りは知り合いのビオラ奏者ばかり。
ビオラだけ旅団だ。
3月に転勤が決まり、今度は、函館の高校に赴任が決まった。
移動は二日がかりになるかも。峠はまだ雪があるかな。
赴任した函館は、温暖でいいところだった。
ここにも、アマオケがあるのかもしれない、思ってた矢先、
「やあ、どうも。函館に赴任だって?移動、大変だったでしょう。
ところで、オケにはいるなら、連絡先、教えますよ。
で、6月のはじめに、札幌で有志でビオラだけの演奏会をするのだけど、来ない?」
ビオラだけの演奏会・・魅力的だわ。
もちろん、了解の返事をした。
これからも、移動して練習・演奏→仕事に戻る→移動して練習・演奏
の繰り返しになるだろう。
さすらいのビオラ弾き って、いわれちゃうかな。
ちなみに、川村先輩との間は、ちっとも進展がない。甘いムードになる前に
二人で、ビオラのマニアックな話で終わってしまうから。