Maguna Fool Story〜シークレット・メモリーズ〜
村の兄妹 テンテン・チャコ
私のお兄ちゃんは村長になった。本当だったら今もお父さんがするはずだった仕事を今はお兄ちゃんが行っている。なんとなく気まずくなって、私はそっと玄関に行く。
「チャコ、出かけるのかい?」
物音に気づいたのか、お兄ちゃんが顔を出した。
「うん、友達と遊んでくる…。」
ごめんと心の中でつぶやき、兄テンテンの顔を見ないまま家を飛び出した。
暗くなる前に帰ってこいよーと声が聞こえる。振り返ることもせず村を突き抜けて走って行った。
チャコは機織舎の裏にある水車小屋に来ていた。本当は村が一望できる大きな木のある丘に行きたかったのだが、最近ある男の子が棒を振り回していて怖くて近づけないのだ。
この水車小屋は水の音が程よく響き、ゆったりできる。母が機織りしている間、よくここで過ごしていたので今でも来ているのだ。そんなことを思い出しながら、チャコは水車小屋に何故か置いてあるわらの上で横になった。
「お母さん…。お父さん…。」
1週間前、隣の村で土砂崩れが起きた。村長同士の話し合いがあるとかで、両親はテンテンとチャコを残し、隣りの村へ向かったのだ。土砂崩れの知らせを受けてチャコたちの村からも人が派遣されたが、父も母も眠ったまま目を覚まさなかった。
「大丈夫?」
私は大丈夫。父も母も帰ってこないことを理解できない年ではない。ちゃんとわかってる。だけど、どうしてお兄ちゃんが村長になるの?お兄ちゃんは頭もいいし、みんなから頼られてるし、適任なのはわかるけど…。もっとお兄ちゃんと遊びたいのに、どうしてお兄ちゃんが働かなくちゃならないの?
そういえば、いつの間にかよしよしと頭をなでられている。顔を上げると同い年くらいの女の子が目の前にいた。
「大丈夫?」
さっきは気付かなかったが、この子が声をかけていてくれたようだ。そして、チャコは自分の目に涙が溜まっていることに気づいた。涙声で話したくなかったので、黙って頷き、大丈夫だと態度で示した。
「私ね、カノンっていうの。7歳。よろしくね!」
茶色より少し赤い栗色の髪を後ろでまとめ、大きな目をキラキラさせた少女だった。そういえば、この子見たことあるなとチャコは思い、自己紹介しようと口を開こうとしたが、
「ねぇねぇ、ここで寝泊まりしているの?ここの妖精さん?」
は?
カノンという少女の言葉を聞いて、チャコは大きく目を見開き、固まった。
「あのね、妖精さん。私ね、少し前は違うとこにいたんだよ。それでね、ほんのちょっと過ごして、そしてすぐ次のとこ行ってたの。だけどね、今回は長くいるんだよ。それでね、お母さんがね、笑っているんだよ。」
嬉しそうな顔してカノンはお母さんのことを話す。お母さんのことが大好きなんだなぁとチャコは思った。チャコの母もよく笑う人だった。いつも笑顔で、周りの人も笑顔にしてしまうほど明るいお母さんだった。
「でもね、今はとても元気ないの。大事な人がいなくなっちゃったって。きっとね、お母さんと一緒にお仕事してた人。もう帰ってこないんだって言ってたの。」
あぁ、見たことあると思ったら、一か月くらい前からお母さんが話してた親子だ。機織舎で母親の後ろにずっとくっついていた子だ。そんなこと考えている間もカノンの話は続く。
「だからね、私がお母さんを元気にしてあげるの。でもね、どうしたらいいのかわからないの。」
お母さんを元気にしてあげたいか…。チャコは最近忙しくしている兄テンテンのことを思った。お兄ちゃんの笑顔、最近見てないな。
「うん、いいよ。私もお兄ちゃんを喜ばせたい。」
チャコは言い、でも…と続けた。
「でも、その前に、私、妖精じゃないから!チャコだから!」
その後、カノンに自分が人間であることを伝えるのが大変だった。しばらく妖精のチャコという認識だったのだから。
そして、2人で村のあちこちを回ってお花を摘んでそれぞれプレゼントにした。カノンはお母さんにチャコはお兄ちゃんに。
それ以外にもたった1人の肉親を喜ばせようと2人で相談してはプレゼントしていた。そのためもあって、水車小屋で出会ったその日から2人は親友になった。
「ただいまー!」
今年も両親の命日に合わせてあの花を摘んできた。
「おかえり。今年も綺麗に咲いたね。」
チャコの手にはカゴいっぱいに詰まったスイートピーがあった。
8年前、チャコがスイートピーを持って家に行くと、兄テンテンは驚き、だけど笑ってチャコを抱きしめた。そして、テンテンは優しい笑顔でこう言った。
「チャコ、スイートピーの花言葉知ってるかい?」
チャコは首を横に振る。
「スイートピーの花言葉はね、小さな喜び、優しい思い出なんだよ。チャコ、ありがとう。」
あの時、テンテンも両親を失った痛みにひとりで耐えていたんだと今ならわかる。
今年もみんなとの優しい思い出を胸に、たくさんの小さな喜びを積み重ねて生きていこうとチャコは想う。