第八話
「そっか。三嶋がそんなこと言ったんだ」
「うん。迷惑だっただろうし、無理って言うならもうどうしようもないよね」
自嘲的に笑うあたしを見て、美恵は悲しそうに眉尻を下げた。あれから美恵はあたしをなぐさめる言葉をかけながら、部屋に入れてくれた。出してもらった暖かい紅茶が喉の奥に優しく染みるようで、少しほっとした。
「ごめんね加奈子。……あたしのせいかもしれない。あたしこの前、三嶋によけいなこと言っちゃってさ。だから……」
「何で美恵が謝んの、誰のせいでもないって。ただあいつがあたしのこと好きじゃないって、それだけ」
「でも」
「ほんとに美恵のせいとかじゃないってば。あたし惨めになりそうだし、もう気にしないでよ、ね?」
「加奈子……」
早口でまくし立てるあたしに、美恵はまだ何か言いたそうだったけど、それ以上言うのはやめたみたいだった。涙ぐんだあたしの頭を撫でながら、いつものようになぐさめてくれる。
「加奈子は良く頑張ったよ。きっと三嶋にも伝わってる。だからもう泣くなって! らしくないよ」
「……うん。ありがと、美恵」
美恵の優しさが嬉しくて笑ってみたら、泣き笑いになった。三嶋にもこんな優しさがあればよかったのに。……違うかな。だって優しさがなかったら、ちゃんと相手の気持ちに答え出したりなんてしないよね。
あいつの優しさとか、ちゃんと知ってる。だから好きだったんだ。
「美恵。あのね、一つお願いがあるんだけど……」
好きだったから、ちゃんとしなきゃいけない。あいつは優しいから、きっと気にしてる。
忘れなきゃいけないんだ。あたしも……あいつも。
「来てくれたんだ。いつも呼んでも逃げてばっかりだったのに」
あたしは屋上に入ってくる三嶋を見るなり、そう言って少し笑った。時間通り、っていうのは三嶋らしいけど。昨日美恵の家で、「明日の放課後、屋上に三嶋を呼び出して」って頼んだ。美恵はちゃんと伝えてくれたみたいだったけど、三嶋が素直に来てくれたのはちょっと意外だった。少しの沈黙の後、三嶋はおずおずと口を開いた。
「……あれからボクも考えて、でも……、自分の気持ちがわからなくなって……」
「それでも、あたしのことは好きじゃないんでしょ?」
「それは……」
三嶋は口ごもっている。その先に三嶋が言うだろうと予想できる言葉は、自分で聞いたことだけど聞きたくなかった。あたしは急いで次に用意していた言葉を発した。
「あたしなら大丈夫だよ。だって……」
次も、用意していた言葉。だからこそ、言うのをためらってしまう。だけど言うって決めていた言葉だから、あたしは思い切って重い口を開いた。
「もう、三嶋のことなんて好きじゃないから」
やけにはっきりとした自分の声が、頭に響いた。
驚きに開いた三嶋の瞳に、あたしが映ってる。心の中じゃ泣きたいのに、そんなこと微塵も感じさせない、表情のない冷たい顔。やっぱり、こんなあたしじゃどう頑張ったって可愛くなんてなれないね。
この気持ちは本物だったってこと、わかって欲しかった。それでも、すぐ見抜けるこんな嘘に、騙されてくれるんでしょ?
三嶋の思い出の中に、少しでもあたしの存在が残るなら、もうそれだけでいい。無関係なあの雨の日のまま、終わらなくて良かった。それだけで十分だから……。
「バイバイ」
その一言を発した瞬間に、やけに冷たい風があたしの髪を揺らした。
「え、木原さん……?」
「さよなら、って意味だよ。もう会いに来ないから。安心したでしょ?」
最後は、笑ってたかったけど、なんか……これで最後なんだって思うと、涙が出てきてしまった。ここで泣くべきじゃなかったのに。最近、こんなに涙もろくなったのはなんでだろう。笑い泣きの、必死で涙堪えた変な顔。むくわれないってわかってるのに、こんなにあいつを好きだってことがなんだか、やっぱり悔しくて。
三嶋は驚いた顔のまま、固まったように何も言わない。また拒絶の言葉が出てくるかもしれないって思ったら怖くて、精一杯に平然を装いながら、あたしは三嶋に背を向けた。
さよならするって決めた。だから、もう三嶋のことは考えない。……そうじゃないと、きっと耐えられないから。