第七話
ズキズキと痛む頭をさすりながら、あたしは誰もいない教室で鞄に荷物を詰め込んだ。放課後を告げるチャイムが鳴ってから、もう随分経つ。
結局、今日はずっと保健室にいた。怪我は別に大したことなかったんだけど、教室に戻る気にはどうしてもなれなかった。もう、三嶋に会いたくなかった。あんなこと言っちゃった今日は、特に。これ以上、惨めな気持ちになりたくなかった。あたしがいくら好きでも、あいつが気持ちを返してくれることはないんだから。
そんなことを考えてる今の自分こそが一番惨めな気がして、気持ちを振り払うように荷物をぐしゃぐしゃにしながら鞄に一気に詰め込んだ。鞄のチャックを無理矢理閉めて、あたしは教室を出た。廊下の窓から差し込んでくる日差しが顔にあたって、思わず目を細める。今日、雨が降ってなくてよかった。よけいなこと思い出さなくてすむから……。
靴を履いて学校の玄関を出た時、視界の端に飛び込んできた見覚えのあるあいつに、あたしの心臓が一回、大きな音で鳴った。会いたい時には逃げるくせに、会いたくない時になんで。校門のところで荷物を降ろして、座りこんでるあいつは……。避けようにも校門を通らないと学校から出られないから、あたしは平静を装って歩いて行った。
「木原さん」
無視して通り過ぎようとしたあたしに、三嶋は話しかけてきた。
「……あんたもしつこいよね。何よ」
あたしの冷たい物言いに動じた様子も無く、三嶋は荷物を持って立ち上がった。
「やっぱり送ろうと思って、待ってたんです。もしものことがあったら大変だし……」
「どうってことないってば、こんなの。責任なんて感じないでって言ったでしょ? 迷惑だって」
三嶋は困ったような表情で俯いた。
「今日のことは……、泣かせて、ひどいことしたと思ってます。すいませ――」
「謝んないでよ! 謝られたら、なんかすごく惨めな気持ちになるから」
三嶋が言い切らないうちに、あたしはまた大きな声を出してしまった。二人とも何も言えなくなって、気まずい空気がそこに流れた。
三嶋は相変わらず、困ったような、辛そうな顔してる。こんな顔させたいんじゃないのに。あたしは、三嶋の笑った顔を好きになったのに。ただ、笑って欲しかっただけなのに。
「逃げてばかりでちゃんと気持ちに答えなかったことも、悪いと思ってます」
しばらく黙り込んだ後、三嶋はぽつりとこぼした。表情から三嶋の言いたいことがわかってしまって、何か言おうとしても言葉が出てこない。今まで曖昧に誤魔化されてきた三嶋の気持ち。はっきり告げられるのは、すごく怖かった。だってはっきり突き放されてしまったら、そこで三嶋を永遠に失ってしまう。きっと出会う前以上に、三嶋は遠い人になってしまう。そうなったらあたしはどうなってしまうんだろう。
なのに、三島は容赦なく言葉を続ける。
「でも木原さんは、やっぱり無理なんです。ボクじゃ釣り合わないし……。木原さんの気持ちには、応えられない」
わかってたけど、面と向かって言われたら、どうしようもないくらいに悲しかった。こんな時だけ、あたしの目を見て言わないでよ……。あたしは三嶋から目を逸らして、皮肉るようにふっと笑った。でもなんだかうまく笑えない。
「要するに、あたしの気持ちは迷惑ってこと、でしょ」
「迷惑なんて、そんなつもりじゃ……」
自分で言った言葉に、自分で傷ついてしまう。三嶋はまだ困った顔をしていて、困らせることしかできない自分がたまらなく嫌だった。その場にいるのが辛くて、あたしは歩いて三島の横を通ると、三嶋の背後に立った。顔を見られたくなかった。三嶋の顔を見ていたくなかった。見てたらまた、涙が出そうだったから。
「……ごめん、帰るね」
そう言って逃げるように走り出したあたしを、三嶋は追いかけてこなかった。三嶋があたしの気持ち、迷惑に思ってるってことくらいわかってた。わかってたけど、辛いよ……。
学校から遠くまでずっと走ってたら息が上がってきて苦しくて、あたしは立ち止まってから屈み込んだ。荒い息と一緒に嗚咽が漏れて、何かが切れたように我慢してた涙が一気に出てきた。
「加奈子? どうしたの、まだ頭痛いの?」
ふと頭の上から声がして、見上げると部活帰りらしいジャージ姿の美恵が立っていた。ああ、そっか。あたし無意識のうちに美恵の家の方に走ってたんだ。
「ああ、何泣いてるの。三嶋と、何かあった?」
心配そうな美恵の顔を見たらなんかほっとして、涙がよけいに流れてきた。
「美恵……、あたしもう、だめだよ」
「加奈子」
美恵は屈みこんで、あたしの顔を覗き込んだ。
「だめって、何が。三嶋のこと? 加奈子、何があったの?」
「あたしは無理だって、三嶋が言ったの。だからもう今度こそもう、諦めるしかないよ……」
あたしがそう言うと、美恵まで泣きそうな顔になった。
「あんなに三嶋が好きだったのに。あたしは嫌だよ、そんなの」
「でももう迷惑なんだよ。どうしようもないよ……」
あたしといる時の三嶋の顔を思い出してみても、三嶋はやっぱり辛そうな顔をしてる。やっぱりあたしじゃ無理なんだ。三嶋にあんな顔しかさせられないんだから。でもあんなにはっきりと拒絶されても、やっぱりあたしは三嶋のことが好きでどうしようもない。涙と一緒に三嶋を好きな気持ちも消えてしまったら楽なのに。