番外〜美恵の視点〜
あたしの親友の加奈子は、男の趣味がかなり悪いと思う。
「美恵〜! 聞いてよ、三嶋がね……」
毎日毎日、口を開けば”三嶋”の話題。どこがそんなに良いんだか……。聞けば、自分でもわからないと言う。
「ただね、全体的に好きなの! どんな所も可愛いって思うし」
加奈子の言い分はこんなところ。まぁ……よっぽど好きなんだなってことは、認めるけど。ただ、いつも泣いてばっかりだし。しかもその泣いてるところを人前ではなかなか見せないのも、強がりって言うか、不器用って言うか……。あたしの前でだけ、こっそり泣く。そんな所も、加奈子らしいとは思うけど。強がっても損するだけなのに。
「加奈子が、屋上で倒れた?」
「らしいよ。廊下を担架で運ばれてるのを見たって子がいるし。屋上から出てきたって」
一限目の用意をしてたあたしの耳に、クラスメートからのそんな知らせが入ってきた。教室から出てって戻ってこなくなったと思ったら、屋上まで何しに行ってたんだろう。それに倒れたなんて。やっぱり風邪ひどかったんだ。そして奴は多分……、いや絶対、気がつかないまま加奈子の元気なふりに騙されてたんだ。苛立ちながら、あたしは勢い良く机から立ち上がった。
息をまいてやってきた保健室から、怒鳴ってるみたいな声が聞こえる。多分、あの声は加奈子だろう。そして多分、怒鳴られてるのは奴……。加奈子はいつもうるさく騒ぐことはあっても、それは盛り上げるためで。滅多なことでは自分の感情を爆発させたりする子じゃない。だからああやって叫んだりするのも、やっぱり好きだからなんだろうな。
しばらく様子を伺っていると案の定、力なく開けられた扉から、三嶋が出てきた。三嶋はあたしの存在に気づくと、少しお辞儀をして、そのまま横を通り過ぎようとした。
「三嶋! 加奈子は?」
「あ……軽い脳震とうだそうです」
あたしに声を掛けられてしまって、三嶋はそのまま通り過ぎるわけにも行かなくなったみたい。立ち止まったまま、なんだか気まずそうな顔をしている。
「何があったのよ」
「いや、木原さんが突然倒れて……」
「……で、あんたは倒れる加奈子を助けきれなかったと。知ってた? 今日ね、加奈子熱あったんだよ。でも多分あんたと話したくて無理してたんじゃない?」
嫌味にそう言ってやったら、三嶋は更に申し訳なさそうな顔をして俯いた。
「まぁ、いいけど。で、保健室で何があったの?」
「あの、泣かせるつもりなんて……。すごく、驚いたんです。まさかあの木原さんが、泣くなんて、思ってなくて……」
言いながら、三嶋は困ったような複雑な表情をした。
――加奈子が三嶋の前で泣いた。少し意外な事実に驚きながらも、それも当然かな、とも思った。加奈子はいつもうるさく騒ぐことはあっても、それは盛り上げるためで。滅多なことでは自分の感情を爆発させたりする子じゃない。だから泣いちゃったって言うのも……やっぱり、好き、だからなんだろうな。加奈子の強がりも、そこまで続かなかったんだろう。本当は泣き虫だしね。多分泣き顔見られて落ち込んでるんだろうけど……。
て言うか、ちょっと待ってよ。"あの"木原さん? "あの"って何よ。よく三嶋に怒ったり怒鳴ったりしてるから? 泣きそうになんて、ないってこと? でも本当は、加奈子はいつも、いっつも……。
「いつも、泣いてるよ」
「え?」
「あんたがどう思ってるか知らないけど、加奈子だって女の子なんだから。あんたの一言一言にいちいち傷ついてさ」
「でも……」
何か言いたそうな三嶋を無視して、あたしは続ける。
「いつも近くで見てたから、あたしは加奈子の気持ちよくわかってる。だからわかってないあんたにすっごい腹立つんだよね」
「でも、ボクは……、木原さんがボクなんか、好きになるわけないって……」
「加奈子はあんたが根暗だろうが、背が低かろうが、弱そうな女顔だろうが、そんなこと全然気にしてないよ。つまんないことにこだわってるのはあんたじゃないの?」
あたしはそう言い捨てると、沈黙する三嶋を置いて、さっさと歩き出した。気づかれないように少し振り返ってみると、項垂れた奴がそこにいた。
少しはわかって欲しい。加奈子がどんなにあいつを好きなのかってこと。三嶋が真剣に返事をしない限り、加奈子はいつまでもこのまま、苦しい思いもしなきゃなんないから。
あたしの親友の加奈子は、男の趣味がかなり悪いと思う。でも、加奈子が好きだって言うんなら、それはやっぱり上手く行って欲しい。とりあえず、あの二人はお互いが素直にならないと始まらないよね。今日、加奈子が見せたって言う涙が、少しは二人に変化をもたらしてくれるといいけど。だってそれは多分、加奈子が初めて三嶋に見せた、強がってない本当の素顔だから。