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第六話

 なんか、三嶋の声が聞こえるような気がする。空耳かなぁ。

 今日も三嶋の夢を見たのかな? でも、もったいないけど全然覚えてない。

 そもそもあたし、ベットにいつ入ったんだろう。今日はまだ学校から家に帰ってないような気がする。多分まだ嫌な英語の授業も受けてないし。寝る前は何やってたんだっけ?

 

 えっと確か、三嶋が、…………。


「あっ!」


 がばっ、と勢い良く起き上がったら、そこは見慣れたあたしの部屋……じゃなかった。そんなに見慣れてない、学校の保健室。あたしはベットに寝かされていた。後頭部に痛みと違和感を感じて手を伸ばすと、包帯が巻かれてるみたいだった。

 そっか。ここはまだ学校で、あたしは屋上で三嶋と話してて、それから頭を打ったんだっけ。


「木原さん……?」


 ベットの周りにひかれているカーテンの向こう側の人影から、聞きなれた声がした。


「三嶋?」

「はい」


 三嶋は返事はしたものの、カーテンの向こうから一向に動く気配がない。


「……なんで入ってこないの?」

「勝手に入ったら、木原さん怒ると思って」

「そんなことで怒るわけないじゃん。変なとこで律儀なんだから……」


 あたしにそう言われてやっと、ためらいがちにカーテンを開けて三嶋が入って来た。


「……ねぇ、あたしもしかして倒れたの?」

「あ……はい。ついさっき、保健室まで運ばれたんです。先生は用事があるって出て行きました」

「やっぱりそうなんだ。すご〜い。あたし気を失ったのなんて初めて!」


 言いながら、あたしは起き上がってベットから降りようとした。三嶋が慌てたようにあたしを制止する。


「まだ休んでたほうが……」

「もう大丈夫だってば。何、心配してくれてんの?」


 からかうようにそう言うと、三嶋は思い出したのか顔を強張らせた。


「ボク、すごく驚いて……木原さん、気を失う寸前にいきなり笑うから……しっ、死んだのかと」

「えっ……!」


 あたしそんな変人みたいなことしたっけ。三嶋が必死であたしのこと心配してたから、すごく嬉しかったのは覚えてるけど……。なんだか恥ずかしくなって、ぷいっとしながらあたしは怒ったふりをした。


「ちょっと。人を勝手に殺さないでよね。まだやり残したこと、あるんだから」

「やり残したことですか?」

「そう。まだ、三嶋に好きになってもらってな……」


 言いかけた言葉を、はっとして呑み込んだ。三嶋本人の前で何言ってんだか……頭を打って少しおかしくなってたのかも。三嶋が何も言わないから、雰囲気が気まずくなって、あたしは慌てて口を開く。


「ねぇ、教室戻んなくていいの?」

「いえ……今日は、休み時間の間はずっとここにいます。帰りも木原さんの家まで、送るし……」

「えっ!? あたしの家まで?」


 あたしは驚いて声を上げた。三嶋がこんなこと言い出すなんて信じられない。何でこんなに優しいの? って、驚くのと同時に、やっと想いが通じたのかも、なんて。じわじわと嬉しさがこみ上げてきた。けど……それは、三嶋の次の一言で、見事に消え去った。


「目の前で倒れるの助けきれなくて。……木原さんの怪我、ボクのせいだから」


 三嶋の気まずそうな顔。幸せの絶頂にいたあたしは、三嶋のその台詞を理解するのに、数秒間かかってしまった。


「……だから、責任取らなきゃ、ってこと?」


 三嶋は何も言わない。……なんだ、そういうこと。やっと三嶋があたしを好きになってくれたかもしれない、なんて。あたし何を期待してたんだろう。

 ショックを受けてるなんて知られたくなくて、あたしはなんでもないふりをした。


「送ったりしなくていいよ。そんなので勝手に責任感じられても、迷惑だし」

「でも、その怪我で一人で帰るのは大変だろうし……」

「あたしが勝手に怪我したの、三嶋には関係ないでしょ。そんなのにいちいち責任取るなんて、真面目な優等生は大変だよね」


 口をついて嫌味が出てくる。あたしはいつもこう。本当はこんな酷いこと言いたいんじゃないのに……。でも、止められなかった。多分、あたしは今すごく醜い顔をしているんだろう。


「そんなつもりじゃ……」

「じゃあどういうつもりよ! 嫌々気を使われても迷惑だって言ってんの!」


 とうとう大きな声を出したあたしに、三嶋は何も言えなくなったのか、黙った。三嶋に好きになってもらえないことに、一人で癇癪を起こす子供みたいな自分に、虚しさみたいなのがこみ上げてきた。


「ねぇ……あたしさぁ、ほんとに好きなんだよ?」


 声が、震えた。こんなの、三嶋には気づかれたくない。あたしの気持ちがどうしようもないくらい強いこと。三嶋を好きになったその日、雨が降ってた。たったそれだけで、雨が好きになるくらい……。


「こんなに、好き、なのに……」


 あ……やばい。泣けてきた。でも泣いてる情けないところなんて、絶対三嶋には見られたくない。俯いて涙を堪えるのに必死で、あたしはとうとう何も言えなくなった。


「木原さん……?」


 とうとう堪えきれなくなった涙が、シーツの上にぽたっと落ちた。息を呑むような三嶋の気配。俯いてるから表情は見えないけど、多分三嶋は驚いた顔をしているんだろう。

 悔しい……。涙なんて、絶対見られたくなかったのに……。


「あの……」


 おずおずと差し出された三嶋の手を、あたしは乱暴に払いのけた。


「好きだから、嬉しくない! もう帰って。……帰ってよ!」


 力なく差し出されていた三嶋の手は、払われてあっけなく引っ込んだ。そして、カーテンの外に出た三嶋の足音が聞こえて、ドアの開く音と、閉める音。三嶋が、あたしに背を向けた音。

 突き放したのは自分なのに、その音はあたしの耳にひどく冷たく響く。

 シーツに無数のしみを作り続ける涙が、あたしの一方的な気持ちの大きさを表してるようで、悔しかった。


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