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第三話

 多分、気のせいじゃないと思うんだ。


「加奈子、ほら元気出しなって! あたしのエビフライあげるからさぁ」


 隣で弁当を食べてる美恵が、必死になってあたしを元気付けようとしている。

 あたしが三嶋のところに行かなくなって、もう一ヶ月近く経つ。その間、毎日毎日あたしを励まし続けてくれて、美恵ってほんといい子だと思う。

 ……でも、ごめんね。美恵には悪いんだけど、どうしても元気なんて出ないんだ。


 だって、多分気のせいじゃない。三嶋と廊下ですれ違う時、三嶋が入ってるからあたしも入った、図書委員会の時。三嶋はあたしのこと避けてる。あたしから目を逸らす時、あの困ったような泣きそうな、情けない顔をしながら。

 三嶋のその顔を思い出したら、何だか虚しくなってきた。


 顔を上げて時計を見たら、昼休みがあと少しで終わろうとしている。


「……加奈子? 今日も、行かなくていいの?」


 美恵が、そんなあたしを見てすかさず聞いてきた。前はあんなに、あたしが三嶋のとこ行くの止めてきてたのに。美恵の真剣な表情に、あたしは苦笑を浮かべる。


「いいも何も、来るなって言われたら、行けるわけないじゃん」

「でも、加奈子。それでいいの?」

「……いいの! もう、三嶋のことは。ほら、早く食べないと昼休み終わるよ」


 美恵がまだ何か言いたそうな顔をしてるけど、あたしはそ知らぬ顔をして弁当に向き直った。

 美恵がそんなあたしにやれやれといった感じの顔をして、弁当を食べるのを再開した時、廊下の方から「中村!」と美恵の名前が呼ばれた。見ると、声の主は見慣れない男子生徒だった。別のクラスの生徒だろう。


「小池。どうしたの?」


 あたし達のところまで歩いてきた、爽やか系の小池というその男子生徒に、美恵はそう言った。


「ごめん、数学の教科書忘れちゃってさ……次の時間当たるんだ。悪いんだけど、貸してもらえない?」


 小池君は心底済まなさそうな顔をした。

 教科書借りるだけでそんなに謙虚にならなくてもいいのに。見るからに人がよさそうだもんなぁ。


「ああ、うん。いいよ」


 美恵はそう言って後ろの棚の教科書を取りに立ち上がろうとしたけど、何か思いついたように、再び座り直してあたしを見た。そして、小池君を指差した。


「加奈子。こいつ、小池って言うの。前にちょっと話したでしょ」


 美恵が突然そんなことを言うので、あたしはきょとんとしてしまった。小池君も突然紹介なんてされて驚いたのか、戸惑ってるみたいだ。前にちょっと話したって……、あたしのことを好きだっていうあれ? そんな話、美恵が誰に聞いたのかは知らないけど、ただの噂だろうし。

 美恵に促されるようにして、小池君があたしに向かって口を開いた。


「えっと……、こんにちは、木原さん」

「はぁ、どうも。こんにちは」


 あたしも一応小池君の方を向いて、そう返した。当たり障りのない会話を交わしただけだけど、何故か小池君は落ち着かない様子だ。でもあいつみたいに、おどおどしてるってわけじゃないけど。そんなことを考えている自分に気付いて、すぐにあたしはかぶりを振った。

 だめだ。どうしてあたしの頭は、いつも三嶋中心なんだろう。避けられてるのに。もう会いに行けないのに。そう思ったら、なんだかどうしようもないくらいに、悲しくなってきた。


「木原さん、どうしたの? 元気ないね」


 そう言って心配そうにあたしを見ている小池君に、あたしは慌てて笑顔を作った。悲しいのが顔にそのまま出てしまっていたらしい。


「あ、ごめんね。何でもないの」


 気丈にそう言ったけど、小池君は心配そうな顔を崩さない。そして何を思ったのか、ポケットをごそごそと探り始めた。

 不思議に思ってみていると、小池君は目当ての物を見つけ出したらしく、ポケットから手を出した。


「あった。はい、これ」


 そう言って小池君があたしの手のひらに乗せたのは、一粒の飴玉。きょとんとしているあたしに、小池君はにこりと笑った。


「それ食べて少しだけでも元気になってよ。ごめんね、こんなのしかないけど」

「……ううん。ありがとう。嬉しい」


 気を使ってくれた優しさが嬉しかったから、そう言って笑いかけると、小池君は照れたように笑った。その笑顔を見て、こういう人に女は弱いんだろうなぁなんて思った。いかにもモテそうな感じ。でも、あたしは――。

 またあいつのことが頭に浮かんできそうになって、あたしは慌てて打ち消した。考えてしまうと、会いに行きたくてどうしようもなくなる。

 美恵の教科書を持って教室を出ていく小池君の後ろ姿を見ながら、あたしは美恵に笑いかけた。


「美恵、あの人いい人だね」

「でしょ。小池はほんと人がいいけど、それは優しいからなんだよ。顔もそれなりだし、けっこうモテるんだよ」

「仲良さそうだったけど、美恵とあの人、いい感じとか?」


 からかうようにそう言ったら、美恵はまるで意外なものでも見たように目を丸くした後、呆れたような顔で盛大にため息をついた。


「あんたって……」

「何? あたし、何か変なこと言った?」

「ううん、何でもないよ」

「嘘、何かあるでしょ、その含みのある言い方!」

「いいからいいから。ほら、次は移動教室だよ」


 美恵に詰め寄ろうとしたけど、うまくはぐらかされてしまった。何かよくわかんないけど、まぁ、いいか。


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