第十四話
見上げれば、そこにはやっぱりあいつがいた。
初めて会ったあの日と同じ雨の中、同じ場所で。三嶋とあたしは同じようにそこにいた。
ただ一つだけ違うのが、三嶋が必死な顔をしてること。
「さようならなんて、言わないで下さい」
「え……?」
突然の三嶋の言葉に、あたしはきょとんとしてしまった。でもすぐにあの日のさよならのことだってわかって、あたしは目を丸くして三嶋を見上げた。
「ボク、木原さんはすごく強いと思ってたんだ。ボクなんて見下してて、心の中ではきっとバカにしてるって。でも、話したりしてるうちに、そうじゃないってわかって……」
少しずつ、三嶋は話してくれた。
はじめは苦手だったけど、だんだん違ってきたこと。あたしを怒らせたり泣かせたり、そんなことしかできない自分が情けなくて、あたしから離れようと思ったこと。
「でもこの前、別の人と一緒にいる木原さんを見て、すごく嫌な気持ちになったんです」
「三嶋……?」
「それが何なのかわからなくて……。でも、やっとわかった」
三嶋はそう言って、カサをあたしにさしたまま、しゃがんであたしと目線を合わせた。至近距離で三嶋の顔を見てしまったら、やっぱり心臓が高鳴った。
「ボクと……、その、何て言ったらいいのか……。つまり……」
「一緒にいて、いいの……?」
俯き加減で、真っ赤になって言葉に詰まる三嶋に先まで言わせず、あたしは涙声で問いかけていた。まさかこんなこと言われるなんて思ってなかったから、ただでさえゆるくなっていたあたしの涙腺は、簡単に涙を許した。
嗚咽までもらして泣きじゃくるあたしの頭を、三嶋は戸惑いながらも優しく撫でてくれて。その優しさがさっきのあたしの問いを肯定してるみたいで、あたしは更に涙を流した。
「気持ちに応えられないって言ったくせに」
なんて、鼻をすすりながら、あたしの口をついてまた嫌味が出てきた。なんでこんな時までやなこと言っちゃうんだろう。本当に可愛くない。
「そう思ってたんです。恋愛とか慣れてなくて、自分の気持ちが見えてなかった。でも、今は違いますから」
あたしの嫌味にも動じず、めずらしくきっぱり言い切った三嶋がすごく意外で。でも、それと同時に、なんだか愛しくて。泣きながらも、自然に顔がほころぶ。そんなあたしに困ったように微笑みかけてきた三嶋を見て、あたしの顔は一気に火照った。
きっと今、あたしは真っ赤な顔をしてるんだろうな。
出会ったあの日以来、三嶋の笑った顔を見たのは二回目。ねぇ、もっといろんな顔見せてくれるんでしょ? 三嶋の一番近くで。
少し怖かったけど、恐る恐る、あたしは三嶋の手に触れた。拒絶――は、されなかった。それが嬉しくて、つい口から出た言葉。
「三嶋、大好き」
「あ、……ボクも――……」
三嶋は言いかけて、そのまま口ごもってしまった。
その先は? って聞きたかったけど、三嶋だもん。言えないよね、わかってる。
恋愛ゲームは、あたしの粘り勝ち。
同じ傘の中、すぐ近くに三嶋の顔を見た。細っこくて、弱々しくて、でも見てたらなんだか切なくなるくらい、愛しい人。一つだけ、聞いてもいいよね? だってこんなに好きなんだから。
「ねぇ、三嶋」
「何ですか?」
「ボクも……、好き、なんでしょ?」
『好きなんでしょ?』 ≪完≫