第十一話
「三嶋……」
あたしは思わず、その名前を呟いた。名前を呼んだあたしに反応することなく、三嶋は少し驚いたような顔をして、あたしと小池君を見ていた。その顔が何だかすごく痛くて、自分が何か悪いことをしているような気分になって。
あたしは咄嗟に、三嶋に見せ付けるように、後ろにいる小池君の腕をつかんで、ぐいっと自分の方に引き寄せた。突然引っ張られて、階段から落ちそうになった小池君が慌てた声を出したけど、そんなの構ってられない。
「あたし、今は小池君が好きなの。だからもう三嶋なんて、どうだっていいんだからね」
勝ち誇ったようにあたしはそう言い放った。三嶋は一瞬何か訴えるような目をしてから、でもすぐに顔を伏せて、何も言わないまま行ってしまった。虚勢を張って強がった自分が、三嶋のよくわからない表情が、あたしの心に嫌なもやもやしたものをかける。
「……何よ。なんで、あんな顔……」
階段を降り切って、三嶋の少し小さくなった後姿を見ながら、あたしは呟いた。
「木原さん……?」
呟いたあたしの声が聞こえなかったのか、あいつと会ってしまったあたしを気遣っているのか。あたしの後に続いて階段を降りた小池君が、心配そうにあたしの名前を呼んだ。考えを振り切るように、あたしは背後の小池君を振り返った。あたしの迫力に押されて、小池君は一歩後ろに下がった。
「付き合おう、小池君」
あたしがそう言ったら、小池君は少し驚いた顔をした後、すぐに顔を曇らせた。
「木原さん、どうしてそんなにムキになってるの?」
「ムキになんて!」
「なってるよ」
小池君にきっぱりと断言されて、あたしは言葉に詰まってしまった。違うって言っておきながら、自分がムキになってるのは自分でもわかるほど明らかで。それがなんだか無性に苛立って、あたしは子供のように、更に声を大きくした。
「ムキになんてなってない! あたしは小池君が好きなの!」
そう、あたしはあんな奴なんてもう全然好きじゃない。あんな奴より小池君の方がずっといい人だし。あんな奴さっさと忘れて、新しい恋をするんだから。
半ば叫ぶようなあたしの告白に、小池君は考え込んだ後、口を開いた。
「じゃあ……本当に好きかどうか、確かめてみる?」
「確かめる、って……?」
「週末、どっか遊びに行こう。一日一緒にいて、それでも俺のこと好きだって思えたら、その時は付き合って欲しい」
小池君はあたしの目を見ながら、真剣な顔をして一言、そう言った。