第九話
最後に三嶋と屋上で話してから、もう数週間経った。
廊下ですれ違っても、三嶋は何も言ってこない。わかってたけど、自分が手放したら終わってしまう恋だったってこと、思い知らされたようで辛かった。
「加奈子、もうすぐ昼休み終わるよ。次は移動だから準備しないと」
「うん……」
次の授業の教科書を、あたしのと美恵のと二人分抱えて声を掛けてくる美恵に、あたしは空返事で返した。ここの所ずっと、明るく振る舞えてない。美恵にも心配かけてると思う。美恵は俯きがちなあたしを見てため息をついてから、そうだ、と何か思い出したように手を鳴らした。
「そうそう、落ち込んでる加奈子に良いお知らせがあってね」
美恵はそう言ってにっこり笑うと、あたしに顔を寄せて、小さな声で耳打ちしてきた。
「小池がね、今日の放課後、屋上に来て欲しいってさ」
「小池君が?」
「加奈子に話があるんだって」
「でも、あたし……」
「絶対いい奴だって保証するから。そろそろ忘れて、新しい人に目を向けなって」
ね? ってあたしに言い聞かせるように、美恵はあたしの顔を覗き込んできた。小池君。前にあたしが落ち込んでた時、飴玉くれた人。優しくていい人って言うのはわかってる。でもまだ三嶋のこと完全にはふっきれてなくて。新しい好きな人とか、そんな気分にはなれなかった。
それに、呼び出されたのが屋上ってことも気になった。あの日以来屋上には行ってない。……行ったら、思い出してしまいそうだったから。三嶋の好きな場所。三嶋に会いに行った場所。最後に、さよならした場所。思い出は多すぎる。
「美恵、行けないよ。屋上になんて行ったら、あたし……」
「忘れるんでしょ? いつまでもあいつにこだわってたら、忘れることなんてできないよ」
美恵はそう言って、あたしの教科書を、あたしの座ってる机の上に置いた。
「先に行ってるね。一人で良く考えて、行くんなら三嶋のことは完全に忘れるって決めて。あたしは行った方がいいと思う。……そうやって落ち込んでる加奈子見てるの、あたしも辛い」
先に教室を出て行ってしまった美恵に、あたしは何も言えなかった。大事な友達に心配かけて、あたしは何やってるんだろう。
もう、ちゃんと忘れなきゃいけない。さよならしたのはあたし自身だ。きっとあの辛い気持ちも、時間が解決してくれてるはず。そう自分に言い聞かせながら、あたしは急ぎ足で授業に向かった。