第一話
好きな子はいじめたいって言うけど。あたし、その意見には大賛成。
「加奈子、小池があんたのこと好きなんだって」
昼休み、弁当を広げたあたしに、同じくあたしの横に座って弁当をほお張りながら、美恵が耳打ちしてきた。その顔はニヤニヤして、なんだかすごく嬉しそうだ。
「コイケ?」
言いながら、あたしは頭の中でその名前を繰り返す。
聞いたことある名前だ。この前後輩がフラれたって言ってた人の名前も、コイケだった気がする。
でも、あたしにとって、そんなことはどうでもいい事だった。昼休みとなった今、あたしには一刻も早く行かなきゃならない所がある。
お弁当をすごい速さで食べ終わり、勢い良く席を立ったあたしに、美恵はいつものように呆れた顔をした。
「また行くの? あんな根暗なオタクより、小池の方がいいのに」
あたしがぎろりと睨みつけると、美恵はやれやれと首をすくめた。そんなのは無視して、あたしは教室を出る。
隣の教室。窓際三列目の、前から五番目。
いたいた。今日もほそぼそと地味に弁当食べてる、頼りない背中。
「みっしま〜♪」
「わぁ!」
いつものように名前を呼んで後ろから抱きついたら、三嶋は慌てて持っていた弁当と箸を床に落としてしまった。あーあ、今日も三嶋は弁当抜きだ。
床に散らばったおかずを見ながら絶望的な表情をする三島を見ていると、悪いけど笑ってしまう。毎回、飽きずに同じ反応してくれちゃって。面白いったら無い。
三嶋は掃除用具入れからほうきを取ってくると、まだ少し未練たらしくこぼれたご飯を見ながら床を掃きだした。
「木原さんは、どうしていつもボクなんかにかまうんだ。ボクをからかってるんですか」
三嶋は床を掃きながら、恨めしく呟いている。
でも、その視線は床ばっかり向いてて、あたしのほうは見ていない。
「からかってない。本気だけど?」
「だって、岩瀬君がボクのこと怒ってて……ボクは木原さんにはつり合わないから、ただ遊ばれてるだけだって」
イワセ……。あたしの頭の中で、その名前が邪魔者として登録された。
「人が何て言おうと関係ないじゃん」
「ボクは、恋愛なんか興味ないんだ」
三嶋は頑として言い張る。いつもの主張。
そんなこと言われちゃったら、あたしはもう何もできないよ。手も足も出ない。
わかってるけどね。あたしはこういうところも好きなんだし。他にもたくさんあるんだ。
身長、あたしよりちょっと低くても、好き。
下から見上げた、いかにもって感じの気の弱そうな顔が可愛いから。
何だかマニアックな、わけのわかんないアニメのオタクでも好き。
いつか、そんなのよりあたしを好きにならせてやるって、燃えるから。
いろいろ言ってくる奴もいるけど、文句は言わせない。あたしの選んだ人、あたしの中では一番なんだから。
「もういい加減に認めなよ、三嶋」
あたしはそう言って、三嶋を見た。ほうきを持つ手を止めて、訝るような目をする三島。
「何を認めるっていうんだ」
「あたしが本気だって、本当はわかってるんでしょ?」
三嶋は黙り込んでしまった。目を逸らしている。あたしからも、あたしの気持ちからも。
でもね、悪いけどあたしも引かないから。
「三嶋が好き。誰が何て言おうと、世界一大好き」
照れも惜しげもなく言えるのは、自分の気持ちに自信があるから。
恋愛慣れしてなくて、純粋な三嶋。
前から何度も同じこと言ってるのに、やっぱり言葉に詰まっちゃった。
それを見て、あたしはにっこり笑った。そうそう、三嶋はそうじゃなきゃいけない。
主導権はあたしのもの。だってあたしのほうが好きだから。
やっぱり好きの大きさが大きい方が、主導権を握るべきでしょ。
「……ボクをからかうのはやめて下さい」
しばらくの沈黙の後、三嶋はそう言ってまたほうきを動かし始めた。
まだそんなこと言ってんの、ってあたしムッとしてしまった。
「だから、からかってないって。真剣!」
あたしはほうきの柄をつかんで三嶋が床を掃くのを止めると、怒ったように顔を覗き込んだ。そう、真剣だよあたし。
またおどおどして、目を逸らして。三嶋も意地、張りすぎ。怯えすぎ。
あたしがバカみたいじゃん。返事をもらえるどころか、信じてももらえないなんて。
でも、やっぱりあたしは引かない。三嶋に返事してもらえるまで、ずっと好きだって言い続けるからね。だって、三嶋がやってる偽物の、テレビの中の恋愛ゲームより、現実の恋愛ゲームの方がずっと楽しいんだから。
だから早く、あたしを好きになってよ。ね?