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閲覧ありがとうございます

土曜日、スーパーに買い物に行こうと部屋を出ると、丁度隣の奥さんも家を出る所だった。


「更科さんこんにちは。いつも息子がお世話になってます。ご迷惑おかけしてませんか?」


「いえ、こちらこそいつも美味しいお菓子をいただいてまして。ありがとうございます」


横溝の母親は、物腰が柔らかくおっとりとした印象を受ける。

あの彼も、見た目は派手だが根は母親に似ているのかも知れない。

まあ、あいつの喋りは阿呆っぽいが。


「あの子、いつも更科さんが“美味しい”って言ってくれるかどうか気にしながらお菓子をつくっているみたいなの」


「美味しくなかった事なんて一度もありませんよ。それではまた」


「あ、お引き留めしてしまってごめんなさいね」


謝罪に笑みで答えて階段を下りる。

自信があると言いながら、感想を気にしていたのかと思うと、じわじわと唇に笑いが広がった。


近くのスーパーでカゴ片手に野菜を選んでいると、肩に不自然な衝撃を受けた。

目端に映った金髪に振り返ると、そこには笑顔の横溝が。

どうやら僕の肩にわざとぶつかってきたらしい。

こいつなんなんだ。


「何してんスか~」


「夕飯の買い物だけど」


ちらりと見ると、彼は右手に小麦粉を持っていた。


「お前は?」


「パウンドケーキ焼こうと思ったら粉が無かったんで、薄力粉買いに来たんス」


「あっそう。家出る時、お前の母親に会ったよ」


言いながら、僕の感想を気にしているらしいと聞いたのを思い出してまた笑いそうになる。


「横溝のお母さん、美人で良いな」


「はあ? せんせー、ああいうのがタイプなの?」


「違うけど。一般的に見て美人じゃないか? 横溝は母親似かもなあ」


彼の顔をまじまじと見つめて感想をもらすと、その眉がググッと寄せられた。


「うん? じゃあ俺はせんせーの好みじゃない?」


「ん? まあ、うん。そうだな。外見の派手さは好きでは無かったな。もう慣れたけど」


「はあ、慣れは偉大っスね」


「そうかもな。じゃあな」


キャベツをカゴに入れて歩き出す。

会話に一区切りつけて別れたと思ったのだが、横溝は僕の後をついてきた。


「何食うンスか」


「キャベツ入れたペペロンチーノとポトフ」


「食後にチーズケーキあるっスよ」


「やった」


「嬉しい?」


「うん」


素直に頷くと、横溝は「ふへへ」と気色の悪い声をもらした。笑い声だったらしい。

文庫の書き下ろしの仕事も有り、締め切りが重なっていたので最低1週間はうちに来るな、と言い含めていた。

約束通り彼がやって来る事は無く、無事に原稿をあげられた。

こもる前に数日分の菓子を渡されていたのだが、それは最初の2日で全て食べ終わってしまっていたので、横溝の菓子を食べるのは久し振りだ。


「なんで横溝はそんなに菓子をつくるの?」


ウインナーもカゴに入れる。

2袋は多いが、パックになっているのだから仕方が無い。


「あー、それはっスね、中学ん時に何故か男子と女子で菓子づくり対決がおこりまして」


「何それ、調理実習?」


「いや、確か違った気がしますが、よく覚えてない。まあ、その延長で菓子づくりにハマったんスね、俺が。今度一緒につくります?」


横から覗き込むようにして横溝が僕に視線を合わせる。

少しかがまれて気が付いた。

こいつは、僕より少しばかり背が高い。


「考えておくよ」


そう答えると、横溝は肩をすくめて舌を出す。少し癇に障る動きだ。


「更科さんが即返しない時は、だいたいそのまま流されるって、俺は学習したっスよ」


期待しないで待ちます、と言い残して彼はレジに向かう。

一緒に菓子をつくる気があるかと言われれば、正直無いが、全く無い訳では無い。


だから“考えておく”が正解だ。

答えを半ば決めつけられて不愉快に感じる。

他に必要な物も揃え、会計を済ませて外に出ると自動ドアの所で横溝が突っ立っていた。

子供っぽいと言われようがなんだろうが、多少腹が立っていたので特に声も掛けずに通過すると、後ろから荷物の入ったスーパーの袋を掴まれた。


「持つっス」


「持たなくていいよ」


言ったが、彼は離そうとしない。

1袋だし、そんなに重くも無かった。


「持つって」


「いいってば、なんだよ」


「俺が、更科さんと菓子つくりたかったんスよ」


「だから考えておくって」


「……そうっスね」


横溝は心なしかうなだれ、袋から手を離す。


「せんせー忙しいっスもんね」


「嫌味っぽく言うなよ。そもそもなんで一緒に菓子つくりたいんだよ」


「更科さんとつくると楽しそうだから」


「へぇ。僕は不器用だし、特段楽しくもないと思うけどね」


溜め息を吐いて歩き出すと、彼は後ろをとぼとぼとついて来た。


「あとなんで、僕の家に度々来るの? 友達いないの?」


「えぇー。俺は、更科さんの事友達だと思ってたんスけど」


「ああ、そうなの。それにしても来すぎだと思うけどね」


「迷惑ッスか?」


「そんな事もない。迷惑だったら言うよ。美味い菓子が食べられて幸せだと思う」


大股で一歩進んだ横溝が、僕の隣に並んだ。

その顔は、どうにもにやにやしている。

正直者。きっと嘘がつけないタイプだ。


「俺ねぇ、せんせーが甘い物食ってる時の顔、好きっスよ」


「えー、じゃあ今度から真面目な顔して食べるよ」


「なんで!?」


「なんとなく」


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