LB変異体―浮遊生物型―
罅割れた卵のような球形の建物。
この世界の文字で個人用シェルターと記されている場所では現在、大きな蜘蛛のような化物が壁に向かって何かを構えていた。
大きな袋状の腹部から続くそれは、本来は存在しない筈の長い蠍のような節のある尾部。先端は毒針などではない、通常の生物では持ちうることができないであろう近未来的な流線型の砲身。強固な隔壁に向けられた砲身の内部には、徐々に蒼い光が蓄積されていく。
数秒としない内に砲口から漏れ出す程に溜まった蒼い光は、夜闇を切り裂くかのように輝く。
静寂、音もなく放たれた蒼い光の奔流はあらゆる外的脅威から守る筈の隔壁を貫き通し、夜空に向かって一筋の閃光を描き出す。光を放ち、赤い月の光を取り入れる大きな天窓を作った大蜘蛛は満足げに佇んでいる。
彼の気持ちを言葉で表現するならこんな感じだろう。
念願の光学兵器を手に入れたぞ。
此処までの簡単な経緯を説明しよう。
逃走中に比較的に損傷の少ない建築物を発見。その上空を見上げると罅割れた卵のような球形の施設がこけしの頭のように設置されており、地上よりは幾分か安全であると考え、施設への侵入を開始。六本脚を巧みに使い、封印されし砲身を持ちながら頂上まで登る。大きな裂け目を見つけて、施設内部への侵入に成功する。
この安全な地にて、七日七夜掛けて鋼鉄百足の頭部砲身を溶かし喰い、三日三晩掛けて得られた知識を咀嚼した。整理した知識の中に今一番興味のある文明崩壊の原因についての情報はなかったが、鋼鉄百足が使用していた光学兵器についての情報はたんまり記憶されていた。
そこから宇宙戦争などでよく使われるビームなライフルを実現しようと奮闘して、現在の姿に至る。ちなみに実用化まで二週間は掛かっている。
新たなる技術で構築された体躯は、月の光を受けて鈍く光る。
長い時間を掛けた鋼鉄百足を捕食した甲斐もあり、様々な知識が得られた。
この鋼鉄百足は正確には自律思考型廃棄区画探索用多脚機獣と言い、テロや自然災害等により人の住めない地域となった場所を探索するために作られた人工生物らしい。
より効率よく廃棄区画を捜索するための最新機能が備わっており、周辺の地理情報や警備システムへのアクセス権限、電子工学により作り出された人工知能と生物科学に基づいた補助生体頭脳のよる複合型高速思考、二級危険指定兵装の使用許可など有した、当時では最先端の人造生命体であったようだ。
この世界の技術の結晶とも言える鋼鉄百足から得られた情報の中で、最も興味深いものは光子と呼ばれる微粒子の知識だ。
世界を大きく発展させる要因となった微粒子、光子には幾つかの特異な性質がある。基本重さが殆どなく独立した状態で存在する光子は他の物質に接触すると、非常に強固な結合が生成される。
これは種類を問わず、様々な物質の間で発生する。結合した後に微弱な光を発生されるのも特徴である。例外として光子同士での結合は不可能であり、二つの光子が接触すると強い反発力を生み出して結合を拒絶する。磁石に似ているが結合で発生する引力、反発で発生する斥力、接触により生み出されるこれらの力は桁が外れている。
記録では光子を少量混ぜ込んだ石材を使用する事で、容易に雲を突き抜ける程の建築物を建てられたようだ。
また、光子は周囲に存在するエネルギーを取り込み活性化し、反発力を高める事が出来る。逆にエネルギーを何らかの形で放出すると結合力が高まる。
微弱な発光により常に少量のエネルギーが放出されるため、用途によってエネルギー供給量の調整が必要である。なお放出される光の色は結合する物質により変化するが、光子のどのような部分が関連して変化するかは解明されていなかったらしい。光子の影響で結合されている素粒子群の性質は微妙に変異するのだが、観測する方法が存在していなかったようだ。
極小単位での性質変化など解明されていない部分も含めて、光子についての知識の有用性は計り知れないだろう。
この光子技術を用いて体を構成した結果、もはや別の生命体に言われても可笑しくない程の能力へと変化した。以前より体重が軽くなったのにも関わらず外骨格の耐久性が十数倍は向上しており、内部の筋肉も同様に力が増している。加えて、光学兵器もとい光子兵器と言う強力な攻撃手段も体得した。
光子技術によって再構築された体はとても素晴らしい出来栄えだったが、此処に至るまで道のりは容易なものではなかった。
今後、探索中に鋼鉄百足のような敵対的な生命体と出会う機会が必ず訪れるであろう。最低限、鋼鉄百足の性能を上回るような体を構築しなければならない。そのためにはより多くの光子を用いた物質を生成しなければならないのだ。
光子の特性上、大量に扱うと反発、爆発、崩壊が連鎖的に起こる可能性が跳ね上がるため、時間を掛けて慎重に行う必要がある。極小の粒子である光子同士を接触しないように構成するのは、尋常じゃない集中力と時間を要した。生まれた時から自分の体を変異させ続けてきた経験があり、辛うじて光子の動きが感覚的に分かる程度でしかなかった。
時間を積み重ねて光子物質を構成する毎に感覚が研ぎ澄まされていく。何度か爆発仕掛けたが自らの生態も相まって、やっとの思いで光子結合を用いた強化物質の生成に成功した。
光子物質という新たな素体を使う体の性能は、比較対象が一体しかいないため、正確には分からない。しかし鋼鉄百足と同等の生物であったなら、今度は確実に破壊する事ができると核心している。
まだ慣れない新しい体を動かして、数週間前に侵入した天井の裂け目から久しぶりに外へ出る。
崩壊した世界の景色が一望できる球形シェルターの頂上。瓦礫と血肉だらけの地上で微かに残る光子が淡い光を放っていた。様々な色の光は月光と共に大地を彩り、かつて栄えた光に溢れる文明の面影が垣間見える風景。雲一つない空には赤みがかった月と無数の星が輝いている。
神秘的な光景に呆気に取られていると、一際輝く星の数個が此方に向かってきているのに気がついた。流れ星や隕石ではない。目視で確認できる、上空に浮かぶ星のような存在に意識を集中するとその全貌が見えてきた。
体全体が半球状の傘のような形をしている。傘の内部には大きな球体が存在しており、球体からは二十以上の細い針金にも似た触手が生えていた。硝子のように透明で薄い体は内蔵が透けて見え、球体内部にある赤黒い心臓のような器官が液体を循環させているのが確認できた。傘の縁は天使の輪のように白く光輝き、海月のような体躯を怪しく照らしている。
飛び海月と言っていいだろう。
ふよふよと浮かび此方に近づいて来る飛び海月のような見た目の生物は、鋼鉄百足から得た情報の中にある別系統の機獣に似ている。自律思考型未開拓区画探索用浮遊機獣と呼ばれた、浮揚性のガスと光子の反発作用により飛行可能な人工生命体だった。
本来はあのような光など出さず、夜間飛行による隠密探索が目的の個体。
ガスと光子による飛行のために生体素材を極力削り、軽く作られた体躯にはあのような自らを重くする血流は存在しない。
恐らくは唯一の生体部品である補助生体頭脳が何らかの変異を起こして体中を侵食しているのだろう。増加した体重を支えるために多くの光子とエネルギーが使用されているので、余計に光を発しているようだ。
先程の光子砲撃に誘われて本能的に集まってきたのだろう。
ふらふら高度を下げながら近づいて来る飛び海月は、隣り合う者同士で互いに進路を塞いでいる。その揉み合うように進む姿は、まるで知性というものを感じさせない。
生体頭脳の変異は鋼鉄百足にも現れていた。彼方は思考能力が大幅に低下して動物的になっていたが、飛び海月は動物的な思考すら薄いように見える。自らの生存を第一目標として、本能的に行動しているのだろう。
飛び海月が生存するためには、飛行する光子を補給する必要がある。此方を認識した瞬間、襲いかかってるだろう。飛び海月の数は視界に映る限り三十以上。数は多いながらも綿毛のように浮く飛び海月は、動く的と言っても相違ない。光子砲の実践運用に最適な相手だ。
球形シェルターの頂上で、月光を反射させながら長い尾部の先に存在する流線型の光子砲を構える。腹部の核から生成された流体光子弾薬が、尾部内を通り先端の光子砲へと流れ込む。内部でエネルギーを吸収する流体光子弾薬は、光子の活性化により蒼い光を放ち砲口から僅かに漏れ出る。一番近い、揉み合いながら進む二匹に向けて、赤い夜空を引き裂くような蒼い光の線が光子砲から放たれた。
音もなく放たれた蒼い光の線は揉み合う二匹の中央に命中し、光輪を含む半分以上の体消失した双方の飛び海月は飛行能力を失い、大地向かって墜落した。周囲の飛び海月達は攻撃に反応してか、傘内から胞子のような光の粒を散布して、自らの体を急上昇させている。
逃走ではなく回避行動の一種だろう。急上昇を繰り返しながらも此方に向かって進んでいるのがよく分かる。
亀のように遅い動きだが、近づかれたら何をしてくるか分かったものではない。此処は最大出力の砲撃で一気に殲滅する。生成した流体光子弾薬を絶え間なく光子砲に流しこみ威力上げていく。反動で後ろに下がらないように、八本足をシェルター外壁に突き刺す。徐々に溜め込まれる蒼い光は太陽のように輝き、時間が経つ程に今までなかった大きな、高速で金属を削るような音が鳴り出してくる。限界まで貯められた光は、自らの意思に従い、敵性対象向かって開放された。
自分の体躯を上回る程の蒼い光の奔流は、一塊の飛び海月達を飲み込み、地平線の彼方まで伸びてゆく。光子砲をゆっくりとなぎ払うように動かして、飛び海月達を殲滅していく。途切れる事がない蒼光の奔流は、夜空に光の帯を作り出す。蒼い帯は数秒もすると空気中の物質と結合して、光の雪となり地上に降り注ぐ。
砲撃から逃れた飛び海月は一匹もいない。辛うじて数本の脚や光輪の一部が残る個体がいた程度だ。
猛威を振るっていた蒼い光は途切れ、夜の静寂が舞い戻る。
最大出力の光子砲は凄まじい破壊力を発揮したが、高エネルギーの光子により砲内部がかなり摩耗しているようだ。蓄えていた核内の力も半分以上使っているから連発は厳しい。だが切り札が増えるのは嬉しい事である。
飛び海月も殲滅できたことので、地上に降りてつまみ食いでもしようかな。シェルターに刺していた足を引き抜き、夜空に向かってダイブする。
瞬間、あらゆる方向から様々の色彩の光線が自身の体に突き刺さり、木の葉のように吹き飛ばされた。脆くなった高層建築物を何件も崩しながら、地上に落ちていく。大地に叩きつけられても勢いは止まらず、回転しながら大きな瓦礫の山に突っ込む事でようやく停止する。瓦礫突撃も二度目なので、状況を素早く把握する事ができる。
四方八方から光線を浴びたが、見た目が派手なだけで大した威力はなかったようだ。新しく構築した多層光子外骨格の性能がいいのか、表面が溶ける程度の損害しかない。
瓦礫の山から這い出し、周囲に意識を向ける。自分を囲むように展開される包囲網、囲むのは地上にいたと思われる鋼鉄百足と見たことがない同系統種の個体。遠くから鳴り響く大きな音から分かるように、今も続々と集まってきている。先程の光子砲は目立ちすぎたという事である。
本能に従い、すぐさま襲いかからないところを見ると最初に出会った鋼鉄百足のように、司令塔となる個体が存在するのかも知れない。それなら作戦としては司令塔を破壊、統率をなくした群れの気をそらすために、餌となる光子塊をばら撒いて逃走、が一番の簡単なものだろうか。
今にも飛びかかりそうな周囲の敵に、新たな動きが見える。包囲網を解いて山でも作るかのように一箇所に集合し始めたのだ。それもただ集まっているのではない。
装甲の厚い個体を前面に押し出して、盾のように、又は城壁のように防壁を構築していく。壁に意図的に出来た穴からは、自分が食らった砲身のような個体が顔を出している。隙間を埋めるように生物の脚のようなもの、飛び海月の触手のようなものが覗いている。まさに生きた要塞と呼べる生物に変貌を遂げたのだ。
この世界で合体を見ることができるとは、想像もできなかったよ。
今も大きくなり続ける要塞から一瞬だけ、雫型の赤黒い核のような個体が発見できた。十中八九、司令塔個体だろう。現状の光子砲で増加した装甲を貫けるかどうか疑問だが、いざという時は上半身を捨てる覚悟で逃走すればいいだけの話だ。
このまま大きくなり続ける生体要塞を見過ごす理由はない。最大出力の攻撃で少しでも削っておこう。体内で生成した流体光子弾薬を光子砲に流し込んでいく。
SFに出てくるような飛び道具を獲得した主人公。光子という新たな技術を手に入れて、どのような進化を遂げるのか見ものですね。という事でいつもの解説を。
光子の強化について。光子による物質の強化は単純な靭性や硬度の強化です。破壊には特別な力は必要なくより強度の高い金属をぶつければ簡単に壊れます。
司令塔個体について。環境にある程度適応した個体は変異前の機能を残している場合があります。鋼鉄百足などの個体は、元々別個体とリンクして情報を共有する機能ありますので、そこから指令を出す事が可能となります。
名前:アザト
全長:熊一回り程
形態:多層光子要塞蜘蛛
技能:身体操作、全方位視界、異界知識、各種耐性、八脚歩行、パイルバンカー触手、圧縮重光子筋肉、基礎能力強化、万能擬態液、初期型光子砲
次回はヒロインがついに登場。姿は見てのお楽しみ。ご期待下さい。