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怪物進化冒険録  作者: 黒麦茶
輪廻の森
3/15

テールワームスライム/アシダカスライム

 小岩蛙に寄生してから食事に困ることはなくなった。どうもこの小岩蛙はあの蜘蛛と共生関係あるらしい。残飯処理と言うのだろうか、かつての自分と同じように萎んだ死骸が毎日胃の中に入ってくる。無論入ってきた獲物は体の体積を一時的に増やし、ほんの少しだけ残して瞬く間に喰らう。胃酸により溶けることはないから悠々と食事を横取りできるのだ。

 狩りをしなくてもいいので熟考できる時間が以前よりできたのは嬉しい。栄養を蓄える間に蜘蛛の対策を考えていた。


 あの蜘蛛は硬い外骨格に身を固めている。生半可な攻撃では歯が立たないだろう。弱点はおそらくあの疑似餌目玉の付いている太い視神経の根元と推察される。

 問題はどのようにしてその眼窩に伝い、脳を攻撃するかだ。液状形態では動きが遅く捉えられない、芋虫形態ではカウンターで体当たりをしても棘が届かず吹き飛ばすだけで終わる。棘を伸ばして角を生やすという案もあるが狙いが定まらない。もっと腕のような自由のきく物が必要だ。


 骨は関節により動きが制限されるから作らない。となると形は吸盤のない蛸のような触手になるだろう。複雑な筋肉の操作必要になると予想されるが、それについては問題ない。


 獲物がなくて考え事にも飽きた時に極小の芋虫形態で胃壁を這いずり回ったり、胃液で遊泳をしていたら自然と筋肉の操作に慣れていた。すぐさま触手を作り、左右上下に振るい動きを検証する。意識を触手一本に集中すれば、自由に操作できることが判明した。改めて、触手を作り出す。現在の体の十分の一程の太さにして後方に配置。触手を尻尾のように生やした。


 確実に眼窩を貫くために先端を杭のようにしよう。材質は現在寄生している小岩蛙の岩偽装外殻を参考にする。自然界では一瞬の油断が命取りとなる。慎重に慎重を重ね、失敗の芽はなるべく取り除く。予想外の出来事にも対応できるようにあらゆる事態を想定して練習も忘れない。

 

 触手を作りだしてから月日が経つのは早いもので。触手を自在に操れるようになり、体を元に戻す分の栄養は確保した。初めて変異した時のように、栄養が枯渇する可能性があるため、当時の数倍は蓄えている。


 準備はできた。最後に胃の中にある残飯を全て食べる。空いた空間には勢いよく増殖させた液状の体が埋まり、今頃小岩蛙は不可解な膨満感に襲われているだろう。

 風船のように体内で膨らんだ胃を突き破り、周辺の内蔵を消化していく。苦しむ暇など与えない。擬態に使われている外殻まで数秒で溶かして吸収する。その場に残るのは不定形から食われる前の体に変化している自分自身だけだ。


 変わりない、棘を全身に備える皮、筋肉を腸詰のごとく詰め込んだ体躯。しかし以前と違い、一つだけ増えた部位がある。太い鞭のような触手だ。鋭く尖った岩の甲殻を先端に取り付けた触手は棒状に伸ばすと、それは旧石器時代に使われた程度の低い槍を彷彿とされる。


 周囲を見渡すと相変わらずの薄暗い森が広がっている。時間は枝葉の隙間から差し込む光を見るに昼頃だろうか。少し離れた場所には様々な動物を魅了して止まない二つの赤い果実、もとい蜘蛛の目玉疑似餌が顔を出している。


 急いで見つからないよう巨樹の陰に隠れる。これから蜘蛛を襲うのだが、正面から行くのはリスクが伴う。ここは頭を使い罠を仕掛けよう。

 巨樹の上に登り、奴をおびき寄せるための餌を探す。頂上付近まで登り、蔓植物で編まれたような足場たどり着く。自分を見つけた小さな虫が、群がり襲いかかってくるが、以前と違い変化した芋虫形体の皮には歯が立たないようだ。無造作に触手を振るうと虫は体液をまき散らしながら体を四散させる。我ながら中々の高威力を発揮できているようだ。


 棘に引っかかる虫の死骸を食べようと足の大きい鳥が近づいて来る。傷つけぬように触手を操り、捕獲する。触手からはいつもと違う布越しに触れているような感触が伝わってくる。皮膚の一部を液状化させて殺さないように注意しながら内部へ取り込む。餌は確保したあとは誘き出すだけだ。


 罠の内容は至って単純、飛べないように翼だけを消化した鳥を目の前に投げる。文字通り目の前にきた獲物を蜘蛛は反射的に飛びつくだろう。食事に気を取られている間に樹の上から奇襲で一気に仕留める。巨樹の中腹辺りまで降りて、蜘蛛の位置を確認する。幸いなことに蜘蛛の位置は跳べば届く距離にいる。


 心の準備を整え、いざ決行。

 虫の息の鳥を蜘蛛の眼前に落とす。鳥が地面に落ちた衝撃で木の葉が舞う。瞬間、蜘蛛が反射的に飛び出し目の前の獲物に食らいついた。餌に釣られている間に此方も跳ぶ。落ちながら太い神経が繋がった眼窩を狙い、定めて触手を放つ。岩の穂先は狙いたがわず眼窩を穿つ。しかし浅い。

 真上からの奇襲は蜘蛛に気づかれなかったが、小さな的を狙うにはいささか無理があったのだろう。生前頭は良い方ではないと自覚はしていたが、安全性を考慮してこの策しか思いつかなかった。


 失敗した。触手の先が刺さったまま蜘蛛の真上に落ちる。眼の痛みに続き、上から謎の衝撃を受けた蜘蛛は、地面に這い蹲り八本の足でもがく。おや、もしかして自分は相当重いのだろうか。蜘蛛は体の下で暴れるが、重石を乗せられているかのように微動だにしない。


 これはチャンスとばかり触手に力を込めて一息に貫き、体内を蹂躙する。蜘蛛は何度か痙攣したあと、力なく倒れ伏す。若干のアクシデントがあったが蜘蛛の討伐に成功した。偶然に助けられたが、終わり良ければ全て良しだ。


 死体に覆いかぶさり、外側から消化しようとするが思いとどまる。考えてみればこの蜘蛛の外骨格は優秀だ。素早い動作が可能で、表面を触ると分かるが一種の金属に似た硬さがある。この外骨格を使えば、より強くなり生存率を上げる事ができるだろう。

 液状化して体内に入り、内部だけ消化する。抜け殻となった蜘蛛の内部に体を収め、自分の物とする。触手は口の部分から射出できるように収める。


 意識したわけではないが蜘蛛を乗っ取る事で変化が訪れる。外骨格に己の体が染み出し、完全に細胞を掌握したのだ。自分の体に作り替えたと言ってもいいかもしれない。視界が今までと変わらず、たとえ外骨格が傷ついたとしても修復可能になった。眼などの急所も同じ組織で塞ぐことができる。また蜘蛛から吸収した生体情報の中には興味深いものがあった。疑似餌の事はもちろんだが、短時間で多量に消化液を注入した牙ないし内蔵構造だ。


 この蜘蛛の袋状になっている腹部には、空気を圧縮して体内に溜め込む器官がある。捉えた獲物に消化液を入れる際、圧縮した空気を押し出すことでより迅速に体内へ注入していたのだ。

 注射器に似ているな。牙が針、腹部がピストン、薬剤が消化液だ。応用できれば空気銃なども作れるだろう。蜘蛛の生態を知り、自分は言い知れぬ満足感を得る。充実感と言ってもいい。


 この体になってから人の本能と言える欲望がかなり薄くなっている。食欲以外にあるとするならばそれは知識欲だろう。獲物を喰らう度に前世の生物図鑑よりも詳細な情報が得られる。吸収する度に見る生命の神秘に何度感動したことか。この捕食だけで生きている意味を見いだせる。やはり体に合わせて精神も変化しているのだろう。現在の生と死が隣り合わせの現状に悲観したこともない。


 新たな身体を手に入れた事で、気分が高揚している。早速動かしてみよう。瞬発力を活かして獲物に飛びかかる蜘蛛の動きを再現する。いけると思ったが、前足が地面に引っかかり鰹節の如く顔面を削る事となった。

 前進後退回れ右、様々な動きを試したが、どれも途中で脚が(もつ)れて上手くいかない。人間の頃は手を合わせて四本だったのだ、今の八本脚では歩行することも難しいはずだ。しかも歩脚の末端は感覚が鈍く、いまいち大地を掴む事ができない。


 原因は単純につま先が核から離れているからだろう。感覚鈍化は触手も同様らしい。一本だけの触手はある程度慣れているから操作に問題なかったのだろう。移動については現状、二本程しか脚を操作できないため、匍匐前進のような形になるだろう。今後は蜘蛛特有の八脚歩行について研究し、感覚鈍化の解決に尽力しよう。


 六本足を引きずりながら移動しようとすると、大地が小刻みに震え始めた。遠くから地響きが聞こえ、此方に徐々に近づいているのが肌で感じられる。

 不味い、森でこのような地鳴りを起こすのは奴以外にありえない。擬態もしていない今、見つかると確実に食われる。急いで最寄りの巨樹に登り、できるだけ高い位置に向かう。触手で蔓を突き刺し、つま先から粘着質の粘体を生成したあと、岩壁登攀(ロッククライミング)のように小さな突起に足を掛けて素早く登りながら、辺りを警戒する。


 薄暗い森の奥から苔むした木片を全身に付けた鹿が此方向けて走ってくる。後ろには森の支配者と思われる巌石大蛇が、巨樹に鱗を擦らせながら猛進している。大方、巌石大蛇に擬態を見破られて逃走中なのだろう。

 此方に来ないでもらいたい。鹿を追いかけ、下を走る巌石大蛇は堅牢な城壁を思わせる鱗と樹皮の間から火花を飛び散らせながら通り過ぎていった。


 そういえば、あの蛇は美味いのだろうか。無論、食肉的な意味ではない。舌はなく味を殆ど感じない自分は知識を味わう。蜘蛛を捕食して余裕ができたからだろうか。巌石大蛇はどのように成り立っているか、興味が湧いた。次の標的は奴にしよう。自分には野生動物と違い、知恵がある。時間をかければ確実に仕留められるだろう。今は体を慣らしながら時を待とう。

芋虫から蜘蛛へ華麗にランクアップを果たした主人公。八本脚にはかなり混乱しています。彼は急激な変化し続けている影響で感覚の鈍化が発生しました。時間を掛けるか、神経などを意識して変化すると解決します。使いこなすと優秀そうですし、しばらくは蜘蛛のままかな。

体重について補足ですが、核に蓄えられた栄養(物質等)に応じて常時変化しています。のしかかりの時は約2350kg、シロサイ平均体重に相当してました。そりゃ動けんわ。


名前:

全長:熊程

形態:大蜘蛛 

技能:身体操作、全方位視界、異界知識、毒耐性、消化耐性、体当たり、八脚歩行、杭付き触手、堅い外骨格


次回は前世知識を使い、蛇を狩ります。お楽しみに。

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