マッチョワームスライム/パラサイトスライム
この暗い森に転生して数週間になる。現在巨樹の根元に作った窪みに入り、全身に枯葉を纒うことで擬態しながら休憩中。様々な植物や小さな動物の死骸を捕食して、ある程度余裕ができたので今の自分を取り巻く環境についての調査を頭の中でまとめていたところである。
最初の頃は現地の生態調査なんてできず、生きるのに必死で食おうとしてた食獣植物に逆に半分位食われたり、見上げる程の大型生物に踏まれたりで大変だった。時間もわからず戦々恐々した日々が続き。ストレスで禿げそうになる……スライムに毛はないが。
夜でも変わらず遠くまで見える全方位視界を頼りに隠れながら動き、擬態する事を覚えて、時折空の隙間から射す日の光の角度で朝と昼くらいの判断ができるようになってからは、周囲の動物の行動がおぼろげながらに分かるようになり、比較的楽に過ごせるようになった。
天然の日時計で時間が分かるようになってからは自らの生活サイクルを改め、夜の間は獲物探しと探索をし、朝になったら擬態して周りを観察するという流れにした。捕食による情報収集もあり、この大体の植生調査と生態系が明らかになった。
まず巨樹が光合成するために伸ばした多数の樹枝と養分を横取りするために寄生する蔓植物で構成されている上層部。様々な擬態生物、食獣植物が一部の上位捕食者に怯えながら暮らす地上部に分かれている。
上層部は葉っぱのない太い枝と四方八方に伸びている蔓を足場に大小の昆虫や大きな鳥が過酷な生存競争を繰り広げていた。
以前、大型獣から隠れるために上に登れば安全ではないかと思い、蔓を伝って登ったが、虫と鳥に群がられ足を滑らせ落ちるという経験をした。落ちたあと腹打ちもとい全身打撲で動けなくなったのは今ではいい思い出だ。幸いこの肉体は痛覚は殆どなく、再生力も高いため大事には至らなかった。
独自の生態系を形成していると知ってから地上の探検と並行して遠くから観察を続けていた。朝には翼の小さな鳥が樹液を啜る虫に襲いかかり、夜には隠れて寝ている鳥を食う大型昆虫とそれらをまとめて襲う小動物の群れがいることが分かる。
稀に地上降りてくる者もいるが大抵は死にかけの命であり、すぐ他の動物に食われる。上層部だけでも前世では感じることができない自然界の厳しさが分かるのだが、地上部ではまた違う様相となる。
本質的には変わらない弱肉強食だが、抗うことも許されない絶対的強者達が地上には存在するのだ。
初めて出会った時は恐怖で身がすくみ、動けなかった。自分の体躯とは遠目から分かる比べ物にならない巨大で細長い四肢のない肉体、一枚一枚が巌石と見間違う程の堅牢な深緑の鱗、瞼ない厳つい顔と大きく裂けた口から頻繁に出し入れされる舌でかろうじて蛇に似た生物だと分かった。
地上は食物連鎖の頂点に君臨している巌石のような大蛇――以降巌石大蛇と呼称する――を中心に回っていると見ても間違いではないだろう。巌石大蛇が起きている朝は皆見つからないように擬態し、身を潜めている。寝静まる夜に、擬態を解きそれぞれ活動を始める。
擬態生物には太い枯れ枝を模したような蜥蜴から、背中に花が咲いている大きな蛙まで様々な種類があり、見事に背景に溶け込み一目見た程度では分からないものも多い。また雑食である巌石大蛇のせいで常に食料が不足気味であり、獲物を長時間貯蔵する頬袋に似た器官がある生物が多い。
この森の生態系は大体理解できた。擬態が上手くなった今では巌石大蛇にさえ気をつければ、一日中に動いても襲われることはないだろう。ただ襲われたら一巻の終わりであることは変わらない。主な原因はわかっている。
一つ、全力を出してもスライムの移動速度が亀とさほど変わらないという問題。二つ、粘体不定形ボディのため耐久力がなく、体色が透明に近いためあからさまに弱点である核が丸見えである点。しかもこの赤黒い核は最近なって淡く光ることが判明している。擬態を解けば的である。
他に問題点を上げればきりがなく、枯葉をまとう今の擬態はあまり視界が確保できない。スライムの性質か五感の視覚と触覚が鋭く、それ以外味覚、嗅覚、聴覚が殆どない為視界を塞がれると敵を感知できないなどがある。
これらは根本的に体の構造を変えなくては解決できない。ならば創り変えようではないか。土台となる知識は森での捕食と前世の記憶から十分に確保できている。これまでの生活で細胞の元となる栄養も貯蔵済みだ。
擬態の一部を解き、辺りを確認する。時間は朝で積極的に動く生物は見当たらず、薄暗い森が静寂を保っている。体を窪にから出してもう一度見回す。視界には変わらず、慣れ親しんだ森が広がっている。スライム故か恐怖は一切ない。では体を創り変えよう。
ベースは蝶の幼虫、いわゆる芋虫を使う。しかし幼虫のように柔い体にする必要はない。内蔵はいらない為、食獣植物から得た知識を用いて全身を高密度の筋肉で構成する。太く長い形態を維持できるように厚い皮を形成。地面を捉え歩けるよう表面に爪のような細かく硬い棘を設置。頭の中で新しい自分の姿を思い描いた。あとは実践するだけ。
赤黒い核から細胞が生成されていく。その質量から辺りに土砂が撒かれたように不定形の体が広がる。だが核から命令が下されると即座に収束し、圧縮されていく。体色は変わらない。透明感のある薄緑色の厚い皮、効率よく前に進む為に全身付けられた同色の硬い爪のような棘、内部ははち切れんばかりに押し固められた高密度の筋肉、中央に浮かぶはそれら全てを成した赤黒い淡く光る核。変化は収まる。文字通り体が創り変えられたのだ。
正直ここまで見事に変わるとは思わなかった。半透明の体と核以外、全く面影がない。消化吸収については今までと変わらず触れるだけでいいようだ。予想以上に便利な体になったらしい。
新しい体を手に入れたら試したくなるもので、まずは歩いてみる。芋虫に習い、体を波打つように動かし前に進む。元がスライムのせいか、筋肉で固められた体は、驚く程滑らかに動く。ナメクジから亀くらいまで速くなった気がする。ついでに筋力も見てみよう。
測ると言っても手がないこの体では、物を持つことができない。この体で出来る事と言ったら、体当たりだろうか。目に入る物で体当たりできそうなのはさっきまで隠れていた天高く聳える大樹しかない。耐久性に問題がありそうだが仕方ない。後ろ足に力を込め、跳ぶように巨樹に体当たりを繰り出す。体が浮かび、矢のように目標に向かう。
強い衝撃の後に、潰れるような音が微かに響く。刺が砕けて宙を舞う。砕けたのだ、自分の体が。
驚いた。矢のように射出された自分の力もそうだが、それより鋼鉄のような硬い樹皮にだ。一般家屋に匹敵する程の太さがあるといえど所詮は樹だ、棘の付いた筋肉の塊であるこの体で体当たりすれば凹みはしないが削れるはずだ。しかし無傷、どこも削れていない。体を治したあと幹に触れてみる。そこらの岩より硬く、食べようとしても消化できない。何で出来ているか気になるが今は無理だろう。
どうやら新たな体の成形と砕けて潰れた傷の回復にほぼ全ての栄養を使ってしまったようだ。強い飢餓感を覚える。体を慣らすついでに獲物を探そう。移動する前に地面を転がり、全身に枯葉で覆う。擬態完了。できれば動かず量の多い食獣花があると助かるのだが。枯葉の隙間から辺りを見渡しても何も見つからない。他の動物に気づかれないように慎重に暗い森を進む。
新しい体はすこぶる調子が良く、動物にも発見されてない。体を変化させて正解だった。森を数十分くらい歩いただろうか。
前方に赤く熟れた木の実を二つ発見する。胡桃程の大きさだがみずみずしいその姿はとても食欲をそそる。転生してから初めて木の実を見たが周囲の植物と違い、地球とあまり変わらない。美味しそうな見た目は、動物に食べさせ種を遠くまで運ばせるのが目的か。残念ながら自分はスライムであり、種だろうが骨だろうが全部消化する体質だ。目的は果たせないだろう。
木の実に向かって歩を進める。巨樹の影になって分からなかったが、木の実からそう遠くない位置に小さな岩が鎮座している。警戒はしておこう、影からこちらを狙う動物がいるかもしれない。たとえ岩に擬態している生物だろうと今なら体当たりで確実に処理できる。
岩に注意を払いながら、木の実に向かう。しかし警戒していた岩とは別の場所が動く。二つの赤い実が弾かれたようにこちらに飛び跳ねてきたのだ。
反応が遅れる。木の葉が舞い、赤い実と共に黒い何かが襲いかかる。体の上部に衝撃が走り、何かに押さえつけられる。体に纏った枯葉が衝撃で舞い上がり、初めて襲撃者の姿が確認できる。
蜘蛛である。黒い体色に八本の太い脚、頭部と上半身が合わさったような前体部の後ろには袋状の腹部があり、自分の知っている蜘蛛と殆ど変わらない。いや違う点も幾つかある。頭部に並んでいる赤い二列四対の目、前方に配置されている二つの瞳は縄のような神経に繋がっているが明らかに外へ飛び出ており、一種の海洋生物にある疑似餌を彷彿とさせる。
油断した。普段は夜に動く擬態動物か大型植物を獲物としてきた。これまで見える獲物を狙ってきた自分はこの手合いの生物には全く遭遇していない。あるいは遭遇しても気づいていなかったのだろう。もっと注意深く見ればよかった。新たな体に気持ちが浮ついていたのも原因だ。よく見れば、あの不自然にみずみずしい見た目はこの森には似つかわしくなかった。おそらく常時外に出ている目玉疑似餌を保護する粘液が分泌されていたのだろう。後悔先に立たず、弱肉強食の自然界では一瞬の油断が命取りだった。ともかく今はこの状況をなんとか打破しなければいけない。
脇腹辺りに食らいつく蜘蛛は強靭な外骨格しており、硬い棘を物ともせずに完全に押さえこみ、体に突き立てた牙から液体を注入している。液体は毒ではない、蜘蛛と同じ食性ならばおそらく体外消化の使う消化液だろう。
冗談じゃない、生きたまま溶かされて食われるなどと。痛覚はないが体内から食われ、かき混ぜられる感覚はまさに生き地獄だ。抵抗しようにも牙から一瞬にして入れられた大量の消化液で筋肉の半分がすでに溶けている。間に合わない。
数秒すると核にも消化液が浸り、燻されるような感覚が頭を包み込みゆっくりと死が近づいて来るのが分かる。熱い……このままではただ死を待つのみなのか。死にたくない、せっかく手に入れた第二の生がもっと……もっと生きていたい…………。
いや、諦めない。たかが体がなくなっただけのこと、本体はこの赤黒い核だ、これを体外へ出せばまだ希望はあるはず。
溶けた自分の体と薄くなった消化液を少量吸収する。スライムの性質である捕食による情報収集で、現在注がれている消化液に耐性のある体を構築。極限までエネルギーを使ったせいか、ゴマ粒のような小さな核となり、覆うように緑虫サイズの体が出来上がる。徐々に萎んできている体を必死の思いで移動してなんとか脱出を成功した。
絨毯のように敷き詰められた枯葉に落ちた自分が見たのは風船のように萎んでしまったかつての体と食事を済ませて帰ろうとする蜘蛛だけであった。
いつの日か必ず喰らう。悠々と巣に戻る蜘蛛の後ろ姿に誓いを立て、残された自身の皮に歩み寄る。皮だけでも十分栄養になる。体格だけでも戻さなければ、現在の大きさでは再起も測れない。しかし、目の前にあったはずの抜け殻のような体は何故か横に移動していた。
正確には最初に警戒していた岩に向かって、引きずられ距離がどんどん開いていく。意識を岩に向ける。蛙だろうか、口先の尖った三角形の顔、体に密着するように閉じられた発達した後ろ足、左右に半分飛び出した栗色の目は獲物を捉えて離さない。
岩に擬態していた蛙は薄紅色の舌を裂けた口から伸ばし絡め、亡骸を腹の中に収めようとしている。時間がない死体は見捨て隠れよう。必ず必要というわけではないし、今見つかれば仲良く腹の中だ。もぞもぞと必死に枯葉の下に潜ろうと動いているが、縮んだ肉体では力が足りず上手くいかない。
再び蛙に意識を向けると獲物の体内に収め、他に残骸がないか探しているところだった。
目が合った。しかしその視線は小説のように恋の始まりを告げるロマンチックなものではなく、捕食者が瀕死の獲物を見つけたような残酷で歓喜に満ちあふれた野獣のそれだった。
粘着質の舌が伸び、絡みつく。体は宙に浮かび、視界は密室に閉じ込められたように暗くなった。おそらく胃の中入ったのだろう。消化液で満たされており、周囲にはこれまでの獲物らしき物体が所狭しと詰まっている。
これは案外都合がいいかもしれない。緊急で生成した体は蜘蛛の消化液で耐性ができており、まったく溶ける感覚はしないのだ。周りには多くの餌がある。しばらくは寄生して栄養を蓄えながら外に出る機会を伺おう。時間はある、今はこの蛙をゆっくりと内側から食い荒らしてやろう。
彼の生態についてですが実は単細胞生物に近い存在です。
筋肉、皮、棘などを創りましたがあくまでそれは機能を真似たスライムの細胞であり、元は殆ど変わっていません。また地球上の生物とは構成されている物質、構造なども全く違います。
筋肉などの表現も彼の前世の記憶から最も近しいものを選んだに過ぎません。無意識ですが。
では今回は二回変化した結果を。
名前:
全長:中型犬程
形態:大芋虫
技能:身体操作、全方位視界、異界知識、毒耐性、擬態、体当たり、微速歩行
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名前:
全長:緑虫程
形態:小芋虫
技能:身体操作、全方位視界、異界知識、毒耐性、酸耐性
まだまだ体が変化もとい進化していく予定。今後にどのように変化するかはある程度決まってます。ですが、遅筆でありますので気長に待っていてください。