ベビースライム
不意に目が覚める。薄暗いが周りをよく見ると大人が十人以上手を繋がなければ囲めない程の苔むした大きな樹木が無数に生えている。暗いのは木々が空を覆い尽くすほど枝葉を伸ばし、天然のカーテンとなっているからだろう。こんな健康に悪そうな森林浴をしていた覚えはないのだが。
確か俺はたまの休日を使い、親孝行でもしようと屋根に上りペンキを塗り直している時に足を滑らせ地面に落ちたはずだ。運悪く頭を強く打ち、ちょうど買い物から帰ってきた母は血を流しながら倒れている息子に驚き、急いで呼ばれた救急車によって病院に運ばれた所までは記憶に残っている。そこから治療を受け、起きたのなら最初に目にするのは、白い天井だろう。間違ってもこんな魔女が住んでいるような森ではない。
とりあえず現在の状況を確認するために、体を起こして辺りを見回してみる。周囲には天高く聳える蔦が巻き付いた巨樹が立ち並び、傍らに大きな極彩色の花が咲いている。地面には落ち葉が敷き詰められて、豊かな土壌を形成している。空は太陽の恵みを一片も逃さないように木々が枝を伸ばしており、光が殆ど差し込まない。まるで童話に出てくるような深く暗い森だった。
顔の近くにはラフレシアにも似た、今まで見たことのない花が咲いている。目の前にある赤と黄色が混じりあった大きな花に驚きつつも生来の好奇心からか、思わず手を伸ばしていた。だが届かない。それどころか手が全く動かないようだ。辺りの環境にばかり気を取られていたが今更になって自分の体の異常に気がついた。
普通なら起きてすぐにわかるはずだ。手足まったく動いておらず、体を起こしたはずなのに視点の高さが全く変わっていなかった。まるで体中に目が付いているのでないかと思える程の全方位を見渡している視界が広がっているし。何故かこんな異常事態でも冷静な思考を保っていられる。
現実逃避の一つでもしたいがこれまでの出来事から現状について答えを出していく。起きる前の記憶今までの出来事から、自分は病院で死んでそのあと何かが起こり幽霊、又はそれに類する存在になってしまったと考える。考えが飛躍しすぎているような気もするが、こうでもしないと今の状態の説明がつかない。
確かめる方法がないか辺りを見ると、天から光が差し込んでいるのが見え、そこには澄んだ水溜まりあった。
自分の姿を確認するために水溜まりへ向かった。四肢が動かないので、体ごと全力で進む。どのように進んでいるか分からないが少しずつ近づいて、なんとか水溜まりまで辿り着いた。鏡のような表面に反射して自分の姿が映し出される。
そこに映ったのは、透き通るような薄い緑色の崩れたゼリーような体。体内の中央には心臓のように脈打つピンポン玉サイズの赤黒い球体。小刻み震える液状のその姿を見て導き出された答えは一つだ。
どうやら俺はスライムになったらしい。
いやいや冷静に受け止めたがなぜスライムになっているのか分からない。無宗教の自分は死んだら死後の世界などなくそこで終わりと思い、人生悔いの残らぬように二十数年生きてきた。薄々感づいていたが死んでしまったことが確定したのなら素直に受け止める。第二の人生が送れるのならそれはそれで受け入れる。だが何故よりによってスライムなのか。ここが異世界、別惑星、未来の地球なのかはどうでもいいとして。なぜ明らかに生態系の最底辺にいるような生き物になってしまったのだろうか。これでは第二の人生を楽しめないではないか。
思わず溜め息が出てしまいそうだ。
これからどのように生きていくか考えていると思い出したかのように空腹感を覚える。生まれてから何時間経っているか分からないが何も食べていないため当然だろう。スライムがどのような食生活をしているか知らないが、粘体の体から推察するに水分が重要であると思い、先ほど自分の姿を確認した水溜まりから水を飲んでみる。
この体は水を飲みたいと思うと周囲の細胞が水分を吸収してくれるらしい。水溜まりに接触している部分から体内に入り、中央にある核に取り込まれていく。味覚がないのか味はしない。感じるとすれば少々冷たい程度だ。元々量が少なかったのか、大した時間もかからず飲み干してしまう。
まだ空腹感が残っている。食べられる物がないか周りを見回してみると、最初に手を伸ばそうとしていたマーブル模様をしたおどろおどろしい配色の花を目に留まった。
巨樹の根元に咲いている大きな花に向かって移動する。姿が流線型の某有名RPGの跳ねるスライムと違い、昔ながら泥に近い粘液状の体のため這いずるような移動方法を採っている。移動速度はお世辞にも速いとは言えず、ナメクジのように歩いている感覚だ。敵に見つけられたら真っ先に狙われるだろう。
厳しい自然界を生き抜く為にこのような改善点を見つけたらどんどん直していこう。どのように改善するかは後にして今は体の前まで迫ってきた毒々しい極彩色の花を食べてみよう。
近くで見ると巨大さがよく分かる。花は樹木に巻き付いている太い蔓から垂れ下がり、浅い壷のような物に肉厚の花弁が五枚付いているようなものだ。全体が斜め上を向いて、忙しなく小さな虫が飛んでいる事から壷にも似た部分はおそらく甘い蜜が溜まっているのだろう。どう食べればよいか分からないがとりあえず、地面すれすれある花弁の部分に触れてみる。
花弁に触れると体の中央付近から変化が訪れる。何かが形成されていくような今まで感じたことのない感覚だ。体に広がる感覚が端まで届くと今度は触れている花弁に変化が訪れる。
まるで強力な酸でもかけられたように溶けていったのだ。液状になった消化された花弁は多くの栄養となり、水と同じように核の中へ吸収される。瞬間、頭の中に食べた部分の様々な情報が浮かんでくる。
なるほど、これがスライムの性質なのか。捕食した部位からこの花の機能が分かってきた。まずこの厚い花弁は生物の筋肉に似ていて、壷の淵付近に長く触れている者がいると五枚全てが中央に閉じて、強い膂力により獲物を捉えるという地球では考えられない働きをしていた。食虫植物ならぬ食獣植物のようだ。その大きさから大型犬すら軽く丸呑みにできることは想像に難くない。
もっと欲しい。前世では体験したことがないほどの満足感が覚える。これはスライムの本能なのか花弁を体で覆い、夢中になって花を溶かし食べていく。分厚い花弁を溶かしつくし、壷に似た袋状の器官に差し掛かると中に入っていた蜜が溶かした穴から漏れ出てくる。相変わらず味は分からないが甘そうな蜜が体に掛かるとまた別の感覚が広がる。
まるで舌が痺れるようなそんな感覚が。
徐々に体が動かなくなる麻酔にでも掛けられたような感覚の正体は、蜜を取り込んだ核により詳細に分かる。即効性の麻痺毒だ。冷静に考えれば分かることだった。油断していた。いくら獣を捉えられる膂力を持っていようとこの花は自分で歩けない植物だ。より確実に仕留めるために毒など用いるのは当然と言える。幸いなのは致死性がないことと周りに敵がいないことだろう。
穴を避けて二枚程花弁を食べた時点で体が痺れて動かなくなり、これまで得た情報を整理することで捕食していた花の性質は大体理解できた。しかし困った。花の生態を解析して、死なない事は分かったが何時敵が来るかもしれない。その上、毎回このような事態になるのは避けたい。今までの満足感はどこかに行き、冷静さを取り戻した頭にある考えを思いつく。
先程花を食べようと触った時は何も起きなかったが、体中に奇妙な感覚が満たした後は消化器官に似た性質が形成され、栄養が吸収できるようになった。この栄養と解析した花の性質を利用して麻痺毒を防ぐ事ができるのではないか。最低でも壷のような部位の細胞を再現できれば麻痺毒を集めて捨てる事ができる。
物は試しと核付近に力を込めてあの感覚を思い出しながら、手に入れた情報を元に必要としている機能を構築していく。
体の中央から、いやおそらくあの赤黒い脈動する核から何とも言えない感覚が広がり、全細胞が作り変えられ進化していく。体の変化が全てが収まった頃には痺れは完全に抜けていた。麻痺毒に耐性がついたか確かめるべく麻痺毒が漏れていた穴を広げて盛大に浴びてみる。表面からは特に変化はない。吸収しても変わりなし。数分経っても全然平気だ。実験的にやってみたが上手くいくもんだ。この捕食進化の性質から案外スライムは優秀なのかもしれないな。
毒の驚異がなくなった花を残さず食べる。今後の目標としては、多くの植物又は動物の死骸を食べて情報を集めて強く進化していこうと思う。他にもこの暗い森の生態系を調査してより安全に暮らせるようにしていこう。序盤の雑魚敵して有名なスライムだが地道にでも強く成長できる可能性が見つかったことで生きるための希望ができた。スライム生活も悪くないかもしれない。
目標も決めた所で一先ず休もう。遠くない距離にある同じような極彩色の大きな花が咲いていたのを見つけたので、根元の隠れるように身を潜めた。これなら花に気を取られて、生き物に見つかる可能性は低くなるだろう。休憩を取ったあとに花を食べられて一石二鳥だ。慣れない世界で不安だが、せっかく手に入れた第二の生だ。こちらでも悔いの残らぬように全力で生きよう。
ファンタジーだからと言ってスキルや魔法で曖昧にせず、ある程度は理にかなった成長を書いてみたのですが。いかかでしたでしょうか。
これからスライムのような何かに進化していきます。
ちなみに現在の彼のスペックを表記するとこうなります。
名前:
全長:バレーボール程
形態:不定形スライム
技能:身体操作、全方位視界、異界知識、麻痺毒耐性
尚、これは読者にわかりやすいようにまとめたもので、本人はステータスや鑑定技能などは持っていないため自分のスペックを把握しきれていません。
これは文章書くのが苦手なのに勢いのまま初めてしまった初心者小説です。間違いだらけの文章になるかと思いますが、暖かい目で見守ってやってください。