六話 薬師 ニーニャ
夜が白むころにとなり街についた。パンツは乾いたが、非常に冷たいのでまだ装着はしない。金髪あんちゃんのポケットにでも入れとけ。ヘルムートさんは息も絶え絶え。
先生のうちへ乗り付ける。叩き起こすと機嫌が悪くなッ。
・・・あー。もう木戸叩き壊しているし。ジオめ。怪力熊男め。
「うおおお、なんじゃあ、熊の襲撃かあ!!」
「先生、急患です。バイタル不調。早急に処置を」
うやむや戦術開始。さっさとヘルムートさんを運び込む。
先生は、びっくりし過ぎてかえって怒る気もなくなったようだ。淡々と処理を済ませた。
「食い過ぎです。胃薬を飲んで安静に」
ヘルムートさんは少し安堵したようだ。
それにしてもやっぱりなー。看護婦っぽくそばに立ってみたが何の役にも。
しかし、先生は場を外すと、あたしの袖を引っ張って納戸に連れこもうとする。
うわ、あたし今!○○なのに!
「盲腸じゃぃ。散らす薬が切れとる。薬師から取ってこいすぐに」
あ、苦しんでる患者には言えないってことですね。
「食い過ぎであることに違いは無いわい」
速攻で追い立てられる。あたしもー眠いんですけど。しゃあない。
「ジオ、乗せなさい!言われた通り走って!」
「うん、わかった」
あたしは、後ろ手に組んだ台に足を乗せた。早朝、あまり人はいない。ロングスカートだ、そうそう見えるものではない!
「はいそこ右、次左、障害物跳べッ!いいぞジオ!ハイよー!」
「僕は馬じゃないんだなー。でもなんか楽しいね」
あんたは熊だ。あたしはベーアレイターだッ。楽しいッ!
通り過ぎたッ、離脱ッ、着地ッ。
しまったッ、ロングスカートがディレイで降りてくる。
「み、みてないよ、ちょっとしか」
恥ずかしいけど、あんたならいいか。夫婦仲好感度上昇。
さすがに履くか。そう思って取り出すと、間違えている。今持ってるのは金髪あんちゃんのだ。あたしのは、あんちゃんのポケットの中。普通間違えないよね。夜だからって。
それより用事。薬師の家へ細い路地を抜けて行く。ヘルムートさんに死なれちゃ困る。
街の中なのに、裏手に行くと中庭のようになって、植物が栽培されている。あいつは朝早くから薬草菜園の手入れをしているはず。
いた。細いひょろっとした耽美な奴。
「カスパル!盲腸の散薬すぐ頂戴!」
「君いつもせっかちだねー。今用意するよ。急患かー」
カスパルは手際よくごそっと用意してくれた。薬が必要なのは何もヘルムートさんだけじゃないから。金欠先生はあまり予備を買い込めないでいるが、これからはヘルムートさんが融通してくれるだろう。けっこう金があるって素敵だね。
「じゃあね、ごめんねー」
というと、カスパルは寂しそうに見送ってくれた。昔、姉さんの薬をタダで分けてもらった時は、その頬に感謝のキスをしたこともある。だが、あわただしく働くうちに、次第に病弱なカスパルはあたしの視界から消えてしまった。あたしは今、熊のように元気な人が好きだ!ごめん!
だが。うーん。その熊男は路地の細い所にはまって動けなくなっていた。でかすぎ。邪魔すぎ。でも、ほっときゃカスパルが助けるさ。
容赦なく乗り越える。見るなよ。あッ、お尻を支えなくていいから!
突っ走った。奴が起きる前にすり替えなければ。いや、薬を届けるためだ。
だが、奴は独特な変なキメポーズで立っていた。薔薇の花を嗅ぐ王子のように、優美に佇んでいるが、やっていることは変態だー!
ひったくろうとすると、スッと身を引かれた。たたらを踏むあたし。
「ま、まちがえただけなんだから、変な意味に取らないでよね、はい、あんたの!」
「・・・君も、嗅いだのか、俺のを」
うがー。それどこじゃない。あったま来た。奴のパンツを叩き付け、連打で踏みにじって家に入った。あたしのは、あきらめよう。いや、奴ごと火をかけよう。後で。
「先生、戻りました!薬です!」
「ご苦労さま、もういいぞ、村に戻るのか」
「いえ、戻りません」
愛の逃避行です、とまでは言えず。どうしようかと迷っていると、金髪あんちゃんが荷物を搬入しに来た。そういえば、ヘルムートさんの財産鞄とかを放っておいた。
「あんた、何も抜いてないでしょね!」
「明らかに足がつく。盗賊扱いは心外だ」
「ヘルムートさんから、皆さんへの報酬額はわしがうかがっている。鞄と馬車の管理をまかされた。支払いを代行してくれるように頼まれている」
回復するまでヘルムートさんについていなくちゃいけないかと思ったけど、ここで放免なら、少額でもいい。
だが、あたしは金貨1枚!男たちは銀貨5枚!破格の報酬だった!すっげぇ!ヘルムートさんパネェ!
いや、ヘルムーさんはこのままあたしが看病につくと思ってるんじゃないか?
ヘルムさんは、このままあたしを後妻にするつもりなんではないだろうか?
ヘル!紳士と言う意味ではなく、地獄の方のヘル!
ずらかるべし。