三話 緊急避難 ディア
俺は寒空を濡れたまま歩いたせいで、体調を崩したようだ。デュープハントゲレンクを試すよりも先に体が弱ったが、今さら戻れるか。俺は木陰で小休止していた。熱と空腹に耐えかねて道端に置かれた水筒とパンを失敬したが、緊急避難として許される行為である。
俺は今後一切セコイ盗みはしない!この魔人の腕は、もっと大きな物を奪うために奮われるべきなのだ!
そこへ大男がやってきた。キョロキョロしおって、おのぼりさんめ。なにおさが・・・
とりあえず水筒は遠くへ投げたッ、俺様は緊急避難で茂みの中へッ、く、来るな、来るんじゃないッ!
「ぐええええええええええええええええええええええええええええええっ」
いきなり茂みごとふんずけやがった!!許三!!いや、絶対に許千!!このディアブル・ブランディッシュの臓腑を踏みにじったツケは重いぞ!!
「なんだ、遺棄死体か」
「ち、ちがう!・・・まだ死んでなゴホッ。行き倒れ・・・ぐげェほ、げフッ!!」
熊のような力でいきなり担ぎ上げられたァぁっ!なんなんだ此奴は!誰なんだお前は!新たな魔人なのか?俺から今度は何を奪うつもりなんだ!
♪くーろいもーり、はーしる、くーまー。それは、まおおおおおおおお♪
一度だけ幕間から覗き見たオペラ、黒森熊魔王。その歌唱がガンガンと頭に響く。
背負われている間にデュープしてやろうとしたが、考えて見ればこいつのスキルはまだ見たこともない。肋骨の隙間でかえって突いた指を痛める。なんて肋間していやがるこいつ。熊だ、魔の熊だ。跳ぶように走る魔熊。
気絶しないように頑張ったが、終に俺は魔界に引き込まれた。
ぬうおおおおおお。魔空空間になど引き込まれてたあまるものかああああ。
ディアブル・ダイナミック!!!
短い悪夢から目覚めた俺の目に、胸元に触手を伸ばす魔熊が映った。
「いや、おねがい、さわらないで!」
俺様本当は女の子だったの!
・・・なわけがあるまいがー。んなわけがあるまいがー。
男の胸をはだけるんじゃない!気持ち悪い!必死でその手を阻止する!負けたら犯される!母さん助けて!!
俺は必死で腕を握りしめたが、そのうち奴が全然力を入れていない様子であることに気が付いた。化け物め。食われるかと思った。
落ち着いてみると薄汚い手だ。ムカドタ・・・いや、気持ちを整えろ。
「小汚い手でさわ・・・いや、すまない。」
考えろ。最悪の状況から脱するためにはどんな設定が有効だ?
「君が、俺を、助けて・・・くれたんだな?」
すると、魔熊の顔がほほ笑んだ。くそ、この偽善者め!恐ろしい傷、その人相の悪さでわかるぞ。恩を高く売ることに切り替えたな。だがそれでいい。
「思わぬ親切に動転して。だが、これは見せたくないんだ。恩人ならば尚更に。」
わかれよ?わかるよな、よし、わかったようだ。んーまさに俺様の口車は必殺技だな。
「僕はジオカトロ。君は?何故あんなところで?」
うぐっ。
ディ、ディアブル・ブランディッシュ・・・なんて恥ずかしくて言えぬ。ま、まだそう名乗る覚悟も実力も備わっていないのに聞くんじゃない!
あいつよく「ヘルキュンストラー」なんて名乗れたな。本体依存か。魔人はいいな。
ご、ごまかすしかない。俺様の口車はせかいいちー。
「コレのためさ。すまない。熱がつらい。後で話そう。一人にしてくれても?」
「あ、ああ、後で食事を持って来るよ」
魔熊は去った。恥ずかしい。火が出るほど恥ずかしい。
魔人の腕を装備した俺は、改名した。つもりだった。が、いましばらくは母からもらったディアロゴス(希:対話)の方を使わざるを得ないようだ。古き文明国の哲学者の名らしいが、対話など通じない世界では皮肉でしかない。俺は、奪い取ることで、この、平和ではない世界をのしあがってみせる!
・・・だがもう疲れた。・・・・・・寝よう。
魔王の歌をオリジナルと換装