二話 出会い ジオ
早く修行を終えて来てね。待ってるから。彼女の声が忘れられない。
彼女の唇も忘れられない。でも一言いいですか。
「キスの方が先だと思います!」
ああもう、彼女は、いつもあんなことをしているのだろうか。なんというか僕の村の娘と違いすぎて、街道沿いの娘は進んでるなというか。西の方では情熱的なのか。
でもなんというか。ありがとう。君の元へと早く戻れるように頑張ります。
街道を進む。しばらく進むと道の合流点に木陰があった。小休止できる。
座って、水筒とパンを取り出した。思い出すのは彼女のことばかり。
ぼくはいけない大人になってしまったんだろうか。食欲より、へんなものがあたまをもたげてきた。水筒とパンを置いて、茂みに入って用を足した。
ん、少し治まった。僕は誰も見ていないからと言ってはめを外すような人間ではない。
あれ、どこにおいたっけ。たしかここの石の上に水筒とパンを置いたはずなのに。
周囲を探す。ネズミにでも取られたか。しかし、ネズミは水筒まで取るだろうか。
茂みをかき分けた。ずんずん進む。
「ぐえっ」
誰かを踏んだ。あわてて飛び退く。こんなところに人がいるなんてと思ったら、ずいぶんと弱弱しい。
「大丈夫ですか、遺棄死体の人!」
「ちがう・・・まだしんでなゴホッ。いきだおれ・・・げほげほ」
僕は彼を背負うと、全速力でニーニャの宿に戻った。
だって、次の宿場までどれくらいかかるか知らなかったから。
「ニーニャ、彼を助けてくれ!」
宿に駆け込むと、そこでは大喧嘩が発生していた。
旦那「そんな指輪、売っちまえよ、男は戻ってこねぇよ!」
ニーニャ「帰ってくるわよ!婚約したのよ!もうあたしに変な客押し付けないでよ!」
おかみ「稼ぎの悪いのを置いておくほど余裕はないね!指輪を置いて出ていきな!」
ぼく「あの・・・」
ニーニャ「うそ、もう修行終わったの?」
ぼく「ちがうんだ、彼を看病してほしい」
旦那「お、お客さん、ずいぶんと早いお帰りで・・・」
僕は空き部屋に進んだ。病人が最優先だ。美人おかみが意外とおっかないことがわかったが、ここは看病もしてくれる宿のはず。
「困りますよ~病人を連れ込まれちゃ~」
「僕が払いますよ」
お金が無いときは、助けられない時もあった。でも今一応お金はあるのだ。
「何日かかるかもわかりませんし、死なれたら。どこのだれなんです?」
「道端にいきした・・・じゃなくて行き倒れていた人です。誰なんでしょうね」
「知らないのに助けたんですか?はあ。流行病だったら放り出しますからね!」
親切な宿だと思っていたのになあ。
僕は、ニーニャに手伝ってもらって、彼の看病を始めた。高熱だが、肌に斑点とかは無い。単なる風邪だろう。僕に医学の知識は無いが、誰だってそれくらいはわかる。
彼は単・な・る・風・邪!きっと治る!
汚れてはいるが、きれいな金髪。なかなか美男子。無理に運んだので気絶しているようだ。高熱なのに胸元をきっちり止めている。やはり汚れているし、質素な服だが、きちんとした性格をうかがわせる。でも今は外して楽にした方が。いや、脱がして汗を拭いた方がいい。行き倒れたかっこうのままでは回復に障る。ボタンをはず・・・
「さわるんじゃないッ!」
いきなり手首をつかまれた。びっくりした。
僕より細い腕なのにもの凄い力に。びっくりした。
ちょっとだけはだけた胸に傷跡が見えて。びっくりした。
「小汚い手でさわ・・・いや、すまない。君が俺を助けてくれたんだな。思わぬ親切に動転して。だが、これは見せたくないんだ。恩人ならば尚更に。」
そうか、ちょっとドキドキしたけど、わかってあげないとな。
「僕はジオカトロ。君は?何故あんなところで?」
「コレのためさ。すまない。熱がつらい。後で話そう。一人にしてくれても?」
「あ、ああ、後で食事を持って来るよ」
んー。名前も教えてくれないなんて。
コレ=胸の傷。幼少時からの虐待?人見知りして当然か。
部屋を出る。ニーニャがいた。
「もう修行は終わり?」
「いや、人助けだから・・・ね。それより僕は変な客だった?」
「ちが、違うったら。あんたに操を立てて、他の客を!」
叫ぼうとしたのであわてて口を塞いで廊下を降りた。
「少ししたら、彼に食事を。あの様子なら食べられる。すぐ元気になるよ」
「誰なの?ちょっとカッコいいけど。金持ちには見えないわね」
「僕に操を立ててくれるんじゃなかったの?」
「質問に質問返し?」
「んー。名前もわからないけど、きっと友達になれたらデレるよ」
そうさ。戦技を得た。彼女を得た。次は親友を拾う。なんて素敵な冒険!
「らっかんてきー。そこにほれるーあこがれるー」
棒読みなの?
「そんなことより、連れて逃げて!」
「彼を?休んだばかりだよ」
「あ・た・し・をに決まってるでしょーよ!」
胸倉をつかまないでください。女の子なのに凄い力で。びっくりしました。
「修行ももうどーでもいーから。逃げて、夫婦になろ。稼ぎは農夫でも人足でもいいから」
「そんなわけには行かないよ。僕は戦技を極めて立派な戦士になるんだ」
「何年かかるのそれ」
「二十年くらい?」
「売り飛ばしていい、コレ?」
あっ、指輪が。
「わかりましたッ。連れて行きますッ」
惚れた女って修行の妨げになるんですねー。先生方のみなさんが口を酸っぱくして言うことがよくわかりました。
「でも今じゃない。彼が回復してから。おかみさん夫婦にも誠意を持って話します」
「今、行儀よく真面目なんてクソくらえと思ったわ、わたし」
「と、とりあえず一晩。明日には彼も元気になってるかも知れないし」
「ふうん。では、あたしの良さをよくわかってもらえてないようなので。今晩はあなたにも元気になっていただいて、みっちりと根こそぎいただきますわね」
ひいい。
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