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苦手な方はご注意ください。

とんでも能力シリーズ(短編投稿)

キャンディ ~飴のち晴れ~

作者: 七草 折紙

作者、初の短編です。

 馬蹄の音が近づいてくる。それも一つではなく複数だ。

 目的地はここ以外にはない。


「面倒な……」


 男が嫌そうな顔を作り出した。彼は久しぶりに友人宅を訪れていただけの客人だ。

 演技ではなく、本気で嫌がっているのが分かる。


 そんな様子を見て、語り合っていたもう一人の人物――家の主人たる女性が、慣れたものと言わんばかりに微笑んだ。

 このような事態は、彼女にとっては珍しい事でも何でもない。

 世界中に名が知れ渡ってしまった彼女にとっては、厄介事など日常茶飯事なのだ。


 二人は焦ることなく、リラックスしたままでいた。


 ここは首都から遠く離れた森の一角、近くに小さな町があるだけの、大自然豊かな場所にある一軒家だ。

 部屋には必要最低限な家財しか置いてなく、部屋の中央に設置されている丸テーブルを二人の男女が向かい合っていた。


 部屋の中は綺麗なものだった。

 普段からこまめに掃除がされているのだろう。窓の外からの風が、埃を目立たせることなく、新鮮な空気を送ってくる。

 その空気に若干、柑橘系の香りが混じっていた。元を辿ると、いっそ酔っ払いの方が似合いそうな男から発せられており、彼は成人した大人らしからぬ子供向けの飴玉を口内で転がしていた。


 それは彼の好物。


 コロコロという音が女の耳には望郷の音楽が如く届き、謎のリズムを取って、可憐な歌声を奏でる。

 女は歌を口ずさみながら、男のペースに乗せられることなく、お茶をすすっていた。


 やがて、家の前で音が止まる。

 あと数秒もすれば扉をノックされて、誰かが入ってくることだろう。

 嫌でも話題の焦点が、その事に移る。


「誰だろうね」

「どうせお前に用だろ。助けてください~ってな」

「は~、この国には自分達で解決するという考えがないのだろうか」


 二人が顔を見合わせて溜息を吐く。想いは一緒のようだ。

 いつの世も堕落しきった貴族というものは手に負えない。

 分かってはいるがやりきれないのが、現状だった。


 やる気なさそうに椅子におっ掛かっていたボサボサ髪の男――スポイルが苛々しながら、テーブルに肩肘をついてやさぐれる。

 彼にしてみれば、自分がいないときに思う存分どうぞ、という気分だ。

 変に深読みされて連行されようものなら、暴れだしてしまうかもしれない。

 彼が後ろ髪を払うように弄ぶと、黒い髪が飛び跳ねるように動いた。


 スポイルの様子を苦笑いしながら見つめていた、この家の主人たる金髪碧眼の女性――どこぞの王子様のような風貌の美女エレノイアが、扉の向こう側に意識を向ける。


 彼女に事前にアポを取った記憶はない。だとすれば、この先の流れは否応でも予想できる。

 仮に、できた騎士であれば、大勢で押しかけるなどという愚行はしないであろう。

 この場合は、傲慢な連中がズカズカと入り込んでくるパターンだ。人にモノを頼む態度ではない。

 相変わらずの選民思想。なのに、厄介事だけは律儀に持ち込んでくる。


 前回の苦労を思いだし、エレノイアが遠い目をする。


 この間は確か、求婚のリストがズラリと並べられ、「どなたが宜しいですかな?」などと的外れな質問をされたものだ。

 彼女に言わせれば「どなたも宜しくない! 勝手に話を進めるな!」という叫びを、何とか抑えきった心情だ。


 彼ら貴族は己の視点でしか話ができない。

 自分達が偉く敬われる存在だと信じてやまない連中が殆どだった。

 欲に目が眩み、対象の事情などお構いなしの精神は、ある意味突き進んでおり、別の意味で尊敬に値する。


 そして何より、一番の頭痛の種は、彼らがしつこい(・・・・)という点だ。

 何度丁寧に断っても、別のアプローチを仕掛けてくる。

 その熱意を民草のために使えないものだろうか。

 言いたいことは山程あるが、詮無きことなので、割愛する。


「人気者は辛いねぇ」

「なら君が代わってくれ」

「やなこった。お呼びなのは伝説の傭兵様だ。俺には関係ない。というか、巻き込むな」

「それは"巻き込んで"と取ってもいいのか?」

「違う! そのまんまの意味だ。俺をそこらのツンデレ少年と一緒にするんじゃない!」

「可愛くないね」


 こんな風に仲良さそうに見えて、実はエレノイアはスポイルのことを殆ど知らない。

 彼と知り合ったのは、何のことない町の中。戦闘に関すること以外には案外疎い彼女に、気さくに話しかけてきたのが彼だ。


 始めはエレノイアのことを知らずにナンパしてきた、愚か者だと思った。

 だが彼は違った。

 自分が世間で最強と恐れられている傭兵――最上級の異能を持つギルドランクオーバーの戦士、『太極剣刃』の異名を持つ双剣の使い手にして、光と闇の二重能力者(ダブル・ソーサラー)だと知っても、態度は何ら変わらなかった。


 終いには家にまで遊びにくる始末。

 それどころか、「いざとなったら俺を護ってね」とまで言い出す呆れ様だ。

 常人ならば嫌悪感を示すであろうそのヘタレ発言も、エレノイアにとっては新鮮なものだった。

 策略を張り巡らせて自分を利用しようとする輩は大勢いたが、単刀直入にあからさまな言葉を浴びせ掛けられたのは、初めてだった。


 訳の分からない不思議な温もりに揺さぶられて、エレノイアはいつしか、スポイルをすんなりと信頼しきるようになっていた。彼といるのが心地よくなっていたのだ。

 彼の魅力は自然体なところ、悪く言えばいつなんどきも変わらない。

 エレノイアに近寄ってくる貴族を前にしても、媚びることはなく、反対に逆撫ですることもある。

 今日まもなく、それが再現されるであろう。


 どうにかならないものか、とエレノイアは頭を悩ませていた。


「結婚でもして落ち着けば、来訪数が減ると思うのだがね」

「宛でもあるのか?」

「……誰かいないかな?」

「さあ」


 さりげなく言葉を含ませるも、一向に気づく様子もない朴念仁に、エレノイアのこめかみにピキリと青筋が浮かぶ。

 戦いばかりしていたから、身体中ゴツゴツしていて、魅力がないのだろうか。

 言いようのない不安がエレノイアを襲う。

 またしても淡い期待が徒労に終わり、エレノイアは不貞腐れるようにそっぽを向いた。


「もういい……」

「……?」

「いつになったら、気付いてくれるのかね……」


 そこで漸くノックの音がした。

 トントンという軽い確認音ではなく、ドンドンという粗忽な押しかけ音だ。


 合わせたかのように、スポイルが立ち上がった。


「じゃっ、奥の部屋で寝かせてもらうぜ」

「立ち会わないのか?」

「俺は只の町民だ。お前とは違うんだよ」

「むっ、そんなことは関係ないと思うがね。私たちの友情も強さは関係ないだろう?」

「まあ、それはそうなんだが。俺は騎士でも傭兵でもないからな。自由奔放が一番だ。じゃ、おやすみな」

「ハイハイ、行ってくるか」


 扉を開けた先には二十名程の、騎士団らしき集団が並んでいた。

 エレノイアには見覚えのある騎士団だった。確か異能騎士団――異能者を集めた武力重視の精鋭部隊だ。

 だが一番の知り合いの騎士団長がいない。別件で外れているのだろうか。


 エレノイアが訝しげに見つめていると、騎士団とは異質な、でっぷりとした肥満体の貴族が前に出た。一人だけ運動不足なのが丸わかりである。

 エレノイアは彼のことを、この国の軍務大臣と記憶している。


 お見合いの催促ではなくて、エレノイアは取り敢えずホッとした。


「今日は特別な要件で伺った」

「中で話をお聞きしましょう。どうぞ」


 話を聞くべくエレノイアが招き入れると、大臣ともう一人、これまた副団長だったと記憶する男性の、二人が家へと入っていった。

 他の面々は待機ということだろう。


 迷惑な訪問だが、これでも客人だ。

 エレノイアはお茶を用意した後、椅子に腰掛けた。

 大臣は既に座っている。偉そうな態度だがエレノイアは気にしない。副団長は立派に立っていたので、彼にも座るように促した。


 落ち着いたところで、大臣が話題を切り出す。


「近頃、近辺の村を襲う盗賊団がのさばっていてな」

「はぁ、盗賊団ですか。それなら騎士団で対処可能と思われますが?」


 荒事の全てに呼び出されては堪らない。

 厳に「そんな要件で来ないで頂きたい」と匂わせて、エレノイアは強い口調で問い返した。

 傭兵に本来、国に従事する義務などは存在しない。治安はあくまで国の仕事だ。


 そんな様子にめげることなく、大臣が隣の副団長をチラリと見ると、許可を得た副団長が語りだした。


「我が異能騎士団の団長が殺害されました」

「――なっ!? か、彼が、ですか!」


 飲もうとしていたお茶を、エレノイアは口に入れることなく戻した。

 それほどのショックだった。


 騎士団長の腕前はエレノイアも知っている。

 彼は王国剣術の達人でもあり、高位の異能者でもあった。仮に敵方に異能者がいたとしても、彼ならば問題なく対応できる筈だ。

 それが殺られた……


 それ程の強敵であると認識を改め、エレノイアは気を引き締めた。


「続きをお願いします」

「うむ……正直なところ、盗賊ふぜいと侮っておった。騎士団長の実力ならば遅れを取ることもないと、油断しきっておったのだ」


 それにはエレノイアも同感であった。

 騎士団長はギルドランクにすればランクS相当の実力者。

 例え数の暴力に負けそうになったとしても、逃げ切るくらいの余裕はあった筈だ。

 つまりは予想だにしない事態が起こった、何らかのアクシデントがあったとしか思えなかった。


 大臣が畳み掛けるように、話を繋げる。


「それにヤツら、『ミストラル』とも関係があるらしい」


 その発言に、エレノイアが目を見開き、思わず立ち上がった。


「ミストラルだと!」


 エレノイアが過剰に反応する。常日頃から落ち着いたには、珍しい光景だった。

 既に知っていた大臣と副団長は取り乱すことなく、冷静に聞き返した。


「何だ、奴らに恨みでもあるのか?」

「い、いや、だがミストラルといえば、裏の世界のトップに君臨する世界規模の独裁組織。暗殺請負や非合法な取引を取り仕切っているのも奴らの仕業と聞く。その実態を誰も知らないが故に、一国家ですら踏みとどまる悪の親玉だぞ」

「確か数年前に、組織壊滅を掲げたメタボリック公国を一夜にして滅ぼしたとも聞くな」


 流石のエレノイアも顔を青くさせる。

 もし本当にミストラルが関係しているならば、戦力が明らかに足りない。


 考え込むエレノイアに、大臣が宥めるように声を掛けた。


「まあ、あくまで噂だ。騎士団総掛かりで挑めば問題ないと思われるが、何にしても情報が足りない」


 大臣の言葉に、エレノイアも神妙な面持ちで頷く。

 ここにきて機が熟したのか、核心に迫る提案を大臣が持ち出した。


「そこで、其方に偵察してきて頂きたいのだ。可能であれば殲滅も頼みたい」

「偵察、ですか?」

「そうだ。今までに送った偵察の全てが帰ってこないという始末。相応の実力者でないと先に進めんのだ」


 エレノイアは考える。安請け合いはできない。

 内容からするに、相当危険な仕事だ。慎重に行かなければ足元を救われ兼ねない。最悪……


「……人員はいかほどに?」

「二名が限度だろう。それ以上は動きが鈍くなる」

「……」


 こちらは機動力重視の三名。向こうの人数は不明。のるかそるか、運によるものも大きい。

 だが放っておけば、被害は増すことだろう。


「エレノイア殿、お願いします!」


 副団長が頭を下げる。

 亡くなったとされる団長と目の前の副団長は古い付き合い――幼馴染だと聞いていた。

 彼からは沈痛な想いが伝わってくる。


 この時点でエレノイアの決意は固まった。


「行きましょう」

「おおっ! 行ってくれるか!」

「必ずや使命を達成しましょうぞ!」


 エレノイアは大臣と、そして副団長とガッチリと握手を交わした。

 そうとなれば準備をせねばなるまい。


 そう思い、エレノイアが振り返ったと同時に、奥の部屋の扉が開いた。

 意外にも関わり合いたくないと言っていたスポイルが、険しい顔でエレノイアを捉える。


「お前、まさかミストラルに喧嘩ふっかける気じゃないだろうな?」

「聞いていたのか? ……ふっ、それも有りかもな」

「ったく、お前は……気をつけろよ」

「ああ、分かっているさ」


 そこで、スポイルの姿を確認した大臣が、虫でも払うかのような目付きで、彼を睨みつけた。

 醸し出す空気には、親しさの欠片もない。


「またお前か」

「だから何だ。アンタらには関係ない」


 こちらも大臣に負けず劣らず、蠅を追い払うかのように切り捨てる。

 この態度には、傍らで黙っていた副団長も異を唱えた。


「貴様! 言葉が過ぎるぞ!」

「俺はこの国の人間じゃない。偉そうなだけの貴族になんざヘコヘコする気はないな」

「下賎な分際で!」


 スポイルの失礼な物言いに、クールを装っていた大臣が怒り狂う。

 大物風に見えて、実は小物。それがスポイルの大臣に対する評価だった。


「フンッ、所詮は平民か。行くぞ、副団長」

「ハッ! ……エレノイア殿、友人はお選びになった方がよろしいですぞ」


 最後に辛辣な言葉を吐き捨てて、二人は去っていった。


 エレノイアが溜息を吐く。

 今度で何度目になるだろうか。板挟みになる自分が嘆かわしい。


 スポイルは面倒くさがりなだけだ。

 いい加減、仲を取り持ってやるのも女としての度量――いや、将来の妻の役目……何なら今すぐにでも……

 鈍感男を相手にする、不憫な女性に共通する暴走イマジネーション。

 この時、彼女は幸せな未来を思い描いていた。


 近く起こる悲劇など知りもせずに。



◆◇◆◇◆◇


 エレノイアが出かけた後、異能騎士団本部に団員が駆け込んできた。息が荒く、相当無理をして走ってきた様子が窺える。

 団員は扉を開け放つと、開口一番に事態を告げた。


「大変です!」

「どうした?」

「例の盗賊団ですが、"異能殺し"が混ざっているとの情報が!」


 その報告に、椅子で書類を纏めていた副団長が、青褪めて、書類を取り落とした。


 ――異能殺し


 ここ数年、巷で囁かれている対異能者限定の殺し屋。

 とある地方では英雄視されているとの逸話もあるほどの、異能者討伐率百%の異能者。

 とすれば、偵察に向かった異能者の三人も危険だ。


「何だと! クソッ、エレノイア殿が危ない!」

「それと……」

「何だ? 早く言え!」

「今回の情報、意図的に隠された疑いが……」

「な、んだと……?」


 その事実に、副団長は固まった。思考が数秒止まったと表現した方がいいだろうか。

 意図的ということは、国の上層部が盗賊団に関わっている疑いが濃厚だ。

 一番怪しいのは……


 そこまで考えて、副団長は苦虫を噛み潰したような顔になる。

 このことを知っているのは限られている。


「……を拘束。いや駄目だ、証拠がない。くそッ、取り敢えず監視をしておけ。動きがあったら連絡を寄越すように!」

「それが……」

「どうした?」


 出てくる内容全てが悪いモノに思えてくる。

 今度は何だ、と開き直って団員の言葉に耳を傾けた。


「いない!?」


 このタイミングで姿を消すとは。

 最悪の結末が副団長の頭を過ぎる。

 だが今は行動あるのみ。エレノイアを救うには時間が勝負だ。


「俺は王に会ってくる。それから隠密に長けた者に屋敷を当たらせろ。内密にな」

「ハッ」


 心の焦りを表すかのように、副団長は駆けていった。



◆◇◆◇◆◇


 二人の助っ人が無惨にも倒れている。血の量から考えても、もう事切れているだろう。

 安否の問題よりも、今はすべきことがある。ベテランの二人が簡単に殺られたのは、ソレのせいだ。


「何故、異能が働かない? ……何故だ!」

「ククク、そんなに不思議か?」


 エレノイアは横から斬りかかった男を薙ぎ倒し、左手にいた槍の男に剣を突き刺した。

 動きが鈍い。身体が重い。

 間違いなく、異変が起こっている。だが原因が分からない。

 まるで異能が封じられているような……

 そこでエレノイアはある結論に達する。


「まさか……"異能殺し"? ランクSの指名手配犯だぞ! 何故、盗賊団なんかにいる!?」

「ご名答、俺がその"異能殺し"のベリドゥウスだ」


 盗賊団の後方に控えていたヒョロリとした黒マントの男が、エレノイアを見下すような視線を向けた。

 自分が優位に立っていることを微塵も疑っていない。


 エレノイアが打開策を見出そうと時間稼ぎをしていると、予想外の衝撃が彼女を襲った。

 見覚えのある顔がこの場所にあったからだ。


「大臣!? 貴方が何故ここに!?」

「ククク、存外、鈍いな。今回の件は儂が仕組んだのだよ。(かしず)かない手駒など無用の長物。その美貌、只散らすには惜しいだろう?」


 いやらしい目でエレノイアを舐め回すように見る軍務大臣。此処にエレノイアを送り込んだ張本人。

 この状況が意味するのは単純明快、嵌められたのだ。全ては大臣の罠、恐らく騎士団長もこの大臣に陥れられたのだろう。目的は分からないが、黒幕は判明した。

 エレノイアの脳裏に、屈辱と共に怒りがこみ上げてきた。


 ――舐めるな!


 腐っても最強と言われた傭兵、ただでは殺られない。


「ただ嬲られるだけの女だとは思うなよ。異能などなくても貴様ら雑魚程度ならばどうとでもなる!」

「言うなぁ、フハハッ」

「ククク、お楽しみは最後だ」


 おぞましい視線をシャットアウトして、エレノイアはベリドゥウスを倒すことのみに専念する。

 この異能殺しさえ解ければ、活路が見出される筈だ。


 持てる力の全てを込めて、異能なし、それでも常人を超えた速度でベリドゥウスに迫る。

 貧相な身体――恐らく肉体的な強さは低い。


 微かな希望は、だが残酷に、エレノイアを裏切る。

 敵が一人だったなら、うまく切り抜けられただろう。しかし盗賊は一人ではない。

 注意を怠っていた右方から、異能の攻撃――棘のようなモノが弾丸として飛来した。


 エレノイアは左脚を貫かれる。


「クッ――ァッ」


 次いで、別の盗賊の徒手で、エレノイアの右眼が抉られる。


「グッ、ァァァアアアアアアッ――!」


 堪えきれない痛みに、それでも戦うことをやめない。

 徒手の男を斬り裂き、一人撃退に成功した。


「残りは……はぁ、はぁ、二十人か。フフフ、チョロイな」


 気丈にも強がりを見せるエレノイアに、現実が容赦なく襲いかかる。

 致命傷ではない傷が増えていく。


 動きが鈍ったところに、さらに左腕が斬り裂かれた。


「ぐがッ――まだぁッ!」


 それでも彼女は美しく、最後まで戦い抜く。

 気力だけが彼女を支えていた。それも限界を迎える。


「ガ、ガァッハァッ――こ、ここまで、か……」


 エレノイアの右膝から下が吹き飛び、動けなくなると、彼女は決意した。


 できるだけのことはやった。三十人はいた人数も今や半数以下だ。もはや戦闘続行は不可能。

 ならば――


 残った右腕で、懐から赤い石を取り出す。


「自爆石!?」


 盗賊達が一斉に顔色を変える。


 自爆石は原始的な"圧縮火薬"という技術を用いており、超常的な力は一切必要なかった。

 よって、無効結界で阻害されるという事態も起こらない。

 だがその威力は圧倒的で、実戦で使えるような代物ではなかった。


 自爆覚悟でしか使い道のない失敗作、不良品。


 万が一の時のためにエレノイアが用意していたものだ。本当に使うハメになるとは思わなかったが。

 儚い笑みがエレノイアに浮かんだ。


「何をしておるか! 早く止めるのだ!」


 大臣が叫ぶ。だがもう遅い。

 鬼のような表情で、エレノイアが最後の抵抗を魅せる。


「この身、を、汚され、る、くらい、なら、ば……」

「テメェら、下がれ!」


 血に染まりながらも鬼気迫るエレノイアに、危機感を覚えた盗賊の面々。

 大臣の言葉を無視して、盗賊のリーダーと思わしき大柄な男が指令を下した。


「いっそ、道連れに、してくれるッ!」


 エレノイアが自爆石を発動させる。

 赤い光が輝き、空間が幻想に包まれる。


(さよなら、スポイル……)


 壮大な音量を拡散させ、盗賊団のアジトが吹き飛んだ。



◆◇◆◇◆◇


「エレノイアが死んだ……?」

「す、すみません。僕たちが不甲斐ないばかりに……うぅ」


 エレノイアの部屋でのほほんと寛いでいたスポイルの前に、騎士団の一員と名乗った少年が訪ねてきた。


 ナニヲイッテイル?


 実感が湧かないスポイルは少年に連れられて、騎士団の安置所にやって来る。

 あの最強の傭兵と謳われた女が死んだ? ありえないだろ。

 半信半疑で近づいたスポイルは、そのありえない光景に顔色を失った。


「エ、エレノイ、ア?」


 身体中を抉られ、四肢を欠損した、ボロボロのエレノイアの姿。原型など留めていない。

 まるで拷問されたかのような、(むご)たらしい惨状。


 スポイルはヨロヨロと近寄っていく。


 余程、慕われていたのだろう。異能騎士団だけでなく、他の騎士団の面々が集まており、悲しみに暮れていた。

 スポイルは、その輪をくぐるようにして辿り着くと、ガクリと膝をついて呆然とする。


「何、だ、これ……どういうことだよッ! おいッ、エレノイア! お前、何寝てんだよ!」


 死んだのが嘘だと言わんばかりに、抱きしめて、懸命に語りかけるが、一向に反応がない。

 これは夢ではなく現実。微睡むような現実の境目で、スポイルは空虚な今を悟る。


「エレノイア様は勇敢に――」

「黙れ!」


 言い訳など聞きたくない。耳障りだ。

 スポイルは理不尽な怒りを声に乗せ、周りを牽制した。

 止めても溢れ出る殺気が抑えきれない。自分の殺気を解放したらヤバいことになるだろう。スポイルはギリギリの境界線で踏みとどまっていた。


 気付けば事の元凶である大臣が、近くにいた。

 スポイルは八つ当たり(実はそうでないが)をするかのように、罵声を容赦なく大臣に浴びせる。


「大臣! テメェのせいだぞ!」

「く、国に貢献するのが下々の役目だ」

「知るか、んなもん!」


 傭兵という仕事柄、こうなる可能性もあった。

 エレノイアが強いという事実に胡座をかいて、その可能性から目を逸らしていたのだ。


 非は自分にもある。八つ当たりなんて最低だ。


「エレノイアの遺体は俺が引き取る」


 スポイルは恥じ入るように俯向くと、静かに断言した。

 提案ではなく、断言。抵抗されたら実力行使に出るまで。

 悲壮な覚悟でスポイルは返答を待つ。


「キサマ、何勝手なことを――」

「いいでしょう」


 拒絶しようとした大臣に被さるように、異能騎士団の副団長が許可を出した。

 未だかつて副団長が大臣に逆らったことはない。不可思議な光景に周りが困惑する。

 そんな中、副団長の無礼な物言いに、大臣の顔が真っ赤に茹で上がった。


「副団長、貴様、どういうつもりだ!」


 大臣の苦情をサックリと無視した副団長が合図を送ると、異能騎士団の面々が大臣を取り囲んだ。

 皆、一様に射殺すような目を大臣に向けている。


「大臣、アナタに聞きたいことがあります。ご同行頂けますか?」

「何だ、貴様ら! 儂を誰だと思っておる!」

「うるせんだよ。このクズが!」


 冷静沈着で仕事に忠実と有名な副団長が、お偉いさんである筈の大臣を問答無用で殴り倒す。

 その瞳の奥に優しさや尊敬といった感情は一切なかった。


「アンタの屋敷から証拠は上がってるんだ」


 副団長があるまじき行動をして、静まり返った空間に、トドメの発言が響き渡った。

 それを聞いた他の騎士団の団員達も事態を悟り、皆が冷たい視線を大臣に送る。

 大臣は退路を失い、ガクリと項垂れた。


 終わった。

 やりきれない想いで副団長は天井を仰ぎ見る。

 盗賊団は未だ健在だが、少なくとも今回のような事態はもう起こらないだろう。


 今回の責任は全て自分たちにある。

 親友である元団長を殺された挙句、散々世話になった恩人にまで毒牙が回ってしまった。

 エレノイアは、元この国の没落貴族。権力争いに不本意ながらも巻き込まれた形だ。否、自分たちが巻き込んでしまった。

 悔やんでも悔やみきれない。


 さらに遺体までも利用しようとするとは、故人に対する侮辱にも程がある。

 それだけは断じてさせない。


「エレノイア殿、巻き込んで申し訳ありませんでした。せめてこの機に、国から膿を一掃するのが罪滅ぼしと、お受け取り頂きたい」


 一世一代の捕り物劇に周囲の視線が集まる中、それらの一切を無視して、一組みの影が動き出す。

 エレノイアを抱えたスポイルが、静かに去っていった。


「エレノイア殿を、頼む」


 副団長の呟きは誰にも聞こえることはなかった。






 スポイルはエレノイアと過ごした家に戻ってきた。

 エレノイアをそっとベッドに横たえる。

 宝物を扱うかのように、丁寧に、エレノイアの身なりを整えた。


 沈黙が訪れると、飴玉を転がす音のみが室内に反響し出す。

 スポイルはエレノイアに手を伸ばし、髪を掬い、穏やかに眠るエレノイアの頬を撫でた。


「よく頑張ったな……」


 エレノイアが笑った気がした。

 幾ら肉体が失われようとも、根本的な美しさは変わらない。

 人の世のために生きた、尊厳ある姿がそこにあった。


「お前が何と言おうが、俺はお前を離さねぇぞ」


 動かないエレノイアに、それでも生きているかのようにスポイルは語りかける。

 おっ死んでさようならなど許さない。逃げようとしても、逃がさない(・・・・・)

 スポイルの瞳に怪しい光が灯り出す。


「お前がいないとつまんねぇじゃねぇか」


 スポイルはエレノイアの耳元に近づき、囁いた。

 何かを決心したスポイルは、自分自身に宣戦布告して、さっそく行動を開始する。


「例え魂だけになったとしても、お前は一生俺と生きるんだ。死んでも逃げられねぇぞ」


 まるで魂の状態のエレノイアがそこにいて、恥ずかしさで慌てふためく様を楽しんでいるかのようだ。

 スポイルは静かに眠るエレノイアに顔を寄せ、唇をそっと重ね合わせた。


「行くか」


 久しぶりにやる気を出した男が、後片付けをすべく立ち上がる。


 バキンッ


 盗賊達の未来を暗示するかのように、スポイルは口内で転がしていた飴玉を噛み砕いた。



◆◇◆◇◆◇


 盗賊団のアジトは破壊され、騎士団が派遣されていた。

 エレノイアの遺体もその折に発見されたのだ。

 今は国を挙げて厳重な警戒態勢が敷かれている。

 その様子をこっそりと覗き込んで、一つの影が何かを追って、闇に溶け込んだ。


 現在、盗賊団は別のアジトを根城にしていた。

 今では誰も住んでいない廃墟――郊外の屋敷がそれだった。

 元は二等貴族の持ち物だったのだろう。主のいなくなった屋敷には誰も寄り付かない。


 その屋敷の大きなリビングルームにて、盗賊達の食事が行われながら、下品な馬鹿笑いが飛び交っていた。


「あの大臣、捕まっちまったそうだぜ。一週間後に、一族全員処刑だってよ」

「あんな爺にとばっちり受けた家族も悲惨だな」

「ハハハッ」

「どうでも良いだろ? というか、あの偉そうな態度、いい加減くたばれって思ってたところだぜ」

「それもそうだな」


「誰か助けに行きたい奴いるか?」


 嘲笑うように分かりきった質問をする盗賊団員。当然、誰も立候補しない。

 皆、大臣に義理や恩義が有る訳ではない。むしろ横暴なクソ貴族に我慢してきたクチだ。

 金銭で結ばれただけの持ちつ持たれつの関係。それが無くなった今、大臣は用済みだろう。

 次第に、この場の全員が笑い出した。


 しばらくすると、どこかに出かけていた盗賊団の救世主――異能殺しのベリドゥウスが帰ってくる。

 酔っ払ったリーダーが、機嫌よく声を掛けた。


「ベリドゥウス先生、お疲れです」

「うむ」


「しかし流石は"異能殺し"ですぜ、あの女のツラぁ見ましたか?」

「伝説の傭兵も形無しだな!」


 もはや敵なし。やりたい放題の盗賊達は、先日の快勝劇の話題で盛り上がる。

 その時の武勇伝を酒の肴にして、更に宴会が進んでいった。

 やかましいのも盗賊には当たり前、部下達の笑い声をバックコーラスに、リーダーの男がベリドゥウスに確認を取る。


「あの、ところで例の件は話はついたんでしょうか?」

「ああ、先程会ってきた。もうすぐ『ミストラル』に入れてもらえるように手筈を整えている」

「おお、いよいよですか!」


 リーダーが興奮で声を荒げる。待ちに待った時が来たのだ。

 荒くれ者共にとっては憧れの存在、遥か高みに位置するその場所に漸く手が届いた。


 これも最強の傭兵を倒した功績、最高の贄だったな。


 恍惚な表情でリーダーは過去を振り返る。

 その心情を表すかのように、彼は酒を一気に呷った。

 今日は酔いつぶれても良いのか、酒の減るペースが尋常ではない。

 酒瓶から口を離したリーダーは、「プハァーっ」と溜めていた息を吐き出した。


 リーダーは、ふと思う。

 ベリドゥウスに出逢って、自分達は幸運だった。念願のミストラルとのパイプが持てたのだ。

 だが経験上、幸運ばかりが続くと、決まって悪いことが起きる。

 それだけが不安だった。


 既に日は落ち、世間ではそろそろ就寝の時間だろう。宴会は最高潮に達していく。

 結論から言えば、リーダーとベリドゥウスの会話は、部下達にもダダ漏れだった。

 二人だけで会話していたつもりが、いつの間にか部下達が耳を澄ましており、本日最高の肴に、再び場が湧き上がる結果を招いた。


「世界中の裏ギルドを統括する、あのミストラルに入れてもらえるのか!」」

「ソイツは凄え!」

「これで俺達は無敵だぜ!」

「手土産は女でも掻攫っていくか?」

「それくらいはしねぇとな。第一印象が大事だ」


 エレノイアとの戦闘で仲間を少なくない人数失ったにも関わらず、それをも馬鹿騒ぎへと変える。

 それが盗賊の在り方であった。

 彼らは自分達が上り詰める未来に夢を馳せ、尊敬してやまないミストラルの話に華を咲かす。


「ミストラルといやあ、幹部の人達は別格なんだろ?」

「ああ、何でも一人で一国家に匹敵する戦力だとか」

「凄え人達なんだな!」

「そのおかげで騎士団も腰が引けているだろう?」

「クハハッ、だらしねぇなぁ」

「言ってくれるな、流石に無謀なのを理解してるんだろうぜ!」


 国より自分達が上だと勘違いしている盗賊達。

 異能者に対する切り札を手に入れた今、恐れるものはない。

 誰がやってこようとも、八つ裂きにすれば良いのだ。


 愉悦に浸る盗賊団の面々。



「お前らか……」



 ――その時、酔いを覚ます敵意の低音が、室内に響き渡った。



 突然の事態に、盗賊達は反射的にその方向へと目を向ける。

 そこには、黒装束を身に纏った男が立っていた。


「何だオメェ?」

「俺はエレノイアの相棒だ」

「はぁ? あの女の? 敵討ちって訳か?」


 たった一人で何ができる。

 馬鹿にしたような顔で、ヘラヘラする盗賊達に、男――スポイルは確認の意味を込めて、問い掛けた。


「お前ら、ミストラルのモンか?」

「そうだ、俺はミストラルの一員、『千里必中』のアーチス様の部下だ」


 中肉中背の黒マントの男――ベリドゥウスが立ち上がる。

 彼は自慢するかのように、高らかに宣言した。


 ――「千里必中」のアーチス


 言わずと知れた元傭兵にして現役最高峰の暗殺者と言われる男。

 特に遠距離からの狙撃の腕はピカイチで、千里の彼方からでも人を射るとまで噂されている。

 そしてアーチスはミストラルの正式な幹部。大抵の者はその名を聞くだけで震えおののく。

 その部下というだけでも、裏の世界でのステータスになりうるのだ。


 それを知っているベリドゥウスは勝ち誇ったかのように、余裕の笑みを浮かべた。


「クククッ、この人数に勝てるとでも? それに――」


 ドォオオオオォォォォォォン……


 突然、壁に穴が空いた。穴の周囲はひび割れることなく、スッポリくっきりと穴だけが生成されている。それは圧倒的貫通力が通ったという証。

 何が起こったのか、理解していない面々に言い聞かせるように、ベリドゥウスが高らかに謳いだした。


「アーチス様も見ているようだしなぁ。しかしこの威力、反則だよなぁ、ククク」


 ベリドゥウスの言葉に、盗賊達が騒めく。


「す、凄え!」

「何だ、今の!」

「ど、どこから撃たれたんだ?」


「気にするな。俺らに見つけられるような距離にはいないぞ」


 キョロキョロと周囲を見渡す盗賊共に、自分だけが知っているという優越感に酔いしれながら、ベリドゥウスが無駄だと言わんばかりに言い聞かす。


「ハハハハハハッ、そう怯えるな。アーチス様が手を下すまでもないさ」

「アーチスねぇ……」


 敵であるスポイルが、死の恐怖に怯えていると判断したベリドゥウスは、処刑人の如き口調で、一時の安心を与えようとする。

 完全なる包囲網でジワジワといたぶる腹積もりだ。


「ところで、一人でこんな処に乗り込むなんて、お前、異能者か?」

「ああ」


 ベリドゥウスの挑発に乗り、スポイルが人差し指から炎を吹き上げる。


 異能者の生まれる割り合いは数十人に一人。それ故にその強力な力は畏怖の対象となる。

 だがこの場にいる盗賊連中は、スポイルの炎を見ても、ニヤニヤと締りのない笑いを浮かべていた。


「――!」


 突如、炎が消えた。以降、異能が全く使えない。

 スポイルが驚いた顔をする。


 これまた見慣れた展開なのか、周りの盗賊達がいやらしく笑い出した。

 いつもこの展開に持ち込んで、異能者を絶望へと追いやるのが楽しくて仕方がないのだろう。


 エレノイアがこんな奴らにリンチされたかと思うと……。

 抑えきれない怒りがスポイルを取り巻いた。


「どうだ、俺の"無効結界"は? 能力に頼りすぎるからそんな目に遭う」


 勝ち誇った酷薄な笑みで、これからどうやって哀れな子羊を料理するか。

 そんなことを考えているのが、傍から見て取れる。

 性格破綻者か。ある意味、ミストラルに向いているのかも知れないな。

 真っ当な世界で生きていけない男を前に、スポイルは哀れみさえも浮かべた。


 だがエレノイアの痛みは、嘆きは、無念さは計り知れない。

 許す訳にはいかないのだ。


「これが"異能殺し"って訳か。どれどれ……いち、にぃ、さん……」

「……? 何をしている?」

「ちょっと実験をな」


 微動だにせずに数字を数えるスポイルに、違う展開を求めていたベリドゥウスが苛つきを覚える。

 ベリドゥウスは怯え悲しみ、もがく様が観たいのだ。

 瞑想などしている空気の読めないスポイルに、言い聞かせるように事実を告げる。


「フハハハッ、お前はもうお終いなんだよ!」

「……三十六……四十八」


 ベリドゥウスを無視してカウントを進めるスポイルが、四十八を数え終わった時――


 突如として、空気が張り詰めたように重くなった。

 何かが拮抗している感覚が、その場にいた全員の肌に突き刺さる。


「……四十八か」

「貴様、何をした? 異能は使えない筈――」

「そうか?」


 そう言うと、スポイルは指先からレーザーを発射した。


「なッ!? ――ぐぁあッ――」


 異能の光がベリドゥウスの足を捉える。

 異能が発動するなんてありえない。

 明らかな異常事態に、ベリドゥウスは驚愕の顔でスポイルを睨みつけた。


「キ、キサマ、な、にを……」

「何って、異能を連発しただけだが」

「ふざけるな! 何回試そうが異能が発動することはない!」


 聞く耳持たないといった風貌で、ベリドゥウスが怒鳴り散らした。

 その顔色に余裕はない。


 この時点で既に、双方は形勢逆転していた。


「俺は異能を連発(・・・・・)っつったんだ。同じ異能(・・・・)を連発したとは言ってないぞ」

「何を言っている?」

「まあ、口で言っても分からないよな」


 そこで「高速移動」の異能を使って、スポイルがベリドゥウスの眼前に躍り出る。

 人の脚ではこの速度は再現できない筈。しかし、先程この男はレーザーを発した。

 異能が二つ? いや、最初の炎を合わせると三つだ。

 ベリドゥウスの脳裏に嫌な予感が駆け巡る。


「何を――」


 ベリドゥウスが言い切る前に、スポイルの手刀が彼の胸を貫いていた。

 どう見ても完全なる致命傷。


 呆気ない死に、ベリドゥウスは狼狽えるが――


「がぁッ、は、あ? は? ……ハハ、ハ、何も起こってないぞ。クク、失敗か?」


 ベリドゥウスは生きていた。胸に傷も血痕もない。

 先程、胸を貫いたと思ったのは、幻覚だったのだろうか。

 良く見れば、スポイルはその場から一歩も動いていない。


 ベリドゥウスは考える。

 そういえば強力な殺気等が、人の本能に作用し、幻覚を見せるという話を聞いたことがある。

 その類の錯覚だろう。


 改めて見定めるべく、ベリドゥウスはスポイルと相対するが、


「――いや、成功だ」


 ベリドゥウスの期待を裏切る言葉がスポイルの口から紡がれた。

 成功、とはどういうことだろうか。


 目を凝らすと、スポイルの右手――親指と人差し指で抓まれた部分に、透明な飴のような物体があった。

 指先で飴玉を転がしながら、スポイルがニヤリとする。


「これがお前の色か。その醜い心に似合わない美しさだな」

「な、にを……」

「先程、四十八個の異能を同時に(・・・)発動させた」

「な、んだと……?」

「お前の無効結界は四十八個が限界のようだな」

「お前は何を言っている!」


 分かってはいても、ありえない。スポイルの言い分を全力で否定したい。

 だが人としての感覚が、それらの理屈を肯定していた。

 ベリドゥウスの奥底から、封じ込めた恐怖がそれでも湧き上がってくる。


「現時点での俺の異能は、――"千二十三個"だ」

「ま、さか、そんな事が……」

「そしてこれが千二十四個目」


 そう言いながら、スポイルは飴玉を口に入れる。

 只のオヤツタイムにしか見えない。スポイルが何をしたいのか、ベリドゥウスは計りかねていた。


「あ、め?」


 意味は分からないが、鍛え上げた直感が、生物に宿る本能が、ベリドゥウスに多大なる恐怖を与えていた。

 得体の知れない支配。大事なモノを失う恐怖。未来予知にも近い、絶対たる予感。


 スポイルは、ベリドゥウスに見せつけるかのように、飴玉をひけらかした。

 ゆっくりと舌の上で転がし、最後に歯で噛んで……


「や、ヤメろ!」


 ――砕いた


 途端、ガクリとベリドゥウスが膝をつく。


「な、んだ? ち、から、が……」


 ベリドゥウスの肉体、精神、魂。彼を構成する全てから、ナニカが抜けていく。

 そのナニカは、誰にも見えない未知のエネルギーとして、ベリドゥウスからスポイルへと流れていった。


 たちどころにベリドゥウスの思考は鈍くなり、描いていた壮大な計画さえも色褪せる。


 この瞬間、ベリドゥウスから、あらゆる能力――才能、未来の可能性が失われた。

 "異能殺し"はこの時点を持って、"無能力者"へと成り果てたのだ。


「俺の異能『飴玉(キャンディ)』の能力は才能奪取――」


 スポイルが、虚ろな瞳をしたベリドゥウスへと向き直った。


 何が起こったのか――

 盗賊団に絶望を与えるために、ベリドゥウスを完膚なきまでに打ちのめすため、そしてエレノイアの無念を晴らすために――


「今まで磨き上げた能力、知識、そして異能。あらゆる才能をお前から分離させた」


 彼は言葉を紡ぐ。


「これでお前は赤子以下の弱者に成り果てた。精々、(みじ)めな人生を送るんだな」


 最後に侮蔑の視線を投げかけると、彼は残りの盗賊に目を向けた。

 あまりの事態に、盗賊達は腰が引けている。


「さて」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。悪かったよ、ハハ、仲良くしようぜ。なあ?」


 たった今さっきまで敵だった男に、機嫌を取ろうとする盗賊その一。

 生き延びようとしているだけで、本当に仲良くする気はないのがハッキリと分かる。


 どちらにせよ、スポイルに和解という選択肢はない。

 コイツらはエレノイアを無惨に殺したのだ。その怒りが消えることはない。

 できるだけ絶望を、完全なる敗北を。完膚なきまでに叩きのめす。


 スポイルの意志は揺るがない。


「"舐められたら舐め返す"のが俺の流儀でな」


 そう言うと、スポイルは口から「ペッ」と小さい飴玉を吐き出した。

 地面にぶつかると、その飴玉は蒸発する。

 ベリドゥウスの飴玉に混じっていた不純物を取り除いたのだ。


 その光景にいちいち盗賊達がビビる。

 スポイルの絶対零度の瞳に射抜かれて、盗賊達は一斉に怯えていた。

 もはや懐柔する道は途絶えた。リーダーは即座に判断し、ひたすら力を練っていた部下に叱咤する。


「に、逃げるぞ! 『撹乱』急げ!」


 それが合図だったのだろう。

 盗賊の一人を中心に空間が歪み、盗賊達の姿が掻き消えた。

 どうやら幻惑系か光学系の異能だろう、とスポイルは目星をつける。


 その判断は正しい。が、無駄な悪あがきだ。


「リーダー、ベリドゥウスの旦那はどうするんでい?」

「放っておけ、そんなの! それより早く脱出するぞ!」


 スポイルを相当な危険人物と見倣したのか、逃亡最優先で指示を飛ばすリーダー。


 ――だがそれは叶わなかった。


「なっ!?」

「どうした!?」

「『強化』が解かれた!」

「おいッ、『撹乱』も解除されてるぞ!」

「何やってんだ!」


 一様に違和感を訴える盗賊達。

 彼らは何が起こったのかを理解していない。


「ほう、これが"無効結界"か……成程、範囲指定できるのか。お前らもう能力を使えないだろう?」


 何故異能が解かれたのか、何故異能が使えないのか。


 冷静に考えれば、その可能性は一つ。ついさっきまで、連中が頼りきっていた存在が挙げられる。

 だが連中はその現実を跳ね除ける。


 ――ありえないだろう、と。


 ソレは異能殺しと呼ばれる異能者の天敵の力。

 つまりはスポイルはベリドゥウスの能力を奪ったのだ。これもまた、別の形の異能殺し。


 所々で、絶望の悲鳴や焦り声が聞こえてくる。

 互いを責め立てる喧騒まで巻き起こった。


「他にも異能者が何人かいるようだが、カスみたいな異能ばかり。いらないな」


 もはや彼らに仲間意識はない。

 罪を擦り付け合い、自分だけは助かろうと、無様な命乞いを試みる。


 そんな彼らに、最後の希望を打ち砕くような、最も残酷な言葉が投げかけられた。


「お前らのようなカスの始末は『ミストラル(・・・・・)』の副ギルドマスター、――『食才者』の俺の仕事だ」


 ――ミストラルの副ギルドマスター


 その言葉に盗賊共が一斉に青褪めた。

 つい先程まで彼らが畏怖と羨望を掲げていた相手。味方だと思っていた(・・・・・)存在。

 彼らは敵に回してはいけない男を本気にさせたのだ。


『舐められたら、舐め返してヤル』


 裏の世界では有名な格言だ。ある男の口癖を語っている。

 その真意は不明だが、一部では『死の宣告』とまで呼ばれていた。

 その言葉を聞いたものは生きてはいられない。精々苦しまないように祈れ、と。


 副ギルドマスターと言えば裏ギルドの始末人のトップ、絶対に関わってはいけないランキングで堂々の一位を総なめにする危険人物だった。

 その神の如き冷酷無比な王が目の前にいる。盗賊達は逃れられない死を予感した。


「前代未聞の怪物……」

「回避不可の異能殺し……」

「国落としの悪童……」


 またか、とスポイルは嘆息する。

 失礼極まりない発言が飛び交っているが、今に始まったことではない。

 自分の正体を知ったものは、皆同じことを口にする。


「アーチスの悪戯にも困ったものだ」


 スポイルは、この展開を画策したであろう同僚に、言う事を聞かない子供のような感情を覚える。今もどこかで面白おかしく見ているのだろう。

 真の黒幕であろうその知り合いにぼやきつつも、目的を達成すべく、スポイルは動き出した。


 盗賊達は動かない。否、動けない。

 もはや抵抗する気すら抜け落ちたのだろう。


 何の感情も映さないまま、スポイルが職人が如く作業に入る。

 スポイルの五指から黒い触手のようなものが飛び出ると、生き物のように動き回り、盗賊全員から飴玉を抜き取った。

 これも異能の同時運用。「才能奪取」と「触手」の異能を合わせた能力だ。


「お前らの才能は全て頂いた」


 質の悪い飴玉など食べずに捨てる。まずくて食えたもんじゃないのだ。

 スポイルが足で踏んで砕け散ると、その時点で敵全員が無効化された。


 力が入らないのか、盗賊達は次々と崩れ落ちていく。


「本来であれば生かしておいても良いんだがな。お前らはやり過ぎた」


 力を持たない屑など相手にもならなかった。

 悪の栄えた試しなし――その言葉を体現したかのように、一方的な蹂躙で幕を閉じる。

 呆然自失するベリドゥウスのみを残して、盗賊団は壊滅した。






 スポイルが盗賊のアジトから出てくると、場にそぐわぬ拍手が響き渡った。

 細身な男が音もなく歩いてくる。


「さすがはスポイル様だ。使えない奴らだ(ボソッ)」

「何か言ったか?」

「いえいえ、お見事な手腕だと感心していたところですよ」


 ニッコリと邪気のない微笑みを浮かべて、アーチスがスポイルの前に立った。

 責任感が感じられない軽いノリに、スポイルの目線が睨み殺さんとばかりに鋭く光る。

 元はと言えば、コイツの監督不行届が原因なのだ。少しは反省して欲しい。

 陽気に近づくアーチスに、自然とスポイルの口調もキツくなった。


「キサマ、最初から知っていたのか?」

「まさかぁ、勝手なことをする馬鹿な部下がいるって聞いたんで始末しにきたら、アンタがいるんだもん。吃驚して任せちゃったよ」


 どうでもいいとでも言わんばかりの言葉の羅列。

 表ではヘラヘラしているように見えても、裏では何を考えているかは分からない。

 「組織」などとのたまってはいるが、所詮、自分本位な奴らが集まっただけの烏合の衆。

 油断はできない。


「お前の部下とやらは生かしてある。持ち帰るなら好きにしろ。最も、既に役たたずになってるがな」

「フフ、あんなのもう要りませんよ。興味もありません」


 裏の連中など、表の社会から外れた快楽主義者が殆どだ。

 組織に入るには自分から売り込むのが常道、スポイルのようにスカウトされるなど稀な事例なのだ。

 どんな酷いことでもルールさえ守っていれば、お咎めなし。

 大概は世間から後ろ指を刺されるような趣味趣向――欲望に忠実な奴らばかりで、スポイルみたいに楽をしたいだけ、という人間など変わり者でしかない。

 ある意味、スポイルという人間は裏ギルドの抑止力となっていた。


 本能で生きる連中なので、組織の人間は日和見主義者が多い。表立ってスポイルに逆らう者はいないのだ。

 そんな中でも、邪魔となるスポイルには、当然のように反抗する者も出てくる。

 今回のことも、アーチスの計画的な犯行だという可能性も無きにしも非ずだ。

 困ったことだが、それが現実。微妙なバランスで裏の世界は成り立っていた。

 最も、盗賊団は遊んだ後に切り捨てるだけの駒に過ぎないだろうが。


 上司としての指導と機嫌の悪さ、それに忠告の含みも相まって、愚痴のような小言がスポイルの口から出た。


「フン、部下の管理も幹部の役割だろうに。たるんでるんだよ」

「アンタが言うかな~」

「俺に直属の部下はいない」

「セコイなぁ」


 両者共に笑顔の裏では、互いを牽制しあっている。

 並の人間では失禁してしまうような状況の最中、隙を見せれば殺られるという緊張感を物ともせずに、二人は笑い合っていた。



◆◇◆◇◆◇


 町を離れた人気(ひとけ)のない場所に、一軒だけのこじんまりとした家があった。

 その家に近づく足音が大きくなっていく。

 足音が家の前で止まると、扉が静かに開いた。


「よっ」

「あっ、あぅ……」


 家に入っていく人物――スポイルを、一人の女性が待っていた。自然とスポイルの顔にも笑みが浮かぶ。


 ここはエレノイアの自宅。

 蘇った(・・・)エレノイアが、ぎこちない笑顔で迎え入れた。


 スポイルが盗賊退治に行く前、エレノイアは既に"生"を取り戻していた。

 その後、スポイルからキツくお留守番を申し付けられたのだ。


 本来であれば、死んでしまった人間を蘇らせる力など存在しない。

 だがスポイルは複数の異能を組み合わせることにより、それを可能とした。


 必要としたのは五つのステップ――


 第一に「肉体蘇生」で肉体の欠損を修復して、第二に「回魂」で抜け出た魂を呼び戻す。

 第三の「魂結び」で肉体と魂を繋ぎ止め、第四の「同期」で肉体と魂の波長を一定のリズムに調整した。

 最後は「再開」の異能で生命活動を再スタート。


 もはや神の所業だった。


「どうした? まだ落ち込んでいるのか?」

「ち、ちが……」


 スポイルがエレノイアの頭を優しく撫でる。それだけでエレノイアはパニクってしまう。言葉を紡ぎ出そうとするが、一向に出てこない。

 やっと言葉を発したかと思うと、辿たどしい口調が限界だった。


「あ、あの……この間の……ぁれは……」

「本気だぞ」


 有無を言わせない率直なスポイルの宣言に、エレノイアはビクッとして、彼を見上げた。

 既にエレノイアの顔は決壊している。じわりと浮かんできた涙はともかく、滴り落ちる鼻水が彼女の美貌を台無しにしていた。


 無理もない。

 長年、待ち望んでいた時が急に訪れ、彼女は戸惑いと同時に言いようのない喜びで溢れていたのだ。

 エレノイアの瞳は潤んでおり、ついには我慢できずに涙がこぼれ落ちた。


「泣くな。お前は俺のモンだと言っただろう」

「あ、ぇ、ぅ、……う、ん」


 エレノイアが亡くなったと聞いた時、スポイルの中で何かが弾けた。

 死者を復活させるなど、一皮剥けば神へと反逆する行為。それでも躊躇いは無かった。

 気付かなかった想い。二度と無くしたくはない、その己の半身を、スポイルは愛おしそうに見つめる。


 スポイルはエレノイアをそっと抱き寄せた。

 ポンポンと赤子をあやすように背中に回された手が、エレノイアに絶対なる安心感をもたらす。

 流されるようにエレノイアも、スポイルの大きな背中にギュッとしがみついた。


 世間で最強の傭兵と言われようとも、彼女は一人の恋する女性であった。

 普段のそっけない態度が一転、究極のラブラブモードに突入。エレノイアはドキドキが収まらない。

 数年間の飢餓を払拭するかのように、目を閉じて甘えるエレノイアに、頭上からそよ風のような声が降り注ぐ。


「お前は既に死んだことになっている」

「そ、そうだね。実際に死んだみたいだし……」

「つまり俺独占状態。ここにはもう誰も来ない。来たら口封じ」

「そ、それはちょっと……」


 嬉しい反面、剣呑なスポイルの雰囲気に、エレノイアの額に汗が滴り落ちる。

 彼はヤンデレだったのか。

 スポイルの新たな一面――驚愕の事実を、心のメモ帳にそっと刻みつける。


 ――彼を制御するのは私の役目。


 まさかの惨劇を回避すべく、エレノイアは拳を握り締めて固く決意した。

 スポイルもまた、エレノイアから一生逃れられないだろう。


「死んでもお前は俺から逃げられん。そう言ったよな」

「ぅっ、ぅん」

「お前は俺が生き返らせた。よって、お前の全ては俺のモンだ」


 傲慢な口調だが、これが彼の持ち味。その対象が自分になっただけの話。

 エレノイアは納得して、壊れた人形のように、何度も頷く。


「そっ、ソウダネ! 私はスポイルのモノになってしまったんだな、ふふっ」

「おおよ。今夜は覚悟しとけよ。三日三晩は余裕だな」

「ぁ、ぅ、ぁぇ、……(パクパク)」


 愛し合う男女の向かう先は一つ。

 脳内での予行演習――つまりは妄想の経験値は誰よりも高いと自負しているエレノイアだ。

 当然、それくらいの知識は持っていた。

 だが知識と実践の間には、天と地程の差がある。


 スポイルの、プレミアものの真剣な眼差しを直視して、エレノイアはしどろもどろに目を泳がせた。

 もはや己のキャパシティを当に超えたエレノイアは、涙目になりながら、真っ赤な顔で言葉にならない口を開閉する。

 その日から数日間、鳴り止まぬ二匹の獣の咆哮が、ある一軒家に響き渡ったという。


 二人はこれからも仲睦まじく生きていく。


 [完]


連載のプレッシャーから逃避して、ついには短編に手を出す始末。

短編っていいよね。

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