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星の歌、風の囁き

作者: 夕凪 遼

それは遥かな昔にあったとされる、遠い…遠い異国の物語――……



『地上の楽園』

多くの詩人に謳われる白亜の都、セレスタ。

まるで天上に住まう神々の住居のようだと評される、壮麗で整然と並んだ家々のその一角に、髪結いの男が住んでいました。

男は髪を結うのがそれはそれは上手で、その腕は彼に髪を結ってもらおうと毎日女たちが列を作るほど。

でも、彼はいつも一人でした。

何人もの女に囲まれても。どんなに美しい髪に触れても。

髪結いの仕事は彼にとって天職と言えましたが、どこか満たされないのです。

彼は時折、遠くを見つめては密かに息をつくのでした。


そんなある日、男が用事の帰りに近くの森の中を通っていた時のことです。

昼下がりに差し掛かり、ひと休みしようと立ち寄った泉のほとりで、彼は一人の女性が佇んでいるのを見つけました。

女性の髪は夜空のような色をしていました。

「なんて美しい……」

そのあまりの美しさに思わず感嘆していると、女性が弾かれたように振り向きました。どうやら思いのほか声が大きかったようです。

「・・・・・」

「・・・・・」

お互いに一言も発さないまま時だけが過ぎていきます。そして、永遠とも思える沈黙を先に破ったのは、いたたまれなくなった彼の方でした。

「あの……すみません」

言いながら歩み寄ると、その女性はいたく悲しげな表情をしていました。

「……泣いて、いるのですか?」

女性の目に光る雫を見つけた男は、思わず問うてしまいました。女性の表情がみるみる暗くなっていきます。

「何故……?」

何が、貴女をそんなにも悲しませるのですか?

自分に何ができるか解らないのに、無性にどうにかしなければいけないという衝動が男を動かしました。

「俺はしがない髪結いでしかありませんが、貴女の力になりたいんです」

男の真摯な目を見て、女性も何かを決意したように話しはじめました。

「実は私は天に住む者なのです。夜にだけ姿を現すことができるのですが、私の髪は夜空に融けてしまって誰にも気付いてもらえません・・・」

見つけてもらえる方法を探すため、地上に降りてきたのです━━そう言って女性は俯いてしまいました。

「どうか泣かないでください」

男は女性の頬を拭うと、安心させるように笑いました。

「大丈夫です。そういうことなら何とかできるかも知れません」

何といっても彼は髪結い。自分にしかできないことかも知れないという事実に彼は嬉しくなりました。

「本当ですか?」

少し期待を滲ませた瞳に、彼は力強く頷きました。

「俺に任せていただいても?」

「はい」

「承知しました」

そう言うと彼は懐から髪結い道具一式と何やら重そうな革袋を取り出し、早速彼女の髪を梳り始めました。

絹よりもなめらかで瑞々しいそれは、今まで触れてきたどの髪よりも美しく、彼は心が満たされていくのを感じました。

<この人はどんな風に笑ってくれるだろう>

自分が結った髪を喜んでもらえることは彼の生き甲斐とも言えるものでした。しかし、彼女に対して感じるこの感情は、それとはまた違うもの。

悲しい顔ではなく、彼女の笑顔が見たい。

他の誰でもない、この自分が喜ばせてあげたい。

思えば思うほど大きくなっていくのに、それは掴みどころのない感情でした。

しかし、彼は悩みました。

感情のほうはどうにでもできるものの、彼女の髪がなめらかすぎて結うことができず、思わぬところで壁に当たってしまいました。

悩みに悩んだ末、彼はあるものの存在に気付きました。その瞬間、彼の脳裏に電流が閃きました。

髪は結わずにそのまま流す髪型を選択し、彼はあの革袋の紐を緩めました。

おもむろに掬い取ったのは、きらきらと光る銀色の粒が入った香油。それを彼女の髪になじませ始めました。

――どれくらい経った頃でしょう。

全体に油をなじませた彼女の髪は、星空のように輝いていました。彼は最後に細い鎖で繋がった3つの宝石を飾りました。

「いかがでしょう」

彼女に手鏡を持たせ、自分はどこから取り出したのか小さな三面鏡を構え、彼は伺うように彼女を見つめました。

「素敵・・・」

そういって彼女は嬉しそうに笑いました。

「…………」

見ていると心が温かくなるような、優しい気持ちになる笑顔。

彼には彼女の笑顔のほうがずっと輝いて見えました。

「……一緒に街へ行きませんか」

言い終えて、自分がとんでもないことを口走ったことに気付いた時にはもう手遅れ。突然の申し出に彼女はきょとんと彼を見ることしかできません。しどろもどろしていた彼ですが、やがて開き直って彼女にまっすぐ向きなおりました。

「俺なら貴女の髪を飾れます・・・寂しい思いなんて絶対にさせません」

それは作業の間ずっと考えていたことでした。

あまりにも真摯な瞳に、彼女は目を逸らすことができません。

「――貴女には…笑っていてほしいんです」

最後の言葉は風に紛れてしまうほど小さいものでしたが、彼女の耳には確かに届きました。

知らず、一筋の涙が頬を伝いました。

「ありがとう……こんなにも想ってくれた人は貴方が初めてです。けれど、私は貴方と共に暮らすことはできません」

「何故……」

「私は天に住む者。本来なら地上にいてはならないのです」

彼女は白い繊手で彼の頬に触れました。その指先はもう半分ほど消えて見えません。よく見れば頭のてっぺん、爪先も消えています。

「もう、天に帰らなければなりません。さようなら、優しい優しい髪結い様。私のことはどうか忘れてください」

哀しげな微笑を浮かべた彼女の、もう見えない手が離れていきます。

「待……っ」

掴もうとした指は、虚しく空を掻くだけ。彼女の手は肘の辺りまで消えていました。

既に顔の半分も消えていて、その星色の瞳を見ることはできません。彼は必死で腕をのばします。

その手を取りたくても取ることの叶わない彼女は、聞こえないと知りつつ、言葉を紡ぎました。

――ありがとう、ごめんなさい・・・――

しかし言葉は声にはならず、彼が見たのは弧を描く唇だけ。

次の瞬間、光が弾けるように彼女の一切が消えてなくなってしまいました。

伸ばされた腕が力なく下げられ、崩れ落ちるように膝をつきましたが、しかし彼は白くなるほど拳を握り締め、天を仰ぎます。

「忘れるものか。天と地にどれほどの隔たりがあろうと、俺は貴女を想うよ」

流れ落ちた雫は、頬を伝って地面に染み込んでいきました。




ある夏の夜のこと――

その日、数多の星が輝く夜空に一際輝く光の川が生まれました。

そこにはまるで、飾りたてるような3つの星が輝いていたそうな・・・

拙作を読んでいただき、ありがとうございます。

誤字脱字がありましたらご一報くださるとありがたいです。

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