ぬくもり見つけるオニオンリング…… B$4.50
忙しなくフロアに響くヒールの音。ビーフパテの焼けるジューシーな香り。奇抜な赤い壁面と蛍光色のネオンライトのせいでそれぞれの顔色を正しく読み取るのは難しいが、それでも、ナイフとフォークが皿とぶつかり合う隙間に客たちの楽しそうな笑い声が漏れ聞こえてくる。
「いらっしゃいませ! レッド・ロケット・ダイナーへようこそ!」
そんな中に、今日は特別若く瑞々しい声が飛んでいる。イーサンは既に業務に慣れ始めてきているようで、扉を押し開けた人物に最高のスマイルを送った。しかし、次の瞬間、ぎょっと驚いたように目を見開く。
「……って、母ちゃん!?」
「おう、来てやったよ。しっかりやってるか?」
「言われなくてもやってるって! 来なくていいから!」
「そう言うなって。店員が勝手に客を追い返しちゃまずいだろ」
「う……」
「さ、案内してくれ。店員さん?」
イーサンと同じ黒髪の女性は、そう言っていたずらっぽく笑った。イーサンは一つ深呼吸をして息を整えた後、しっかり笑顔を取り戻して、マニュアル通りに席へと案内し始めた。どうやら、彼女は母親らしい。一連のやり取りを偶然近くで見ていたリオードは、これが職業体験か、と思って、ひっそりと微笑んだ。もしかすると、両親としっかり話ができる仲であることがいかに重要で貴重なものかを知っていたからこそ、そう思えたのかもしれない。
職業体験の二日目。生徒たちは実際にそれぞれの持ち場につき、他のスタッフたちと一緒に働いていた。最初は戸惑っていた部分もあったようだが、かき入れ時となる昼食の時間帯には既にそれぞれの仕事をものにしており、立派な人手となり得ていた。これにはルビーも上機嫌で、鼻歌を歌っている様子を見るに、今日の賄いにはデザートがついてるかもね、とはスタッフの言うところであった。
午後二時半。客足が徐々に落ち着き、生徒たちも順番に休憩をとれるようになった。まだ働きなれない生徒たちを優先したいから、とリオードが最後に休憩をとることを希望したところ、「班長がそう言うなら従わなきゃね~」とルビーに茶化されてしまった。
偶然にも、キ、と店のドアの蝶番が軋む音が雑音の隙間に聞こえて、リオードは真っ先に反応し、入口へ駆け足で向かう。
「いらっしゃいませ!」
「……ついに転職したのか?」
「えっ、ユエさん!?」
いつか休日のカフェで出会ったときのような、……というかあの時と同じ格好で、黒いシャツにカラーパンツをあわせた女性が、長い黒髪を揺らしながら入って来た。そのどこか物静かな雰囲気はこの派手で騒々しいダイナーにおいては少々異質に見え、入口に近いテーブルの客たちが一瞬振り返り、また何事もなかったかのように食事に戻っていった。
「あそこよりは、まあ確かに、こちらの方が安全か……」
「いや、してないですよ!?」
リオードはこほん、と一つ咳払いをして、店内を見る。ちょうど一つ、角のカウンターが空いているのに目をつけて、「こちらへどうぞ」と歩き出した。
「転職じゃなくて、依頼なんです。実質、ただのバイトみたいなものですけど」
「あそこはいつから便利屋になったんだ?」
「は、はは……」
それはリオード自身も疑い始めているところなので、上手く否定できなかった。
「それより、ユエさんもこういうお店、いらっしゃるんですね。意外でした」
「いや、今日はちょっとした用があってな」
「用? お仕事でこんな場所に……?」
「……君は何も知らないのか?」
「え、ええ」
「…………そうか」
歩きながらもさりげなく店内を観察している様子からは、確かにユエが仕事でここに来ていることが読み取れた。しかし、何故首を傾げられているのかさっぱりわからない。
疑問に思いながら、おしぼりや水を用意して、再びユエの席に戻る。すると、ユエは机に置いてあったメニューを眺めて数秒見つめた後、口を開いた。
「注文、いいか?」
「は、はい!」
「クラシックチーズバーガー単品一つ、それからホットコーヒーを」
「ポテトがついたセットもございますが……」
「単品で問題ない。ありがとう」
「かしこまりました。クラシックバーガーをおひとつと、ホットコーヒーをおひとつですね。少々お待ちください!」
「それと」
「はい?」
注文を入力し終えたハンディを制服のポケットにしまおうとしたところ、ユエに引き留められ、閉じかけた機械の蓋を止めて顔を上げた。ユエはメニュー表をなぞり悩むようなふうを装って、リオードに言った。
「昨日、職業体験の生徒を狙う殺害予告がポリスに届いた」
「さっ……!? ようでございましたか」
「あくまでここは候補地の一つではあるが、如何せん、君は何かと運がいいみたいだからな。気をつけておいた方がいいかもしれん。……私から言えるのはここまでだ」
ぱたん、とメニューを二つ折りにたたむと、ユエは上品に目を細めて笑った。健闘を祈る、と顔に書いてある。ちなみに、これは厄介事に巻き込まれやすいリオードを皮肉っているわけではない。彼女は少なからずリオードに同情しており、珍しい場所で働いているのを見て、純粋に頑張ってほしいと思っただけである。親のそれとほとんど変わらないようなあたたかい眼差しだった。周りに聞かれるのもおかしいと思って、前につくはずのご忠告という言葉をとって、リオードは「ありがとうございます」と返した。仕事とは聞いていたが、端くれだけでも厄介な事件を担当していることが察せられたため、邪魔をしては良くないと思い、リオードはさっさとその場を離れた。




