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捨てられ王女と小さなフェンリル〜陰謀に巻き込まれて国外追放されたら、国の守護獣がついてきちゃった  作者: 秋山春


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1/2

かわいそう編

短編で投稿しようと思ったんですが、分けた方がなんかスッキリしたので、文字数少ないですが2話に分けてます。



1



 空が微かに白みはじめた頃。


 フィラン王国の第一王女エルは、国境近くの門の前に立ち尽くしていた。


 平民が着るような安い服をまとい、小さな肩かけ鞄に最低限の荷物だけを持たされている。


「……本当に出ていかなきゃダメなんだ」


 ここにきてようやく、エルは自分の置かれた状況を実感した。


 まったく身に覚えのない国家転覆を企てた罪により、王位剥奪と国外追放の罰を宣告されたのが三日前。あれよあれよと手続きは進み、今ではただの町娘だ。


 王と王妃だった両親は数年前に流行り病で亡くなった。今は宰相とその妻が国の実権を握っている。


 権力を失い、味方もいない。そんな今のエルには、誰が自分を陥れたのか知る由もなく……極刑を免れただけ良かったと、そう納得するしかなかった。


 ここまでエルを連れてきた兵士が、槍の石突で地面を叩いた。思わず体がビクッと震える。


「時間だ」


 重い音を立てて、門が開いた。


 一面に緑の絨毯が広がり、草のにおいが鼻腔をくすぐった。奥には青々とした立派な森が鎮座して、さらに向こう側には、天をつくほど背の高い山々が立ち並んでいる。


 その光景が門に四角く切り取られて、まるで絵画のようだった。エルは、悲惨な境遇も、胸を焼き尽くすほどの悲しみも忘れて、しばしその景色を眺めた。


 と、背中を押されてつんのめった。

 兵士が石突をこちらに突きつけている。


 エルが慌てて門をくぐると、「二度とこの国の土を踏むな」と言い残して、門が閉められた。


 この瞬間、王女エルは、ただのエルになった。

 悔しさに唇を噛む。じんわりと目頭が熱くなり、涙がこぼれそうになる。


「……泣くもんか。泣くもんか!」


 ぐしぐしと目元をこすり、エルは叫んだ。

 頬をパチンと叩いて、無理やり気持ちを切り替えると、森へ向かって歩き出した。


 森を抜ければ、アーラン国だ。

 事情話せば難民として受け入れてくれるかもしれない。


 エルは、そんな甘い考えを胸に、新しい人生の第一歩を踏み出した。



2



 昼間の森は、葉の間から差しこむ陽光が絵画に描かれる後光のように美しく、そこにいるだけで心が洗われるような気分にさえなっていた。


 しかし、ひとたび夜がやってくると、森はその顔をガラリと変えた。月の淡い光は幾重にも重なる枝葉に遮られ、一歩先の地面さえどうなっているか分からない。


 明るいうちは気にならなかった鳥の羽音や虫の鳴き声、何かが枝を踏み折る音が、今では心臓が縮み上がるほど恐ろしかった。

 

 エルは、手探りで見つけ出した木のウロに身をひそめて、震えていた。


 と、どこからか獣の遠吠えが聞こえた。


「……っ」


 思わず息を呑む。

 距離はそう離れていなさそうだった。


 しばらく置いて、今度はさっきよりも近くで聞こえた。エルの心臓が早鐘のように鳴り、冷や汗が背中を伝う。


 エルは、細く短い木の枝を握りしめた。

 獣と戦うには、あまりにも頼りない武器だったが、それでも無いよりはマシだ。


 その時、パキリ——と枝の折れる音がした。

 近い、すぐそこだ。エルは、目を閉じて息を止めた。そうすれば気付かれないような気がしたのだ。


 正面の草むらが小さく揺れて、直後、ガサっと大きな音がして、何かが飛び出したのが分かった。エルは、たまらず悲鳴をあげた。

 

 そして、それを見たエルは目をみはった。


「……仔犬?」


 小さくて丸っこい、白い塊が舌を出しながらエルを見上げていた。長い毛はほわほわで、まるで大きな毛糸玉のようだ。


 そして、微かに光を放っている。

 だから暗闇の中でも、こうして姿をはっきり見えているらしい。それに気付いて、エルは背筋がゾッと冷えた。


「ま、魔獣……」


 その言葉に応えるように、仔犬は「きゅう」と鳴いた。そして、ポテポテと近づいてくる。


「こ、来ないで!」


 エルは後ずさったが、仔犬は気にするそぶりも見せない。尻尾を振りながらエルの足をすんすんと匂うと、嬉しそうに体を擦り付けはじめた。


「……襲わないの?」


 そう分かった途端、全身の力が抜けた。

 襲わない仔犬の魔獣なんて、ただの仔犬と変わらないはず……たぶん。


「脅かさないでよ……」


 仔犬が小さく鳴いて、エルの手を舐めた。

 胸の奥がじんわりと暖かくなって、エルは思わず仔犬をギュッと抱きしめた。顔を埋めていると、ふわふわぽかぽかで、辛い気持ちがまぎれる。


「朝まで一緒にいてくれる?」


 尋ねると、仔犬は尻尾をぶんぶん振りながら「きゃん」と鳴いた



 翌朝、鳥のさえずりで目を覚ました。

 いつの間にか眠っていたらしい。エルは、木々の隙間から差す陽光に目を細める。


 すっかり日が昇っているようだ。

 エルは、大きなあくびをして体を起こす。


 と、胸の中のふわふわが、もぞもぞ動いて、小さな顔が元気よく飛び出した。


「わっ、びっくりした。本当に一緒にいてくれたんだ。ありがと……仔犬」


 名も無き仔犬を抱きかかえて地面に下ろすと、立ち上がり、土を払う。夜の闇に沈んでいた森は、まるで別の場所のように穏やかだった。

 

 鞄に入っていた携帯食糧で朝食を済ますと、エルは出発の準備を整えた。鞄を肩にかけ、木の枝も忘れない。


「早く森を抜けなきゃ」


 持たされた食糧はさほど多くないので、時間を無駄にする事はできない。数日中にアーラン国に辿り着けなければ、エルの人生はこの森で終わる。


 そう言って、一歩踏み出すと、仔犬も当然のように着いてくる。


「え、ついてくるの?」


 エルの問いに仔犬は首を傾げる。


「別にいいけど……ごはんは自分で用意してね」


 仔犬は分かったような顔で鳴いた。

 

「なんか頼りないなぁ」


 エルは、くすくすと笑った。

 

「歩きながら、あなたの名前を考えよう。そうだなぁ……」


 サワサワと風に揺れる音を聞きながら、エルは仔犬と一緒に森を歩いた。



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