かわいそう編
短編で投稿しようと思ったんですが、分けた方がなんかスッキリしたので、文字数少ないですが2話に分けてます。
1
空が微かに白みはじめた頃。
フィラン王国の第一王女エルは、国境近くの門の前に立ち尽くしていた。
平民が着るような安い服をまとい、小さな肩かけ鞄に最低限の荷物だけを持たされている。
「……本当に出ていかなきゃダメなんだ」
ここにきてようやく、エルは自分の置かれた状況を実感した。
まったく身に覚えのない国家転覆を企てた罪により、王位剥奪と国外追放の罰を宣告されたのが三日前。あれよあれよと手続きは進み、今ではただの町娘だ。
王と王妃だった両親は数年前に流行り病で亡くなった。今は宰相とその妻が国の実権を握っている。
権力を失い、味方もいない。そんな今のエルには、誰が自分を陥れたのか知る由もなく……極刑を免れただけ良かったと、そう納得するしかなかった。
ここまでエルを連れてきた兵士が、槍の石突で地面を叩いた。思わず体がビクッと震える。
「時間だ」
重い音を立てて、門が開いた。
一面に緑の絨毯が広がり、草のにおいが鼻腔をくすぐった。奥には青々とした立派な森が鎮座して、さらに向こう側には、天をつくほど背の高い山々が立ち並んでいる。
その光景が門に四角く切り取られて、まるで絵画のようだった。エルは、悲惨な境遇も、胸を焼き尽くすほどの悲しみも忘れて、しばしその景色を眺めた。
と、背中を押されてつんのめった。
兵士が石突をこちらに突きつけている。
エルが慌てて門をくぐると、「二度とこの国の土を踏むな」と言い残して、門が閉められた。
この瞬間、王女エルは、ただのエルになった。
悔しさに唇を噛む。じんわりと目頭が熱くなり、涙がこぼれそうになる。
「……泣くもんか。泣くもんか!」
ぐしぐしと目元をこすり、エルは叫んだ。
頬をパチンと叩いて、無理やり気持ちを切り替えると、森へ向かって歩き出した。
森を抜ければ、アーラン国だ。
事情話せば難民として受け入れてくれるかもしれない。
エルは、そんな甘い考えを胸に、新しい人生の第一歩を踏み出した。
2
昼間の森は、葉の間から差しこむ陽光が絵画に描かれる後光のように美しく、そこにいるだけで心が洗われるような気分にさえなっていた。
しかし、ひとたび夜がやってくると、森はその顔をガラリと変えた。月の淡い光は幾重にも重なる枝葉に遮られ、一歩先の地面さえどうなっているか分からない。
明るいうちは気にならなかった鳥の羽音や虫の鳴き声、何かが枝を踏み折る音が、今では心臓が縮み上がるほど恐ろしかった。
エルは、手探りで見つけ出した木のウロに身をひそめて、震えていた。
と、どこからか獣の遠吠えが聞こえた。
「……っ」
思わず息を呑む。
距離はそう離れていなさそうだった。
しばらく置いて、今度はさっきよりも近くで聞こえた。エルの心臓が早鐘のように鳴り、冷や汗が背中を伝う。
エルは、細く短い木の枝を握りしめた。
獣と戦うには、あまりにも頼りない武器だったが、それでも無いよりはマシだ。
その時、パキリ——と枝の折れる音がした。
近い、すぐそこだ。エルは、目を閉じて息を止めた。そうすれば気付かれないような気がしたのだ。
正面の草むらが小さく揺れて、直後、ガサっと大きな音がして、何かが飛び出したのが分かった。エルは、たまらず悲鳴をあげた。
そして、それを見たエルは目をみはった。
「……仔犬?」
小さくて丸っこい、白い塊が舌を出しながらエルを見上げていた。長い毛はほわほわで、まるで大きな毛糸玉のようだ。
そして、微かに光を放っている。
だから暗闇の中でも、こうして姿をはっきり見えているらしい。それに気付いて、エルは背筋がゾッと冷えた。
「ま、魔獣……」
その言葉に応えるように、仔犬は「きゅう」と鳴いた。そして、ポテポテと近づいてくる。
「こ、来ないで!」
エルは後ずさったが、仔犬は気にするそぶりも見せない。尻尾を振りながらエルの足をすんすんと匂うと、嬉しそうに体を擦り付けはじめた。
「……襲わないの?」
そう分かった途端、全身の力が抜けた。
襲わない仔犬の魔獣なんて、ただの仔犬と変わらないはず……たぶん。
「脅かさないでよ……」
仔犬が小さく鳴いて、エルの手を舐めた。
胸の奥がじんわりと暖かくなって、エルは思わず仔犬をギュッと抱きしめた。顔を埋めていると、ふわふわぽかぽかで、辛い気持ちがまぎれる。
「朝まで一緒にいてくれる?」
尋ねると、仔犬は尻尾をぶんぶん振りながら「きゃん」と鳴いた
翌朝、鳥のさえずりで目を覚ました。
いつの間にか眠っていたらしい。エルは、木々の隙間から差す陽光に目を細める。
すっかり日が昇っているようだ。
エルは、大きなあくびをして体を起こす。
と、胸の中のふわふわが、もぞもぞ動いて、小さな顔が元気よく飛び出した。
「わっ、びっくりした。本当に一緒にいてくれたんだ。ありがと……仔犬」
名も無き仔犬を抱きかかえて地面に下ろすと、立ち上がり、土を払う。夜の闇に沈んでいた森は、まるで別の場所のように穏やかだった。
鞄に入っていた携帯食糧で朝食を済ますと、エルは出発の準備を整えた。鞄を肩にかけ、木の枝も忘れない。
「早く森を抜けなきゃ」
持たされた食糧はさほど多くないので、時間を無駄にする事はできない。数日中にアーラン国に辿り着けなければ、エルの人生はこの森で終わる。
そう言って、一歩踏み出すと、仔犬も当然のように着いてくる。
「え、ついてくるの?」
エルの問いに仔犬は首を傾げる。
「別にいいけど……ごはんは自分で用意してね」
仔犬は分かったような顔で鳴いた。
「なんか頼りないなぁ」
エルは、くすくすと笑った。
「歩きながら、あなたの名前を考えよう。そうだなぁ……」
サワサワと風に揺れる音を聞きながら、エルは仔犬と一緒に森を歩いた。




