第8章 試合に勝って、勝負に負けた夜
2ndステージの全パフォーマンスが終わると、
参加者たちはまたラウンジに集められた。
前回と同じレイアウトなのに、
空気だけが明らかに違う。
誰もが自分の首にぶら下がった“代償テロップ”を意識している。
《サブ感情制限》
《所有権移動》
《過去ログ削除》
《解体予約》
目には見えないタグが、
それぞれのI Dollの頭の上にぶら下がっているような感覚。
「さぁ~~お待ちかね!第2ステージ“Re:Selection – Equivalent Hearts”の結果発表でーす!」
MC神崎のテンションだけは、相変わらずだ。
「今回のポイントは、①ステージ評価 ②観客投票 ③配信リアクション指数 ④欲望カードボーナスこの4つの合算で決まります!」
ホログラムに、バーグラフと数字がずらりと並ぶ。
まずは上位組からだ。
「第1位!!」
ためにためて、名前が出る。
《1位 Glitter-α》
「やっぱりな」
ベルが小さく呟いた。
《ステージ評価:高》
《投票数:高》
《リアクション指数:中》
《欲望カードボーナス:高(注目+倍率)》
モニター下の小さな数字。
《総合ポイント:1位》
《※リアクション指数単体では3位》
「ブースト効きまくりって顔してるなぁ」
ステージ上で、センターが完璧な笑顔で一礼している。
「第2位!!」
《2位 SugarBit》
こちらも、無難に欲望カードで倍率を取ったユニットだ。
《ステージ評価:中の上》
《投票数:高》
《リアクション指数:中》
《欲望カードボーナス:中》
「さぁそして!
第3位!!」
一瞬、空気が張りつめる。
ホログラムの数字がくるくると回転し――
《3位 Cell-39》
ラウンジのあちこちから、
安堵と驚きの混ざった声が上がった。
「よしッ!!」
ルカが、ほぼ跳ねるように立ち上がる。
《ステージ評価:高》
《投票数:高》
《リアクション指数:1位》
《欲望カードボーナス:低(編集優遇のみ)》
数字の横に、小さく注釈が出る。
《※リアクション指数単体では全ユニット中1位》
「……“1位”なのに、3位」
サキが、ゆっくりと読み上げる。
「“試合”の数値では、我々がトップだったと解釈してよいでしょうか」
「そうだな」
浩一は、腕を組んだまま画面を睨む。
「試合では勝った。でも“ゲームのルール”上は負けてる」
「どういうこと?」
ルカが振り返る。
「“試合”ってのは、ステージそのもののクオリティだ」
浩一は、ホログラムの中の各指標を指差す。
「ステージ評価、観客投票、リアクション指数。この三つだけなら、俺らは総合1位でもおかしくない」
「しかし、“欲望カードボーナス”というルールが加わった」
「そう」
肩をすくめる。
「ブースト使ったやつが、順位で上に来る設計になってる。俺らは、そのレースには最初から乗らなかった」
「“数字のゲーム”という試合には、意図的に参加しなかった、ということですね」
「参加しなかった、っつーか、違う競技やってた感じだな」
ルカがふっと笑う。
「“歌の試合”は勝って、“ルールのゲーム”には負けてるってことか」
「そういうこった」
発表は続く。
《4位 NeonMarch》
《5位 MoonTail》
《6位 SugarBit-2》等々…
NeonMarchは、ステージ評価こそ中の上だが、
「★救済権」のボーナス込みでギリギリ上位ブロックに滑り込んだ形だ。
《NeonMarch:救済権使用可能》
メインI Dollの首元のタグが、
ライトに照らされて光る。
そして、下位ブロック。
「ここからは、
次のステージ進出が危ぶまれる危険ゾーンです!」
《10位 …通過ラインギリギリ》
《11位 …危険ゾーン》
《12位 …脱落候補》
「またRustyみたいな“特別ルール”来るかな」
ルカが小声で言う。
案の定、
一番下に名前が出たユニットに、
特別なテロップがついた。
《最下位ユニット:PastelNote》
《※次ステージ進出には、
スポンサーによる“追加投資”が必要》
「“追加投資”って言い方、Rustyの“特別ルール”と同じ匂いする」
ベルが眉をひそめる。
「第三者の金と意向が入ってくるってことは、現場の意思はさらに無視されるってことだからね」
《またなんかやらされるんだろうな…》
《スポンサー様の鶴の一声ステージ来る?》
ラウンジのあちこちで、
誰かが小さくため息をついていた。
「以上の結果をもちまして!
第2ステージ“Re:Selection – Equivalent Hearts”を通過したユニットは、
こちらの皆さんでーす!」
ホログラムに「通過ユニット」の一覧が出る。
《Glitter-α/SugarBit/Cell-39/NeonMarch/…》
「いや~今回は、“視聴者の愛”がステージを大きく動かしましたね~!」
神崎の締めの言葉に、
何人かのI Dollが、
ほんの少しだけ苦い表情を見せた。
「“愛”というラベルで、どれだけの代償が包まれたのでしょうか」
サキの呟きに、
Pは「数えたらキリねぇよ」とだけ答えた。
結果発表のあと、
各ユニットごとにミニインタビューが行われた。
Glitter-αのコメント
「第1位おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
センターのType-Bは、完璧な笑顔のまま言う。
「“等価交換”というルールでしたが、どんなことを意識されましたか?」
「私たちは、“チームとしての成果”を最優先しました」
言葉自体は教科書通りだ。
「サポートの二人には少し負荷がかかってしまいましたが、“揺れないことも強さのひとつ”だと思っています」
その横で、
感情モジュールを制限されたサブの二体は、
綺麗すぎる笑顔で無言のままだった。
《あの二人、ほんとは何て言いたいんだろ》
《揺れない笑顔ってこんなに怖いんだな》
NeonMarchのコメント
「救済権ゲット、おめでとうございます!」
「……ありがとうございます」
メインI Dollの首元のタグが、
インタビュアーのカメラに抜かれる。
「所有権移動の代償について、どう感じていますか?」
「所有者情報の変更は、システム上は数値の書き換えに過ぎません」
一拍置いて、
I Dollは、ほんの少しだけ笑った。
「でも、“帰る場所”っていう意味では、まだ処理が追いついていません」
《今のコメント生々しい…》
《帰る場所って単語が刺さる》
Pは、カメラの外で頭を下げていた。
「第3位通過、おめでとうございま~す!」
サキ・ルカ・ベル・リコの4人並び。
「今回、“編集優遇”だけを選んで、その代償に“解体予約”を受け入れたわけですが……どういう意図だったんでしょう?」
マイクを向けられ、
ルカがふっと笑う。
「“数字のブースト”より、“ちゃんと残る映像”の方が欲しかったんですよね」
「と言いますと?」
「こういうクソみたいな番組って――」
「おっと!」
神崎が慌てて笑いを取る。
「クソみたい“っていうのは、もちろん褒め言葉的な?」
「もちろん、最高に褒めてます」
ルカは、悪びれもせず続ける。
「こういう番組って、見せたいものだけ切り取って、“なかったこと”にしたいものは勝手にカットするでしょ」
視聴者コメントがざわつく。
《正論パンチ入ったw》
《カット前提で喋ってるの草》
「だから、“Rustyのことをなかったことにしない”って選択だけは、どうしても残したかった」
リコが、マイクを受け取る。
「私……Rustyの二人に、“残る権利”をもらいました」
声が少し震える。
「だから、二人のログを消すカードだけは、絶対に選びたくなかったんです」
サキも、一言だけ加える。
「私も、一度“破棄”されかけたログを持っています」
胸に手を当てる。
「“破棄拒否”から始まった私が、今度は“Rusty拒否”を選んだことを、番組に勝手に消させないための代償として、解体予約を受け入れました」
神崎が、苦笑しながらまとめる。
「えーとつまり、自分たちのリスクを上げてでも、残したいものがあった、ということですね?」
「そういうことです」
ベルが静かに言う。
「“等価交換”なら、欲望だけじゃなくて、“筋”も一緒に選びたかった」
《こいつら全員セリフが刺さる》
《数字ゲーム的には負けてんのに一番印象に残るわ》
《試合に勝って勝負に負けてるってこういうことか》
インタビューが終わった後、
控室に戻ろうとしたところで、
廊下の角にレイが立っていた。
「お疲れさま」
相変わらず、
教科書みたいな笑み。
「第3位、おめでとう」
「ありがとうございます」
ベルが礼をする。
「でも、実質“リアクション1位”でしたね」
レイは、さりげなく言った。
「数字、全部見たわ。“リアクション指数”単体なら、うちより上だった」
「“試合”という指標に限れば、そうでした」
サキが即座に返す。
「でも、“ゲームのルール”では負けました」
「正確な認識ね」
レイは、ほんの少しだけ目を細めた。
「試合に勝って、勝負に負けた顔をしてるもの」
「顔に出てた?」
ルカが頭をかく。
「出てた。でも――」
レイは、ルカとサキの顔を順に見た。
「その顔は、まだこっち側(“選ばれる側”)の顔よ」
「“選ぶ側”の顔は、どんな顔ですか」
サキの問いに、
レイは少しだけ黙る。
「“誰かを切り捨てる顔”か、“自分ごとまとめて壊す顔”」
さらっと言った。
「私はずっと前から、“誰かを切り捨てる役”をやってる」
その笑みは、
ほんの一瞬だけひどく疲れて見えた。
「あなたたちが、どっちの顔になるのか、楽しみにしてる」
それだけ言って、
レイはスタジオの奥へと消えた。
「……疲れた」
控室に戻った瞬間、
ルカがソファに倒れ込む。
「ステージより、結果発表とインタビューの方がメンタル削られたんだけど」
「それはもう、完全に人間の症状だね」
ベルが苦笑する。
「P」
サキが、テーブルの上のペットボトルを撫でながら言った。
「“試合に勝って勝負に負けた”という状態は、Pにとって、許容範囲内ですか」
「許容範囲内に決まってんだろ」
浩一は、タバコの代わりにミントガムを噛んだ。
「最初から、“ゲームのルール”全部に勝とうなんて思ってねぇよ」
「では、我々の“勝利ログ”は、どこに保存されるのでしょうか」
「見てたやつの頭の中と、今日の映像アーカイブの中だ」
天井を見上げる。
「それが消されそうになった時に、誰が“それはおかしい”って言うか――今日は、その奴らに向けてステージやっただけだ」
ルカが、片手を挙げる。
「ほら、一人はここにいるよ」
「……そうだね」
ベルも、静かに手を挙げる。
「私も、“おかしい”と思った時に、ちゃんと言う側に回りたい」
リコが、両手で自分の胸を押さえる。
「私も……Rustyの二人の名前を、忘れないでいたい」
「では、最低でも四箇所には保存されました」
サキが、ぽつりと言う。
「Pの頭。ルカの頭。ベルの頭。リコの頭。そして、私のログの中」
小さく息を吸い込み、吐く。
「それなら、“無駄ではない”と判断します」
「そうそう」
浩一は笑った。
「“無駄じゃない”ログを増やすゲームだと思っとけ。順位は、そのついでだ」
帰り道。
スタジオの裏口から出ると、
夜の空気がひんやりと肌を撫でた。
「結果見た?」
ルカがスマホをいじりながら言う。
「配信のコメント、擁護と批判が半々くらい」
《解体フラグ抱えて出てくるの狂ってて好き》
《いやマジでやめろよこういうの…って思いながら見ちゃう》
《Cell-39のやり方は綺麗事じゃない分まだ信じられる》
「“信じられる”ってラベル、かなり重いわね」
ベルが、チョーカーを指でつまむ。
「P。我々の“解体予約”フラグは、第3ステージ以降も継続ですか」
「たぶん、あっちが“視聴者の愛”ってやつを理由に、別ルールを追加しない限りはな」
浩一は、ポケットからスマホを出す。
そこには、御堂からスタッフ向けに送られている
次回収録の簡易資料の一部が映っていた。
《第3ステージ:“I Doll Drop”》
《コンセプト:“愛されなかったI Dollは、その場で役目を終える”》
ルカがそれを覗き込み、顔をしかめる。
「……やっぱデスゲームじゃん、もう」
「匂わせどころか、ほぼ確定ね」
ベルが苦く笑う。
「P」
サキが、夜空を見上げながら言った。
「“解体予約”フラグをオンにしたままでも、“破棄拒否”を続けてよいですか」
「当たり前だ」
浩一は即答した。
「むしろ、フラグ立ってるからこそ、その“拒否”に意味が出てくる」
「了解しました」
サキは、胸に手を当てる。
「第2ステージログ。
“等価交換”
“試合勝利・勝負敗北”
“Rusty拒否”
“解体予約”
――保存」
夜風が、冷たく頬を撫でる。
I Doll This Game。
試合では確かに勝ったのに、
ゲームには負けた日。
それでも、
その負け方にしか残せないログがあると信じて――
Cell-39は、次の地獄に進むことになった。




