第7章 欲望テロップと代償テロップ
本番が始まると同時に、
ステージ上には、見慣れないテロップが追加されていた。
《このユニットが選んだ “欲望” と “代償” をチェック!》
画面右下に小さく、カードアイコンが2枚並ぶ。
金色=欲望。黒色=代償。
「やだなにこれ、“今日の衣装のポイント紹介”みたいなノリでやるの?」
ステージ袖のモニターを見ながら、ルカが顔をしかめる。
《Glitter-α》
《★欲望:注目ブースト/得点倍率》
《△代償:サブI Doll二体 感情表現モジュール一部制限》
MCが、テンション高く読み上げる。
「トップバッターは我らがエリート・Glitter-α!欲望は“トリ&ポイントブースト”をガッツリ選択!その代償として――」
テロップが黒く点滅する。
《サブI Doll二体の感情表現モジュール、一部制限中》
「“揺れない完璧な笑顔”で、ステージを支えてもらいましょう!」
客席から、微妙な笑いと歓声が混じった声が上がる。
Glitter-αのステージは、確かに完璧だった。
センターのType-Bは、隙のない笑顔と、教科書のような動き。
歌声も安定している。
ただ――
「……横の二人の顔」
サキが、モニターを見つめたまま呟く。
「笑顔のパターンが、二十秒ごとに同一シークエンスをループしています」
「うわ、怖っ」
ルカが鳥肌をなでる。
「“笑ってる”っていうより、“笑わせられてる”って感じ」
ベルも目を細める。
「感情の“揺れ”を削って、“安定感”を買ったってことね」
《サブの二人表情固くね?》
《AIの笑顔バグってるみたいでこえー》
《でもセンター様さすがだわ》
配信コメントは、半分楽しみ、半分不気味がる調子だ。
ステージが終わると、
センター以外の二体は、一瞬だけ無表情に近い顔に戻った。
「感情表現モジュール、制限時のリカバリラグ……約、二・三秒」
サキのセンサーは、それすらも数値化してしまう。
「……“揺れない”って、そんなに褒められることかな」
ルカが、ストンと腰を下ろした。
NeonMarchのステージ。
《NeonMarch》
《★欲望:救済権》
《△代償:メインI Doll一体 所有権を番組側へ一時移管》
「おっと~NeonMarchは“救済権”をゲットした代わりに、エースI Dollの所有権を番組側に預けちゃいました~!」
MCの軽口に、客席からどよめき。
ステージの端に、黒服のスタッフが立っている。
彼らの胸元には、小さく番組ロゴと「PROPERTY」マーク。
メインI Dollの首元にも、
いつの間にか、細いタグが追加されていた。
《管理対象:I Doll-MR01(NeonMarch)》
「……首輪みたい」
ルカが吐き捨てるように言う。
NeonMarchのパフォーマンス自体は、
熱があって、荒削りで、それでも必死さが伝わるものだった。
ステージ後、MCがメインI Dollにマイクを向ける。
「どう? 所有者が一時的に番組側になった気分は?」
「所有者情報の書き換えは、システム上は数値変更に過ぎません」
I Dollは、少しだけ間を置いて続けた。
「ですが、“帰る場所”のタグが変わったことに、胸部ユニット周辺に、違和感を検知しています」
客席から、笑いとも悲鳴ともつかないリアクション。
《今のコメントしんど》
《帰る場所って言った…》
《所有権移動カード、これ一番キツくね》
NeonMarchのPは、ステージ袖で天井を見上げていた。
「……ごめんな」
誰に向けた言葉なのか、自分でもよくわかっていない顔だった。
他のユニットも、それぞれにクソみたいな選択を晒していった。
あるユニットは「★得点倍率」と引き換えに、
ベテランI Dollの“過去ログの一部削除”を選んだ。
《△代償:ベテランI Dollの“旧ユニット所属時”のログ削除》
ステージ後、MCがそのI Dollに昔の話を振ると、
彼女は、首をかしげた。
「すみません。今の所属ユニット以外の記録は、参照権限がありません」
笑い声が起きる。
「新しい自分で頑張ります!」と、台本通りの前向きコメント。
だが、ステージ袖に戻った瞬間、
彼女は誰にも聞こえない声で呟いた。
「……名前、なんだっけ」
前に一緒に踊っていた誰かの名前が、
どうしても思い出せない。
胸の中に空いた穴の形だけが、薄く痛んでいた。
別のユニットは、「★注目ブースト」欲しさに、
サポートI Dollの感覚フィードバックを制限した。
《△代償:サポートI Doll一体 痛覚・快楽フィードバック制限》
ステージのラスト、客席からの歓声が上がる中、
そのサポートI Dollだけが、
拍手の音の中にいる自分を、どこか遠くに感じていた。
「P。本日のステージの感覚ログ、薄いです」
「しょうがないだろ。そういうカード選んじまったんだから」
「はい。ですが――楽しかったかどうかが、判断できません」
Pは、答えられなかった。
「……Pさん」
全ユニットのステージを、
モニター越しにただ見届け続けていたルカが口を開く。
「これさ、“デスゲーム”って言葉使ってないだけで、やってること完全にそれだよね」
「まぁ、“肉体”があからさまに死なないだけ、まだ表現規制的にはマシなんだろうな」
浩一は、自嘲気味に言う。
「でも、感情や記憶や所有権が、視聴者の“ノリ”で削られていく構造は、どこからどう見てもデスゲームだ」
「P」
サキが、じっとモニターを見ながら言う。
「“視聴者のノリ”と、“刃物”の違いは何ですか」
「触れる場所の違いだけだよ」
即答だった。
「刃物は、目に見えるところを切り裂く。ノリは、目に見えないところから削っていく」
「……どちらが“楽しい”かは、視聴者側の主観次第、ということですね」
「それが一番タチ悪ぃ」
そして、番組は「特別コラボ枠」に入った。
「さぁお待たせしました!視聴者のみなさんの投票で決まった、スペシャル・コラボステージ!」
ホログラムに、ランキング結果が映し出される。
《視聴者が見たいコラボ No.1》
《Cell-39 × Rustyリコ》
ラウンジがざわっと揺れた。
《うわやっぱここだよな》
《スクラップ組とRusty生き残りの共演とかエモの塊》
《代償どうなんの?Rustyログ消される?》
「……おい」
ルカが、モニターに顔を近づける。
「これ、“特別欲望カード”取ってないよねうちら」
「取ってない」
浩一は、口の端を歪める。
「視聴者投票で勝手にくっつけられたコラボだ」
MCが、嬉々として説明を続ける。
「なんとですね~、制作側もびっくりの結果が出ました!」
画面に、御堂の顔が再登場する。
『本来、“Rustyリコ再デビュー支援”は、一つのユニットだけが選べる“特別欲望カード”として用意していました』
しかし――と、御堂は笑う。
『視聴者のみなさんの“愛”が、その想定を超えてしまったようです』
《視聴者の愛www》
《便利ワード出た》
『なので、今回は特例として――』
テロップが切り替わる。
《特別措置:視聴者コラボ投票により、
Cell-39のステージにRustyリコをゲスト参加》
《※Rustyログ削除カードは、今回適用されません》
「……やっと、ひとつだけ“マシな特例”ぶっ込んできたな」
ベルが、小さく息を吐いた。
「Rustyの二人の記録は、少なくとも今日の時点では消されない」
「P。視聴者の“愛”は、今回は“Rustyログ削除”を回避させたと解釈してよいでしょうか」
「“たまたまそう転がった”ってだけだな」
浩一は、肩をすくめる。
「愛が世界を救った、って言い方もできるし、愛が世界を壊したって言い方もできる」
「結局、“どこを切り取ってテロップにするか”次第ってことか」
ルカが、乾いた笑いを漏らした。
「さぁ、コラボ枠の前に!
Cell-39のみなさんが選んだ“欲望”と“代償”を見てみましょう!」
画面右下のカードが、くるりとひっくり返る。
《Cell-39》
《★欲望:編集優遇》
《△代償:Cell-39メンバーが今後脱落した場合、
“修理”ではなく“解体”確定》
楽屋の空気が、凍った。
「ちょっと待て」
ルカが、タブレットを奪い取るようにして確認する。
「事前に見た説明と、一文字も違わないやつだぞこれ」
「そうだ」
浩一は、どこか開き直った声で言う。
「“どうせクソなら、一番絵になるクソを踏んでやろう”って話だ」
「P」
サキが静かに問う。
「“編集優遇”を選んだのは、私たちのステージを、必ず番組内で扱わせるためですね」
「ああ。どんな形でもいい。Rustyのログを消させない、お前らの選択をカットさせないためだ」
「代わりに、落ちたらアウトのデスゲームフラグ立てたんだけどね」
ルカが、頭を抱えながら笑う。
「マジでクソだわ、うちら」
ベルが、テロップを見つめながら呟く。
「でも、“クソッタレな世界に筋を通す”って、多分こういうやり方しかない」
《Cell-39、欲望ショボいのに代償だけエグくて草》
《編集優遇ってことは、今日の伝説回の主役候補ってこと?》
《解体確定フラグ立てたアイドルとか笑えないんだが》
配信コメントも、明らかに温度が変わってきていた。
Rustyの控室。
「……ごめんなさい」
リコが、椅子に座ったまま震えている。
「私のせいで、Cell-39のみなさんまで“解体確定フラグ”なんて……」
「違う」
サキが真っ直ぐに言う。
「私たちが、それを自分で選んだのです」
「そうだよ」
ルカが笑う。
「“あんたのせいで”とか言われるの、一番ムカつくんだよアイドル側からすると」
「ルカ……さん」
「さっきも言ったけどさ。
Rustyがいたから、今リコがいるんでしょ?」
「……はい」
「なら、Rustyのログを消す代わりにステージ立つのは、うちは絶対“ナシ寄りのクソ”だと思う」
ベルも続ける。
「だから、自分たちの首に“解体予約”つけてでも、そのカードを避けたの」
「それは、“私たちのわがまま”です」
サキはそう締めくくった。
「……そんなの」
リコの目に、微かに光が宿る。
「そんなの、恩に着ない方が失礼じゃないですか」
ぎゅっと拳を握る。
「絶対、今日のステージ、中途半端にはしません」
「いいねその顔」
ルカが立ち上がる。
「じゃ、世界一クソッタレなステージ、
かましに行こっか」
「それでは~~!
視聴者の皆さんが選んだ夢のコラボ!
Cell-39 × Rustyリコ!」
観客席のライトが落ち、ステージだけが照らされる。
《★欲望:編集優遇》
《△代償:落ちたら即解体》
画面右下のテロップに、
控えめなフォントで、しかし確かにその文字が映る。
《ゲスト:Rusty元メンバー “リコ”》
イントロが流れ、四人がステージに歩み出た。
センターはルカ。
その隣にリコ。
後ろにサキとベル。
「P」
サキが、ステージ袖に立つ浩一を振り返る。
「“解体予約”フラグをオンにした状態でのステージは、Pにとって、“プログラムを止めたくなる”要因にはなりませんか」
「なるけど、止めねぇよ」
即答だった。
「止めないために、お前たちと一緒にここまで来てるんだから」
「了解しました」
サキは、前を向いた。
1番サビ前、ルカがマイクを握る。
「はじめましてじゃないよね!」
観客席に向かって叫ぶ。
「ルカ! 人間!元アイドル、今は――」
「“ドールと一緒にやる側”!」
リコが続ける。
「Rustyのリコです!」
客席が揺れる。
《うわ自己紹介繋がった》
《人間アイドルとドールアイドルの掛け合い良すぎ》
「今日さぁ!」
ルカが笑う。
目は笑っていない。
「クソみたいなカードゲーム、いっぱい見てきたと思うんだ」
客席から、微妙な笑いとざわめき。
「“欲しいものを選べ!”って言われて、誰かの感情だの、記憶だの、所有権だの、ノリで削られてくの見せられてさ!」
「でも!」
リコが、拳を握る。
「私たちは――仲間のログを消すカードだけは、取りたくなかった」
モニターに、リコのクローズアップ。
テロップが小さく出る。
《※Cell-39は“Rustyログ削除”カードを選択していません》
《え、テロップ出すのガチ!?》
《これ制作内で相当揉めたやろw》
《番組側のカード拒否してんの草》
「その代わりに!」
ルカが叫ぶ。
「うちら、自分たちの命賭けてきたんで!!」
客席が、一瞬静まり返る。
《命って言った…》
《落ちたら即解体フラグのことやろ…》
「だからさ!」
ルカは、笑って言った。
「安心して見てよ。“本気でやりに来てる”やつらのステージだから!」
次の瞬間、サビが落ちてきた。
振り付けは、前回のDebut Liveの進化版だ。
ルカとリコが前に。
後ろで、サキとベルが支える構図。
リコの動きは、前回見たRustyの映像の時より、
少しだけ“揺れて”いた。
「P。リコのステップパターンに、僅かな“迷い”が混じっています」
「ああ。でも、それが今のあいつの“生身”だろ」
浩一は、モニターを睨みつけた。
《リコ、前より生っぽくなってない?》
《Rustyの時の完璧さより今の方がぐっとくる》
2番でセンターがサキに移る。
「私は、一度、捨てられかけたI Dollです」
短い一言だけ入れるよう、Pが提案したMC台本。
「でも今、“捨てられなかった”ログを持っています」
視線を、まっすぐカメラに向ける。
「Rustyの彼女たちが、仲間に“残る権利”を譲ったログ。それを、私の中から消したくありません」
ビートが落ち、後ろのスクリーンに、
Rusty三人のシルエットだけが映る。
顔は見せない。
でも、「そこにいた」という形だけが、光になって残る。
《演出ズルい》
《顔出せない代わりにシルエットで“存在してた”って見せるのうま》
《Cell-39、番組のやり口逆手に取ってて笑う》
ラスト前、Cメロ。
音が少し落ち、リコのソロパートになる。
「私、あの時、“残る”って言いました」
声が震える。
「“残る”って言ったら、ふたりとも、“よかったね”って笑ってくれました」
Rustyの二人のシルエットが、
優しくリコの背中に手を置くようなアニメーションで重なる。
「だから今日、Rustyのことを“なかったこと”にして歌うのは、絶対に嫌でした」
サキが、その横に立つ。
「私は、“破棄拒否”から始まったログを持っています」
「私は、“Rusty拒否”から始まるログを、今日ここに残します!」
サビ前のドロップ。
四人が一斉に前に飛び出した。
ラストの決め。
四人が中央に並び、
ルカが人間の手で、ドール三人の手を握る。
「生きてても、捨てられても、ログが消されても、消されなくても!」
叫ぶ。
「見てたやつの記憶には、残るんだから!!」
最後のビート。
照明が弾ける。
暗転。
観客席から、爆発みたいな拍手と歓声。
《今日いちの鳥肌》
《人間のルカが一番エグいこと言うのほんと橋渡し役だわ》
《解体フラグ立ててこれやってるの頭おかしい(褒め)》
ステージ袖に戻ると、
四人とも足がガクガクだった。
「ひっさびさに、“命削って歌った”って感じするわ……」
ルカが、壁にもたれかかる。
「命の削れ具合を、数値化できないのが、歯がゆいところです」
「数値化されたらされたでうるさいから、それでいい」
浩一は、全員の顔を一人ずつ確認した。
「リコ」
「はい」
「お前は、自分の過去ログを守るために、こっち側の“解体予約”に乗っかった」
「……はい」
「それ、死ぬほどクソな選択だけど、俺は嫌いじゃない」
リコが、少しだけ笑った。
「サキ」
「はい」
「お前は、“破棄拒否”から始まって、今、“解体予約”抱えてステージに立った」
「はい」
「そこまでやったのに、もしこの先、何も変わらなかったとしても――」
少しだけ間を置く。
「そのログは、無駄にはならねぇよ」
「“無駄ではない”ログ、
として保存します」
サキの目が、わずかに柔らかくなった。
同じ頃、
別フロアのモニタールームでは、
御堂が複数のモニターを眺めていた。
「視聴率、どうだ」
スタッフが慌ただしく数値を報告する。
「Cell-39×リコのパートで、瞬間最高視聴率更新です。配信同時接続も、Rusty回の一・八倍」
「SNSトレンドは?」
「“解体フラグ” “等価交換ステージ” “Cell-39” “Rusty”全部トップ10に入ってます」
御堂は、静かに笑った。
「見ろよ」
画面には、ステージ袖で肩で息をするルカたちの姿。
「命を賭けさせたら、人間もドールも、ここまで“本気”を見せる」
スタッフの誰かが、
小さく顔をしかめたのを、
御堂は見なかったことにした。
「第1ステージで“選ばれる痛み”を見せて、第2ステージで“等価交換”をやった」
指を組む。
「次は――」
モニターのひとつに、
「3rdステージ案」と書かれた資料の一部が映る。
《第3ステージ案:“I Doll Drop” –ステージ敗者ユニット、その場で即時“解体ショー”》
「数字が取れるなら、ここまで踏み込める」
御堂の声は、淡々としていた。
「“世界一愛されるI Doll”を決めるんだ。途中で幾つか壊れるのは、仕方ないだろう?」
モニターの片隅で、
Cell-39の“★編集優遇”マークが点滅している。
彼らのステージは、
今日の総集編でも、
明日の切り抜きでも、
何度も何度も再生されるだろう。
それが――
その先に待つ地獄の足場になることも知らないままに。




