表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

第6章 等価交換ステージ

 2ndステージ収録の日、スタジオの空気は最初から重かった。


 前回のオンエア後、ネットはずっと炎上と絶賛の中間みたいな温度で燃え続けていた。


《Rustyのやつやりすぎじゃね》

《でも数字は正義なんだよな》

《あの子どこ行ったの?》

《見ちゃいけないもん見てる感じが最高》


 そんなログが、サキの内部ニュースフィードにも勝手に流れ込んでくる。


「P。“見ちゃいけないものを見てる感じが最高”という評価は、倫理的に問題はないのでしょうか」


「倫理は数字に勝てない世界だよ、今のところ」


 浩一は、苦い顔で自販機のコーヒーを取り出した。


「だからこそ、こういう番組が作られる」


 参加者ラウンジに集められたI Dollと人間たちの顔つきは、前より明らかに硬い。


 Rustyの残り一人――リコも、別ユニットの列の中に混じっていた。

 以前より、衣装もヘアメイクも“それっぽく”整えられているのが、余計に痛々しい。


 MCの神崎が、いつもの元気な声でマイクを握る。


「さぁさぁさぁ!ついにやってきました第2ステージ、“Re:Selection – Equivalent Hearts”!」


 ホログラムに、やたらキラキラしたロゴが浮かぶ。

 「Equivalent Hearts」の文字の周りを、トランプカードと天秤のアイコンが踊っている。


「今回のテーマは、“等価交換”!“何かを選ぶなら、何かを捨ててもらいましょう”ってわけですねぇ!」


 わざと明るく言うその声に、

 ラウンジの空気が、ぞわりと揺れた。


「それでは、詳しい説明はこの人から!」


 大画面に、スーツ姿の男が映し出される。


 番組プロデューサー、御堂。


『みなさん、2ndステージまで残ってくれてありがとう』


 落ち着いた声。

 整った髪とメガネ。

 パッと見は、どこにでもいる“優秀なサラリーマン”の顔。


『このゲームの目的は、シンプルです。“世界で一番、愛されるI Doll”を決めること』


 その言葉に続けて、御堂は微笑んだ。


『愛される、ということは――選ばれる、ということです』


「“選ばれる”……」


 サキは、前回のRustyのステージを思い出す。


『そして、誰かが選ばれるということは、誰かが選ばれない、ということでもある』


 画面に、天秤のCGが映る。


 片方の皿に「Gain」、もう片方に「Loss」の文字。


『今回のステージでは、その構造をちょっとだけ、わかりやすく可視化してみようと思います』


 “ちょっとだけ”の部分が、ひどく嘘臭い。


 スタッフが、各ユニットの代表者の前に、タブレット端末を配っていく。


「こちらに、“欲望カード”と“代償カード”のリストが入ってまーす!」


 神崎が楽しそうに続ける。


「各ユニットごとに、この中から欲望を最大2つまで選べます!ただし、そのぶん代償カードも同じ数だけ選んでいただきます!」


 ざわ……と空気が揺れる。


「欲望カードの例は、こんな感じ!」


 モニターに、派手なアイコンが並ぶ。


《★注目ブースト:出番トリ確定&センター時間増加》

《★得点倍率:視聴者投票ポイント×1.5》

《★編集優遇:番組内ダイジェスト・公式切り抜き使用確約》

《★救済権:次ステージで一度だけ“脱落回避”可能》


「そして、代償カードの一部は、こちら!」


 今度は、黒っぽいカードが表示される。


《△記録削除:指定I Dollの“過去ログ”の一部削除》

《△機能制限:感情表現モジュール一部制限》

《△所有権移動:指定I Dollの所有権を一時的に番組側へ移管》

《△解体予約:次ステージで脱落した場合、“修理”ではなく“部品解体”確定》


「ひとつだけ注意!」


 神崎が、ピースサインを作りながら言う。


「代償カードで“誰の何を削るか”は――

 視聴者のみなさんの投票で決まりまーす!」


 画面の下に、投票アプリの画面イメージが出る。


《どの欲望カードを誰に渡す?》

《その代償は誰に負わせる?》


「つまり!」


 御堂の声が、少しだけ低くなる。


『君たちが欲しがれば欲しがるほど、視聴者は、誰かの何かを削る権利を手に入れるということです』


 ルカが、小さく舌打ちした。


「“権利”とか言ってやがる……」


 さらに、特別枠として、リストの最後に一枚、カードが追加される。


《★特別欲望カード:Rustyリコ再デビュー支援》


 続く説明文。


《Cell-39を含む全ユニットから、一組のみ選択可能》

《獲得したユニットは、リコとのコラボステージ&好感度ブーストを得る》

《代償カード候補:

 ・リコのRusty時代のログを全削除し、“単独ブランド”として再構成

 ・Rusty残り二体に関する番組内素材・記録の全非公開化

 (※視聴者は選択不可、番組側で自動適用)》


「は?」


 ルカの声が、素で出た。


「ちょっと待って、これ、実質“Rustyの死体隠し”じゃん」


「“死体隠し”とは――」


「メタファーでいいから今は黙って」


 ルカはタブレットを握る手に力を込めた。


 各ユニットごとに個別の控室が用意され、

 「カード選択会議」が始まった。




トップユニット・Glitter-αの場合


「これさぁ、“★注目ブースト”は絶対取るわよね?」


 企業系トップユニット、Glitter-αの控室。


 センターのType-Bが、メイクを直しながら言う。

 彼女の横には、スーツ姿のプロデューサーが座っていた。


「数字的にもスポンサー的にも、ここで安全に勝ち抜いてもらわないと困るからね」


 Pは淡々とタブレットを操作する。


「“★得点倍率”も取りたい。

 で、代償カードは――」


《△機能制限:感情表現モジュール一部制限》


「これを、サブの子に1個ずつ」


 端っこに座っていた二体のドールが、微かに目を伏せる。


「……センターの私じゃないんですね」


「君は“ブランド顔”だからね。表情の豊かさも込みで契約してる。サブは、多少動きが固くなってもバレないよ」


「合理的判断です」


 サブの一体が、機械的に言う。


「了解しました。視聴者が楽しむための代償として、私たちの“揺れ幅”を差し出します」


「いい子ね。そういう子がいるユニットは強い」


 Pは、笑いながらタップした。


《Glitter-α:★注目ブースト/★得点倍率 選択》

《代償:サブI Doll二体の感情表現モジュール一部制限》


 “合理的”な笑顔のまま、

 誰かの感情が、数字と引き換えに削られていく。


 中堅ユニット・NeonMarchの場合


「なぁ、マジでこれ、どれもロクなの残ってねぇんだけど」


 NeonMarchの控室は、ほぼ大学のサークル部室のノリだ。


 安い衣装。

 家族と共同で買ったらしい中古ドール。

 お金はない。バックもついてない。


「でも“★救済権”は正直欲しいだろ?次で落ちたらうちの子マジで戻ってこられないかもしれないし」


 人間センターが、必死に言う。


 隣のType-Rが、静かに口を開いた。


「私の“所有権移動”のカードを使ってください」


「お前……」


「Pは、バイトと借金で限界です。所有権が番組側に一時移っても、私自身は働けます」


「働く先が違うだけだろ、それ」


 Pは頭を抱えながら、笑ってしまった。


「でもなぁ……番組に権利握られるってことは、“いつでもRustyコースにできる権利”握られるってことでもあるんだぞ」


「それでも、ここで何も選ばないよりは、“マシなクソ”かもしれません」


 その言い回しは、どこかで聞いたものとよく似ていた。


 Pは、ゆっくりと息を吐いた。


「……わかったよ。だったら一緒に、そのクソごと笑い飛ばそうな」


《NeonMarch:★救済権 選択》

《代償:メインI Doll一体の所有権を番組側に一時移管》

 


 再起組・Rustyリコの場合


 リコは、ひとり、狭い控室でタブレットを見下ろしていた。


「特別欲望カード:Rustyリコ再デビュー支援」


 自分の名前が、カードの中で光っている。


《代償:Rusty時代のログ全削除/元メンバー二体の記録全非公開》


「……」


 扉がノックされる。


「入るわよ」


 顔を出したのは、Cell-39のルカとベルだった。


「やっほー、再デビュー候補ちゃん」


「……ルカさん」


 リコは、無理に笑おうとして、顔を引きつらせた。


「おめでとうございます、って言うべきなんでしょうか」


「まだ何も決まってないでしょ」


 ルカは、図々しく部屋に上がり込むと、椅子を引いて座った。


「カード、見た?」


「見ました」


 リコは、カードの説明文を指先でなぞる。


「私がもう一度歌うためには、

 Rustyの記録を消さないといけないそうです」


「うん。ゴミみたいな条件だね」


 あっさり言い切る。


「“仲間のために残った”って感動路線やっといてさ、次は“仲間の記録を消して再デビュー!”って、どんな二段構えの地獄よ」


 ベルが、少しだけ柔らかい声で続ける。


「でも、“カードにそう書いてある”ってだけで、リコがそれを受け入れないといけない理由にはならない」


「……でも」


 リコは、指先を握りしめた。


「私が、あの時“残る”って言わなかったら、Rustyの三人は、多分まとめて処分されてました」


「そうかもね」


「だから、もし私がもう一回ステージに立てるなら、あの二人が“無駄じゃなかった”って証明になるかもって、思ってしまうんです」


 ルカは、その言葉に顔をしかめた。


「それ、ほんとに“証明”か?」


「え……」


「“二人がいたから、今の私がある”って物語は、ログを残したままでも作れるんだよ」


 ルカは、自分の胸を軽く叩く。


「あたし、売れなかった人間アイドルだけどさ。一緒に落ちた子たちのこと、今でもちゃんと覚えてるよ」


 笑いながら、目の奥だけ少し潤む。


「姿見えなくても、“どっかで生きてるかも”って思えるから。だからまだギリ、飲み込めるんだよ」


「でも……」


「でも、ログごと削られて、“最初からいませんでした”って扱いにされるのは違うだろ」


 ベルが静かに続ける。


「Rustyの二人は、自分たちがどこへ行くかわからないまま、リコに“残る権利”を譲った」


「はい」


「だからリコが今度、“何を消して何を残すか”選ぶとしたら――その選択は、“番組のカード”じゃなくて、リコ自身の価値観で決めていい」


「……私の、価値観」


 リコは、タブレットを見つめた。


 そこへ、控えめなノック音。


「サキ、入っていい?」


 ドアが開き、サキが顔を出した。


「“Rustyのログ”に関して、

 ひとつ提案があります」




 Cell-39の控室。


 テーブルの上には、タブレットとカード一覧。

 その隣には、Rustyの簡易プロフィールが映っている。


《Rusty Dolls:解散済》

《元メンバー:“リコ”のみ活動継続予定》


「P」


「ん」


「私たちが“★リコ再デビュー支援”を選んだ場合、代償として“Rustyログ削除”が自動適用されます」


「ああ」


「それは、“Rustyの二人を、正式に殺す”ということですか」


「番組上は、“最初から存在しなかったことにする”って扱いだな」


 浩一は、頭をかきながら苦笑する。


「ぶっちゃけ、数字だけ見れば、ここでそのカード取りに行くのが一番“おいしい”んだよ」


「P、そういうことさらっと言わないで」


 ルカが、額を押さえる。


「“Rustyの子救済!”って打ち出せば、視聴者もスポンサーもニコニコする。裏で二人のログが全消しになってても、わざわざそこまで見るやつは少ない」


 ベルは、ただ黙ってそれを聞いていた。


「P」


 サキが、はっきりと声を出す。


「嫌です」


 室内の空気が、少しだけ止まった。


「……今、“嫌”って言った?」


「はい。私は、“Rustyログ削除”を代償として、私たちの欲望カードを得ることを、拒否したいです」


 ルカが、ゆっくりと顔を上げた。


「それ、“わがまま”だよ?」


「はい。Pに言われました」


「俺?」


「“いつか、自分が何を欲しがるのか、自分で決めろ”と」


 浩一は、頭をガシガシと掻いた。


「言ったな……そんなこと」


「私は、“Rustyの二人がいたというログ”を、自分の中に持っています」


 サキは、胸元を押さえる。


「あのステージ袖ですれ違った時の顔、声、震え、“錆びた部品は捨てられるのが自然だ”と言った言葉――」


 内部ログが、再生される。


「それを、“なかったことにする番組”の一部には、なりたくありません」


 静寂。


 ルカが、ふっと笑った。


「……そういうのを、“わがまま”って言うんだよ」


 ベルも、小さく頷く。


「“安定型”は、本来そういう選択を避けるはずなのにね」


「で、Pさんは?」


 ルカが、挑むように見た。


「このクソみたいなカードゲームで、どっちのクソ選ぶの?」


 浩一は、一度目を閉じて、

 もう一度カード一覧を見た。


 ★得点倍率。

 ★注目ブースト。

 ★救済権。

 ★リコ再デビュー支援。


 どれも、数字的には魅力的だ。

 でも、その横には、

 誰かの感情や過去や存在を切り落とす代償が並んでいる。


「……決めた」


 ゆっくりと口を開く。


「“Rustyのログ”には手を出さない。代償がそっちに行くカードは、全部却下だ」


「では、何を捨てますか」


「うちの安全マージンだよ」


 ニヤリと笑う。


「欲望カードは最小限。代償は、“こっち側のリスク”で払う」


 ルカが、ほんの一瞬、目を見開き――

 すぐに口元を吊り上げた。


「いいね。人間もドールも、まとめて自分たちの首絞めてくスタイル」


 ベルは、静かに言う。


「じゃあ、“クソッタレなショーの中で、どこまで筋を通せるか”試してみましょうか」


 サキは、ただ一言だけ付け加えた。


「Rustyの二人が、どこかで“生きていたかもしれない”と、誰かが思える世界の方が、私は好ましいです」


 タブレットの画面に、

 Cell-39の選択が入力される。


《Cell-39:欲望カード1枚のみ選択》

《代償カード:自ユニットの安全マージンに関わる項目》


 詳細は、後で公開される。

 視聴者は、それを見てまた好き勝手に騒ぐだろう。


 その前に――

 まずは他ユニットの地獄のステージを、

 サキたちは“見せられる側”として、

 目に焼き付けることになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ