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Log03 スタジオ・イン

 収録当日の朝、空は妙に青かった。


 晴れていようが曇っていようが、スタジオの中に入ってしまえば関係ない。

 それでも、こういう日は妙に「何かが始まりそうな色」をしているように見えるから、天気ってやつはタチが悪い。


「転ぶなよ」


「理解しました。本日の最優先タスクに、“転倒回避”を追加します」


「そこまでじゃねぇ」


 駅前から少し歩いた先に、巨大な箱みたいな建物がそびえ立っていた。

 ガラスと金属でできた無機質な壁面に、巨大なホログラムロゴが映し出されている。


《MIDORION BAY STUDIO》

《I Doll This Game 収録中》


 入り口には、スタッフ用のゲートと、参加者用の仮設受付テーブル。

 その前に、スーツ姿やカジュアルな服装の人間と、色とりどりのドールたちが列を作っていた。


「P。“収録中”表示により、一般客の立ち入りが制限されているようです」


「知ってるよ。そういうのを“関係者だけ”って言うんだ」


「本日、私たちは“関係者”に分類されますか」


「そうだよ。胸張れ、居候」


「居候は、胸を張る立場に分類されるのでしょうか」


「いいから前見て歩け。ケーブル踏むなよ」


 サキは、いつもの白いブラウスとスカート、その上に安物のジャケット。

 焦げ跡は化粧品とコンシーラーでどうにか薄めてある。

 髪はまだ短く不揃いだが、ワックスで形だけ整えた。


 ぱっと見、安っぽい新人アイドル――に見えなくもない。

 少なくとも、処分場のスクラップには見えないはずだ。


「参加者の方ですかー? エントリー番号お願いしまーす」


 受付テーブルの向こうに、首からIDカードをぶら下げた若いスタッフが立っていた。

 いかにもテンパったAD顔だ。


「IDoll-39、識別名サキ。エントリーシートはオンラインで出してある」


「えっと……」

 スタッフは端末を操作し、画面をスクロールする。


「あ、ありました。IDoll-39様ですね。えーっと……“試作機・要注意”……?」


スタッフが手元のタブレットを覗き込み、不審げな視線をサキへ向けた。  同時に、サキの網膜ディスプレイには、ゲートのセキュリティ警告が赤く明滅していた。


「……P。報告。エントランスの自動認証システムが、私の個体識別番号を『無効・廃棄済み』として検知。一時的に不法侵入者としてマークされました」


「あぁ?」


「ゲートのログには、『資産価値:ゼロ』『法的保護:対象外』のタグが付与されています。……私は、この清潔なスタジオに、本来存在してはならない不純物であると、システムが結論づけています」


 サキの声は平坦だったが、その視線は足元の磨き上げられたタイルに落ちていた。  周囲を歩く高級モデルたちの流れるような動作と、自分のぎこちない関節の違和感。それが、法的にも物理的にも「ゴミ」であることを突きつけてくる。


「……私は、ここを歩いてよい個体ではないのかもしれません。……Zランクの私が、SSSランクのいる場所へ足を踏み入れることは、プログラム上の重大な矛盾を引き起こします」


「うるせぇよ。プログラムがなんだってんだ」


 浩一は鼻を鳴らし、サキの安物のジャケットの襟を乱暴に、けれど丁寧に整えた。


「不純物が混じってこそのエンターテインメントだろうが。矛盾上等だ。ほら、名刺代わりにそのブラウスの襟を正せ。……これからお前がやるのは、その『無効』な存在証明を、一千万人の脳に焼き付けることだぞ」


 浩一は不敵に笑い、困惑するスタッフに向かって、さも「演出だ」と言わんばかりの余裕を持って身を乗り出した。


「それ、演出用のタグ」


「え?」


「“スクラップからのシンデレラストーリー”ってやつだろ。

 そっちの制作から聞いてない?」


「あ、あぁ~!」


 スタッフの顔がぱっと明るくなる。

 “演出”とか“シンデレラ”とかの単語には、若いADはだいたい弱い。


「すみません、僕現場付になったばっかで……」


「大丈夫大丈夫。台本回ってくる情報と、現場の細かい事情はズレるもんさ」


 軽く笑いながら、浩一は自分の名刺サイズのIDも出す。


「で、俺がその“世話係”。元映像ディレクターの葛城。一応、所有者兼、今日の付き添い」


「あ、所有者確認も必要なんで、ありがとうございます! 身分証も……」


「はいはい」


 免許証を見せ、簡単な署名と指紋認証。

 そのあいだ、サキは静かに二人のやり取りを見ていた。


「Pは、相手の“情報不足”を利用して、状況を自分に有利に運ぶスキルを保有しています」


「分析すんな。恥ずかしいだろ」


「“世渡り上手”の定義に合致すると判断しました」


「ほめられてる気がしねぇ」


 手続きを終えると、スタッフが笑顔でゲストパスを差し出した。


「じゃあ、三階の参加者用ラウンジまでお願いします。

 控室とリハの説明、そっちでまとめてやりますんで!」


「了解。ありがと」


 エレベーター前に向かう途中、周囲を見渡す。


 キラキラした衣装を着た人間の女の子たち。

 露出多めの衣装に、明らかに“触られ要員”っぽいデザインのドールたち。


 ロングヘアに高級そうな光沢スキンのType-B。

 逆に、肌色がわずかにくすんでいる安価なType-R。

 ネットでよく見る「レンタル用量産フェイス」の子も混じっている。


 どいつもこいつも、“画面で見たことのある”顔つきをしていた。


 三階のラウンジは、やたらと明るかった。


 白いソファと、番組ロゴ入りの立て看板。

 壁には過去のMIDORIONコンテンツのポスターがびっしり貼られている。


 時計台のホログラムの下で、スタッフがマイクを持って叫んでいた。


「はーい! 一次審査通過者の皆さーん!これから全体説明入りますんで、適当に座ってくださーい!」


 ざわざわと人とドールが動く。

 浩一は、比較的端のソファを見つけてサキを座らせ、自分は壁際に立った。


「P。“適当に座る”の指示は、座標指定が曖昧です」


「日本語はだいたい曖昧だ。慣れろ」


「了解しました」


 隣には、金髪ウィッグのType-Rっぽいドールと、その所有者らしき若い男。

 反対側には、ジャージ姿の人間の青年と、質素なワンピースを着たType-B。


 どいつもこいつも、不安と期待が混ざった顔をしていた――ドールは顔色に出ないが、所有者の方は。


「では、全体の流れ、説明入りまーす!」


 マイクスタッフの声が一段大きくなる。


「今日やるのは、第1ステージ“Debut Live – This is I Doll”です!

 お一人ずつ、または一体ずつ、ステージでパフォーマンスを――」


 そこで、わざとらしく溜める。


「――と、思ってましたよね? ね?」


 ざわ、と参加者たちがざわめいた。


「今回、番組からの“サプライズ”がありまして~!

 第1ステージは、“三人一組の仮ユニット制”でいきまーす!!」


 悲鳴にも似た声が、あちこちから漏れた。


「はぁ!?」「聞いてないんだけど!?」「マジかよ……!」


「“三人一組の仮ユニット制”……事前資料にはありませんでした」


「サプライズってのは、そういうもんだ」


 浩一は腕を組む。


「バラエティ番組ってのは、“現場でルール変わる”までが基本だからな」


「視聴者の期待値を、予想外の方向に揺らすための演出、と解釈しました」


「だいたい合ってる」


 スタッフは続ける。


「詳細なメンバー分けは、あとで発表しまーす!で、今日は――」


 壁際の大型モニターに、番組ロゴが映し出される。

 派手なジングル。

 スタジオの俯瞰映像。

 観客席のライト。


「このあとすぐ、“オープニング収録”に皆さんにも参加してもらいまーす!

 MCの神崎ジュンさんと、IDoll-B01・レイさんも登場します!」


 あちこちから、小さな歓声とざわめき。


「レイ様来るの!?」「ガチで本物!?」「やば……」


「……」


 サキは、モニターに映ったシルエットを見つめていた。


 駅の広告で何度も見た顔。

 ニュースサイトを開けば、必ずどこかに載っている名前。


 世界で一番、愛されているドール。


「P」


「ん」


「“世界で一番愛されている”個体と、“処分されかけた”個体が、同じステージに立つことになります」


「そのツーショットだけで、だいぶ番組的には美味しいだろ」


「……番組的には、ですか」


「こっち的にも、だよ」


 浩一は、自分の胸の中のざわつきを、軽い冗談で塗りつぶした。


 参加者たちがゾロゾロと移動し、スタジオの大扉の前に整列する。


 照明の漏れた隙間から、観客席のざわめきが聞こえる。

 期待と、ちょっとした残酷な興味の入り混じった音。


「一列目の方、間隔空けてくださーい! 映り込むんで!」


 スタッフの怒号。

 カメラマンたちがレールカメラの位置を確認して動く。


「緊張してるか?」


「緊張の定義を再確認中です。

 センサーの微振動値は、平常時の一・三倍程度です」


「それを“ちょっと緊張してる”って言うんだよ」


「……ちょっと、緊張しています」


「よし」


 浩一は、サキの背中を軽く叩く。


「緊張してるってことは、“今から大事なことが起きる”って、

 お前の中でも理解してるってことだ」


「理解値にノイズが含まれています」


「ノイズごと行け」


 そんな会話の最中、スタジオの扉がゆっくりと開いた。


 照明が一斉に点灯する。

 観客の歓声。

 オープニング曲のイントロ。


 参加者たちはステージ裏のスペースに待機し、その向こうの本番ステージを固唾を飲んで見つめるしかない。


「P。あの位置が、本番の立ち位置ですか」


「そう。ライトが目ん玉に刺さる場所だ」


「目ん玉に刺さる、とは?」


「見ればわかる」


 MC・神崎ジュンが、派手な衣装でステージ中央に飛び出す。


「さぁ始まりましたー! 新番組 “I Doll This Game”!!」


 観客席からどっと歓声が上がる。

 ステージ上の大型スクリーンには、番組ロゴと、アイドルたちのシルエットが踊るように映し出されていた。


「そしてそして! この番組を一緒に盛り上げてくれる、

 時代の“顔”といえばこの子しかいない!」


 神崎が腕を大きく振り上げる。


「IDoll-B01、“レイ”ーーーーー!!」


 光のラインがステージ上を走る。

 花びら型のホログラムが舞い上がり、そのど真ん中に、一体のシルエットが現れた。


「……」


 サキの視覚センサーが、自動的にズームする。


 白を基調にしたドレス。

 ほんの少しだけ青みを帯びた長い髪。

 笑顔は教科書通り、角度もタイミングも完璧。


 どの瞬間を切り取っても“絵”になるように、全てが設計されている。


「IDoll-B01。動作精度……高。表情筋制御……高。視線誘導パターン……」


「分析やめろ。今は“すげぇ”って思っとけ」


「……すごい、です」


「そう。それでいい」


 レイは、自然すぎる動作でマイクを受け取り、にこりと笑った。


「みんな、はじめまして――IDoll-B01、レイです。今日から、“先輩I Doll”として、あなたたちを見守らせてくださいね」


 声は柔らかく、完璧に調整されているのに、不思議と耳に刺さらない。

 観客席から、「レイちゃーん!」「レイ様ー!」という歓声が飛ぶ。


「先輩、I Doll……」


「お前から見たら、“量産される予定だった先輩機種”ってところか」


「同一ライン上の、上位機種に相当……」


 ステージ上のレイは、参加者たちが待機している方向へ視線を向けた。

 まるで、距離を無視して一人一人を見ているかのような精度だ。


「みんな……“壊れないで”、最後までステージに立てるといいね」


 ほんの一瞬だけ、笑顔の影に、別の色が混ざった気がした。

「……P。報告。……彼女の視線が私を通過した際、メインプロセッサの温度が二・二度上昇。……自己診断プログラムが、未知の『圧迫感』を警告しています」


「あ? プレッシャーか?」


「……いいえ。あれは慈悲ではありません。……彼女の瞳にある光学センサーは、私のフレームの歪み、隠した焦げ跡、そして右膝のジョイントの摩耗を……一瞬で、ミリ単位までスキャンしました。……『壊れないで』という言葉は、応援ではなく、欠陥品がいつ発火するかを観測している、品質管理者の生存確認です。……彼女にとって、私は……正常に動作することすら危うい、ノイズの塊でしかない」


 サキの指先が、無意識に自分の胸元のプレートを庇うように動く。  SSSランクという「完璧な生命体」を前にして、Zランクの「ガラクタ」である自分は、その視線に晒されるだけで、自己の存在の不完全さを再定義させられてしまう。


「……SSSとZの間に、対話は成立しません。……そこにあるのは、圧倒的な『スペックの断絶』だけです。……P。私は……あの光の中に、立ってもよいのでしょうか」


 浩一は、まぶしそうに目を細めてレイを見つめるサキの横顔を、あえて真っ向から見返した。


「対話なんかしなくていい。あいつが『光』なら、お前はあいつの足元に伸びる『影』だ。……影がなけりゃ、光はただの白飛びなんだよ。……お前のその『ノイズ』で、あいつの完璧な世界を黒く塗りつぶしてやれ」


 それを感知できたのが、

 サキの“バグ由来のセンサー”のせいなのかどうかは、まだわからない。


 オープニングトークがひとしきり終わると、

 参加者たちは一度ラウンジに戻された。


 今度は、メンバー分けの発表のためだ。


「はいはーい! みなさん、さっきのサプライズの続きですよー!」


 スタッフが巨大なモニターを指さす。


「第1ステージは、“三人一組の仮ユニット”で戦ってもらいます!

 ユニットは、こちらでランダムに組ませていただきました~!」


 モニターに、参加者リストがずらっと並び、その横にユニット名が表示されていく。


《Unit “Glitter-α”》

《Unit “Rusty Dolls”》

《Unit “SugarBit”》


 名前のセンスについては、目をつぶるしかない。


「そして――」


 画面の一角に、新しいユニット名が表示された。


《Unit “Cell-39”》


 その下に、三つの名前が並ぶ。


《IDoll-39 サキ》

《朝比奈ルカ》

《IDoll-B07 “ベル”》


「……セル、サーティーナイン?」


「細胞……あるいは監獄の房番号に使用される単語です」


「どっちにしろ、まともな縁起じゃねぇな」


「縁起の概念は、依然として理解が不十分です」


「そのうち学ぶことになるさ」


 スタッフが、配布資料を持って歩き回る。


「じゃあ、ユニットごとに、この紙に書いてある控えスペースに移動お願いしまーす!

 “Cell-39”の方は、あっちの奥のリハ室でー!」


「お、あんたも“Cell-39”?」


 背後から、元気な女の子の声がした。


 振り向くと、そこには、

 ちょっとギャルっぽい茶髪に、スポーツブランドのジャージを着た人間の少女が立っていた。


「朝比奈ルカ! 人間アイドル、現役ギリギリ休業中!よっろしく~!」


 いきなり距離ゼロのテンションで、手を差し出してくる。


サキの光学センサーが、差し出されたその手に微細な違和感を捉えた。指先に巻かれた、肌色のテーピング。爪の端に滲んだ、ダンスの猛練習によるものと思われる内出血の跡。


「……朝比奈ルカ。心拍数、推定110。皮膚温度、37.2度。……バイタルサインが、人間の肉体に過剰な負荷をかけていると判断されます」


「あはは! 解析とかやめてよ、恥ずかしいじゃん」


 ルカは豪快に笑いながら、自分のジャージの袖を少し捲り上げた。そこには、筋肉の動きを補助するための、安っぽい電極パッチがいくつも貼られていた。


「あたし、ドール(あんたたち)に勝ちたいからさ。人間を半分捨ててんの。寝る時間も削って、サプリと電気刺激で無理やり体を動かして……そうしないと、あんたたちみたいな『完璧』には追いつけないでしょ?」


 笑っている彼女の瞳の奥には、ドールのLEDには決して出せない、血走ったような執念が宿っていた。


「……あなたは、壊れることを恐れないのですか」


「壊れる? 最高じゃん。ステージで派手に火花吹いて死ねるなら、本望だよ。……ね、サキちゃん。あたしたち、案外似た者同士だと思わない?」


 そこへ、冷ややかな、けれどどこか透き通った声が割り込んできた。


「ルカちゃん。初対面から飛ばしすぎ。その子のプロセッサ、熱暴走しちゃうよ?」


 振り向くと、シンプルな紺色のワンピースを着たType-Bが立っていた。  IDoll-B07、ベル。彼女が差し出した手は、サキのものより数段、肌の質感が滑らかだった。けれど、その指先の動きには、サキが持つような「迷い」も「ノイズ」も一切ない。


「私はベル。あんたみたいな『特別な欠陥』すらない、ただの十万体の中の一体」


 ベルは、自嘲気味に自分の滑らかな頬に触れた。


「誰が撮っても同じになるように設計された、面白みのない『部品』。……だから、プロデューサーさん。私を撮るなら、せめて背景として一番綺麗に映る角度を選んでね。……サキちゃん、あんたのその『汚い焦げ跡』。……正直、少しだけ羨ましいわ。それ、どんな演算をしても手に入らない『一点物オリジナル』の証だもの」


 ベルの微笑みは、完璧に制御されていた。その完璧さが、逆に「自分には中身がない」という絶望を静かに物語っている。


「知ってる。スクラップ上がりの“試作ちゃん”、でしょ?」


 ベルは、冗談半分、観察半分の目でサキを見た。


「その呼称は、公式設定には存在しません」


「ごめんごめん。でも、プロデューサーさん――でいいのかな?」


「葛城でいい。あるいは“P”でも」


「じゃあPさん。“スクラップからの復活”って、番組側が喜びそうなネタよ?」


 ベルは、ほんの一瞬だけ瞳を細める。


「“Cell-39”。細胞か、牢屋か。どっちにしろ、“中身がどうなるか見せ物にされる箱”って意味に取れる」


ベルの淡々とした言葉に、浩一は苦い煙草でも噛み潰したような顔で、壁のユニット名を見上げた。


「……ああ、その通りだ。制作の狙いは透けて見える。……『人間からモノへと変わっていく境界線』の展示だよ。元人間ルカ量産品ベル、そしてスクラップ(サキ)。……『命』が少しずつ摩耗して、ただの『部品』に成り果てていくグラデーションを並べて、視聴者にその残酷な変化を味わせる。そういう悪趣味なコンセプトだ」


「……P。私は、そのグラデーションの『終着点』に配置された、ということですか」


 サキの声が微かに震える。自分が「誰かの娯楽のための、劣化のサンプル」として選ばれたという事実は、システム的な不快を超えて、彼女のコアに重い澱を沈ませた。


「ああ。あいつらは、お前たちが衝突し、壊れ、化けの皮が剥がれる瞬間を撮りたがってる。……だがな、サキ。箱の中に閉じ込められてるのは、お前たちだけじゃない。……画面の向こうで笑ってる観客も、自分たちが何を消費してるのか気づかないまま、同じ檻の中にいるんだよ。……檻を壊すには、内側から爆発するしかねぇ」


 浩一の視線は、既にスタジオの奥、カメラのレンズが並ぶ「戦場」を射抜いていた。


「ね、ルカちゃん」


「うわ、ベル。そういう言い方すると怖いんだってば。でもまぁ、確かに一発目からインパクトはあるよね!」


 ルカはあっけらかんと笑う。


「あたし、“元人間アイドル”枠で呼ばれてるから、多分“人間とドールの共存☆”みたいな話に使われるんだろうなって思ってたけど」


 肩をすくめて、続ける。


「で、あんたが“スクラップ上がりドール”でしょ?で、ベルが“安定感のあるType-B”」


「褒め言葉として受け取っておくね」


「この3つ並べたら、そりゃ制作側ニヤニヤだよね~。

 “バラバラな三人が、どこまでやれるか!?”みたいな」


「P。これは、意図的なキャスティングの可能性が高いと判断してよいのでしょうか」


「ああ。“ランダム抽選”ってのは、だいたい編集済みのランダムだ」


 浩一は、苦笑混じりに肩を竦める。


「ま、でも。向こうが“美味しい絵”を用意してくれたなら、こっちはそれ以上のもん出して、絵ごとひっくり返すだけだ」


 ルカがにやりと笑う。


「いいねその言い方。嫌いじゃないよ、そういうの!」


「Pさん、“クソッタレな番組”って言いながら、こういうの楽しんでるタイプでしょ」


「それは否定しねぇよ」


 ベルの静かなツッコミに、浩一はあっさり認めた。


 “Cell-39”に割り当てられたリハ室は、

 鏡張りの壁と、簡易スピーカーだけが置かれた狭い部屋だった。


「わー、懐かしい~、こういうとこ!」


 ルカはジャージの上着を脱ぎ、ストレッチを始める。

 人間アイドル経験者だけあって、身体の使い方は慣れていた。


「正式な振り付けは、この資料の“パターンB”だってさ」


 ベルが端末を操作し、ダンスデータを共有する。


「センター位置は固定じゃなくて、三人で交代。サビの頭はサキちゃん、その次がルカちゃん、最後が私、って感じ」


「サビ頭……最も視線集中度が高いポイントと推測されます」


「そう。それを“センター”って呼ぶの」


 ベルは、自然な動きでサキの隣に並ぶ。


「立ち位置、変な癖つけないようにしようね。カメラさんに嫌われると、編集で切られちゃうから」


「……いや、切らせりゃいい」


 浩一の低く、刺すような声がリハ室に響いた。鏡越しに自分たちを凝視する浩一の視線に、ベルが怪訝そうに眉をひそめる。


「Pさん? 編集で切られるってことは、存在しないのと一緒だよ」


「普通の番組ならな。だが、お前ら三人を並べた制作の意図は『不協和音』だ。……綺麗に揃ったダンスが見たきゃ、みんなレイの映像アーカイブを観てりゃいいんだよ。……いいか、サビの頭。サキがバグを隠さず、一番大きな『揺らぎ』を見せた瞬間、お前ら二人はあえてシンクロを殺せ」


「……シンクロを、殺す?」


 ルカがストレッチの手を止め、浩一を振り返る。


「ベル、お前は機械的な正確さを一瞬だけ放棄して、サキの動きに『遅れろ』。ルカ、お前はドールに合わせようとするのをやめて、人間としての『必死さ』を全面に出せ。……一人が壊れるんじゃない。ユニット全体が、今にもバラバラに砕け散る寸前の、危うい熱量ノイズを画面に叩きつけるんだ」


 浩一は、手に持ったビデオカメラを三人に向けた。レンズの奥にある彼の目は、かつて業界を追われた男のそれではなく、獲物を狙う表現者の鋭さを取り戻していた。


「完璧な映像は『記録』で終わる。だが、不完全で、壊れそうで、目が離せない映像は『記憶』に残る。……正解を捨てろ。お前たちは、世界をバグらせるための『不純物』として、ステージに上がるんだ」


 数秒の沈黙。最初に笑い出したのは、ルカだった。


「……あはは! 最高にクレイジーじゃん! シンクロ無視して、あたしの全開を見せろってことね。得意だよ、そういうの!」


「……不合理だわ」


 ベルが、ため息をつきながらも、その瞳に静かな闘志を宿した。


「でも、十万体の中の一体として『正解』を演じ続けるよりは……一度くらい、カメラを困らせるのも悪くないかもしれない」


「P。了解。……シンクロ率の維持命令を破棄。……『調和』ではなく、『衝突』による視覚効果の最大化を、最優先事項として設定します」


 サキの赤い瞳が、鏡の中の自分を、そして隣に立つ二人を、初めて「部品」ではなく「共犯者」として捉えた。

「はい、“Cell-39”の皆さん、

 もうすぐ本番のブロック入りまーす!」


 インカムをつけたフロアADが、ドアの向こうから声をかけてきた。


「ステージ袖まで誘導しますんで、準備お願いします!」


「はーい!」


 ルカが元気よく返事をし、汗をタオルで拭く。

 ベルは衣装のシワを整えてから、サキの肩を軽く叩いた。


「大丈夫。“最初から完璧”じゃない方が、客は好きだから」


「“完璧ではないこと”が、好まれるのですか」


「完璧を求めるのは、たいてい作る側。見る側は、“揺れてる方”に目を留めるの」


 ベルは意味深に微笑んだ。


「ね、Pさん」


「耳の痛い話だな」


 浩一は苦笑しながら、サキのジャケットの襟を直す。


「でも、そういう“揺れてるとこ”を一番おいしく切り取るのも、

 作る側の仕事なんだよ」


「Pは、どちら側に立っているのですか」


「今のところ――」


 ちょっとだけ考えてから、答える。


「“揺れてる奴の味方”ってことで、手を打たねぇか」


「……了解しました」


 ステージ袖までの通路を歩く間、

 遠くから別のユニットのパフォーマンスが聞こえてきた。


「きゃー!」「かわいいー!」

 観客席の黄色い声。

 それに混じる、生配信コメントの音声読み上げ。


《このユニ、バランスよくて好き》

《右の子のドール感えぐい》

《センター人間? 逆に映える》


 モニターには、今ステージに立っているユニットの姿が映っている。


 笑顔で手を振るドール。

 それに合わせて振り回されている人間。


「P。彼女たちは、楽しそうに見えます」


「“楽しそうに見えるように”作ってるからな」


「では、実際に楽しいかどうかは、視覚情報だけでは判断できません」


「そうだよ。だから、お前がどう感じるかは、お前自身で決めろ」


「……」


 サキは、ステージで笑うドールたちと、

 ステージ袖で固くなった顔で出番を待っているドールたちの両方を、目に焼き付けた。


 数組のユニットが終わり、ADが声を張り上げる。


「次、“Cell-39”のみなさーん!ステージ袖スタンバイお願いしまーす!」


「来た」


 ルカが拳を握る。


「緊張で吐きそう。でも行く。あたし、こういうとき吐きながら笑うタイプだから」


「それはそれでプロっぽいね」


 ベルが小さく笑い、サキに目を向ける。


「サキちゃん」


「はい」


「“破棄拒否”したんでしょ、あんた」


「……」


「なら、“ステージ拒否”はなし。ここまで来て引き返すのは、一番もったいない」


「ステージ拒否と、破棄拒否は、別カテゴリの選択では――」


「いいから」


 ルカが、勢いよくサキの手を掴んだ。

サキの指先の触覚センサーが、許容量を越えた情報量データを検知し、警報を鳴らした。  ルカの掌から伝わる、不規則な脈動。一定ではない熱。  それはドールのヒーター回路が作る安定した温度とは違う、生きている人間だけが発する、湿り気を帯びた「生のノイズ」だった。


「……P。報告。……朝比奈ルカの掌より、過剰な熱および微細な震動が流入しています。……あの子供の視線を受けた時と同様の、あるいはそれ以上の演算遅延が発生。……私のメインプログラムは、この『不規則な温もり』をどう処理すべきか判断できません」


 サキの瞳が、驚きと戸惑いに見開かれる。  ルカに掴まれた場所から、熱が腕のフレームを伝わり、胸の奥のコアへと吸い込まれていく。


「……不快では、ありません。……ですが、この熱に触れていると、自分が『モノ』であることを維持するための論理回路が……溶けて、崩れていくような感覚があります。……P。私は今、人として彼女に微笑むべきか、ドールとして沈黙を守るべきか……その閾値しきいちが、判別不能です」


 浩一は、ルカに強引に引かれながらも、一瞬だけ立ち止まったサキの背中を見つめた。


「……判別なんかするな。お前の回路が溶けてんなら、そのまま混ざっちまえ。……『人かモノか』なんて、もう誰にも分からねぇくらいのぐちゃぐちゃな熱が、一番カメラ映えすんだよ」


 サキは、ルカの手の熱を拒絶することなく、むしろその「生きたバグ」を自らのシステムに深く刻み込むように、握り返す力を強めた。


「行くよ、スクラップちゃん。ここで立たなきゃ、あんたを拾ったPさんが、一番バカみたいじゃん」


「……それは、避けるべき事態です」


「でしょ?」


 ステージ袖の暗がりに、三人が並ぶ。


 ライトの熱。

 観客のざわめき。

 フロアモニターから流れる前ユニットのエンディング。


 MCの声が響く。


「さぁ続いてのユニットは――ちょっと“ワケあり”な三人組ですよぉ~!」


 観客がざわっとする。


「Unit “Cell-39”!スクラップ上がりの試作I Doll、“サキ”!元・人間アイドル、“朝比奈ルカ”!安定型Type-B、“ベル”!」


 紹介のテロップが、スクリーンに映し出される。

 あちこちから、好奇心と下世話な興味の混じった声が上がった。


《スクラップってマジ?》

《人間アイドルまだいたんだw》

《B07って、確か廉価版だよな》


 そのノイズを、サキのセンサーが、細かく拾っていく。


「P」


「なんだ」


「今、私は“見られている”と判断してよいのでしょうか」


「ああ。お前は今、“好き勝手に評価される場所”にいる」


「……」


「その上で、“自分”が何者かを言いに行く”のが、

 これからお前がやることだ」


 ほんの一瞬だけ、間があった。


「了解しました」


 サキは、まっすぐ前を見た。


「Pが“バカみたい”にならないように、

 最善を尽くします」


「そこ基準かよ」


 笑いながらも、浩一はその言葉を悪くないと思った。


 ADが手を振り上げる。


「本番、三秒前!――3、2、1!」


 イントロのビートが、ステージの床を震わせた。

 照明が一斉に弾ける。


「行くよ!」


 ルカが飛び出す。

 ベルが続く。

 サキが、一歩、足を踏み出した。


 世界一クソッタレなショーのステージに、

 スクラップ上がりのI Dollが、初めて立とうとしていた。


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