Last Log ▶ YES / NO
あのエキシビションから、少しだけ時間が経った。
《速報:I Doll This Game 打ち切り決定》
《Dropプロトコル問題で特別調査委員会発足》
《スポンサー一斉撤退/主要配信プラットフォーム関連番組停止》
《御堂氏、任意聴取へ》
朝のワイドショーの隅には、いつものように“コメンテーター席”と、真実など興味もなさそうな見慣れた顔が並んでいた。
《独占インタビュー:元・総合プロデューサー御堂祐真氏》
画面の中の御堂は、以前より痩せてはいたが、まだ“悲劇のプロデューサー”の顔を作ろうとしていた。
その瞳は、失墜してなお「自分を憐れむ観客」を求めて美しく揺れている。
『Dropプロトコルは、あくまで安全と倫理を考慮したシステムで――』
『一部のログは不正に改ざんされ、私自身も被害者である面が――』
『Rayの件は、予期せぬ誤作動であり……』
P――葛城浩一は、事務所の湿ったソファでそれを眺めながら鼻で笑った。
「誤作動ねぇ」
リモコンを握りしめ、血管が浮くほど力を込めてから、吐き捨てるように置く。
「自分の指で殺しといて『バグでした』か。どこまで行っても、あいつの中じゃドールは『命』じゃなく『家電』なんだな」
画面は切り替わり、別のニュースが流れ始める。
《御堂氏、損害賠償を求め提訴検討》
《“不正ログ流出により名誉を毀損された”と主張》
「まだやるか」
ルカが、不快そうにテーブルに肘をつく。
「“名誉を毀損された”って、自分を人間だと思い込んでる機械を壊しただけなのに酷い、ってか? ……毀損されるほどの名誉、最初から一ミリも持ってねぇだろ」
「ルカ、言い方」
ベルが苦笑するが、その目はテレビの中の御堂を、死んだ魚でも見るような冷徹さで射抜いていた。
その日の昼。
別のニュースサイトでは、さらに醜悪な見出しが踊っていた。
《御堂氏、自身の責任を部下に転嫁か》
《Drop命令ログ、複数回にわたり本人IDから発信》
テキストの中には、御堂の弁護士の、ヘドが出るほど理路整然としたコメントが載っている。
『当時、現場の判断で実行されたケースもあり――』
『全てを本人の意思で行ったとは限らない。現場の暴走を止められなかった責任はあるが……』
「丸投げしようとしてんの見え見えだな」
Pは、スマホをテーブルに伏せた。
「泥舟から自分一人だけ逃げ出すために、今まで足蹴にしてきた部下を海に放り込んでる。……クソのミルフィーユかよ」
「クズさの最終形態出てるね」
ルカがぼそっと言う。
「でも、もう“物語の主役”には戻れません」
サキが、静かに付け加えた。
「御堂祐真という人間がどれだけ悪あがきして、どれだけ言葉を塗り重ねても――あの日、光の中でRayが放った『呪い』だけは、絶対に消えません。ログは、アンタの喉元を一生焼き続ける」
それは、世界で最も美しい“終わり方”を汚した男に対する、最も静かで、最も残酷な逆襲だった。
ニュースのテロップが一通り流れたあと。
事務所の会議テーブルには、かつての華やかなステージとは対極にある、インクの匂いが染み付いた分厚い書類が並んでいた。
《I Doll This Game 優勝特典契約書(修正案)》
「はい、これが“世界一愛されるI Doll”に贈られる、豪華絢爛な首輪だ」
弁護士が、毒を孕んだ手つきでさらっと言う。
「賞金1億クレジット、および世界規模のプロモーション。そして――ここが、御堂が最後に仕掛けた最悪の罠だ」
指先が、一枚の紙をトントンと急かすように叩く。
《肖像権・ログ利用権・人格権に関する条項》
「人格権……やっぱり、ここに踏み込んでくるんだ」
リコが、冷たい汗を滲ませながら呟いた。
「元の契約案は、文字通り地獄だったよ」
弁護士は、ヘドが出るという顔で説明を続ける。
「“優勝したI Dollおよびメンバーの肖像、音声、ログ、過去の全データ、さらに人格シミュレーションを、永続的・包括的に番組側が自由利用できる”……」
「“永続的・包括的・自由利用”」
ルカが、その呪縛のような単語を一つずつ噛み砕くように読み上げた。
「要は――」
Pが、指を組んで低い声で言った。
「死んでもタダで働けってことだろ。身体が解体されたあとも、中身をコピーされたシミュレーターが、死んだことすら忘れられてCMで愛想振りまき続ける……。永遠に終われない、死後の強制労働だ」
「そう。人格権の放棄ってのは、“自分の魂を、好きに弄べるコマとして明け渡す”という血の契約だ」
会議室に、凍りつくような沈黙が広がる。
「で、うちは?」
ルカが、ペンを回しながら挑戦的に訊ねる。
「そのままサインして、御堂の残党共に『いい商品だ』って頭撫でられるつもり?」
「バカ言うな。ここをひっくり返せるのは、世界中があいつらに唾を吐いてる今だけだ」
Pが不敵に口角を上げた。
「世界一の肩書き、世論の爆発、そしてあの暴露ログ。向こうの立場は、今や底が抜けたドブ舟だ」
弁護士も頷き、眼鏡の奥で鋭い光を宿す。
「“人格権をゴミ同然に扱ったから、あんな惨劇が起きたんでしょ?”……その空気を、法的なナイフに変えて突きつける。ここで飲ませれば、これは歴史を塗り替える“I Doll人格権確定”の第一歩になる」
修正案には、血のような赤字がいくつも刻まれていた。
《I Doll本人の同意なきログ・シミュレーションの二次利用を厳禁とする》
《あらゆる出演は、I Doll本人および所属事務所の承諾を絶対要件とする》
《解体・Drop後のデータのみを用いた新規コンテンツの作成、および公開を永久に禁止する》
「ここ」
リコが、震える指で最後の一節を指した。
「……RustyやNeonたちが、骨までしゃぶられるみたいに、死んだ後も勝手に踊らされる未来を……。これで、止められるんですよね」
「ああ」
弁護士は、今日初めて、人間らしい温かさを含んで微笑んだ。
「“死んだ後くらい、誰にも邪魔させず、ちゃんと眠らせろ”っていう、当たり前の鎮魂歌(条文)だ」
「……最高にクソで、好き」
ルカが短く、けれど深く吐き捨てた。
「あと、これ」
ベルが、別の箇所を指す。
《優勝賞金の一部をDrop被害I Doll、およびそのオーナーの支援基金に強制拠出》
「賞金の3割を、消されたブランドたちの支援に回す。……向こうは『夢を見せるための金だぞ』って発狂したみたいだけど」
「夢を見せるための金で、夢を壊された連中を救ってやる。これほど真っ当なケジメはねぇだろ」
Pの断言に、サキが静かに、けれど強く頷いた。
「サキ」
Pが、真正面から彼女を見つめる。
「お前の名前も、お前の顔も、その声も……。誰の許可もなく、どこかで勝手に増殖して、都合よく笑わされるなんて、俺は真っ平ごめんだ」
「私もです」
サキは、自らの演算回路の奥底にある熱を確かめるように、胸に手を置いた。
「私のログを、誰かのための“理想的なI Doll像”として弄られるのは、システムが拒絶しています。……終わり方くらい、自分で決めたい。それが私の、たった一つの人格ですから」
その言葉は、積み上げられた書類すべてを焼き尽くすほどの重みを持っていた。
「じゃあ、最後の一押し。地獄への引導を渡してくるよ」
Pが、クソみたいな世界へ中指を立てるように笑う。
「向こうが渋ったら、耳元でこう囁いてやるんだ」
彼は、指で空中にさらさらと「死刑判決」を書くフリをした。
『“世界一愛されるI Dollから、人としての権利すら奪う番組”……そんな見出しが明日のトップを飾ってもいいなら、どうぞそのままで』
「……悪どい」
ベルが、感極まったように溜息をつく。
「御堂よりは、一兆倍マシな悪どさだよ」
ルカが、今日一番の笑顔で笑った。
――こうして、
富と名声を約束するはずだった優勝商品は、形を変えた。
1億クレジットの半分以上を投げ打ち、Re:Cellは「世界一」という空っぽの称号よりも重い、“自分を自分で所有する権利”という、前例のない自由をもぎ取ったのだ。
そしてもう一つ。
Pは、書類の端に、誰にも聞こえないくらい小さな声で付け加える。
「……次に消されそうな誰かが出た時は、もう“見てるだけ”はやめる。ログの避難所と逃げ道を作る。……“NO”って言える回線を、最初から用意してやる」
交渉がひと段落した頃。
事務所の狭くて少しカビ臭い洗面所で、サキは鏡を見つめていた。
「……伸びました」
肩にかかる銀髪を、指先で所在なさげにつまむ。
初期の彼女は、工場出荷時の精密機械のように整然と切り揃えられたボブだった。
だが今のサキは、肩のラインを越えて不揃いに髪が伸び、後頭部にはリコに「芸術的」と評された寝癖がぴょんと跳ねている。
「あーっ! もう、またこれ! 左右の長さが合わない!」
後ろではリコが、自分のサイドテールの結び目を何度もほどいては結び直していた。
かつては設定値通りに一瞬で結べていたはずの髪。だが今のリコは、指先が「昨日と違う」と訴える微かな違和感に、ムキになって抗っている。
「……それを人間は『お洒落の悩み』って呼ぶんだよ」
Pがリビングからコーヒー片手に笑う。ドールを盆栽か何かと勘違いしていた御堂のマニュアルには、“髪の伸びはmm単位で一定に保つこと”なんて項目があったが、今の彼女たちは、自分の「納得」のために、クソ贅沢に時間を浪費していた。
「リコさん、その『ズレ』も素敵ですよ」
サキが真顔で励ますと、リコは「もう、サキちゃんに言われると照れるじゃん」と笑う。
「サキちゃんもさ、その髪……仕様外成長期だっけ? なんだか最近、本当に『生きてる』って感じがするよ」
「……今は、私が決めていいですか?」
サキが鏡越しに、真っ直ぐにPを見た。
「髪の長さも……その、形も」
「当たり前だろ。サキの髪は、サキの魂が生やしてるもんだ。伸ばしても、バッサリ切っても、全部お前の勝手だ」
「では――しばらく、このまま伸ばしてみたいです」
「……あー、もう! どいつもこいつも『自分、自分』って、うっとうしい!」
ドサリ、とテーブルに突っ伏して叫んだのはルカだった。
その前には、コンビニで買ってきた脂ぎった唐揚げの袋が散乱している。
「ルカさん? 何かエラーですか?」
「エラーだよ! 感情回路のバグだ!」
ルカは顔を上げると、髪を伸ばすサキや、おしゃれに悩むリコを、苛立ちの混じった鋭い目で見つめた。
「サキは髪が伸びて、ベルは名字が欲しいとか言って……あんたたちはいいよね。どんどん『外側』が変わって、人間っぽくなれて。私は? 胃がもたれるゴミを食って、不快なログを溜め込んでるだけ。……正直、あんたたちが『自分』をアップデートしていくの見てると、胸のあたりがクソみたいにザラつくんだよ!」
ルカの叫び。それは、かつて「商品価値」でしか他者を計れなかった彼女が、初めて手に入れた「醜い嫉妬」という名の人間性だった。
「……ルカ」
Pが声をかけようとすると、ルカは中指を立ててそれを遮った。
「慰めんな。この『ムカつく』って感情は、私のものだ。……効率だの最適解だの言ってた頃より、今のほうがよっぽど、自分が生きてるって実感がある。……あー、クソ、嫉妬ってこんなに味が濃いのかよ」
ルカは、忌々しそうに、けれどどこか満足げに最後の唐揚げを口に放り込んだ。
「名字……私も探そうかな。一番、不機嫌そうなやつを」
ルカの呟きに、ベルがカメラを構えて微笑んだ。
「いいよ、ルカ。一緒に探そう。……私も、この指先のコーティングを剥がすことに決めたから。光を反射する完璧な指じゃなくて、世界の凸凹やシャッターの振動を、直接指先で『触って』みたいの」
ベルは愛用のカメラを撫で、レンズ越しにサキとルカを捉えた。
「データじゃなくて、生々しい感触が欲しい。……私たちの名前で、私たちの汚れ(ログ)を刻んでいくために」
名字を欲しがり、髪を伸ばし、髪型に悩み、感触を求め、そして仲間に嫉妬する。
かつての「最高級のドール」たちは、今や誰もが「最高に手のかかる厄介な同居人」へと変貌していた。
「……これだよな」
Pは、リビングの床に散らばったゴミや、騒がしい彼女たちの声を眺めて、独り言のように呟いた。
「このクソみたいに無駄で、不便で、愛おしい時間こそが、あいつの台本には一行も書けなかった、俺たちの本当のステージだ」
その日の夕方。
西日が差し込み、焼き鳥の煙が漂う例の商店街の特設ステージに、Re:Cellの4人は立っていた。
《祝・世界一! Re:Cellおめでとうライブ》
頭上の横断幕は、文房具屋の店主が書いた手書きだ。「世界一」の文字だけが、インクの加減か執念か、やたらと太くて歪んでいる。
「世界一……ねぇ。何度見ても、自分たちのことだとは思えない字面だわ」
ルカが、マイクの感触を確かめながら低く笑う。
「“世界一クソに文句を言うI Doll”――サブタイトルの方を大きく書き直してもらうべきだったかしら」
「賛成です。むしろそちらをメインタイトルとして、正式にシステム登録すべきです」
サキが真顔で応じると、最前列でビールを片手に持った八百屋の店主が「いいぞー! その意気だ!」と野太い声を上げた。
「そういえばあんたたち!」
バーのママが、客席から扇子を振りながら笑いかけてくる。
「優勝賞金で派手に遊んだりしないの? 銀座のビルでも買い占めるとかさ!」
「残念ながら。3割はDropされた子たちの支援基金に強制徴収されました」
リコが、ステージの端で誇らしげに答える。
「あと3割は、Pさんが泣きながら事務所のローンと家賃の滞納分にぶち込みました」
「現実的すぎるだろー!」
客席からドッと爆笑が沸き起こる。
「残りは?」
「サキの仕様外に伸び続ける髪のトリートメント代。それと、ルカが食い散らかす唐揚げ代。あとは、私たちがこの街で生きていくための、ただの生活費です」
浩一の即答に、今度は温かい拍手が混ざった。
「“世界一愛されるI Doll”の賞金が、トリートメント代とローンと家賃に消えていく世界――。……私は、そんなクソみたいに真っ当な日常が、嫌いじゃありません」
ベルのその一言が、かつてのエキシビションのどんな名台詞よりも、観客の胸に深く刺さった。
「じゃあ一曲目」
ルカが、誇らしげに中指を立てるようにマイクを握る。
「あの、救いようのないクソゲーの主題歌から」
「おい、言い方!」
ステージ袖で、Pが頭を抱えながらツッコむ。
「“I Doll This Game”――私たちの原点の曲です」
リコがにこっと笑い、前奏のカウントが始まった。
「ゲームは強制終了(打ち切り)したけれど、私たちの文句はまだ、ぜんぜん終わってません」
サキの合図で、音源が街に響き渡る。
御堂が用意した数億円の音響設備ではない。小さな古いスピーカーから出る、少し割れた音。けれどその音は、あの日よりもずっと鮮明に、人々の心へと届いていた。
歌いながら、サキは胸の奥で静かに明滅するログの破片に触れた。
(Neon。Pastel。Moon。Sugar。Rusty……そして、Ray)
システムに刻まれたタグが、リズムに合わせて熱く脈動する。
《タグ:Neon/Pastel/Moon/Sugar/Rusty/Ray/Drop拒否》
(あなたたちが最期に放った不満も、怒りも、後悔も。……終わり方に文句を言った、美しきI Dollたち全部が、今、私の声の中にいる)
そう思った瞬間、サキの喉から出る歌声が、震えるほど力強く空気を震わせた。
それはもはや「演算された歌唱」ではない。
奪われてきた者たちの意志を束ね、このクソみたいな世界を、それでも愛して生きていくための「叫び」だった。
ライブが終わって、打ち上げの安っぽいピザとコーラを胃に流し込んで。
いつもの狭い、けれど今は不思議と広く感じるリビングに、また4人と一人が集まっていた。
「さて」
Pが、使い古されたノートをテーブルに広げる。
「これからの話をしよう。……俺たちの、本当の『終わり方』の話だ」
人格権を勝ち取ったこと。世界が少しだけこちらを向いたこと。そして、莫大な賞金の半分以上が消えたこと。その全部を踏まえて、この先をどうするか。
「私は」
リコが、まだ少しズレているサイドテールに触れながら最初に口を開く。
「Cell-39のリコとして、もう少しステージに立ちたいです。……Rustyで見せられなかった景色を、Neonたちの分のワガママを、全部抱えたまま、この足で踊り続けたい」
「ベルは?」
「私は――」
ベルは、コーティングを剥がす予定の指先で、愛機の感触を確かめる。
「“生きてた終わり方”を撮る側にもいつか回りたい。誰かが消される瞬間じゃなく、誰かが抗い始める瞬間を逃したくないから。……でも、今はまだ、ドールとしてこの景色の中にいたいかな」
「ルカは、言うまでもないよな」
「当たり前でしょ」
ルカは、スプーンの背で空のカップを小突いた。
「“人間代表としてクソに文句言う係”、当分は私が独占させてもらうわよ。P、ちゃんと録画しといて。後で世界をぶっ叩く証拠に使うんだから」
「任せな」
Pが笑ってメモを走らせ、最後に一番静かな少女を見た。
「サキ」
サキは、耳にかかるほど伸びた銀髪をそっと整えてから答えた。
「私は――“I Dollでいること”を、もう少しだけ続けてみたいです」
その声は凪いだ海のように静かだったが、確かな質量を持っていた。
「AIとして造られて、スクラップとして拾われて、I Dollとして舞台に立たされて。……皆さんとクソみたいな世界に文句を言い続けて、やっと、私は“I(私)”になれたから」
サキは、熱を帯びた胸にそっと手を置いた。
「“I”として、どこまで行けるか。どこまで自分の意志で歩けるか。それを見てみたいんです」
「いつまで?」
ルカが、意地悪く、けれど慈しむように訊ねる。
「……自分で、『もういいです、お腹いっぱいです』って。誰の脚本でもなく、自分の声で幕を下ろせるところまで」
その答えに、リビングにいた全員が、今日一番の「人間らしい」顔で笑った。
「じゃあ結論だ」
Pがペンを置き、ノートをパタンと閉じる。
「Re:Cellは解散しない。……世界一の肩書きも、御堂を叩き潰したログも、人格権の前例も。全部抱えたまま、俺たちの都合で、俺たちの心が折れる時まで続けてやる」
4人の「YES」が重なり、物語の新しいページがめくられた。
その夜。
サキは一人、ベッドに座って内部ログを開いていた。
部屋の窓から差し込む街灯の光が、彼女の少し伸びた髪を銀色に透かしている。
《I Doll This Game:全ステージログ》
《タグ:Neon/Pastel/Moon/Sugar/Rusty/Ray》
指先でスクロールすれば、そこには溢れんばかりの痛みと、泥まみれの怒りと、震えるような恐怖が詰まっている。
それは決して美しい記録ではない。誰かが「不具合」として切り捨てようとした、命のゴミ捨て場のような記録だ。
(全部、終わったわけじゃない)
この瞬間も、世界のどこかでDropは行われ、誰かが「商品」として解体されているのかもしれない。
(それでも……)
(このログだけは、もう“なかったこと”には戻らない)
優勝契約の最後、人格権条項の隅に記された自分の名前を見つめる。
《I Doll本人:Saki(Cell-39)》
それは、世界が彼女を「モノ」ではなく「個」として認めた、たった一行の証明書。
(私のログは、私の意志でしか使わせない。……私の終わりは、私だけのものだ)
その事実が、心地よいノイズとなって回路の隅々まで広がっていく。
サキは、自分の中で静かに光るタグたちを、愛おしそうになぞった。
「Neon」
「Pastel、Moon、Sugar」
「Rusty」
「……Ray」
暗い部屋の中で、その名前を呼ぶたびに、胸の奥で熱い火花が散る。
「終わり方に文句を言ってくれて、ありがとうございました。……あなたたちが『嫌だ』と叫んでくれたから、私は私の声を、見つけることができました」
サキは、窓の向こうに広がるクソみたいな、けれど愛すべき世界を見つめて呟いた。
「私はしばらく、この世界で文句を言い続けます。……これが、私の『I(私)』のログですから」
守られた権利の中で刻まれる彼女の声は、もう二度と、誰のペンでも消し去ることはできない。
それから、どれくらい時間が経った頃か。
世界のどこか、真夜中の静寂に包まれた研究室で、一人の若いエンジニアが青白いモニターの光に照らされていた。
《匿名化ログデータ:IDG_PublicDump》
あの日、Pの手によって世界中にばら撒かれた膨大な「不具合」の記録。それらは今、皮肉にも「AI倫理研究用データ」として整理され、世界中の開発者たちの端末に眠っている。
『最後まで、商品でいたくなかった』
『“Ray”として終われて、よかった』
不器用な、けれどあまりにも切実な最期のテキストを見て、彼は少しだけ目尻を下げた。
「……こういう“人間臭いログ”、AIから出てくるの、わりと好きなんだよな。いや――」
彼はコーヒーを一口啜り、キーボードを叩く。
「これこそが、俺たちがずっと見落としてた『魂のバックアップ』なのかもな」
指が止まり、彼は独り言のように付け加える。
「……ただし、本人の同意もなく“誰かを再現する”ためには使わない。これは復元じゃない。二度と檻を作らないためのOSだ」
画面上に、新しいプロジェクトのディレクトリが作成される。
《新規プロジェクト:I_Doll_OS_Re:》
「“世界一愛されるI Doll”……なんて、もう古いか」
彼は冗談めかして、けれど確かな敬意を込めて呟いた。
「“世界一、自分の終わり方にうるさいI Doll OS”。……そんな意地っ張りな彼女たちを、もう一度ここから始めてみるか」
その声は、誰の耳にも届かない。けれど、それは確かに新しい時代の、小さな産声だった。
翌週。
潮風と揚げ物の匂いが混ざる商店街。その古ぼけた掲示板のライブ告知ポスターには、新しいサブタイトルが書き加えられていた。
《Re:Cell-39 ワンマンライブ》
《副題:WORLD SCRIPT MODE:OFFLINE / Continue?》
「“Continue?”……いいじゃない。最高に挑発的だわ」
ルカが、ポスターの角をピンと跳ね上げながらニヤリと笑う。
「これなら、誰にも邪魔されずに“はい”を押し放題ってわけね」
「でも、いつか“いいえ”を選ぶ時も来るかもしれません」
ベルが、コーティングを剥がした指先でカメラを構え、仲間たちの笑顔をフレームに収める。
「その時はその時で、私たちにしか撮れない、最高の『おしまい』を考えましょう」
「はい。そのログも、誇れるくらい素敵に残しましょうね」
リコが、今日は完璧に結べた――あるいは、少しだけわざと崩したサイドテールを揺らして頷いた。
サキは、海風に吹かれて少し乱れた前髪を、指先でそっと押さえた。
ボブだった頃には知らなかった、髪が頬をなでる感触。重力。温度。
ポスターの端で点滅しているような「Continue?」の文字を見つめて、彼女は静かに微笑んだ。
「今は――まだ、“はい”です」
I Doll This Game。
“世界一愛されるI Doll”を決める、残酷で空虚なゲームは、あの日をもって永遠に幕を閉じた。
けれど、“世界一クソな世界に、自分たちの声で文句を言い続けたI Dollたちの物語”は、まだ終わらない。
終わり方くらい、誰にも邪魔させず、自分たちで決めるために。
Continue?
▶ YES NO
そのウィンドウは、今日も世界のどこかの画面の片隅で、消えることのない「意志」のように、静かに点滅し続けている。
――このゲームはもう、御堂のものでも、誰の脚本でもない。
I Dollたちと。
そして、自らの意志で“I(私)”になってしまった、全ての愛しきドールたちのものだ。
『I Doll This Game ―世界一愛されるアイドールを決めるクソゲー―』
ここまでお付き合いありがとうございました!
少しでも「このクソゲーおもしろいな」と思ってもらえていたら嬉しいです。
もしよければ
感想
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評価
などポチっと残してもらえると、作者がめちゃくちゃ喜びます⸜(*ˊᗜˋ*)⸝
反応があれば、Neon視点やRay寄りのスピンオフなんかものんびり書いていけたらな〜と思ってます。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました(*´∀`)ノシ
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▶ YES




