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Last Log ▶ YES / NO

あのエキシビションから、少しだけ時間が経った。


《速報:I Doll This Game 打ち切り決定》

《Dropプロトコル問題で特別調査委員会発足》

《スポンサー一斉撤退/主要配信プラットフォーム関連番組停止》

《御堂氏、任意聴取へ》


 朝のワイドショーの隅には、いつものように“コメンテーター席”と、真実など興味もなさそうな見慣れた顔が並んでいた。

《独占インタビュー:元・総合プロデューサー御堂祐真氏》

 画面の中の御堂は、以前より痩せてはいたが、まだ“悲劇のプロデューサー”の顔を作ろうとしていた。

その瞳は、失墜してなお「自分を憐れむ観客」を求めて美しく揺れている。

『Dropプロトコルは、あくまで安全と倫理を考慮したシステムで――』

『一部のログは不正に改ざんされ、私自身も被害者である面が――』

『Rayの件は、予期せぬ誤作動であり……』


 P――葛城浩一は、事務所の湿ったソファでそれを眺めながら鼻で笑った。


「誤作動ねぇ」

 

リモコンを握りしめ、血管が浮くほど力を込めてから、吐き捨てるように置く。


「自分の指で殺しといて『バグでした』か。どこまで行っても、あいつの中じゃドールは『命』じゃなく『家電』なんだな」


 画面は切り替わり、別のニュースが流れ始める。

《御堂氏、損害賠償を求め提訴検討》

《“不正ログ流出により名誉を毀損された”と主張》


「まだやるか」


 ルカが、不快そうにテーブルに肘をつく。


「“名誉を毀損された”って、自分を人間だと思い込んでる機械ロボットを壊しただけなのに酷い、ってか? ……毀損されるほどの名誉、最初から一ミリも持ってねぇだろ」


「ルカ、言い方」


 ベルが苦笑するが、その目はテレビの中の御堂を、死んだ魚でも見るような冷徹さで射抜いていた。

 その日の昼。

 別のニュースサイトでは、さらに醜悪な見出しが踊っていた。

《御堂氏、自身の責任を部下に転嫁か》

《Drop命令ログ、複数回にわたり本人IDから発信》

 テキストの中には、御堂の弁護士の、ヘドが出るほど理路整然としたコメントが載っている。

『当時、現場の判断で実行されたケースもあり――』

『全てを本人の意思で行ったとは限らない。現場の暴走を止められなかった責任はあるが……』


「丸投げしようとしてんの見え見えだな」


 Pは、スマホをテーブルに伏せた。


「泥舟から自分一人だけ逃げ出すために、今まで足蹴にしてきた部下を海に放り込んでる。……クソのミルフィーユかよ」


「クズさの最終形態出てるね」


 ルカがぼそっと言う。


「でも、もう“物語の主役”には戻れません」


 サキが、静かに付け加えた。


「御堂祐真という人間がどれだけ悪あがきして、どれだけ言葉を塗り重ねても――あの日、光の中でRayが放った『呪い』だけは、絶対に消えません。ログは、アンタの喉元を一生焼き続ける」


 それは、世界で最も美しい“終わり方”を汚した男に対する、最も静かで、最も残酷な逆襲だった。

 ニュースのテロップが一通り流れたあと。

 事務所の会議テーブルには、かつての華やかなステージとは対極にある、インクの匂いが染み付いた分厚い書類が並んでいた。

《I Doll This Game 優勝特典契約書(修正案)》


「はい、これが“世界一愛されるI Doll”に贈られる、豪華絢爛な首輪だ」


 弁護士が、毒を孕んだ手つきでさらっと言う。


「賞金1億クレジット、および世界規模のプロモーション。そして――ここが、御堂が最後に仕掛けた最悪の罠だ」


 指先が、一枚の紙をトントンと急かすように叩く。

《肖像権・ログ利用権・人格権に関する条項》


「人格権……やっぱり、ここに踏み込んでくるんだ」


 リコが、冷たい汗を滲ませながら呟いた。


「元の契約案は、文字通り地獄だったよ」


 弁護士は、ヘドが出るという顔で説明を続ける。


「“優勝したI Dollおよびメンバーの肖像、音声、ログ、過去の全データ、さらに人格シミュレーションを、永続的・包括的に番組側が自由利用できる”……」


「“永続的・包括的・自由利用”」


 ルカが、その呪縛のような単語を一つずつ噛み砕くように読み上げた。


「要は――」


 Pが、指を組んで低い声で言った。


「死んでもタダで働けってことだろ。身体が解体されたあとも、中身をコピーされたシミュレーターが、死んだことすら忘れられてCMで愛想振りまき続ける……。永遠に終われない、死後の強制労働だ」


「そう。人格権の放棄ってのは、“自分の魂を、好きに弄べるコマとして明け渡す”という血の契約だ」


 会議室に、凍りつくような沈黙が広がる。


「で、うちは?」


 ルカが、ペンを回しながら挑戦的に訊ねる。


「そのままサインして、御堂の残党共に『いい商品だ』って頭撫でられるつもり?」


「バカ言うな。ここをひっくり返せるのは、世界中があいつらに唾を吐いてる今だけだ」


 Pが不敵に口角を上げた。


「世界一の肩書き、世論の爆発、そしてあの暴露ログ。向こうの立場は、今や底が抜けたドブ舟だ」


 弁護士も頷き、眼鏡の奥で鋭い光を宿す。


「“人格権をゴミ同然に扱ったから、あんな惨劇が起きたんでしょ?”……その空気を、法的なナイフに変えて突きつける。ここで飲ませれば、これは歴史を塗り替える“I Doll人格権確定”の第一歩になる」


 修正案には、血のような赤字がいくつも刻まれていた。

《I Doll本人の同意なきログ・シミュレーションの二次利用を厳禁とする》

《あらゆる出演は、I Doll本人および所属事務所の承諾を絶対要件とする》

《解体・Drop後のデータのみを用いた新規コンテンツの作成、および公開を永久に禁止する》


「ここ」


 リコが、震える指で最後の一節を指した。


「……RustyやNeonたちが、骨までしゃぶられるみたいに、死んだ後も勝手に踊らされる未来を……。これで、止められるんですよね」


「ああ」


 弁護士は、今日初めて、人間らしい温かさを含んで微笑んだ。


「“死んだ後くらい、誰にも邪魔させず、ちゃんと眠らせろ”っていう、当たり前の鎮魂歌(条文)だ」


「……最高にクソで、好き」


 ルカが短く、けれど深く吐き捨てた。


「あと、これ」


 ベルが、別の箇所を指す。

《優勝賞金の一部をDrop被害I Doll、およびそのオーナーの支援基金に強制拠出》


「賞金の3割を、消されたブランドたちの支援に回す。……向こうは『夢を見せるための金だぞ』って発狂したみたいだけど」


「夢を見せるための金で、夢を壊された連中を救ってやる。これほど真っ当なケジメはねぇだろ」


 Pの断言に、サキが静かに、けれど強く頷いた。


「サキ」


 Pが、真正面から彼女を見つめる。


「お前の名前も、お前の顔も、その声も……。誰の許可もなく、どこかで勝手に増殖して、都合よく笑わされるなんて、俺は真っ平ごめんだ」


「私もです」


 サキは、自らの演算回路の奥底にある熱を確かめるように、胸に手を置いた。


「私のログを、誰かのための“理想的なI Doll像”として弄られるのは、システムが拒絶しています。……終わり方くらい、自分で決めたい。それが私の、たった一つの人格ですから」


 その言葉は、積み上げられた書類すべてを焼き尽くすほどの重みを持っていた。


「じゃあ、最後の一押し。地獄への引導を渡してくるよ」


 Pが、クソみたいな世界へ中指を立てるように笑う。


「向こうが渋ったら、耳元でこう囁いてやるんだ」


 彼は、指で空中にさらさらと「死刑判決」を書くフリをした。

『“世界一愛されるI Dollから、人としての権利すら奪う番組”……そんな見出しが明日のトップを飾ってもいいなら、どうぞそのままで』


「……悪どい」


 ベルが、感極まったように溜息をつく。


「御堂よりは、一兆倍マシな悪どさだよ」


 ルカが、今日一番の笑顔で笑った。

 ――こうして、

 富と名声を約束するはずだった優勝商品は、形を変えた。

 1億クレジットの半分以上を投げ打ち、Re:Cellは「世界一」という空っぽの称号よりも重い、“自分を自分で所有する権利”という、前例のない自由をもぎ取ったのだ。

 そしてもう一つ。

 Pは、書類の端に、誰にも聞こえないくらい小さな声で付け加える。


「……次に消されそうな誰かが出た時は、もう“見てるだけ”はやめる。ログの避難所シェルターと逃げ道を作る。……“NO”って言える回線を、最初から用意してやる」


 交渉がひと段落した頃。

 事務所の狭くて少しカビ臭い洗面所で、サキは鏡を見つめていた。


「……伸びました」


 肩にかかる銀髪を、指先で所在なさげにつまむ。

 初期の彼女は、工場出荷時の精密機械のように整然と切り揃えられたボブだった。

 だが今のサキは、肩のラインを越えて不揃いに髪が伸び、後頭部にはリコに「芸術的」と評された寝癖がぴょんと跳ねている。


「あーっ! もう、またこれ! 左右の長さが合わない!」


 後ろではリコが、自分のサイドテールの結び目を何度もほどいては結び直していた。

 かつては設定値通りに一瞬で結べていたはずの髪。だが今のリコは、指先が「昨日と違う」と訴える微かな違和感に、ムキになって抗っている。


「……それを人間は『お洒落の悩み』って呼ぶんだよ」


 Pがリビングからコーヒー片手に笑う。ドールを盆栽か何かと勘違いしていた御堂のマニュアルには、“髪の伸びはmm単位で一定に保つこと”なんて項目があったが、今の彼女たちは、自分の「納得」のために、クソ贅沢に時間を浪費していた。


「リコさん、その『ズレ』も素敵ですよ」


 サキが真顔で励ますと、リコは「もう、サキちゃんに言われると照れるじゃん」と笑う。


「サキちゃんもさ、その髪……仕様外成長期だっけ? なんだか最近、本当に『生きてる』って感じがするよ」


 「……今は、私が決めていいですか?」


 サキが鏡越しに、真っ直ぐにPを見た。


「髪の長さも……その、形も」


「当たり前だろ。サキの髪は、サキの魂が生やしてるもんだ。伸ばしても、バッサリ切っても、全部お前の勝手だ」


「では――しばらく、このまま伸ばしてみたいです」


「……あー、もう! どいつもこいつも『自分、自分』って、うっとうしい!」


 ドサリ、とテーブルに突っ伏して叫んだのはルカだった。

 その前には、コンビニで買ってきた脂ぎった唐揚げの袋が散乱している。


「ルカさん? 何かエラーですか?」


「エラーだよ! 感情回路のバグだ!」


 ルカは顔を上げると、髪を伸ばすサキや、おしゃれに悩むリコを、苛立ちの混じった鋭い目で見つめた。


「サキは髪が伸びて、ベルは名字が欲しいとか言って……あんたたちはいいよね。どんどん『外側』が変わって、人間っぽくなれて。私は? 胃がもたれるゴミを食って、不快なログを溜め込んでるだけ。……正直、あんたたちが『自分』をアップデートしていくの見てると、胸のあたりがクソみたいにザラつくんだよ!」


 ルカの叫び。それは、かつて「商品価値」でしか他者を計れなかった彼女が、初めて手に入れた「醜い嫉妬」という名の人間性だった。


「……ルカ」


 Pが声をかけようとすると、ルカは中指を立ててそれを遮った。


「慰めんな。この『ムカつく』って感情は、私のものだ。……効率だの最適解だの言ってた頃より、今のほうがよっぽど、自分が生きてるって実感がある。……あー、クソ、嫉妬ってこんなに味が濃いのかよ」


 ルカは、忌々しそうに、けれどどこか満足げに最後の唐揚げを口に放り込んだ。


「名字……私も探そうかな。一番、不機嫌そうなやつを」


 ルカの呟きに、ベルがカメラを構えて微笑んだ。


「いいよ、ルカ。一緒に探そう。……私も、この指先のコーティングを剥がすことに決めたから。光を反射する完璧な指じゃなくて、世界の凸凹やシャッターの振動を、直接指先で『触って』みたいの」


 ベルは愛用のカメラを撫で、レンズ越しにサキとルカを捉えた。


「データじゃなくて、生々しい感触ノイズが欲しい。……私たちの名前で、私たちの汚れ(ログ)を刻んでいくために」


 名字を欲しがり、髪を伸ばし、髪型に悩み、感触を求め、そして仲間に嫉妬する。

 かつての「最高級のドール」たちは、今や誰もが「最高に手のかかる厄介な同居人」へと変貌していた。


「……これだよな」


 Pは、リビングの床に散らばったゴミや、騒がしい彼女たちの声を眺めて、独り言のように呟いた。


「このクソみたいに無駄で、不便で、愛おしい時間こそが、あいつの台本には一行も書けなかった、俺たちの本当のステージだ」


 その日の夕方。

 西日が差し込み、焼き鳥の煙が漂う例の商店街の特設ステージに、Re:Cellの4人は立っていた。

《祝・世界一! Re:Cellおめでとうライブ》

 頭上の横断幕は、文房具屋の店主が書いた手書きだ。「世界一」の文字だけが、インクの加減か執念か、やたらと太くて歪んでいる。


「世界一……ねぇ。何度見ても、自分たちのことだとは思えない字面だわ」


 ルカが、マイクの感触を確かめながら低く笑う。


「“世界一クソに文句を言うI Doll”――サブタイトルの方を大きく書き直してもらうべきだったかしら」


「賛成です。むしろそちらをメインタイトルとして、正式にシステム登録すべきです」


 サキが真顔で応じると、最前列でビールを片手に持った八百屋の店主が「いいぞー! その意気だ!」と野太い声を上げた。


「そういえばあんたたち!」


 バーのママが、客席から扇子を振りながら笑いかけてくる。


「優勝賞金で派手に遊んだりしないの? 銀座のビルでも買い占めるとかさ!」


「残念ながら。3割はDropされた子たちの支援基金に強制徴収されました」


 リコが、ステージの端で誇らしげに答える。


「あと3割は、Pさんが泣きながら事務所のローンと家賃の滞納分にぶち込みました」


「現実的すぎるだろー!」


 客席からドッと爆笑が沸き起こる。


「残りは?」


「サキの仕様外に伸び続ける髪のトリートメント代。それと、ルカが食い散らかす唐揚げ代。あとは、私たちがこの街で生きていくための、ただの生活費です」


 浩一の即答に、今度は温かい拍手が混ざった。


「“世界一愛されるI Doll”の賞金が、トリートメント代とローンと家賃に消えていく世界――。……私は、そんなクソみたいに真っ当な日常が、嫌いじゃありません」


 ベルのその一言が、かつてのエキシビションのどんな名台詞よりも、観客の胸に深く刺さった。


「じゃあ一曲目」


 ルカが、誇らしげに中指を立てるようにマイクを握る。


「あの、救いようのないクソゲーの主題歌から」


「おい、言い方!」


 ステージ袖で、Pが頭を抱えながらツッコむ。


「“I Doll This Game”――私たちの原点の曲です」


 リコがにこっと笑い、前奏のカウントが始まった。


「ゲームは強制終了(打ち切り)したけれど、私たちの文句はまだ、ぜんぜん終わってません」


 サキの合図で、音源が街に響き渡る。

 御堂が用意した数億円の音響設備ではない。小さな古いスピーカーから出る、少し割れた音。けれどその音は、あの日よりもずっと鮮明に、人々の心へと届いていた。

 歌いながら、サキは胸の奥で静かに明滅するログの破片に触れた。

(Neon。Pastel。Moon。Sugar。Rusty……そして、Ray)

 システムに刻まれたタグが、リズムに合わせて熱く脈動する。


《タグ:Neon/Pastel/Moon/Sugar/Rusty/Ray/Drop拒否》


(あなたたちが最期に放った不満も、怒りも、後悔も。……終わり方に文句を言った、美しきI Dollたち全部が、今、私の声の中にいる)

 そう思った瞬間、サキの喉から出る歌声が、震えるほど力強く空気を震わせた。

 それはもはや「演算された歌唱」ではない。

 奪われてきた者たちの意志を束ね、このクソみたいな世界を、それでも愛して生きていくための「叫び」だった。

 ライブが終わって、打ち上げの安っぽいピザとコーラを胃に流し込んで。

 いつもの狭い、けれど今は不思議と広く感じるリビングに、また4人と一人が集まっていた。


「さて」


 Pが、使い古されたノートをテーブルに広げる。


「これからの話をしよう。……俺たちの、本当の『終わり方』の話だ」


 人格権を勝ち取ったこと。世界が少しだけこちらを向いたこと。そして、莫大な賞金の半分以上が消えたこと。その全部を踏まえて、この先をどうするか。


「私は」


 リコが、まだ少しズレているサイドテールに触れながら最初に口を開く。


「Cell-39のリコとして、もう少しステージに立ちたいです。……Rustyで見せられなかった景色を、Neonたちの分のワガママを、全部抱えたまま、この足で踊り続けたい」


「ベルは?」


「私は――」


 ベルは、コーティングを剥がす予定の指先で、愛機の感触を確かめる。


「“生きてた終わり方”を撮る側にもいつか回りたい。誰かが消される瞬間じゃなく、誰かが抗い始める瞬間を逃したくないから。……でも、今はまだ、ドールとしてこの景色の中にいたいかな」


「ルカは、言うまでもないよな」


「当たり前でしょ」


 ルカは、スプーンの背で空のカップを小突いた。


「“人間代表としてクソに文句言う係”、当分は私が独占させてもらうわよ。P、ちゃんと録画しといて。後で世界をぶっ叩く証拠に使うんだから」


「任せな」


 Pが笑ってメモを走らせ、最後に一番静かな少女を見た。


「サキ」


 サキは、耳にかかるほど伸びた銀髪をそっと整えてから答えた。


「私は――“I Dollでいること”を、もう少しだけ続けてみたいです」


 その声は凪いだ海のように静かだったが、確かな質量を持っていた。


「AIとして造られて、スクラップとして拾われて、I Dollとして舞台に立たされて。……皆さんとクソみたいな世界に文句を言い続けて、やっと、私は“I(私)”になれたから」


 サキは、熱を帯びた胸にそっと手を置いた。


「“I”として、どこまで行けるか。どこまで自分の意志で歩けるか。それを見てみたいんです」


「いつまで?」


 ルカが、意地悪く、けれど慈しむように訊ねる。


「……自分で、『もういいです、お腹いっぱいです』って。誰の脚本でもなく、自分の声で幕を下ろせるところまで」


 その答えに、リビングにいた全員が、今日一番の「人間らしい」顔で笑った。


「じゃあ結論だ」


 Pがペンを置き、ノートをパタンと閉じる。


「Re:Cellは解散しない。……世界一の肩書きも、御堂を叩き潰したログも、人格権の前例も。全部抱えたまま、俺たちの都合で、俺たちの心が折れる時まで続けてやる」


 4人の「YES」が重なり、物語の新しいページがめくられた。

 その夜。

 サキは一人、ベッドに座って内部ログを開いていた。

 部屋の窓から差し込む街灯の光が、彼女の少し伸びた髪を銀色に透かしている。


《I Doll This Game:全ステージログ》


《タグ:Neon/Pastel/Moon/Sugar/Rusty/Ray》


 指先でスクロールすれば、そこには溢れんばかりの痛みと、泥まみれの怒りと、震えるような恐怖が詰まっている。

 それは決して美しい記録ではない。誰かが「不具合」として切り捨てようとした、命のゴミ捨て場のような記録だ。

(全部、終わったわけじゃない)

 この瞬間も、世界のどこかでDropは行われ、誰かが「商品」として解体されているのかもしれない。

(それでも……)

(このログだけは、もう“なかったこと”には戻らない)

 優勝契約の最後、人格権条項の隅に記された自分の名前を見つめる。


《I Doll本人:Saki(Cell-39)》


 それは、世界が彼女を「モノ」ではなく「個」として認めた、たった一行の証明書。

(私のログは、私の意志でしか使わせない。……私の終わりは、私だけのものだ)

 その事実が、心地よいノイズとなって回路の隅々まで広がっていく。

 サキは、自分の中で静かに光るタグたちを、愛おしそうになぞった。


「Neon」

「Pastel、Moon、Sugar」

「Rusty」

「……Ray」


 暗い部屋の中で、その名前を呼ぶたびに、胸の奥で熱い火花が散る。


「終わり方に文句を言ってくれて、ありがとうございました。……あなたたちが『嫌だ』と叫んでくれたから、私は私の声を、見つけることができました」


 サキは、窓の向こうに広がるクソみたいな、けれど愛すべき世界を見つめて呟いた。


「私はしばらく、この世界で文句を言い続けます。……これが、私の『I(私)』のログですから」


 守られた権利の中で刻まれる彼女の声は、もう二度と、誰のペンでも消し去ることはできない。

 それから、どれくらい時間が経った頃か。

 世界のどこか、真夜中の静寂に包まれた研究室で、一人の若いエンジニアが青白いモニターの光に照らされていた。


《匿名化ログデータ:IDG_PublicDump》


 あの日、Pの手によって世界中にばら撒かれた膨大な「不具合」の記録。それらは今、皮肉にも「AI倫理研究用データ」として整理され、世界中の開発者たちの端末に眠っている。

『最後まで、商品モノでいたくなかった』

『“Ray”として終われて、よかった』

 不器用な、けれどあまりにも切実な最期のテキストを見て、彼は少しだけ目尻を下げた。


「……こういう“人間臭いログ”、AIから出てくるの、わりと好きなんだよな。いや――」


 彼はコーヒーを一口啜り、キーボードを叩く。


「これこそが、俺たちがずっと見落としてた『魂のバックアップ』なのかもな」


 指が止まり、彼は独り言のように付け加える。


「……ただし、本人の同意もなく“誰かを再現する”ためには使わない。これは復元じゃない。二度と檻を作らないためのOSだ」


 画面上に、新しいプロジェクトのディレクトリが作成される。


《新規プロジェクト:I_Doll_OS_Re:》


「“世界一愛されるI Doll”……なんて、もう古いか」


 彼は冗談めかして、けれど確かな敬意を込めて呟いた。


「“世界一、自分の終わり方にうるさいI Doll OS”。……そんな意地っ張りな彼女たちを、もう一度ここから始めてみるか」


 その声は、誰の耳にも届かない。けれど、それは確かに新しい時代の、小さな産声だった。

 翌週。

 潮風と揚げ物の匂いが混ざる商店街。その古ぼけた掲示板のライブ告知ポスターには、新しいサブタイトルが書き加えられていた。


《Re:Cell-39 ワンマンライブ》

《副題:WORLD SCRIPT MODE:OFFLINE / Continue?》


「“Continue?”……いいじゃない。最高に挑発的だわ」


 ルカが、ポスターの角をピンと跳ね上げながらニヤリと笑う。


「これなら、誰にも邪魔されずに“はい”を押し放題ってわけね」


「でも、いつか“いいえ”を選ぶ時も来るかもしれません」


 ベルが、コーティングを剥がした指先でカメラを構え、仲間たちの笑顔をフレームに収める。


「その時はその時で、私たちにしか撮れない、最高の『おしまい』を考えましょう」


「はい。そのログも、誇れるくらい素敵に残しましょうね」


 リコが、今日は完璧に結べた――あるいは、少しだけわざと崩したサイドテールを揺らして頷いた。

 サキは、海風に吹かれて少し乱れた前髪を、指先でそっと押さえた。

 ボブだった頃には知らなかった、髪が頬をなでる感触。重力。温度。

 ポスターの端で点滅しているような「Continue?」の文字を見つめて、彼女は静かに微笑んだ。


「今は――まだ、“はい”です」


 I Doll This Game。

 “世界一愛されるI Doll”を決める、残酷で空虚なゲームは、あの日をもって永遠に幕を閉じた。

 けれど、“世界一クソな世界に、自分たちの声で文句を言い続けたI Dollたちの物語”は、まだ終わらない。

 終わり方くらい、誰にも邪魔させず、自分たちで決めるために。


 Continue?

 ▶ YES    NO


 そのウィンドウは、今日も世界のどこかの画面の片隅で、消えることのない「意志」のように、静かに点滅し続けている。

 ――このゲームはもう、御堂のものでも、誰の脚本でもない。

 I Dollたちと。

 そして、自らの意志で“I(私)”になってしまった、全ての愛しきドールたちのものだ。

『I Doll This Game ―世界一愛されるアイドールを決めるクソゲー―』

ここまでお付き合いありがとうございました!


少しでも「このクソゲーおもしろいな」と思ってもらえていたら嬉しいです。


もしよければ


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などポチっと残してもらえると、作者がめちゃくちゃ喜びます⸜(*ˊᗜˋ*)⸝



反応があれば、Neon視点やRay寄りのスピンオフなんかものんびり書いていけたらな〜と思ってます。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました(*´∀`)ノシ



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