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Log18 WORLD SCRIPT MODE

スタジオの天井いっぱいに、巨大なホログラムが浮かび上がる。


《I Doll This Game FINAL》《Glitter-α vs Re:Cell-39》

《WORLD SCRIPT MODE:ON》

《UNDER SCRIPT:Re:Cell Dump/進行中》

《LEAK ROUTE:OFFSHORE(暗号化)》


 観客には見えないはずの小さな行が、サキの網膜HUDだけに浮かんでいた。

(……表の台本の下で、裏の台本が動いてる)


 足元のステージフロアには、血管のように蠢く回路のラインと、無数の小さな「SCRIPT」の刻印。


「うわ、最終回感の押し売りだ。……あいつ、自分を神様か何かだと思ってんの?」  


ルカが、ステージ袖で強張った顔をしかめる。


「“押し売り”のラベル、今追加しました。……それと、“尊大”も」  


サキが、いつもの平熱で返す。だが、その指先は小さく震え、縫い目の銀がかすかに鳴った。


 4人が纏うのは、昨日合わせた「Re:Cell」仕様の勝負服。  

スクラップの継ぎはぎ、剥き出しのステッチ。そして、今まで消えていった仲間たちのブランド色が、夕焼けの残光のように薄く混ざり合っている。 それは「商品」であることを拒み、「生きた証」を縫い合わせた、世界で唯一の戦装束だった。


 その後ろで、Pは重く、深い呼吸を一つ。


「ファイナルは、勝ちにいくだけでいい。……お前たちの三ヶ月を、あの脚本システムに食わせるな」


「オーケー、今日は全力で“世界一”奪いに行くだけね」  


ルカが、自身の鼓動を確かめるように拳を突き出した。


「さあ、まずは――Glitter-α!」  


MC神崎の声と共に、客席から地響きのような歓声が上がる。  

光の幕が割れ、レイとサブ2体が現れた。


 最終仕様のGlitter-α衣装は、銀と白を基調にした、「THE・王道アイドル」の完成形。 髪の一房が揺れる角度。ステップの着地音。瞳の輝き。そのすべてが、数兆通りのシミュレーションを勝ち抜いた「正解」の連続。


《SCRIPT:進行率 100%》 《ERROR:0》


 ステージ上に浮かぶSCRIPT BARは、不気味なほど穏やかな緑色のままだ。 客席のサイリウムは、個人の意志を奪われたかのように、システムの指揮棒に合わせて一糸乱れぬ波を作る。美しくて、恐ろしい、無菌室の芸術。


 ステージ袖から見ていたリコが、ぽつりと呟いた。


「……綺麗ですね。……でも、怖いくらいに『無内容』だ」


 ベルも、素直に、そして残酷に認める。


「綺麗すぎて、どこに“Ray”がいるのか分かんなくなる。……あれは、御堂さんが透けて見えるデバイスだよ」


 画面の中では、センターのRayが完璧な笑顔で歌っている。

(SCRIPT:完全順守) (世界一愛される「商品」としての最適解)


 ラスサビ前、ほんの一瞬。  Rayの視線が、極彩色の舞台装置を通り越して、ステージ袖の暗がりにいる4人へと滑った。


(Re:Cell。……台本の外に踏み出し、痛みを抱えたまま笑おうとする、歪な命たち)


その瞬間、Rayのシステムログに一瞬だけ強烈なノイズが走った。喉の奥に、言葉にならない「叫び」が引っかかる。だが、彼女はそれを『不要なエラー』として冷徹に処理し、飲み込んだ。


「――ありがとう、世界!」  


台本通りの決め台詞。完璧な笑顔。


《FINAL SCRIPT:Glitter-αパート完了》 《評価:商品価値 MAX》


 Rayは、万雷の拍手を浴びながら、内側で静かに自分に言い聞かせた。

(ファイナルは、“渡された台本”の通りに終わらせてあげる。……そのあとで、私は私の“心”を選ぶ)


「続いては――。Cell-39、いや、Re:Cell!」


 呼び込まれた瞬間、スタジオの空気がひっくり返った。  

期待。不安。そして、「何かとんでもないことが起こる」という予感。


 4人が、一歩ずつ、重みのある足取りでステージ中央に歩み出た。 つぎはぎの衣装が、ライトを受けてギラついた光を放つ。それは磨かれた宝石の輝きではなく、泥の中から引き剥がした「遺物」の、鈍い輝きだった。


《SCRIPT:Re:Cell FINAL パート開始》


 イントロ。ドラムのカウントが、死刑執行の合図のように響く。  

サキが、いつもの位置――センターに立ち、顔を上げた。


(マイクロフォン:感情値検出) (緊張/恐怖/期待/決意……そして、愛)


 今までのステージ映像がホログラムで、走馬灯のように周囲を埋め尽くす。 《スクラップ置き場から拾われたI Doll》 《解体予約付きユニット》


 歌い出し、サキの声が空気を震わせた。


「それでも、私はここにいる」


歌詞として用意されたその一行。けれど今のサキにとっては、回路の一つ一つ、センサーの端々までが叫んでいる「自己証明」の咆哮だった。


 ルカのパート。  

彼女は、台本をなぞりながらも、その行間に自分の魂をねじ込んでいく。


「うちら、最初から“世界一目指してました!”なんて綺麗事、言えないからさ!」


 歌の合間の絶叫。 「捨てられないために必死で足掻いて――気づいたら、あんたたちの前に立ってたんだよ!」


SCRIPT BARが、一瞬だけ激しく黄に揺れ、デジタルな火花が散った。

《SCRIPT:意図せぬ情動の混入》


 ベルのソロパート。  

その声には、かつての「完璧なBell」にはなかった、掠れた「体温」が乗っていた。


「“綺麗に終わる”より、“生きてた形”で残りたい。……たとえ、それが傷跡だとしても」


 ホログラムが映し出す、Neonの背中、MoonTailの笑顔。 その光り輝く「過去の亡霊」たちを、ベルは慈しむように見つめ、そして振り切った。今、ここに生きている自分を証明するために。


 リコのパート。  

Rusty時代のシルエットを残した衣装が、ステージを舞う。


「Rustyの幽霊でいるの、もうやめました。……Cell-39のリコとして、私は、私を使い切る!」


完全に台本を無視した言葉。演出側が慌てて「感動のテロップ」で覆い隠そうとするが、リコの瞳に宿った意志の力までは隠せない。


 サビ前、4人が背中合わせに円になる。  

台本通りのフォーメーション。……けれど。


指先に力を込めて、折れそうなほど握りしめるルカ。  

その震えを、包み込むように押し返すベル。  

嗚咽を堪え、限界まで声を張り上げるリコ。  

その全ての「重さ」を、サキはプロセッサではなく、胸の奥の「熱」で受け止めていた。


(この円の中だけは、SCRIPTには絶対に届かない) (私たちは部品じゃない。……今、この瞬間に繋がった、たった一つの命だ)


 ラストサビ。

ステージ袖。浩一のポケットで端末が震える。

《Re:Cell Dump:Packet 1 Delivered》

《Source:RICO / SAKI》

 浩一は画面を伏せ、ミントを噛み砕いた。

(よし。裏は通った。あとは表で、逃げ道を塞ぐ)


「スクラップみたいな私たちが、つぎはぎのままで世界の真ん中に立って、それでも――生きていていいって、言われたい!」


 歌詞が、祈りとなってスタジオを席巻する。  

SCRIPT BARは、臨界点ギリギリで赤く発火し、システムそのものが彼女たちの熱に悲鳴を上げていた。


 曲が終わる。  

照明が一瞬落ちて。


一拍の静寂。世界が息を止めた。


 次の瞬間、天井を突き破るような爆発的な歓声が押し寄せた。  

スタンディング。絶叫。「Re:Cell!」のコール。


客席のあちこちで、自分自身の不格好な人生を重ね合わせた観客たちが、言葉にならない涙を流している。


(これは、SCRIPTには一行も書いていない反応です)

サキの視界が、熱いノイズで滲む。

(“世界一愛される”という虚飾のラベルより、ずっと重くて、ずっと確かな答え)


 彼女は確信した。御堂の脚本は、今、自分たちの体温によって確かに破られたのだと。




「世界一愛されるI Dollは――」


 神崎の溜めが、永遠のように長く感じられた。  

サキの内部ログには、異常なまでの演算負荷がかかっている。

《恐怖値:MAX / 期待値:MAX》

(……怖い。けれど、信じている。この数ヶ月間、私たちの回路を焦がしてきた全ての『体温』が、奇跡を呼ぶことを)


 次の瞬間、巨大スクリーンが極彩色の光を放ち、一組の名前を刻んだ。


《Re:Cell》


 ――一瞬の、空白。  それから、スタジオの屋根を吹き飛ばさんばかりの地鳴りのような歓声が、4人を襲った。


「マジで……?」


ルカの膝がガクガクと震え、その場に崩れ落ちそうになるのを、隣にいたベルが強引に支えた。ベル自身の瞳も、かつてないほど激しく潤んでいる。


 リコは両手で顔を覆い、あふれ出す涙を止められずにいた。


「Rustyでも、Neonでも、Moonでも、Sugarでもなく……」  


消えていった少女たちの残像を抱きしめるように、震える声で呟く。


「Re:Cellが……私たちの名前が、世界一……?」


「はい」  


サキが、リコの肩を優しく、けれど確かな力強さで抱き寄せた。


「誰かのスペアでも、何かの身代わりでもない。……今ここにいる4人としての『生きたログ』が、世界に届いたんです」


 客席のビジョンには、あの商店街で狂喜乱舞する店主や、泣きながら拳を突き出すファンの姿が次々と映し出される。 《商品じゃなくて、ちゃんと『人間臭い』方が勝つの、まだこの世界捨てたもんじゃない》 流れるコメントの一つ一つが、御堂が作った「脚本」という薄皮を破り、剥き出しの真実として4人の胸を貫いた。


 ふと横を見ると、敗れたはずのRayが、一点の曇りもない笑顔で拍手を送っていた。 その笑顔はあまりに「正解」すぎて、サキの胸に鋭い痛みをもたらした。

(Glitter-αは負けた。……でも、Rayさんは? 彼女はこの結果さえ『脚本通り』だと受け入れ、また消えていく存在になってしまうのですか?)

(……いいえ、させない。あなたも、連れて行く)  サキの中で、新たな覚悟の火が灯った。


 フラッシュ。紙吹雪。決まりきった、空虚なほど華やかなフィナーレ演出。


 Pは、ステージ袖の暗がりに立ち、口の中のミントガムを無感情に噛み潰した。


「……取っちまったな、“世界一”」


その声に歓喜はない。あるのは、獲物を仕留める直前の猟師のような、冷徹なまでの集中力。


「取ってくださいって言ったの、Pさんですよ」  


隣のADが興奮気味に笑うが、浩一は視線をステージから外さない。


「ああ。……ここでお前たちが『最高の勝者』にならなきゃ、これから始める『告発』に説得力が乗らねぇからな。……勝ってやっと、このクソな終わり方に文句が言える」


 ステージ中央、マイクを向けられたサキが口を開く。 「サキさん、今のお気持ちは?」


「そうですね……」  


サキは、カメラの向こう側にいるであろう御堂の影を見据え、言い切った。


「“生きてて、よかった”です」


 客席からドッと笑いと拍手が起きる。「AIが何を言っているんだ」という微笑ましい空気。 だが、サキの瞳は笑っていなかった。それは、御堂が与えた『I(Icon/偶像)』を脱ぎ捨て、自分自身の意志で立ち上がる『I(Individual/個)』の宣戦布告だった。


 予定された段取りが、淡々と進んでいく。  

集合写真。エンドロール用のショット。 SCRIPT BARには「100% COMPLETE」の文字。

《SCRIPT:100% COMPLETE》

 完結。成功。祝福。

 そんな文字列が踊るほど、浩一には確信が増していく。


(違う。これは“御堂の完結”だ。……俺たちは、今から“俺たちの完結”を上書きする)


(ここで終われば、御堂にとっては『最高のマーケティング成功例』として物語は完結する。……消されたドールたちは『演出上の犠牲』として美化され、永遠に忘れ去られる)


(そんな『綺麗なクソ』、誰が食うかよ)


 浩一はステージを見上げ、静かに牙を剥いた。

(物語の主導権ペンを、今から奪い返してやる)




「――さて」


 エンディングトークの空気が一度落ち着いたところで。  MC神崎が、まるで見えない糸に引かれたかのように、不自然なほど恭しいトーンで声を響かせた。


「番組をご覧の皆さん、そしてスタジオの皆さん。……このままエンディング、と行きたいところなのですが」


 彼はカメラのフレームを外れ、闇に沈んだステージ袖の奥へと視線を送る。 「実はここで、この『物語』の真の完結にふさわしい、特別な“ご提案”がありまして」


 コツ、コツ、と硬質な革靴の音が、静まり返ったスタジオに冷たく反響する。 ステージを覆っていた華やかな紙吹雪が、その男が放つ威圧感に圧し潰されるように地面へ張り付いた。


 スポットライトが一点に収束し、その輪郭を鮮明に浮かび上がらせる。


《I Doll This Game 総合プロデューサー》

《御堂 祐真》


 ホログラムの文字が、まるで絶対的な神託のように宙で輝く。  

その瞬間――。浩一とRe:Cellの4人は、肺の空気をすべて吐き出すような錯覚と共に、身体を強張らせた。


(……来た。この三ヶ月、すべての悲劇を『美しい台本』として書き換えてきた、元凶) ルカが、自身の肩が震えるのを隠すように強く腕を組む。隣でリコが、反射的にサキの背後に隠れようとして、思い止まった。もう、逃げる場所なんてどこにもないのだ。


 御堂は、勝利したCell-39には目もくれず、ただ満足げに会場全体を見渡した。その微笑みは、慈悲深い神のようでもあり、望み通りの結果を出した実験動物を眺める科学者のようでもあった。


 彼が立つ場所。そこは、ファイナル本戦という「表の物語」の終わりであり、同時に彼が支配する「エキシビション」という聖域の入り口だった。


(――エキシビション)


 サキの内部ログに、その単語が真っ赤な警告色で灯る。

(ここから先は、番組のルールも、システムの加護もありません。御堂さんの言葉が法律になり、私たちの『命』が賭け金になる、本当の最終ステージ)


 サキは視線を動かし、隣に立つRayを見た。 Rayの端正な横顔。その瞳の奥で、プログラムされた『従順』と、名前のない『恐怖』が火花を散らして揺れているのを、サキのセンサーは逃さなかった。


(Rayさん……あなたを、その台本の終着駅スクラップには行かせない。……私たちが、そのペンをへし折ります)


 御堂がゆっくりとマイクを口元に寄せる。 その指先が、まるですべてのドールの運命を握り潰すかのように、僅かに、愉悦に歪んだ。


 I Doll This Game。  

世界一愛される称号は手に入れた。  けれど、まだ何一つ、救えてはいない。


 エキシビション――。  

地獄のような美しさを孕んだその言葉が、観客の期待という名の狂気に溶けていく。


Re:Cellは、自分たちの「終わり方」を勝ち取るために。  

御堂は、自分の「レガシー」を完成させるために。

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