Log17 縫い跡の勲章
ファイナル本番の前日。
番組のロゴで埋まった巨大ビジョンの下を、
Cell-39――いや、今はRe:Cellの4人は歩いていた。
《世界一愛されるI Doll 決定戦 FINAL》
《Glitter-α vs Re:Cell-39》
「ビルで見ても、テロップで見ても、“世界一”って字面がこそばゆいね」
ルカが、キャップを目深にかぶりながらぼやく。
「“世界一クソに文句言うI Doll”の方が、まだしっくりきます」
サキが、マスク越しに真顔で返す。
「そっちを公式サブタイトルにしたらスポンサー全員飛ぶよ」
ベルが肩を揺らす。
「……でも、嫌いじゃないです」
リコが、小さく笑った。
事務所に戻ると、衣装担当が腕を組んで待っていた。
「やっと来た。ほら、最終チェックするよ!」
ラックには、ファイナル用の新衣装が掛かっている。
「うわ、ちゃんと“Re:Cell”してる」 ルカが、思わず声を上げた。
4着の衣装は、どこか共通した“スクラップ感”と“再構成”のニュアンスを持っていた。 ベースは、死を連想させる白ではなく、再生を待つ夜明けのようなライトグレー。 よく見ると、別々の衣装生地を繋ぎ合わせたステッチが、まるで「手術の縫い跡」か「ひび割れた心を繋ぎ止める糸」のように、鈍く銀色に光っている。
サキの衣装は、センターらしく最もシンプルで、ただ一つ、胸元にスクラップ番号「39」から切り取ったようなプレート型アクセがついている。 それはかつて彼女を縛っていた「ただの数字」だったが、今は勲章のように誇らしく磨き上げられていた。
ルカの衣装は、アシンメトリーなジャケットとショートパンツ。 汚し加工みたいなプリントが入っていて、動くと一番派手に見える。 「ボロボロになってからが本番」という、彼女の生き様をそのまま形にしたようなデザインだ。
ベルの衣装は、ロングシャツと細身パンツ。
シャツの裾には、Rusty・Neon・Pastel・Moon・Sugarの衣装色をごく薄く混ぜたラインが走っている。 「私が彼女たちの残響を背負う」という、冷徹なドールから情に厚い守護者へと変わった彼女の意志が、一筋の虹のように裾を飾っていた。
リコの衣装は、Rusty時代のワンピースをベースにしたようなシルエットに、Re:Cellカラーのパッチが縫い込まれている。
“過去から引き継いだ部品”と“一緒に進むための部品”が同居しているデザインだった。
「すご……」
鏡の前で、リコがそっとスカートの裾をつまむ。 「Rustyの形なのに、Cell-39の色してます。……私、やっとちゃんと、あの子たちを連れてステージに行ける気がします」
「そういう注文したからね」
衣装担当が、どや顔で胸を張る。
「“Re:Build(再構築)じゃなくてRe:Cell(再細胞化)だから。死んだ部品をただ組むんじゃなく、もう一回、命として動くための衣装にしてください”って」
ちら、とPを見る。
「Pさん、締切ギリギリでその一言だけ送ってきたんですよ。“細かいことは任せる、すまん”って。おかげで三日徹夜だよ!」
「ざっくり言った方が、現場の愛が乗るんだよ」
浩一は、何食わぬ顔でガムを噛む。だが、その目は新衣装に身を包んだ4人の姿を、焼き付けるように凝視していた。
「結果的に、とても良いアウトプットです」
サキは、袖口のステッチを指でなぞった。
「“スクラップのつぎはぎ”なのに、ちゃんと一続きのステージ衣装になっている。……バラバラだった私たちが、ひとつの細胞になったみたいです」
「それが一番Re:Cellらしいと思ったから」
ベルは、自分の裾に走る薄いラインを見つめる。 かつての彼女なら、「いかに自分が美しく映るか」だけを鏡に問いかけていただろう。だが今の彼女は、自分の美しさよりも、背負った「色の重み」を慈しむように見つめている。
「ベル」
ルカが、ぼそっと呟く。
「なんか……あんた、最近ちょっと人間臭くなってきたよね。顔つきっていうか、雰囲気っていうか」
「そう?」
ベルは、鏡の中の自分を見つめたまま首をかしげる。
「元からこうじゃなかった?」
「前はもっと、カメラの向こうの100万人に見せるための『笑顔の正解』だけで喋ってたのにさ」
ルカは、言葉を探しながら続ける。
「最近は、“自分がどう感じたか”から話すことの方が多い。……なんだろ、計算じゃなくて、体温が伝わってくる感じ」
「……多分、一緒に暮らす人が増えたせいかな」
ベルは、視線をリコに向ける。
「リコ。……さっきも言ったけど、寝癖を直さないままキッチンに来て、ぼーっとトーストを待つの、本当にやめて欲しい」
「いきなりのクレーム!? 衣装チェックの最中だよ!?」
リコが慌てる。
「だって、そういう隙だらけの姿を見るたびに、『ああ、人間味があって可愛いなぁ』って、私のシステムが余計な演算をしちゃうから。……ステージ上の私まで、ほだされそうになるじゃない」
「……っ! 褒められてるのか怒られてるのか分からないよ!」
赤くなるリコを見て、サキが、くすっと笑った。
「“かわいいと思う”という感情ラベルは、最近ベルから多く検出されています。特にリコに対しては、一日に平均12回」
「サキも、そういうデリケートなデータは読み上げないで。……恥ずかしいから」
ベルが両手で頬を押さえる。 その頬は、合成皮革でできているはずなのに、確かに熱を帯びて赤らんでいるように見えた。
かつての“完璧なI Doll”という偶像は、もうどこにもいない。 そこにいるのは、仲間に呆れ、仲間にほだされ、仲間を愛おしいと願う、一人の「女の子」だった。
衣装チェックが終わったあと、Pと4人は、西日に照らされたいつもの商店街を抜けて帰路についた。
「お、出た出た。テレビの人!」
八百屋の店主が、大根を片手に威勢よく手を振る。
「おじさん、“テレビの人”って雑まとめやめてよ。看板背負ってるんだから」
ルカが笑う。
「わかってるよ。えっと、サキちゃんと、ベルちゃんと……」
「ルカ」
「それそれ」
「それそれじゃないってば」
店主は、サキの隣で少し緊張しているリコに目を向けた。
「新しい子も増えたんだな。……いい顔してる。昔の、どっか不安げだったお嬢ちゃんたちとは大違いだ」
「あ、えっと、リコです。いつも……その、サキさんたちが美味しい野菜をありがとうございます」
ぺこっと深く頭を下げると、店主はニカッと笑い、段ボールから瑞々しいみかんを4つ掴み取った。
「なんかよう分からんけど、うちの商店街から“世界一”が出るかもしれんのやろ?御堂だか何だか知らんが、あのスカした野郎をギャフンと言わせてこい。な?決勝、絶対見るからな」
手渡されたビニール袋のみかんは、ずっしりと重く、太陽の熱を吸い込んで温かかった。
それは、御堂が用意するどんな豪華なケータリングよりも、彼女たちの指先に確かな「実在感」を与えてくれた。
少し歩くと、ゲームセンターの前で女子高生たちが足を止めた。
「あっ! Re:Cellだ! サキちゃん!」
「シーッ! 変装してる意味なくなるから!」
ルカが慌てて唇に指を当てる。
「ごめんなさい! でも、どうしても言いたくて。……Neonのとき、あの絶望的な状況で『誰も捨てない』って笑った4人を見て、私、生まれて初めてテレビに向かって『行け!』って叫びました」
女の子の一人が、目を輝かせてまくしたてる。
「システムとかルールみたいな冷たいものを、みんなの熱気が塗りつぶしていくのが……ズルいくらい、カッコよかったです」
リコの手が、無意識に胸元の新衣装のパッチに触れた。
「……ありがとうございます」
「Rustyも、私忘れてませんから」
もう一人が、リコの目を真っ直ぐに見て、自分の胸を叩いた。
「あの悔しそうな顔も、ここでちゃんと生きてます。だから、明日は思いっきり暴れてきてください」
リコの瞳が、夕陽を反射して潤んだ。 (……なかったことになんて、なってない。私が信じてきた時間は、ちゃんとこの子たちの中に届いてたんだ)
さらに歩くと、バーのママが店先でタバコを燻らせていた。 「Cellちゃんたち、明日でしょ? ファイナル」 「はい、行ってきます」 サキが、凛とした声で会釈する。
「うちの常連たちと、明日は生放送で『勝敗予想』やるんだけどさ。……Glitter-αが勝つって言ってる子が一人だけいてね。理由が、すごく真っ当なのよ」
「へぇ」
浩一が興味深げに片眉を上げる。
「理由を聞いたらさ、こう言ったのよ。『商品としての完成度や、システムの正解を出すなら、Glitterの方が上だ。それは認めざるを得ない』って。……あの子、IT系の会社で心削って働いてるから、正解の冷たさをよく知ってるのね」
沈黙が流れる。商店街の喧騒が、一瞬遠のいた。
「でもね、最後にその子、笑って付け加えたわ。……『でも、もしあんな完璧なだけの商品が勝つラストなら、そんな世界はそれこそクソだから。……だから、Re:Cellには全力でその正解をぶち壊してほしい』って」
ルカとベルが、顔を見合わせて同時に吹き出した。
「あはは! 最高! その子、私たちの5人目のメンバーに誘いたい!」 「名言だね。『それはそれでクソだから』。……完璧な正解を『クソ』って切り捨てるなんて、一番知的な反逆じゃない」
「……ログに、最大優先度で保存しました」
サキが、微かに、けれどはっきりとした体温を感じさせる笑みを浮かべた。
「“正解でも、物語としてクソな結末は拒絶する”……。世界は、御堂さんの計算ほど単純ではないようですね。……賛同者、ここに一人います」
「二人目です」
リコが、力強く手を挙げる。
「三人目」
ルが、優雅に、けれど鋭い瞳で続いた。
「それなら、決まりだね」
ルカが、夕闇に溶け始めた街並みを見上げて、拳を握った。
「うちらが、その『正解』を最高の形で裏切って、クソな台本をゴミ箱に叩き込む姿……特等席で見せてやろうよ」
その夜。
狭いリビングに、4つのマグカップと、コンビニスイーツが並んでいた。
「決戦前夜なのに、やってることが完全に女子会」
ルカが、プリンをスプーンですくいながら言う。
「“決戦前夜女子会ログ”――保存」
サキが、淡々と宣言する。
「それも残すんだ」
「こういうのが一番、あとで効くんですよ?」
ベルが、マグカップを両手で包む。
「ステージの映像より、こっちの方が“生きてた感じ”出るから」
「ベル、ほんと最近そういうこと言う」
ルカが笑う。
「人間の“あとで効くもの”の選び方、だいぶ覚えてきたね」
「観察したからね」
ベルは、ルカを見る。
「Pとルカの“悔しがり方”と、“嬉しがり方”、ずっと見てたから」
そう言ってから、
自分で少し照れる。
「これが、人間臭いってやつ?」
「うん、それ」
ルカが嬉しそうに頷いた。
「……ねぇ」
ふと、ルカが窓の外を見ながら呟いた。
「……ねぇ。最初さ、ドールって、ちょっと羨ましかったんだよね」
「羨ましい?」 リコが首をかしげる。
「うん。最低な言い方だけどさ」
ルカはスプーンを止め、夜の暗闇に溶ける窓ガラスを見つめた。
「人間って、ボロボロになっても、心が死んでも、勝手にシャットダウンできないじゃん? 嫌なことがあっても明日は来るし、逃げ出したくても『生活』が追いかけてくる。……だからさ、ダメになったら『はい、故障です』って誰かに終わらせてもらえるドールが、ある意味で完成された、楽な生き物に見えてたんだ」
静かな、告白のような声。
「失敗したらゴミ捨て場に行けばいい。そう思えば、人生の責任なんて取らなくて済む。……でも、あんたたちと暮らして、わかったよ」
ルカは顔を上げ、3人のドールの顔を順番に、食い入るように見つめた。
「あんたたちは『終わらせてもらえる』んじゃなかった。……ただ、自分で自分を『終わらせる権利』さえ奪われて、燃えないゴミみたいに捨てられてただけなんだって。自分で選んだ最後じゃない。誰かに無理やり引かれたピリオド。……Rustyも、Neonも、あいつらが泣きながら消えていったのは、『故障したから』じゃない。……最後まで『生きたい』って願う自由さえ、許可制だったからなんだよね」
リコの喉が、きゅっと締まる。
「人間は、最悪『辞めてやるよクソが!』って叫んで逃げる自由がある。地獄の果てまで逃げ延びる覚悟さえあれば、物語の続きは自分で書ける」
少し笑う。その瞳には、かつて一人で戦ってきたルカの孤独な熱が宿っていた。
「でも、ドールにはそれがない。……だから、人間である私が、あんたたちの代わりに『NO』って叫んでやるんだって決めた。あんたたちが自分の意志で『やり切った』って笑える日まで、勝手に幕を下ろさせないために」
サキが、自分の胸を強く押さえた。
「……ルカ。私は、第1ステージの頃、『破棄拒否』という文字列しか持っていませんでした」
「今は違うでしょ?」
「はい。……今は、ただ拒否するだけではありません。私は、『明日』が見たいです。……終わらされるのではなく、この4人で、この物語の先へ進みたい。……初めて、自分のプログラムに『願い』が書き込まれました」
「じゃあさ。……うちら人間側は、その『願い』を形にするまで、絶対に引けないね」
ルカは、プリンの最後のひと口を誇らしげに口に放り込んだ。
「御堂みたいにさ、『世界一愛される』なんて綺麗なパッケージに詰め込んで、中身が腐ったらポイ捨てするようなやり方は、エンタメとしても、人としても一番ダサい。……私は、そんな『正解』の犠牲になるあんたたちを、もう一秒も見たくない」
ルカは立ち上がり、キャップを深く被り直した。その瞳は、明日、世界そのものを敵に回す戦士のそれだった。
「だから、私たちが自分たちの『最後』を、自分たちで奪い返しに行こう。……御堂の台本にはない、最高に不細工で、最高に熱いハッピーエンドをさ」
「ルカ……」
ベルが、熱を帯びた声で呟く。
「行こう。世界一クソに文句を言って、世界一自分勝手に、明日を奪い取りに」
サキが、リコが、そしてベルが、力強く頷いた。 それは、ドールと人間の境界線が消え、「ただ一緒に生きたい」と願う一つの家族が生まれた瞬間だった。
「そろそろ寝よっか」
ルカが立ち上がる。
「明日、世界の前でクソに文句言いに行く日だし」
「“世界一クソに文句を言うI Doll”――ファイナル仕様」
サキが、ほんの少しだけ誇らしげに言う。
「Pさん」
リコが、キッチンにいる浩一を呼ぶ。
「明日、絶対に負けたくないです」
それは、これまで何度も言ってきた「勝ちたい」とは少し違う響きだった。
「勝ちたい、じゃなくて――」
言葉を探す。
「“負けたまま終わりたくない”っていうか」
「上等だよ」
浩一は、ミントガムを噛み直しながら言った。
「負けたまま終わらせないために、ファイナルもエキシビションも全部使う」
4人の顔を順番に見る。
「覚悟できてるか?」
サキが頷く。
「はい。怖いですけど、それでも見たいです」
ベルも頷く。
「綺麗なだけの終わり方には、絶対にしない」
リコも、拳を握る。
「Rustyの分も、Neonやみんなの分も、ここでちゃんとログに残します」
ルカが、キャップを取って髪をかき上げる。
「人間チーム代表として、クソには全力で文句言っとく」
Pは笑った。
「よし」
ゆっくりと息を吸って、吐く。
「最終決戦、殴り込みに行くぞ。Re:Cellとして」
翌朝。
まだ日が低い時間に、
4人と一人は、
番組スタジオへ向かう送迎車に乗り込んだ。
窓の外には、
昨日の商店街や、
ビジョンの光が遠ざかっていく。
「サキ」
車の中で、ルカがぽつりと言う。
「なにか言いたいこと、ある?」
「そうですね」
サキは、少し考えてから
まっすぐ前を見た。
「行ってきます」
短く、それだけ。
「スクラップ置き場から始まった私たちの、“最後の“Re:Cell”をしに行く」
その言葉に、
車内の空気が、ふっと引き締まった。
I Doll This Game。
いつも通り笑って、
いつも通りクソに文句を言って、
それでも“いつも通り”ではいられない最終決戦に、
Re:Cellは、ようやく殴り込みに行くところだった。




