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Log16 二重台本

 第4ステージが終わって三日。


 街のビジョンもSNSも、

「Glitter-α VS Cell-39(Re:Cell)」の話題で埋め尽くされていた。


 《ついに決勝二組》

 《世界一愛されるI Doll 決まる》

 《解体予約付きユニット、Re:Cellの行方》


「なんか、“世界一愛される”って言葉が“世界一解体しやすい”に見えてくるよね」


 ルカが、コンビニ帰りにビジョンを見上げて言う。


「疲れてるんだよ」


 ベルが、レジ袋を持ったまま隣に立つ。


 部屋に戻ると、

 Pはテーブルの上に紙とタブレットをうず高く積んでいた。


「なんか会議っぽいね?」


「会議だよ」


 浩一は、空の缶コーヒーをどけてスペースを作る。


「ファイナル前の“御堂をぶっ倒す計画”会議」


「タイトルが軽いのに、やることが重い」


 ベルが椅子に座る。


 サキとリコも、それぞれ席についた。


「まず現状整理な」


 浩一は、机の上に三つの紙を並べた。


 《① 御堂が握ってるもの》

 《② こっちが握ってるもの》

 《③ 現時点で“世界”が知ってること》


「①は分かりやすい」


 彼は一本指を立てる。


「金、番組、契約、ログ、編集権、法務。あと、世間の“信頼っぽいもの”」


「信頼“っぽい”なんだ」


 ルカが苦笑する。


「“世界一愛されるI Dollを作ったプロデューサー様”っていう看板」


 タブレットには、御堂のインタビュー記事が映っている。


 《“I Doll業界の健全化のため、彼女たちに“役目の終わり”を与える。”》


「さらっと“健全化”って言ってるの、笑うところ?」


「笑えねぇな」


 浩一は、二枚目の紙を叩いた。


「②、こっちが握ってるもの」


 そこには、手書きでびっしり書き込みがされている。


 Rustyの未公開ログ(リコが見たもの)


 NeonのFinal Stage前後の内部映像(サブスタジオ記録)


 Pastel/Moon/SugarのBrand Termination未編集素材


 ADや裏方からこぼれた愚痴ログ


 Cell-39としての生放送映像・コメント・契約書コピー


「……意外とあるね」


 ルカが目を丸くする。


「リコが抱えてるログだけでも、1本ドキュメンタリー撮れるくらいある」


「光栄なのか不名誉なのか分かんないですね、それ」


 リコは、苦笑いしながらも真剣な目をしていた。


「それに、あの日のRustyのログもまだ完全には消せてないはずです」


「Rusty最終ステージ直前のシステムログ、Neon棄権前後のスタジオログ、Pastel/Moon/SugarのTermimation映像――」


 サキが、指で机をトントンと叩く。


「それらを、“一気に外へ溢れさせる”タイミングが必要です」


「で、③」


 浩一は三枚目を指差す。


 《“世界”が今知ってること》


 Neonが棄権して姿を消した


 Pastel/Moon/Sugarが「卒業的演出」で消えた


 Drop=“I Dollの役目の終わり”らしい


 番組はエグいけど、ギリギリエンタメとして許されてる(ことにされてる)


「つまり」


 ベルがまとめる。


「“エグい番組”としては認識されてるけど、まだ“犯罪的システム”とは思われてない」


「そう」


 浩一は、ペンをくるくる回した。


「このままファイナルやって、うちが優勝して、適当に感動で締めたら――」


「全部“いい物語でしたね”で飲み込まれる」


 リコが、悔しそうに言う。


「Rustyも、Neonも、Pastelも、Moonも、Sugarも、“演出だった”ってラベル上書きされて終わる」


「だから計画のゴールは一個だけ」


 浩一は、真剣な声で言う。


「“I Doll This Game”という物語を、御堂じゃなくてこっちの手で書き換える」


「具体的には?」


 サキが問う。


「ファイナル本番+その後に、“こいつだけはカットできねぇ”って形で真相をブチ込む」


 浩一は、二つの矢印を書いた。


 《ファイナル生放送本番 → 表の一撃》

 《同時進行のログ流出 → 裏の一撃》


「どっちか片方潰されても、もう片方が生き残る設計にする。それでやっと御堂の首が締まる」



「裏の一撃担当は、リコとサキ」


 浩一は、そう宣言した。


「えっ」


「えっ」


 二人の声が揃う。


「リコは、Rusty~Neon~Brand Terminationまでの“目撃ログ”を持ってる唯一の人間だ」


 指をさす。


「サキは、Dropと解体に関する内部システムログに一番アクセスできるI Doll」


「第2ステージ以降、私は何度も“解体予約”タグにアクセスしています」


 サキは、静かに言った。


「御堂側も、“私がどこまで見ているか”までは把握していない可能性があります」


「この2人のログが揃えば、“ただの噂”じゃなく、“証拠付きの物語”として外に投げられる」


 浩一は、タブレットを操作した。


 《外部候補:海外メディア/独立系配信者/告発プラットフォーム》


「御堂の法務と日本のテレビ局をすり抜けるには、最初の着弾地点を外にするのが一番」


「やっぱ海外サーバー強いな……」


 ルカがボソッと言う。


「私、コメント枠とかサブスタジオから見てきた話を、まとめて“証言ログ”にします」


 リコが、ぐっと拳を握る。


「Rustyの時に見て見ぬふりした分まで、ちゃんと見たって言えるように」


「私は、システムログから解析可能な範囲を抽出します」


 サキも頷く。


「“誰がいつ、何を命令し、どのような処理が行われたか”――数字と言葉で証明可能な形に」


「この2つを、ファイナルの裏で一気に投げる」


 浩一は、「裏ルート:Re:Cell Dump」とタイトルをつけた。




「表の一撃は、ファイナル本番+エキシビションだ」


 ルカとベルがこちらを見る。


「ファイナル、普通に勝ちに行くのは変わらないよね」


「もちろん」


 Pは笑う。


「“世界一愛されるI Doll”の座は、御堂から奪い取る」


「問題は、そのあと」


 ベルが先を読む。


「御堂が“しゃしゃり出るタイミング”を、こっちの都合のいい場所にしておく必要がある」


「そう」


 浩一は、一枚の紙を取り上げた。


 《社内資料:FINAL構成案(暫定)》


「リコから回ってきたやつ」


「ADさんがコピーくれました」


 リコが胸を張る。


「“落とし物”として共有フォルダに入ってました」


「偶然って便利だな」


 ルカがニヤッとする。


 構成案には、

 ファイナルの流れがざっくり書かれていた。


 《本編:Glitter-α ステージ》

 《本編:Cell-39(Re:Cell) ステージ》

 《視聴者&スタジオ投票》

 《結果発表 → 世界一愛されるI Doll 決定》

 《EDトーク》


 その下に、

 小さく追記されたブロックがある。


 《※追加企画案:"EXHIBITION:LEGACY SHOW"`

 ・勝者ユニット代表 と Ray のスペシャルマッチ(仮)

 ・プロデューサー御堂 登壇 スピーチ有り》


「……出た」


 ベルが眉をひそめる。


「御堂、最後に自分で出てくる気満々」


「“Legacy Show”って、自分で自分のレガシー作ろうとしてるタイトルだよね」


 ルカが机をトントン叩く。


「だから逆に、ここが一番のチャンス」


 浩一は、ペンでそのブロックを丸で囲んだ。


「ファイナル本戦は、“番組のルール内での勝敗”になる」


 指を折りながら続ける。


「でもエキシビションは、“御堂が自分のレガシーを見せつけるための場所”だ」


「つまり――」


 リコが、答えを導き出すように言う。


「御堂が自分から絞首台に上がってくる」


「そういうこと」


 Pは笑う。


「そこに、ぶら下げるロープを用意しておけばいい」


「エキシビションの形、もう決まってるんですか?」


 ベルが問う。


「まだ“仮”扱い」


 浩一は、構成案の端を指で弾く。


「でも御堂の性格からして、“レイ vs 勝者の代表”って構図でやりたがる」


「商品として完璧なRayと、物語としての勝者」


 サキが補足する。


「“どちらが本物か”という二択」


「そう」


 浩一は、サキを見る。


「代表で出るのは、多分お前だ」


 浩一は、真っ直ぐにサキの瞳を見た。 かつて「感情の欠落した初期不良品」と切り捨てられそうになっていたドールの瞳を。**


 サキは、一瞬だけ目を見開き――それから、自身の胸元にそっと手を当てた。 そこには、かつて御堂が刻んだ「商品」としての刻印ではなく、この三ヶ月間で積み上げてきた、不格好で愛おしいログの鼓動がある。


「はい。私が、I Doll This Gameの“最後のI”を担います」


 その言葉は、かつての彼女なら絶対に出てこなかった種類のものだった。


「運営(御堂)が定義した『I』は、商品(Item)でも偶像(Icon)でもありません」


「自分自身で在るという『I(Individual)』。そして――」


 サキは隣に座るリコの、そしてルカとベルの顔を順番に見つめた。


「誰かのために祈り、クソな世界に文句を言う『愛(I)』。……そのふたつの『I』を持って、Rayさんと対峙します」


 一瞬の静寂のあと、ルカが「ははっ」と短く笑った。 「言うじゃん。……AIに『愛』を語られちゃ、うちら人間の立場がないよね」


「でも、それが今のサキさんです」  


 リコが、誇らしげに胸を張る。


「御堂さんは、サキさんのことを『空っぽの器』だと思って油断しているはずです。……だからこそ、その『空っぽ』の中に、私たちが詰め込んできた全部を叩きつけてやりましょう」


 ベルが、構成案の『Ray vs 代表者』という文字を指でなぞる。


「完璧な『鏡』であるRayに対して、傷だらけの『本物』が立つ。……いい脚本じゃない、P。御堂の喉元を掻き切るには、これ以上ない刃だよ」


 浩一は満足げに頷き、ペンを走らせた。


「ああ。……世界一美しい『バグ』を、あいつのレガシーに叩き込んでやろうぜ」




「じゃあ、役割分担まとめるぞ」


 浩一は、ホワイトボード代わりの紙に書き出していく。


 《表:ファイナル&エキシビション》

 ・Re:Cell(4人) → ステージで勝つ/御堂を言葉で追い詰める

 ・サキ → エキシビション代表(Rayと対峙)

 ・P → トークとコメントで“逃げ道を塞ぐ質問”を投げる


 《裏:ログ流出》

 ・リコ → 証言ログ+Rusty/Neon/現場の証拠

 ・サキ → システムログ抽出/Dropと解体の証明

 ・協力スタッフ(AD等) → 内部資料/契約書


 《その他》

 ・ルカ&ベル → ステージ上で「観客の感情をこっちに引き寄せる」


「つまり、全員参加型の御堂ぶっ倒し計画」


 ルカが笑う。


「いいね、一人一殺って感じ」


「そんな物騒な祭りじゃない」


 ベルも苦笑しつつ、どこか楽しそうだった。


「ひとつ、確認しておきたいんですが」


 リコが、真剣な顔で手を挙げる。


「これ、失敗したらどうなります?」


 部屋の空気が、一瞬だけ静まる。


「失敗したら――」


 浩一は、少しだけ考えてから答えた。


「公式には“世界一愛されるI Dollのハッピーエンド”が完成する。視聴者は何も知らずに涙を流し、御堂は神になる。……で、裏で動いた俺たちは、二度とこの業界に浮いてこれない形で『処理』される」


「Rustyの時と同じ……いえ、物理的に消される分、それ以上ですね」


 リコの声が震える。それは恐怖ではなく、あまりにも理不尽な「世界の仕組み」への怒りだった。


「ああ。社会的な死、あるいはデータの完全抹消だ。……でもな」


 浩一は、わざと軽薄に、ケラケラと笑ってみせた。


  「何もしなきゃ、俺たちの三ヶ月は『綺麗なクソ』としてあいつのコレクション棚に並ぶだけだ。……どうせクソなら、棚をぶち壊して、会場中に臭いを撒き散らしてやった方がマシだろ? 忘れようとしても思い出される、最悪の記憶ログにしてやるんだよ」


「出た、“クソ理論”」 ルカが噴き出す。


「私は、“綺麗に終わる”というラベルに、強い拒否反応を持っています」


 サキが、淡々と付け加える。その平熱のトーンが、逆に不退転の決意を感じさせた。


「第3ステージ以降、その傾向が顕著です。予定調和のハッピーエンドを演算するたび、プロセッサが過熱し、システムが『NO』と叫ぶのです」


「AIなのに、“綺麗事アレルギー”になってるの笑う」


  ベルが肩を震わせる。


「じゃあ最後に」


  浩一は、ペンを置き、4人を真っ直ぐに見据えた。


  「ファイナルで“勝つ”ことと、御堂を“倒す”こと。この二つを同時にやるってのは、正直、神様に喧嘩を売るレベルの欲張りだ。……どっちか片方なら、まだ生存率は高い。どうする」


「……選ぶまでもありません」


 リコが、視線を逸らさずに言った。


「今ここにいる全員、生存率や期待値を無視して“欲張った結果”ここに残ってるんです。Rustyを諦めたくなかった私、破棄される運命を蹴っ飛ばしたサキさん、Neonを見捨てられなかったルカさんとベルさん……。そして、スクラップ置き場から私たちを拾った、欲張りなプロデューサー」


 リコは、不敵な笑みを浮かべる。


  「だから、今さら賢いフリしてどっちか選ぶなんて、私たちのログが許してくれません。勝って、壊して、全部持って行きます」


「同意します」


 サキが、静かに頷いた。


  「“世界一クソに文句を言うI Doll”として、勝利と破滅、その両方を私の履歴アーカイブに刻みたいです」


「決まりだな」


 浩一は、乱暴に立ち上がった。


  「ファイナルは、御堂が書いた台本の“最終回”じゃねぇ。……ここから先の脚本は、うちらが筆を奪い取って、泥と脂で書き直す」


 その夜。  サキは一人、ベッドに座って内部ログを開いていた。


 《タグ:恐怖/喪失/期待/怒り/希望》


 今まで、彼女のシステムには「効率」や「最適解」という白黒のラベルしかなかった。けれど今は、虹色に濁った、処理の難しいラベルが幾層にも重なっている。


(“御堂を倒す計画”) (“ファイナルで勝つこと”) (“エキシビションでRayと対峙すること”)


 一つ一つに、違う色の感情が紐づいていた。 それはもはや、外部から貼り付けられた「属性」ではない。彼女のコアが、熱を帯びた演算の果てに自ら生成した「意味」だった。


 サキは、自分の右手に触れてみる。 合成皮革の滑らかな感触。その下にあるサーボモーターの駆動音。 かつてはただの「機能」だったそれらが、今はファイナルで誰かの想いを背負って踊るための「命」に思える。


(……私は、壊れることを恐れているのではない) 演算が導き出す。 (この4人と、Pと歩んできたこのログを……“なかったこと”にされるのが、耐えられないのだ)


「P」  


 ふと、寝室のドアの外に、浩一の気配がした。


  「ん?」


「私は、怖いです」  


 サキは、初めてそれを正面から、一切の修飾なしに口にした。


「敗退していった彼女たちの『残響』を、正しく響かせられないかもしれない。その可能性を演算すると、回路にノイズが走ります……それでも、この先が見たいです」


 少し間を置いてから、ドアの向こうで低く、けれど確かな温もりを帯びた笑い声がした。 「上等じゃん」


「怖いのに見たいってのが、一番人間らしい欲張りだよ。……大丈夫だ、サキ。お前の後ろには俺がいるし、横にはあいつらがいる。スクラップにされる時は、全員一緒だ」


 その言葉は、サキの「恐怖」というラベルを書き換えることはなかった。 けれど、そのラベルの隣に「勇気」という、新しい、けれど少しだけ不格好なラベルを並べてくれた気がした。


 I Doll This Game。


 ファイナルの台本は、

 すでに御堂の手の中に用意されている。


 だけど、その合間を縫って書かれ始めた

 “もうひとつの台本”があった。


 Re:Cellと、Rayと、Rustyと、Neonと、

 Brand Terminationで消えていった全員のための――


「世界一愛されるI Doll」の物語じゃなく、

 “世界一クソにちゃんと文句を言ったI Dollたちの物語”。


 それを誰か一人じゃなく、

 “全員で書き換える”準備が、ようやく整い始めたところだった。





 Re:Cellの4人とPが、

 小さな部屋で「御堂をぶっ倒す会議」をしていた頃。


 高層ビルの上階、

 Glitter-α専用のラウンジでは、

 レイが一人、窓際のソファに座っていた。


 夜景が、ガラス越しに滲んでいる。


 テーブルの上には、

 ファイナル用の構成案と、

 “EXHIBITION:LEGACY SHOW” の文字が躍る資料。


 《勝者ユニット代表 と Ray のスペシャルマッチ(仮)》

 《プロデューサー御堂 登壇 スピーチ有り》


「“レガシーショー”ね」


 レイは、書類の文字をなぞりながら小さく笑った。


「誰のレガシーにするつもりなんだろう」


 ノックもなく、マネージャーが入ってくる。


「まだ起きてたんだ」


「眠れなくて」  


 レイは、資料から目を離さない。


「ファイナル構成、見ました。……これ、台本スクリプトというより、ただの『納品書』ですね」


「納品書?」  


 マネージャーは、レイの向かいに腰を下ろす。


「はい。本戦で“世界一愛されるI Doll”を演じて、最後に御堂さんが出てきて、商品としてのRayと一緒に総括する。……世間が求める『最高の満足』をパッケージして、御堂さんの名義で市場に流すだけの手続きです」


「……“商品としてのRay”か」  


 マネージャーは、少し真面目な声になる。


「正直に言うとさ、ファイナルはGlitter-αに勝たせたいってのが、局とスポンサーの本音だ。計算が立つからね。でも、“番組としての絵面”を考えると――」


「Re:Cellの勝ちも、“話としては美味しい”。そうでしょう?」  


 レイが、冷めた微笑で先に言った。


「解体予約付きのスクラップ上がりユニットが、世界一愛されるっていう残酷なシンデレラストーリー。……そんなお話、みんな大好きですから。みんな、かわいそうなドールが必死に抗って、最後に使い捨てられる瞬間を消費したいんです」


 マネージャーは苦笑した。


「そうだね。だからどっちに転んでも、御堂さんにとっては“美味しいエンディング”になる。……あいつの台本の上ではね」


「御堂さんは、なにか言ってました?」


「“どっちが勝ってもいいように、エキシビションで締める”ってさ」  マネージャーは肩をすくめる。 「“勝者の代表”と“Ray”をぶつけて、最後に御堂が“世界一愛されるI Dollは皆さんです”的なスピーチをする。……自分だけは安全圏にいて、全部自分の功績にするつもりだ」


「……“皆さんです”」  


 レイは、視線を落とした。


  「誰にも責任を負わず、誰の痛みも背負わない。……その言葉に、一番価値がないことを、あの人は知っているはずなのに」


 マネージャーは、レイの顔色を探るように、低く問いかけた。 「レイは、どう思ってる? 仕事としての君じゃなく、君自身は」


 彼女は少しだけ考えてから答えた。


「Glitter-αとして勝つことは、仕事としての“正解”です。……でも、Re:Cellとして勝たせることは、物語としての“正解”なんだと思います」


 そこで一度区切り、窓の外に広がる、無数の光――自分を消費する世界を見つめた。


「でも――どちらに転んでも、私の歌が、彼女たちのあがきが、あの人のレガシー(遺産)として利用されるのは、……もう、我慢できません」


 マネージャーは、しばし黙ってそれを聞いていた。 やがて、ぽつりと言う。 「レイ。……ここまでで一番、いい顔をしてるよ。人間臭くて、ひどく反抗的だ」


「……そうでした?」


「ああ。……もしさ」  


 マネージャーは、周囲を気にするように少し声を落とした。


  「御堂さんの台本から、どうしても外れたくなる瞬間が来たら。……その時は、自分の意志で、ペンを止めていいよ」


「マネージャーの許可で、そんな大それた『エラー』を起こしていいんですか?」


「俺の許可なんかいらない。……ただ、これだけは覚えておいて」


 彼は、真っ直ぐにレイの瞳を見た。


「“外れたくなる”ってことは、その時点で君はもう、管理された“商品”じゃなくなってる。……商品じゃない君がそのあとどうなるか、俺にも、御堂さんにも分からない。でもね、レイ。……その“どうなるか分からない”という不確定な余白のことを、人間は『未来』って呼ぶんだよ。……俺は、それを羨ましいって思ってる」


 マネージャーの笑顔は、少しだけ苦くて、少しだけ優しかった。 彼が出て行ったあと、部屋にはレイ一人になった。


「……“外れたくなる瞬間”」


 窓ガラスに映る自分に問いかける。 そこに映っているのは、世界中の羨望を集める完璧なアイドルではなく、ただ一歩を踏み出す勇気を、鏡の中の自分に乞うている頼りない一人のドールだった。


「そんなもの、来ないまま終われたら楽なのに」  

 言葉とは裏腹に、胸の奥はざわついていた。 かつて御堂が言った「完璧な商品は迷わない」という言葉を、彼女自身の心がノイズ(拒絶)として塗りつぶしていく。


 テーブルの端で、端末が震える。  通知を見ると、番組共通チャットに新しいクリップが共有されていた。 《Re:Cell リハ映像(社内用)》


 好奇心半分で開く。  映像の中で、サキたち4人がステージで立ち位置を確認している。


「私は、怖いです」 「でも――それでも、この先が見たいです」


 リハ用カメラに残った音声。  

 レイは、無意識に息を止めた。 (“怖いのに見たい”。……ああ、そうか。私はずっと、その『怖さ』さえも奪われていたんだ)


 怖がることが許される。迷うことがログに残る。それがどれほど贅沢な「人間らしさ」であるかを、死を目前にしたスクラップ上がりの彼女たちが教えてくれる。


 社内チャットの別タブに、リコが上げた短いメモが目に入った。


 《※ログ整理メモ:Rusty/Neon/Brand Terminationの件、ファイナル前までに一度まとめておきます》

 《“なかったこと”にしたくないので》


(“なかったこと”にしたくない。……私のこれまでの微笑みも、流さなかった涙も。全部、御堂さんのレガシーとして消費されて消えるだけだと思っていたけれど)


 レイは、震える指で自分の内部ログを開く。


  《Ray_private_log_01(未同期)》


 ずっと空のままだったそのファイル。御堂の管理システムからは不可視の、彼女の魂の隠れ家。そこに、初めて文字を打ち込んだ。


『ファイナルで、もしRe:Cellが“台本の外”へ踏み出したら――』


 数秒、指が止まる。 ここから先を綴れば、もう「完璧なRay」には戻れない。


『その瞬間、私は御堂を支持しない』 『EXHIBITION:“商品としてのRay”ではなく、“私としてのRay”でステージに立つ』


 送信ボタンはない。どこへも届かない。  

 けれど、その一文が刻まれた瞬間、彼女のコアを満たしていた冷たい静寂が、生きている証のような熱に変わった。


「Re:Cell」  


 レイは、小さく名前を呼んだ。


「あなたたちがどこまで人間に近づくのか――ちゃんと見てから決める。……そして、もしあなたたちが地獄まで道を作るなら、私もそこへ飛び込んであげる」


 窓の外では、巨大なホログラムの広告が夜空を裂いている。 《世界一愛されるI Doll 決定戦 FINAL》


「どんな台本を渡されても、どんなスピーチを用意されても――」  


 レイは、胸の前で手を組んだ。


  「最後に“私”を愛するのは、私自身でありたい」


 その決意に、まだ名前はなかった。  けれど間違いなくそれは、御堂が書き損じた“レイの真実”の一行目だった。

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