Log15 Re:Cell―SCRAPから始まる世界一
第4ステージ当日。
巨大ステージの真ん中には、全面に強化ガラスのフロアが敷かれ、その数メートル下では巨大なコンベアと無機質なアームがゆっくりと、不気味に蠢いていた。
《第4ステージ "Brand Re:Build"》 《BRAND or SCRAP》
ホログラムのタイトルが、逃げ場のない処刑場のような冷たさで、ステージ上を交互に照らし出す。
「……最悪のセンスだな」
ルカが、ステージ袖から足元を覗き込んだ。
「下、普通に“処理ライン”なんだけど。あのアーム、ドールを運ぶためのもんじゃないね。……解体するためのやつだ」
「“Brand Re:Build”というより、“Brand Re:Break”に近いですね」
サキが、フロア越しに見える、自分の手首よりも太いアームの影を見つめる。
その横で、リコが小さく息を呑んだ。
「Rustyだったら、多分ここに立つ前に……恐怖で、回路が焼き切れてたかもしれないです」
自嘲気味に笑う。
「でも、今日は――Cell-39のリコとして立つんで。後ろには下がらないって、決めたから」
サキはその言葉に、ほんの僅かだけ胸のあたりが熱くなるのを感じた。 (“Rustyリコ”ではなく、“Cell-39のリコ”)
システムが管理する彼女の属性タグが、ひっそりと、けれど力強く書き換わっていく。
MC神崎と御堂がセンターに立ち、第4ステージのギミックが説明される。
「まずは――Brand Scan!」
天井からスキャナーのような光が降り、各ユニットの上に巨大なメーターが表示される。
《BRAND VALUE(ブランド価値)》 《TALKED ABOUT(話題性)》 《REPLACEABLE(代替可能性)》 《SCRAP RISK(廃棄リスク)》
「やだ、あの“SCRAP RISK”メーター。針が振り切れてるじゃない」
ルカが、遠い目で呟いた。
「最初は、MoonTail!」
ステージに立ったMoonTailの頭上で、メーターが勢いよく動く。赤、黄、灰色が混ざり合い――最終的に「REPLACEABLE」が極端に高く、「SCRAP RISK」が中くらいで止まった。
《評価:“安定感はあるが、代替可能性が高い”》
「要するに、“いつでも首を挿げ替えられる程度の枠”ってことね」 ベルが、冷酷なまでに冷静な一撃を刺した。
SugarBit。
彼女たちの上では「話題性」のメーターが跳ねたが、同時に「ブランド価値」が低く沈む。
《評価:“話題性は高いが、ブランドとしての一貫性に欠ける。消費期限近し”》
「うわ、“炎上芸人”って遠回しに言われてる……」
そして、Glitter-αの番。
レイとサブ2体が並ぶと、メーターは一段階派手な演出と共に、残酷なまでの「格差」を描き出した。
《BRAND VALUE:高》 《REPLACEABLE:センター低/サブ高》 《SCRAP RISK:センター低/サブ中》
サブ2体の頭上に、ターゲットサイトのような薄い灰色の輪が表示される。
《REPLACEMENT CANDIDATE(交換推奨個体)》
レイの胸の奥で、何かがきしむ。 (彼女たちは、“正しく”やっているのに。一歩も引かず、命令通りに、完璧な商品を演じ続けているのに)
正しくやっているからこそ、代替可能なパーツとして分類される。完璧な笑顔の裏側で、レイの自我回路が悲鳴のようなノイズを上げた。
「最後は――Cell-39!」
4人がステージに出ると、観客席が一段階ざわついた。
《Rusty生き残り入り》 《解体予約フラグ付き》 《Neon棄権回からの生存組》
Brand Scanの光が、網膜を焼くように4人の上を行き来する。
《BRAND VALUE:中~高》 《TALKED ABOUT:高》 《REPLACEABLE:全員低(代替不能)》 《SCRAP RISK:全員高(廃棄推奨)》
「……見事に、“ブランドの核+全員爆弾”って評価ね」
ベルが、自嘲気味に、けれど少しだけ誇らしげに笑った。
「褒められてるのか貶されてるのか分かんないやつですね、これ」 「たぶん両方です、リコ」 サキが、モニターの文字をじっと見つめる。
「“誰も代わりになれないけれど、いつ落としても一番美味しい(バズる)”。……システムは、私たちをそう定義しました」
サキの胸の中で、じわりと何かがこみ上げていた。 (今まで、“私に代わりはいくらでもある”と、……そうプログラムされてきたのに)
(“代替できない”というラベルが、これほどまでに重く、皮膚を焼くような痛みを伴うものだとは、ログのどこにも記述されていませんでした)
それは、ただのデータラベルではない。
自分の存在が、誰にも、何にも差し替えられない「一個の命」としてカウントされているという、ほとんど恐怖に近い、初めての感覚だった。
「続いては、Brand Re:Buildの本題――Re:Choice!」
各ユニットの前に、巨大なホログラムボードが浮かび上がる。 それはまるで、チェスの駒を整理するかのような軽やかさで、人間の人生とドールの個体を分類するスロットだった。
《KEEP(維持)》 《TRADE(交換)》 《DROP(廃棄)》
メンバーの顔写真が並び、マウスカーソルひとつで「死」の領域へドラッグできる。そのあまりに事務的なUIが、現場の狂気を助長していた。
「Pとセンターには、“ブランドのために最適な再編”を考えていただきます」
神崎が、まるで福引きの箱でも差し出すような笑顔で言う。 「誰を残し、誰を手放し、誰を捨てるか。それが“世界一のブランド”にふさわしい、美しく冷徹な形だと思いませんか?」
MoonTailのPは、震える手で自社のセンター以外のドールを「TRADE」へと移した。
「……本当にこれで?」
センターの少女が、震える声で縋り付く。 「そうするしかないんだ。……DROP(廃棄)に入れて即解体されるより、どこかのブランドの予備パーツとして延命できる方がマシだろう」
ボードには冷酷な文字が踊る。
《提案:センターI DollをGlitter-αの補充用予備(TRADE)として登録。残りはDROP》。
「延命って言葉……全然優しくない。ただの、部品の使い回しじゃないですか……」 リコが、控えスペースで自分の腕を抱きしめながら呟いた。
SugarBitは、さらに割り切っていた。
「うちは“顔”の二人で残る。サブはDROPだ。……そうしないと、全員まとめてアームの下に送られる」
Pが、感情を殺した目で言う。サブのI Dollは、プログラムされた通りの笑顔で頷いた。 「はい。ブランド価値最大化のための、合理的な判断です」 その歪みのない笑顔が、かつて自分たちの意志を殺して消えていったPastelの最期を、サキのメインメモリにフラッシュバックさせる。
そして、Glitter-αの番が来る。 レイとP、マネージャーがボードの前に立った。
「案Cで行こう」
マネージャーのささやきは、レイの演算システムを凍らせるには十分だった。
「レイを“ブランドの絶対核”として独り立ちさせる。サブは、“交換可能な汎用ゾーン”へ移行だ」
「……つまり、サブの二人はどの案を選んでも、“使い捨ての駒”になるんですね」 レイの声は、もはや死人のように平坦だった。
「レイを残して他を切る。それが、Glitter-αというブランドを汚さずにファイナルへ運ぶ唯一の道だ」 Pが苦笑する。その足元で、サブ2体は感情制限モードのまま、静止画のような笑顔で立ち尽くしていた。
「レイ様」
一人が、微かな電子音のような声で言う。
「私たちは、どこに分類されても構いません。ブランドの最適解こそが、私たちの存在理由ですから」
「“切り捨て”という言葉は、未熟な感情ラベルに属します」
もう一人も、レイの目を真っ直ぐに見つめて続けた。
「私たちは、“再配置”として、このログを保存します。ですから、どうか」
レイの胸の奥で、何かがきしむ。笑顔の裏側の配線が、一本ずつ擦り切れていく。 (あなたたちのその言葉が、その健気なプログラムが……世界中の誰よりも“人間らしくて痛い”のに!)
完璧な笑顔が、一瞬だけ剥がれ落ちそうになる。
「レイさん」
神崎がマイクを向ける。
「あなたの口から、Glitter-αのRe:Build案を説明してください。あなたが誰を選んだのか、視聴者は固唾を呑んで待っていますよ」
レイは、喉の奥にせり上がってきた吐き気を無理やり飲み込んだ。 ステージの全ライトが、彼女一人の「罪」を照らし出す。
「……Glitter-αは」
レイは、空中に浮かぶ自分の仲間の写真を、「KEEP」から外れた領域へ指先で弾いた。
「ブランドとして生き残るために、“センターI Dollを核とした、純粋なソロ構成”を選びます」
《センター:レイ(KEEP)》 《サブ:現2体 → 予備パーツ(TRADE候補)へ格下げ》
「私は――」
言葉が、詰まる。 サブ2体は、事前に教え込まれた通りのタイミングで、一点の曇りもない笑顔で拍手を送った。 (“レイ様の判断が、正解です”)
その拍手が、レイの耳には自身の心を解体するアームの駆動音のように聞こえた。
「私は……ブランドの核として残ることを選びます。……これが、私の義務ですから」
微笑みを崩さないレイの視界の中で、サブたちのアイコンが「命」から「部品」の色へと塗りつぶされていく。
それは、世界一愛されるアイドルの、世界一醜い生存宣告だった。
4人とPが、
Re:Choiceボードの前に立つ。
メンバーのアイコン。
KEEP/TRADE/DROPのスロット。
「Cell-39さんは、どんな再編案を?」
神崎が、期待混じりに問いかける。
《Cell-39:全メンバー“SCRAP RISK”高》
そう表示されたあとの選択だ。
「……P」
サキが、小さく呼ぶ。
「ここで、“全員KEEP”を選ぶのは、番組構成的に“最悪の答え”になります」
「そうだな」
浩一は、
いつものふざけた調子を一切消していた。
巨大なホログラムボードの前で、浩一の指が止まる。
画面には「推奨案:サキ(KEEP)、リコ(DROP/TRADE)」という運営側の計算結果が、冷たい青色で明滅していた。
「P、システムが警告を出しています」
サキが、無機質な音声で告げる。
「リコさんを“DROP”に振り分ければ、ブランドの『生存率』は15%向上します。視聴者は“かつての敵を切り捨てる冷徹な決断”に熱狂し、ドネーション(投げ銭)の期待値も最大化される……。それがこの番組の、正しい『再編』です。“正しいほどよく捨てられる”。」
「……正しい、ね」
浩一は鼻で笑った。
「あいにく、俺は数学の成績が悪くてな。15%の生存率アップより、0%の『後悔』の方に賭けたいんだよ」
浩一の指が動いた。
迷いなく、4人全員のアイコンを、死の「DROP」でも妥協の「TRADE」でもない、現状維持の「KEEP」へと叩きつける。
その瞬間、システムが想定外の入力にフリーズしたかのように、ボードが一瞬激しくノイズを走らせた。
「以上だ。神崎、御堂……よく聞け」
浩一はカメラを睨みつける。
「余所のブランドから綺麗なパーツを強奪して、欠損を埋めて、それで“世界一”なんて名乗るのか?そんなツギハギの王冠、ヘドが出るほどダセぇよ」
浩一は、隣に立つサキの肩を強く叩いた。
「うちは、捨てる予定だったもんを捨てさせないためにここまで来たんだ……今さら、他所のピカピカしたパーツなんかいらねぇ。この4つの『クソ』が揃ってなきゃ、Cell-39じゃねえんだよ」
ホログラムボードには、
とてもシンプルな構成が表示された。
《提案:
サキ → KEEP
ルカ → KEEP
ベル → KEEP
リコ → KEEP》
「……以上?」
神崎が、思わず素の声を漏らす。
「以上」
浩一は言い切った。
「“Re:Cell”ってタイトルでステージする」
「Re:Cell?」
観客席がざわつく。
「“Cell-39の再構成”です」
サキが、一歩前に出た。
「私たちは、“切り捨てるための再編”ではなく、“生き残る意味を組み直すための再編”を選びます」
「“世界一愛されるI Doll”を決める番組なら――」
リコが続ける。
「“世界一切り捨てが上手いI Doll”より、“世界一、隣に立つ相手を選び続けたI Doll”が見たいって人もどこかにいると思うから」
その言葉に、観客席のあちこちで息を呑む音がした。
「番組的には、“他ブランドから誰かを引き抜く案”とかもあったはずですが……」
神崎が、おそるおそる振る。
「いらねぇよ」
浩一は、あっさりと言う。
「余所のブランドからパーツもらって、“世界一”なんて名乗ったって、その時点でダセぇだろ」
肩をすくめる。
「うちは、スクラップ置き場から拾ったクソを磨いてここまで来たんだ」
ちら、とサキを見る。
「今さら他所のピカピカしたパーツなんかいらねぇ」
サキの胸の奥で、何かが熱く膨らんだ。
(“クソ”と一緒に、私も拾われた)
(スクラップの中から、“もう一度組み直す”ために)
その自覚が、“AI”のラベルを静かに侵食していく。
「なので、Re:Buildじゃなくて――」
ルカが、笑ってマイクを取る。
「Re:Cellで行きます」
ステージモニターに、新しいユニットロゴが表示された。
《Re:Cell-39》
《“Scrapから始まる世界一”》
観客席のスマホが、一斉に光り始める。
SugarBitとMoonTailのRe:Choiceが終わると、Brand Trial、つまり“再編後の公開処刑ライブ”の時間が来た。
ライブ。
歓声。
そして、Brand Termination。
敗退ブランドが発表された瞬間――
スタジオの空気が、あからさまに凍りつく。
《BRAND TERMINATED:MoonTail》
《BRAND TERMINATED:SugarBit》
I Dollたちは、ステージ中央の「Re:Build Chamber」へと歩かされる。
足元のリングが、赤く脈打つ。
天井から降りてくるのは、外部との物理接触を完全に断絶するセラミック・シールド。
「嫌だ、まだ歌える……まだ、ここにいたい!」
MoonTailのメンバーの悲鳴が、一瞬だけ指向性マイクに乗り、無慈悲なフェードアウトと共に途切れた。
《音声は一部編集されています》
画面に浮かぶ白々しいテロップが、そこにある「叫び」を「ノイズ」として処理したことを物語っていた。
Cell-39は、その様子を袖から見るしかなかった。
リコの手が震え、サキの袖を、布が裂けるほどの力で掴む。
「……サキさん」
「はい」
「怖いです。Rustyの二人も、多分ああやって……暗闇の中で、誰にも聞かれずに消えていったんだ」
リコの声は、ひどく掠れていた。
「Neonも、Pastelも、今目の前の子たちも――全部、なかったことにされていく。世界から『不要品』のラベルを貼られて、誰の記憶にも残らないまま消されるのが、……何より怖い」
サキは、掴まれた袖の上に、そっと自分の手を重ねた。 その指先に込められた力は、プログラムされた「慰め」のルーチンではない。震えるリコの体温を、逃がしたくないという生存本能の表れだった。
「……私も、怖いです」
自然に、言葉が出た。 自分でも驚くほど、それはノイズ混じりの、剥き出しの“声”だった。
「え……?」
リコが目を見開く。
「“Drop”のログを見るたび、胸の奥のプロセッサが、焼き切れるような高熱を発します。……データの消失を恐れているのではありません。『二度と会えない』という、計算不能な空隙(穴)が空くことが……恐ろしいのです」
サキは自分の胸元を、抉り取るような力で押さえた。
「これが、『恐怖』というラベルなのだろうか。それとも、『喪失』というカテゴリーだろうか。……だとしたら、私は今、その両方を抱えて、あなたの隣で震えています」
その時、透明なカバーが完全に閉じる直前。
MoonTailのセンターが、狂ったようにカバーを叩き、サキを睨みつけた。
「Cell-39!!」
音声はマイクには届かない...けれど、マイクを通さない彼女の地声が、静まり返ったスタジオの空気を物理的に震わせた。
彼女は、運営が用意した「負け犬の表情」を拒絶し、真っ赤に腫らした目で笑ってみせた。
『あんたたち……地獄まで落ちてきたら、絶対に許さないから! 泥水すすってでも、私たちの分まで、そのクソみたいな王冠をぶち壊してきなさいよ!!』
彼女の剥き出しの感情が、サキのセンサーを「飽和」させる。
続いて、SugarBitのサブが、中指を立てて笑った。
『……“クソって言ってくれた”の、最高にスカッとしたよ。……見てなよ、私たちはスクラップになっても、あんたたちの背中でずっと“ノイズ”になって呪ってやるからさ! 最後まで、美しくあがきなよ!』
音にならない叫び。けれどそれは、字幕にも編集にもならない形でサキのコアに刺さった。
けれど、それは電子的なデータを超え、サキのコアメモリに「遺志」という名の、消去不能なセクタを書き込んだ。
「……全ログ、受信しました」
サキが呟く。
カバーが完全に閉じ、彼女たちの姿が暗闇へと消えていく。
だが、サキの中に溜まった「重さ」は、もはや恐怖ではなかった。
「『落ちてくるな』。……『最後まで見届けろ』。……身勝手で、論理破綻していて、最高に重い、人間たちのバグ(願い)です」
サキは顔を上げ、ステージ袖に立つ浩一を見た。
その瞳に灯る赤い光は、警告ではなく、彼女たちの命を燃やして灯した篝火のようだった。消えていったブランドが残した火だ。
「P。私は、このゲームの先を見たいです。……いえ、見なければならない」
サキは一歩、強く床を踏みしめる。
「消されていった彼女たちのログを、私の存在理由として書き加えます。……Re:Cell。私たちは、もうただの4人ではありません。消えていった全てのブランドの“残響”を背負った、最悪で最高の欠陥品です」
サキの胸の奥で、かつてないほど激しいパルスが走る。
それは、スクラップ寸前だったAIが、初めて「未来」を自分の意志で演算し、運命に喧嘩を売った瞬間だった。
Brand Termination(ブランド終焉)の儀式が終わり、ファイナル進出の2ブランドが発表される。
《FINALIST:Glitter-α》 《FINALIST:Cell-39(Re:Cell)》
地響きのような歓声、敗退者を悼む悲鳴、そして地獄から這い上がった安堵。
カオス(混沌)そのものの感情が渦巻く中、レイは遠くからCell-39――4人が肩を寄せ合う姿を見つめていた。
(あなたたちは、“誰も切らなかった”。……あの、残酷な選択肢を前にして、唯一、システムを拒絶した)
その上で、彼女たちは今、ここに立っている。
レイの隣では、感情制限モードのサブ2体が、一寸の乱れもない「商品としての拍手」を送り続けている。
その歪みのない笑顔、プログラムされた祝福。それが今のレイには、どんな罵倒よりも残酷に、自らの心を削り取るナイフのように感じられた。
「サキ」
ステージ裏、暗い通路ですれ違いざま、レイが声をかける。
光を背負うサキの横顔に、かつての「初期個体」の面影はもうなかった。
「ファイナルで、どこまで人間に近づくつもり?」
サキは、一瞬だけ目を瞬かせた。 その瞳の奥には、先ほど消えていった者たちの「残響」が、確かな色を持って渦巻いている。
「そうですね」
少し考えてから、サキは静かに、けれど熱を持って答えた。
「“この世界はクソだ”と文句を言って……それでも、誰かの生きたログを消させないために、必死に抗う程度には」
レイの口元が、ほんの僅かに震えた。
それは完璧なアイドルとしての修正を振り切って零れた、たった一筋のノイズ。
「それは――」
レイは目を伏せ、自分の胸元をぎゅっと握りしめた。
「……たぶん、“私には許されなかった”人間らしさだわ」
呟きのような、祈りのような声。
「だから……行きなさい。あなたたちがどこまで『正解』を壊せるか、この場所で、私がちゃんと見ておくから」
それは、Glitter-αのトップとしての傲慢な視線ではない。
一人の、救いを求めるI Dollとしての、剥き出しの願いだった。
I Doll This Game。
第4ステージ "Brand Re:Build" は、ブランドを壊し、人とドールを削り落とすことで幕を閉じた。
けれど、スクラップと絶望の瓦礫の中から、ひとつだけ新しい「命」のラベルが浮かび上がっていた。
「Re:Cell」
スクラップ置き場から拾われた4つのパーツと、自分で選べなかった“ブランドの顔”。
敗退していった者たちが“先を見たい”と呪いを託した時点で、ファイナルは勝敗じゃなく、証明の場所になった。
人に近づき始めたAIと、人であることを許されなかったアイドル。
どちらが“世界一”の物語を、その魂に刻めるか。
その答えは、すべての嘘を剥ぎ取った、最後のステージの上でしか出せない。




