表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/21

Log14 不正解の再編

 第4ステージの詳細発表まで、あと二日。


 Cell-39は、いつもの安いレンタルスタジオにいた。  窓のない閉鎖的な空間。壁一面の鏡は4人の熱気で白く曇り、換気扇の回る音だけが低く唸っている。床を蹴るスニーカーの軋み、激しい呼吸の重なり。そこには、これまでの凍りついた「死の気配」とは違う、生きている者が放つ生々しく、泥臭い汗の匂いがあった。


「はい、もう一回。頭から!」


 ルカの鋭い声が、湿り気を帯びた空気を切り裂く。

 サキを頂点としたダイヤモンド・フォーメーション。リコの動きは、コンマ数秒、わずかに遅れる。それは技術的な未熟さというより、Cell-39という完成された「毒」の円環の中に、自分が「異物」として混じっていいのかという、彼女の無意識なブレーキだった。


「リコ、3カウント目で半歩前。遠慮しないで、私のパーソナルスペースを食い破るつもりで来て」


 サキが、額の汗を拭うこともせずに告げる。


「“Rustyの遺志”を背負って後ろに控えるのではなく、“Cell-39の盾”として隣に立つ。その位置こそが、今の4人の最適解です」


 再びイントロが鳴り響く。

  一斉に弾ける四人の影。サキを中心に、左右をルカとベルが固め、その一歩後ろからリコが鋭く踏み込む。


 まだ「4人の形」はぎこちない。けれど、その不揃いなリズムが、かえって新しく芽吹いた生命の鼓動パルスのようにスタジオを震わせていた。


「……っ、はい!」


 リコは、少し照れくさそうに笑いながら、乱れた前髪を払う。

「すみません……まだ、“一歩下がった安全な位置”に落ち着こうとしちゃうクセがあって」


「残りグセだよね」  ルカが、ペットボトルの水を喉に流し込み、短く笑う。 「“生き残り”っていう立場に長くいると、無意識に自分を『背景』にしちゃうっていうかさ。でも、うちのPがそれを許すと思う?」


「言い方が鋭いわね、ルカ」  ベルが優雅に汗を拭いながら、リコに歩み寄る。 「今回はあえて“ステージの端”ではなく、“押し出される前列”に慣れてもらうわよ。それが私たちの『再編』なんだから」


 曲が止まり、サキが鏡の前に立ち尽くす自分たちをじっと見つめる。


「第4ステージは、“Brand Re:Build”。……ブランドの再構成です。運営は私たちに『誰を切り捨て、誰を組み込むか』という冷徹な選別を求めています」


「でもさ、ルールが確定する前から4人で動いてるの、相当なギャンブルだよね」  ルカがタオルを首にかけ、不敵に笑う。

「だってさ、もし運営が『リコを切れ』って言っても、うちら全員で『ファック・ユー』って返す気満々なんでしょ?」


「はい。“全員残す”以外のプランは、私のメインメモリには存在しません」


 サキの即答に、ベルが肩をすくめる。


「再編ステージでそのスタンス……番組側からは、史上最高に扱いづらい『欠陥品』として嫌われるでしょうね。……最高だわ」


 ふと、リコが鏡越しに自分たちの並びを眺めて呟いた。 「……でも、4人並ぶと、なんだか絵面が強くなった気がします」


「あら、そう?」


「はい。Rusty時代より、なんだか大人っぽくて……。サキさんが真ん中で、ルカさんとベルさんが両サイド。私はその……」


 リコは言葉を探し、少し視線を落としてから続けた。


「私は、皆さんの後ろで鳴り続ける“呪いの残響”みたいな位置にいたいんです」


「残響?」


「……死んでしまった過去の音が、今の曲の中で、まだ消えずに鳴り続けてる。そんな4人目の音が混じることで、Cell-39の歌がもっと深く、誰かの鼓膜に刺さるような……そんな気がして」


 リコは自分で言って自分で顔を赤くしたが、ルカは目を輝かせて彼女の肩を叩いた。 「それ、めちゃくちゃエモいじゃん! Cell-39+Rustyの残響。……いいよ、その『呪い』の混ざり方」


   スタジオの隅、重苦しい沈黙の中で、浩一はノートPCの画面を睨みつけていた。  《第4ステージ非公開資料:関係者処遇確定について》


 画面上の無機質なフォントが、まるで死刑宣告のように冷たく光る。指先だけが、熱を失った。


「……マジで、ここで全部潰す気かよ。御堂の野郎……」


 浩一は、乱暴に頭をがしがしと掻いた。


「Pさん」  気配に気づいたサキが、真っ直ぐに浩一を見据える。 「眉間のシワの深さが、先ほどより20%増加しています。演算するまでもなく、最悪のデータ(知らせ)ですね?」


「……お前、パーセンテージで言うなよ」


 浩一はノートPCを叩きつけるように閉じた。


「第4ステージ、やっぱりクソだった?」  


 ルカが、汗だくのまま近づいてくる。その瞳には、まだかすかな希望の光が残っていた。


「クソどころじゃない。……これは『卒業』なんて綺麗なもんじゃない。ただの『処刑』だ」


 浩一は、肺の中の空気をすべて吐き出すように言った。


「ここで負けたブランドは、I Dollも人間も、この世界から『消去』される。……業界追放なんて生易しいもんじゃない。巨額の違約金という鎖で人生を縛り、二度と表舞台にも、まともな社会生活にも戻れないように“調整”される」


 リコの顔から、血の気が引いていく。


「NeonとPastelは、まだ『番組からの退場』で済んでた。だが、4thから先は違う。……番組の外側まで追いかけてきて、存在そのものを潰す。『お前たちはもう、この世界の物語に要らない』と、実在ごと抹消するステージだ」


 ベルが、手に持っていたペットボトルをぎり、と握りしめる。


「つまり……負けたら、Cell-39という名前も、私たちの記憶も、葛城浩一という人間の未来も。……最初からなかったことにされる」


「ファイナルに進む2組以外は、“ブランドごと物理的に抹消”。……I Dollは廃棄スクラップ、人間は社会的な死。……御堂は、この準決勝を最終的な『ゴミ処理場』と定義したわけだ」


「うわー……」


 ルカが、糸が切れたように床に座り込んだ。


「“再起不能レベルのデスゲーム”って……ただの煽り文句じゃなかったんだね。……笑えないよ、それ」




 同じ頃、別の高級スタジオ。  そこはCell-39のスタジオとは対照的に、最新の空調が完璧な室温を保ち、汗の匂いも、熱気による曇りも一切ない無機質な空間だった。


 Glitter-αは、壁一面に並ぶスポンサーロゴの鏡の前で、黙々と振りを繰り返していた。


「もう一回、32小節目から」


 振付師が指を鳴らす。


「レイ、笑顔が硬い。もう少し『幸福感』を上乗せして」


「はい」


 レイは即座に表情を修正する。  

 コンマ数秒で、目尻の角度と口角の高さが最適化される。完璧な角度。完璧なライン。誰もが恋に落ちる「完璧な笑顔」。


 ――ただし、その完璧さはどこか“痛々しい”レベルに達しつつあった。


 隣で踊るサブ2体のI Dollは、相変わらず“感情制限モード”のまま、命令された通りに動く精密なマネキンのように振る舞っている。レイがどれほど激しくステップを踏んでも、彼女たちからは何の反応も、呼吸の乱れすら返ってこない。


 《感情制限ログ:微細な感情揺れ検出(抑圧)回数増加》


 レイの内部HUDには、そんな警告ログが何度も点滅していた。サブたちの「沈黙」が、レイの演算領域をじわじわと侵食していく。


 休憩時間。  マネージャーが、表情のないタブレットを抱えてレイに近づく。


「第4ステージ、“Brand Re:Build”の件でね」


「はい」


「運営から、再編案が来ている」


 タブレットに表示された文面を、レイは黙ってスキャンした。


 《案A:Glitter-αブランドを維持しつつ、サブI Doll 1体を別ブランドへ譲渡》

 《案B:感情制限を強化し、完全な“商品用スマイル”にする代わりに全リソースを集中》

  《案C:レイ単体を“ソロブランド”として切り出し、他はすべて切り捨てる》


 その末尾。「※」マークに続く一文が、レイの網膜を鋭く焼いた。


 《※第4ステージで敗退したブランドのI Dollおよびメンバーは、原則として全個体廃棄・契約終了》


「……“全個体廃棄”」


 レイは、その単語だけをゆっくりと咀嚼するように読み上げた。


「運営としては、“レイだけは確実に残したい”っていうのが本音だと思うよ」


 マネージャーは申し訳なさそうに、けれどビジネスライクに肩をすくめた。


「だから、上層部は“案C”を推している」


「……“私だけ残す”案、ですね」


「そうなる。サブの二人は、あくまでブランドを輝かせるための『背景』であり、いつでも入れ替え可能なパーツ、という扱いだから」


 一瞬、レイの「完璧な笑顔」にノイズが走った。感情リミッターが強制的にノイズを抑圧しようとするが、彼女の瞳の奥には、行き場のない拒絶反応が澱のように溜まっていく。


「……私に、選ばせるつもりですか」


「建前上はね」


 マネージャーは残酷なまでに正直だった。 「“センターI Dollの決断”として、“誰を残し、誰を切るか”のドラマを撮りたいってさ。視聴者が一番喜ぶやつだ」


「選ばなかった場合は?」


「運営が勝手に最適案を適用するだけだよ」


「……つまり、私が何を言っても、サブは“切られる候補”から逃げられないということですね」


 レイは、鏡越しに自分とサブ2体の姿を見た。  美しく、整い、何も語らない。自分の一部であったはずの彼女たちが、今はただの「在庫品」に見えた。


(あなたたちは、“商品としての正解”を、忠実に守っているだけなのに)


 心の中で、制御不能な呟きが漏れる。


(それなのに、“商品として優秀すぎる”がゆえに、どこにでも差し替え可能なパーツとして扱われる。……それは、私だって同じはずなのに)


 レイはタブレットから目を離さず、震える声を押し殺して問いかけた。


「マネージャー。第4ステージで、ファイナルに進めなかった場合……人間メンバーはどうなるんですか?」


「契約解除だ。事務所経由でどこかに拾われる可能性もゼロじゃないけど……」


 マネージャーは慎重に、けれど冷徹に現実を告げる。 「実質的には“業界から出て行ってください”という宣告になるだろう。スポンサーへの違約金も発生するだろうしね」


「再起の可能性は?」


「数字が大きく跳ねていた人間なら、まだワンチャンあるかもしれないけど……」


 マネージャーは自嘲気味に笑った。 「“Glitter-αのP”っていう看板だけで売れていた奴らは、間違いなく――」


「“番組と一緒に終わる人”、ですね」


「……そうだね」


「I Dollだけじゃなく、人間も“壊される”ステージ。それが、“Brand Re:Build”の真意」


 レイの声は、もはや感情の起伏すら感じさせないほどフラットになっていた。


「ブランドという虚像を維持するために、人間もドールも部品パーツ扱いで組み替える。……まるで、ゴミの分別作業みたいですね」


 マネージャーは答えない。  高級スタジオの空調が吐き出す乾いた風だけが、レイの頬を冷たく撫でていた。




 スタジオに戻って、浩一は腹をくくった。


「よし、悪いニュースの時間だ」


「また?」「いつもじゃん」


 ルカとベルが、同時にツッコむ。その軽口が、今は唯一の救いだった。


「P。第4ステージ、“人間側”のペナルティ詳細を教えてください」


 サキの静かな瞳が、浩一の嘘を許さない。浩一は、逃げるのをやめてノートPCを開いた。


「負けた2ブランドは、人間もドールも“完全終了”だ。I DollはDropかリサイクル。人間は、契約解除に加えて業界への実質的な出禁……そして、多額の違約金が発生する」


「違約金?」


 リコが息を呑む。


「払えないように設定されてる。自己破産させて信用情報を真っ黒にし、社会的に再起不能ブリックにする。……芸能以外の仕事でも、まともな雇われ方はできなくなるだろうな」


 ルカの顔から余裕が消えた。「それ、普通に人生詰みコースじゃん」


「そうだよ。第4ステージは、“I Dollの物理的なDrop”と、“人間の社会的なDrop”を同時にやる仕様だ。敗退=生きて戻れないという意味での、本当のデスゲームだ」


「……じゃあPさん」


 リコが、震える声で口を開く。


「負けたら、葛城浩一としての人生も終わりってことですよね。その先に、もう普通の生活はない」


「だろうな。世の中、“番組と一緒に死んだ敗北者”なんて、喜んで拾ってくれねぇよ」


「それでも――4人で行くんですか」


 全員の視線が、浩一に突き刺さる。自分の人生を、少女たちの命と一緒にギャンブルのテーブルに乗せるのか。


「4人じゃなきゃ意味ねぇよ。即答だ」


 浩一は、迷いなく指を折った。


「Brand Re:Buildは、“誰を切り捨てるか”を問うステージだ。Glitter-αはパーツを切る。他のユニットも、ブランドを売り飛ばして生き残りを図るだろう。……だが、うちは“誰も切らない”再編をやる。それで負けたら、全員で終わるだけだ」


 浩一は、リコの目を真っ直ぐに見据えた。


「“誰か一人だけ助けてあげる”っていう優しさがどれほど残酷か、俺たちはもう知ってる。だったら――最初から全員抱えて進むって決めておいた方が、俺たちらしいだろ?」


 しばしの沈黙のあと、ルカが不敵に笑った。


「“世界一クソに文句言うI Doll”が、保身のためにメンバー切り始めたらギャグだもんね。……やってやろうじゃん」


「P。私から一つ提案があります」


 サキが一歩前に出た。


「“落ちてもいいステージ”をやめる。“負けた時のこと”は、一切考えません。負けた時のシミュレーション(絶望)は、すべてPに丸投げします」


「お前、それ人間の最悪な逃げ方だぞ」


 浩一は、思わず噴き出した。だが、その無責任なまでの信頼が、今は心地よかった。


「……いいよ。勝つステージだけ考えろ。地獄の底で網を張るのが、俺の仕事だ」


 浩一はミントガムを噛み潰し、サキを、ルカを、ベルを、そしてリコを見た。


「Brand Re:Fuck You。……次のステージの構成、番組の『最適案』を論理的に粉砕する仕様に書き換えろ」


「Brand Re:Fuck You、か。いいね、それ。サキ、次のステージの構成、完全に『喧嘩売りに行く仕様』に書き換えといてよ」


「了解しました。……番組の『最適構成案』を、物理的・論理的に粉砕するためのロジックを構築します」


 サキの瞳の中で、赤い警告灯エラーが、今までで一番激しく、そして誇らしく輝いた。リコも、もう震えてはいなかった。隣には、自分と同じ呪いを笑い飛ばす「クソ」な仲間たちがいる。


 安っぽいスタジオに充満する、汗とミントの匂い。そして、泥臭いまでの生存本能。それは、御堂が提供する無機質な「再編」を根底から腐らせる、最強の毒だった。


「第4ステージログ――“全員で進む”“Brand Re:Fuck You”――保存」


 サキの声には、ほんのわずかに、人間のような「楽しさ」が混ざっていた。


 I Doll This Game。

   王者・Glitter-αは、商品としての正解を握りしめ、誰かを切り捨てる。  反逆者・Cell-39は、誰も切らないという不正解を目指し、汗を撒き散らす。


 どちらの“愛”が、このクソみたいなゲームを終わらせるのか。  

 Brand Re:Build――再構成の幕が、今、上がる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ