第12章 拍手の後に残る音
第3ステージ本戦がすべて終わると、
観客席には妙な空気が残った。
興奮とも、疲労とも、罪悪感ともつかないざわめき。
「いやー! 激動の第3ステージでしたね!!」
MC神崎は、いつものテンションで締めに入る。
「次回、いよいよ最終ブロックに向けて――」
その声の裏側で、
《PastelNote…》
《マジであれで終わりなん?復活ないの?》
《Drop演出エグすぎて普通に笑えんかった》
配信コメントは、いつもより刺々しい文が多かった。
Cell-39の控室。
「……疲れた」
ルカが、ソファに仰向けに倒れ込む。
「Neon見て、Pastel見て、その後に本番とか、
精神力テストかよ」
「でも、ステージはちゃんと勝った」
ベルが、タブレットの簡易データを見ながら言う。
「スタジオ投票は2位、視聴者リアクション指数も2位」
「第1位は、もちろんGlitter-α」
サキが補足する。
「“Dropショーのデモンストレーション”を、PastelNoteが一手に引き受けた形です」
「……“引き受けた”って言い方、なんかやだな」
ルカが、目だけこちらに向ける。
「では、“押し付けられた”?」
「そっちの方がまだしっくりくる」
浩一は、上着も脱がずに壁にもたれ、
天井の蛍光灯を眺めていた。
「P」
ベルが、慎重に声をかける。
「顔、死んでるよ」
「お前らもな」
即答だった。
ノックの音がして、ドアが開く。
「お疲れさまです、Cell-39さん」
入ってきたのは、番組ADと数人のスタッフ。
「このあと、コメント撮りが何本か入ってます。NeonMarchさんの件と、“I Doll Drop”を見てのご感想を……」
「……はい来た、“感想ください”」
ルカが、両手で顔を覆う。
「“人が死んだ感想どうぞ”ってやつのソフト版」
「感想を切り取って、“番組の答え”としてテロップをつけるやつですね」
サキは、さらりと言う。
ADが困ったように笑った。
「まぁ、その、言える範囲で大丈夫なんで……」
「“言える範囲”って言葉が一番何も言えない範囲なの、皮肉だよね」
ベルが肩をすくめる。
「リコさんも一緒にどうです?」
ADの言葉に、ルカが顔を上げた。
「リコ?」
「はい、さっきサブスタジオでご一緒でしたよね?今こちらに向かってきてます」
そのタイミングで、
控室の外から小さくノックが響いた。
「失礼します。……あの、入ってもいいですか」
ドアの隙間から顔を覗かせたのは、
Rustyの生き残り――リコだった。
「リコ!」
ルカが、跳ね起きる。
「無事? 生きてる?」
「はい、一応」
リコは、どこか力の抜けた笑顔を浮かべる。
「“Drop候補ではない枠”で生きてました」
「それ、全然安心できない言い方なんだけど」
ベルが苦笑する。
サキは、一歩近づいて軽く会釈した。
「第3ステージの視聴、お疲れ様でした」
「それ、視聴者に言うやつじゃないですか?」
リコが、くすっと笑う。
「でも、ありがとうございます。こっち側から見てるの、わりと地獄でした」
「Neon、見てた?」
ルカの問いに、リコは小さく頷いた。
「棄権の瞬間から、Final Stageのセットが組まれるところまで、全部、ガラス越しに見せられました」
声が震えるのを、
無理やり押しつぶしているのが分かる。
「ミオさん、最後まで“NeonのI Doll”でした」
「Pの選択をログして、“納得はしない”と言って、それでも命令を待っていました」
言葉の選び方が、どこかサキに似ていた。
「PastelNoteは?」
ベルが訊ねる。
「……あれは、“綺麗な方の殺し方”だと思いました」
リコは、ぎゅっと手を握る。
「白い部屋で、綺麗な棺に寝かせて、拍手で送って――」
息を飲む。
「中身がどこに行くかなんて、誰も聞かないようにできてるんですよね」
部屋の空気が、少しだけ重くなった。
「それでさ」
リコは、少し顔を上げて続けた。
「さっき、ADさんに言われました」
チラリとADを見る。
「“リコさんは、今後コメント枠やVTR用で、もっと活躍してもらうかもしれません”って」
「……つまり」
ルカが眉をひそめる。
「“Dropさせるには惜しい素材だから、外側から利用価値ある位置に置いとくね”ってこと?」
「たぶん、そうです」
リコは、自嘲気味に笑った。
「Rustyのログも、Neonのログも見てて、Cell-39のステージまで近くで見れる立場の人間って――今、世界で私しかいないんですよね、多分」
「“世界で一人だけ、まとめてログを持たされている存在”」
サキが、感情の薄い声で言う。
「それは、非常に特殊な役割です」
「特殊って言うと、ちょっとだけカッコいいですね」
リコは、ぽつりと笑う。
「でも、幽霊みたいだなとも思いました」
視線を落とす。
「ステージにも、Dropにもいない。ただ、見てるだけの幽霊」
「幽霊で終わる気ある?」
不意に、浩一が口を開いた。
リコがびくっとする。
「……ないです」
即答だった。
「終わらせられたくないです」
「なら、それでいい」
浩一は、椅子の背にもたれながら言う。
「今はまだ、お前がどのタイミングで何をやるのが、一番クソに効くか分かんねぇ」
ルカとベル、サキも、
じっとリコを見ている。
「だから――」
Pは、ゆっくりと言葉を選んだ。
「とりあえず次のステージ始まるまでは保留。お前が“どの場所で生きるか”は、今決める必要はねぇ」
「……それ、すごくPさんらしい言い方ですね」
リコの口元が、少しだけゆるむ。
「“今決めておかないといけないこと”と、“ギリギリまで保留していいこと”の区別が、Pは得意です」
サキが補足する。
「得意かどうかは知らんが」
浩一は、天井を見た。
「NeonのPが、“その場で決めさせられた”結果は見たろ?」
リコは、きゅっと唇を噛む。
「あいつの分まで、お前の選択肢は、ギリギリまで残しとけばいい」
「……ずるいなぁ」
リコが、ぽつりとこぼした。
「Cell-39って、言ってることは全部クソなのに、ちゃんと筋は通ってる」
「褒めてる?」
「褒めてます」
はっきり言い切った。
その後、ADに連れられて、
小さなカメラ前に並ぶCell-39+リコ。
「じゃあ、
NeonMarchの棄権とFinal Stageを見ての感想から……」
カメラマンの声に、
ルカが深く息を吸い込む。
「……正直に言っていい?」
「表現気をつけてくれれば」
「表現気をつけてたら、何も言えないんだよねこういう質問」
ルカは、へらっと笑ってみせる。
「でもまぁ、できる範囲で」
「Neonのこと、どう思いましたか?」
質問が飛ぶ。
最初に口を開いたのはリコだった。
「ずるいな、って思いました」
スタッフが、ちょっとだけ目を瞬かせる。
「だって――」
リコは、
まっすぐカメラを見る。
「ミオさん、最後まで“NeonのI Doll”だったから」
少しだけ笑う。
「私、Rustyの時、“残る方”を選んで、ずっと中途半端に生き残ってるんです」
「だから、自分のユニットとして終わり切ったNeonが、ずるいくらい羨ましかった」
カメラマンが一瞬息を飲む音が聞こえた。
「もちろん、許せないし、悲しいし、ムカつきます」
そこははっきり言い切った。
「でも同時に、ちゃんと終われたこと自体は、羨ましいと思ってしまった」
それが、
リコなりの本音だった。
次に、サキ。
「私は、NeonMarchのPの選択ログを、“クソ”として保存しました」
スタッフの誰かが噴き出しそうになる。
「クソ?」
「はい。“クソ”とは、“不完全で、不格好で、矛盾していて、それでも本気だったもの”というラベルです」
少しだけ、口元が動く。
「あのPは、必死でNeonを守ろうとして、結果的に一番守れない選択に誘導されました」
カメラの赤ランプが、じっと彼女を見ている。
「だから、“最低で、最高のクソ”として、ログに残します」
ルカは、
PastelNoteの話に振られた時、
短くまとめた。
「“綺麗に終わる”って言葉が、こんなに怖い番組って他にないよね」
皮肉な笑み。
「綺麗に映してるだけで、中身は解体ライン行きかもしれないんだよ?」
しばしの沈黙。
「それを、“愛”とか“卒業”とかってラベルで飾るの、マジでセンス悪いと思う」
ADが、慌てて「もう少しマイルドに」とジェスチャーする。
「え、今のマイルド版なんだけど」
ルカは本気で首をかしげていた。
最後に、Pへの質問。
「葛城さんは、第3ステージをどう総括しますか?」
「地獄見学ツアー」
即答。
「でも、“地獄がどこにあるか分かった”って意味では、かなり有益だった」
「というと?」
「棄権してもDropされても、最終的に同じラインに流されるって、NeonとPastelが身体張って教えてくれたろ」
笑っていない目。
「だったら、進む側としてどう暴れるか考えた方が早い」
それが、
葛城浩一の“総括”だった。
収録がひと段落した夕方。
モニタールームでは、御堂が各種数値を眺めていた。
「Neon棄権回+I Doll Drop初回=視聴率、過去最高更新」
スタッフが報告する。
「SNSトレンドも、“Neon棄権” “Drop演出” “Cell-39コメント”全部上位に入ってます」
「いいね」
御堂は、静かに笑った。
「“これはやりすぎでは?”という声が出るラインを、ようやく試せた」
別のスタッフが、遠慮がちに口を開く。
「ただ、“やりすぎ”の方の声も、今回はかなり多くて……」
「問題ない」
御堂は、モニターの一つを指で弾く。
そこには、
リコがコメントをしているテスト映像が映っていた。
《Rusty生き残り・リコ、次回スタジオトーク参加か?》
「“クソだと思いながらも目を離せない”という状態が、一番強い」
視線が細くなる。
「次は――“最後まで見届けないと気が済まない”状態に持っていく番だ」
その夜。
Cell-39の部屋。
「今日は泊まっていきますか?」
サキが、リコにタオルを渡しながら言う。
「えっ、いいんですか?」
「うん。どうせADさんたち、“番組用の絡み”としても撮りたいだろうし」
ルカが、メロンパンをちぎりながら笑う。
「生き残り組どうしのシェアハウス、数字取れるだろうしね」
「利用される前提なんですね」
「利用される前提で、こっちも利用してやればいいのよ」
ベルがさらりと言う。
「番組のカメラ通してでも、“こういう話した”ってログは残るから」
「リコ」
風呂上がり、髪をタオルで拭きながら、
サキが隣に座る。
「あなたの“幸せログ”は、現時点でどうなっていますか」
「唐突な質問ですね」
リコは、少し考える。
「Rustyの二人が、完全には“なかったこと”にされていない」
指を折る。
「Neonが、こういう終わり方をしたログもCell-39と私の中には残っている」
もう一つ、指を折る。
「あと、今日、Cell-39の控室でメロンパン食べてる」
サキが瞬きをした。
「最後のログだけ、急に生活感が強いです」
「でも、こういうのが一番“生きてる感じ”なんですよ」
リコは、笑った。
「だから今のところ、幸せ寄りのログが、ちょっとずつ増えてる気がしてます」
「了解しました。“幸せ寄りログ・増加中”として記録します」
サキも、少し微笑む。
「Pさんは?」
リコが、キッチンの方を見る。
「今日は、メロンパンの在庫確認してるだけ」
ルカが笑いながら答える。
「明日になったらきっと、“次のステージどう地獄になるか”考え始めるよ」
「でしょうね」
窓の外は、
すっかり夜になっていた。
街のネオンが、遠くで瞬いている。
このどこかで、
PastelNoteのボディが分解され、
NeonMarchのログが整理されているのだろう。
それでも――
この小さな部屋の中では、
温かいご飯と、笑い声と、くだらない会話があった。
「リコ、今は“幽霊”だと思っててもいい」
寝る前、Pがぽつりと言った。
「どういう形で成仏するかは、次のステージ始まるまで保留な」
「成仏って言い方やめてください」
リコが笑う。
「できれば、成仏じゃなくて進化がいいです」
「じゃあ、“進化保留”な」
Pは、ミントガムの包み紙を丸めてゴミ箱に放った。
I Doll This Game。
第3ステージが終わった夜、
まだ誰も“最終形の自分”を知らなかった。
ただひとつ確かなのは――
ここまで生き残ったログが、
もう簡単には消せないところまで積み上がってしまった
ということだけだった。




