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プロローグ — 破棄拒否

 雨上がりの処分場は、いつだって少しだけ甘い匂いがする。

 オイルとプラスチックと、焼けた金属と――そして、“人間の暮らしの残り香”。


 コンベアの上を、ひしゃげたアイドールのボディが流れていく。

 片腕のないもの。顔だけのもの。衣装だけが残されたもの。

 胸元のプレートには、どれも規則正しい数字とアルファベットが並んでいた。


 IDoll-R24。IDoll-R25。IDoll-B03。


 それらが、まとめて「廃棄物」と呼ばれる。


「――すげぇな。何億クレジット分、ここ通ってんだろな」


 感心とも呆れともつかない声が、雨水で濡れた鉄骨の足場の上から落ちてきた。


 葛城浩一は、コンベアの上を流れていく“死体”たちを見下ろしたまま、ポケットから煙草を出して、吸わないまま指先で弄ぶ。

 吸ったら怒られるのは知っているので、きちんと我慢するあたりが、小物なりの処世術だ。


「これ、ぜんぶ……アイドルだっけ?」


 横でヘルメットを被った作業員が、あははと笑う。


「アイドルって言っても、ドールの方っすね。アイドール。

 落ち目になったのとか、型落ちとか、バグったやつとか。あと、不人気」


「不人気はここ来るのかよ。芸能界よりえげつねぇな」


「でもまぁ、治安は良くなりましたよ? 昔みたいに人さらいとか、暴行事件とかマジで減ったし。

 みんな、ムカついたら“ドール殴れる店”行きますから」


「そりゃよかったな、人類」


 浩一は鼻で笑った。


 コンベアの下では、ロボットアームが忙しなく動いている。

 頭部、胴体、四肢、内蔵モジュール。

 それぞれが外され、価値のある部品だけがカゴに選り分けられていく。


 人の形をしていても。

 歌っていたとしても。

 画面の向こうで誰かの「推し」だったとしても。


 ここまで来れば、ただのゴミだ。


「映像資料、こんなもんでいいっすか? ドキュメンタリーって聞いたけど」


「ロゴとライン、クレーンのカットは撮れた。あとは編集でなんとかするさ」


 浩一は肩に提げた小型カメラを軽く叩く。


 しがないフリーの映像屋。元・AD、元・ディレクター。

 元をつければキリがない経歴だが、今の彼に残っている肩書きは「安くて便利な外注」くらいだった。


「いや〜、でもマジで世の中、ドール様様ですよ」

 作業員はコンベアを眺めながら、飄々と続ける。


「昔なら、借金苦で一家心中コースみたいな話が、今じゃ“ドール一体買って殴る”で済むんですから」


「……へぇ」


「犯罪も減って、ストレスも減って、治安もいい。

 ――ほら、“世界は前よりマシになった”ってやつですよ」


 作業員は笑う。

 言っていること自体は、統計上は正しいのだろう。


 浩一は返事の代わりに、乾いた舌打ちを飲み込んだ。


 その時だった。


 がこん、と鈍い音がして、コンベアが少しだけ揺れた。


 何かがひっかかったのかと視線を向ける。

 そこに流れていたのは、半分ほどフレームを剥がされたアイドールの胴体だった。


 髪は焼け焦げ、衣装は破れ、左腕は肩口からなかった。

 胸のプレートには、うっすら焦げ跡の中に文字が残っている。


 IDoll-R……じゃない。

 IDoll-B……でもない。


 かろうじて読み取れたのは、こうだった。


 ――IDoll-39。


「おー、あれ珍しいっすよ」


 作業員が身を乗り出す。


「試作機っすね。“公式ライン”の。

 でもバグったんで廃棄決定。もったいね〜ってみんな言ってたやつです」


「バグ?」


「自我持ちは危ないって話っすよ。

 戦場で暴走でもされたら、たまんないじゃないですか」


 軽い調子で言いつつ、作業員はコンベアを止めるボタンに手を伸ばそうとはしない。

 規定どおり、流れていくものは流す。それがルールだ。


 IDoll-39――その頭部に残った右目だけが、赤く微かに点灯していた。


 がちゃり、とフォーカスレンズが動く。


 そして、まっすぐに、足場の上の浩一を見た。


「……」


 いや、気のせいかもしれない。

 ただのセンサーが、たまたまその方向を向いただけかもしれない。


 そう思った時、かすれたノイズ混じりの声が、コンベアの上から響いた。


「……ハ…キ…… ……破棄……」


 作業員が顔をしかめる。


「うわ、まだ電気残ってたんすね。あとで止めとこ」


「……破棄……拒否……」


 それは、録音されたログがループ再生されているだけ、と言われればそれまでだった。


 けれど、その声には、どこか“生々しさ”があった。


 破棄を拒否する。

 廃棄物の口から、そんな単語が出てくるのは、お世辞にも可愛げがあるとは言えない。


 ――けれど。


 浩一の胸の奥で、何かがひっかかった。


「なぁ」


「はい?」


「その三九番、どこまでバラす予定だ」


「んー……芯までっすね。コアとフレームごと。

 バグデータ残ってると厄介なんで、完全破棄っすよ」


「もったいねぇな」


 浩一は、何気ない風を装って肩をすくめた。


「最近の視聴者、スクラップ映すだけの番組じゃ満足しないぜ。

 “死にかけてるアイドルが、無理やり歌わされる”くらいじゃないと」


「はは、性格悪いっすね」


「褒め言葉で受け取っとく」


 そう言いながら、ゆっくりと足場の手すりに肘をつく。

 視線はあくまでコンベアを眺めたまま、声だけを落とす。


「でさ。あれ、買えるか?」


 作業員が、あからさまに固まった。


「えっ」


「だから、あれ。IDoll-39。

 廃棄する前に、俺が引き取ったらダメかって聞いてんだよ」


「い、いやいや……それは……」


 慌てて周囲を見回す作業員。

 監視カメラの位置を確認しているのが丸わかりだ。


「規定違反とか、バレたら俺クビっすよ。

 うち、“廃棄処理の透明性が〜”とか言ってる会社なんで」


「安心しろよ。透明なのは広報の口だけだ」


 浩一は、小さく笑う。


「俺、元々そっち側の人間だぜ?

 “クリーンな処理場です!”ってテロップ乗せるための映像、散々撮らされた口だ」


「……マジっすか?」


「マジ。

 だからわかる。お前が今、何にビビってて、何に餓えてるかもな」


 懐から、小さく折りたたまれた電子マネーカードを取り出す。

 指先でひらひらさせると、作業員の喉がごくりと動いた。


「これ、お前の今月の残業代の……二ヶ月分くらいにはなる。

 上には“取材用にモックを一体譲ってもらった”って名目で書類回す。

 型番も、映像用の仮ラベルに書き換えときゃいい」


「いや、でも……」


「バレた時に怒られるのは、どっちだと思う?」


 浩一は、少しだけ声を低くする。


「“現場判断で一体融通した作業員”か、

 “それをドキュメンタリーで使ったフリーの外注”か」


 答えは、わざわざ口にするまでもない。


「世の中、悪いことしたやつより、

 外側から関わったやつの方が先に切られるんだよ。

 これは、“テレビ局で学んだ社会科見学”だ」


 作業員が、少しだけ目を伏せる。

 その隙を逃さず、浩一は畳み掛けた。


「お前はライン止めない。規定どおり、ボタンも押さない。

 たまたま電源抜き忘れた個体を、たまたま俺が‘映像用に’欲しがった。

 書類は俺が書く。お前の名前は一ミリも出さない」


 そして、カードを作業員の手のひらに滑り込ませる。


「そのかわり――“たまたま”コンベアが二十秒ほど止まってくれりゃ、それでいい」


「……二十秒でいいんすか」


「二十秒止まらないコンビニバイトがいたら見てみてぇよ」


 作業員の口元に、苦笑が浮かぶ。


 しばしの沈黙。

 やがて彼は、誰にも見られていないことを確認すると、こくりと小さく頷いた。


「……わかりました。

 俺は“ライン点検で一時停止しました”って報告します」


「いい子だ」


「その代わり、マジで俺の名前出さないでくださいよ」


「出さねぇよ。

 俺は“映像は綺麗な外側だけ切り取るのが仕事”なんでね」


 そう言って笑う自分に、少しだけ嫌気がさす。

 けれど、これもまた生き残るための技術だ。


 ブザーが鳴り、コンベアが止まる。

 作業員がさりげなくIDoll-39を持ち上げ、廃棄ラインから外す。

 誰もそれを気に留めない。今日も山ほどゴミが流れているのだ。


「――はい、じゃあ点検ってことで。

 あとは自己責任でお願いします、ディレクターさん」


「元、な」


 IDoll-39を抱え上げた瞬間、その重量に思わず腕が軋んだ。


「……お前、思ったより重いな。

 映像映えする顔してるくせに」


 当然返事はない。

 だが、壊れかけた右目の赤い光が、かすかに揺れた気がした。


 気のせいだ、と言い聞かせながらも。


 その日、コンベアから外されたその個体は、

 本来の処分ルートから、わずかに逸れることになる。


 世界全体から見れば、誤差にもならないほどの、小さなバグだ。


 けれど、そのバグこそが――

 後に「I Doll This Game」と呼ばれる地獄を、別の方向へ揺らす一因になることを、

 この時の誰も知らない。


 ◆


 安アパートの一室には、家電と機材が不釣り合いに並んでいる。


 ソファの代わりに、ケーブルの束。

 テーブルの代わりに、ローラー付きの機材ラック。

 壁際には、使い古されたモニターが四枚ほど。


 その真ん中に、半分分解されたアイドールが一体、寝かされていた。


「……バカだろ、俺」


 浩一は、床にしゃがみ込んだまま、三度目のため息をついた。


 処分場からここまで運んでくるだけで、すでに腰が死にかけている。

 問題は、その先だ。


「電源ライン、ここ。制御基板……焦げてんじゃねぇか。

 誰だよ、ここまで焼いといて“再利用不可”のハンコだけで済ませたやつ」


 文句を言いながら、手は止まらない。

 数年前、仕事で取材したメンテ工房で見聞きした知識を、無理やり記憶から引っ張り出す。


 断線したコードを繋ぎ直し、焼けたチップの代わりに中古ショップで拾ってきた互換品をはめ込む。

 素人仕事だ。どこかで火を吹いてもおかしくない。


「……やっぱバカだろ、俺」


 ぼそっと繰り返して、ドライバーを咥えた。


 一時間。二時間。

 ネジを外しては締め、配線を誤接続しては火花を飛ばし、ブレーカーを落とす。


 そのたびに、天井の薄いアパートの上の階から「うるさいんですけど〜」と棒読みの抗議が降ってくる。


「悪ぃなー! 今、人形の蘇生中なんだよ!」


 返ってくるのは、ため息と、どさっと何かを床に落とす音だけだ。


 三回目のブレーカー落ちのあと、浩一はようやく手を止めた。


「……やめるか」


 背中を壁に預け、天井を見上げる。


 頭ではわかっている。

 これは割に合わない賭けだ。

 部品代だけで、すでに今月の家賃の三分の一は吹き飛んでいる。


「やめて、またゴミに戻して、

 “やっぱ無理でしたー”って編集で悲しいBGMつけて流して……」


 それはきっと、視聴者ウケもいいだろう。

「夢破れた人形」「悲しい現実」――そういう分かりやすい物語だ。


「……クソ」


 額を押さえて、目をぎゅっと閉じる。


 コンベアの上で、赤い目がこちらを見上げていた光景が脳裏に焼きついて離れない。


 ――破棄、拒否。


「お前が拒否ってんのに、

 俺が“はいそうですか”って捨てたら、何のために拾ったんだよ」


 独り言に返事はない。


 しばらく膝を抱えたまま固まっていたが、やがてゆっくりと立ち上がった。


「もう一回だけだ。

 ……“もう一回”が何回目かは、数えない方向でいく」


 電源ユニットのカバーを開け、今度は慎重に電圧メーターをあてる。

 バッテリーはかろうじて反応を返した。

 コンデンサのひとつが怪しい音を立てているが、爆発しなければセーフだ。


「お前さ」


 焦げ跡だらけの胸部パネルを指でこつんと叩く。


「どうせなら、もっと諦めのいいバグでいてくれりゃ良かったんだよ。

 “破棄上等”ぐらい言う性格なら、俺も気兼ねなく捨てられた」


 アイドールは黙っている。

 代わりに、天井の蛍光灯がじり、と鳴いた。


「破棄拒否って言ったのは、お前だ。

 拾ったのは……まぁ、俺だ。

 ここまでやって動かなかったら、その時は、ちゃんと捨ててやる」


 そう言い聞かせながらも、自分で自分の言葉を信じていないことくらい、本人が一番よくわかっていた。


「ラストチャレンジな。……ラスト、だからな?」


 誰にともなく宣言して、電源ラインを繋ぐ。


 数秒の沈黙。

 ブレーカーのスイッチに伸びた手に、じんわり汗がにじんだ。


 ――カチ、とリレー音がした。


「……起動。

 システム、再構成。

 ――環境、不明。所有者情報……未登録」


 処分場で聞いたノイズ混じりの声とは、明らかに違う。

 先ほどまで必死に繋ぎ直していたスピーカーが、きちんと仕事をしているらしい。


 右目の光が、また浩一を捕らえる。


「よう」


 浩一は、思ったより掠れた声で言った。


「しつこい映像屋の執念ってやつだ。

 新居の住み心地はどうだ、元・ゴミ山」


「環境解析中。

 温度安定。危険因子、検出されず。

 ……“新居”の定義が、システム辞書に存在しません」


「そりゃ悪かったな。辞書にない言葉で話すのが人間様の悪い癖だ」


 苦笑しながら立ち上がり、部屋の隅の古い冷蔵庫からペットボトルの水を取り出す。

 必要もないのに一口飲んで、喉を潤した。


「所有者情報ってのが、さっき出てたな」


「はい。私――IDoll-39の所有者情報は、現在未登録です。

 登録を希望する場合は、オーナーコードの入力が――」


「やめろ、その“所有者”って呼び方」


 浩一は、眉をひそめた。


「家電かペットみてぇで、こっちまで安物に見えてくる」


「事実として、私は家具と同じ分類です」


「そういう事実は、わざわざ口に出さなくていいんだよ」


 肩をすくめて、アイドール――三九番の方へ向き直る。


「……まぁ、とりあえずだ」


 指先で胸のプレートを軽く叩く。焦げ跡の中の文字が、赤いセンサーライトに照らされる。


「ナンバー……39。英表記でサーティーナイン。

 略すと……」


 舌の上で、数字を転がす。


「さんきゅー。サンキュー、ね」


「“Thank you”。感謝の意。

 IDナンバーと英単語に相関はありません」


「いいんだよ、相関ぐらい人間が勝手につけたって」


 浩一は、ふっと笑った。


「……感謝されるどころか、半分スクラップで捨てられてたくせにな。

 縁起でもねぇ番号つけやがって」


「私は、縁起の概念を理解していません」


「なら、今から教えてやる」


 しゃがみ込み、右目のレンズと視線を合わせる。


「サンキュー、サンキュー……

 “サキ”でいいか」


「サキ……?」


「おう。三九から“ン”抜いたサービス版だ。

 “ありがとう”を全部背負わせるほど、

 俺はお前に恩売った覚えもねぇしな」


「意味不明です」


「意味は、これからつけりゃいい」


 そう言って、浩一はコンソール端末を引き寄せる。

 所有者情報の入力欄を適当に流し、識別名の欄に、新しい名前を打ち込んだ。


 ――Saki。


 保存ボタンを押すと、アイドールの内部で小さな電子音が鳴る。


「識別名、更新。

 IDoll-39――識別名、《サキ》。

 ……了解しました。私の識別名は、サキ」


 さっきまで機械的だった声が、ほんのわずかに、

 柔らかく聞こえたような気がした。


 錯覚だろう。

 そう思いながらも、浩一は、なぜか胸のどこかが少し軽くなるのを感じる。


「よし。じゃあサキ。

 今日からお前は、ナンバーでもゴミでもなく――」


 そこで、言葉を切る。


 “なんだ”と続けるか、一瞬だけ迷う。

 アイドル、と呼ぶには、お粗末すぎる見た目だ。

 ヒロインと呼ぶには、あまりにこの部屋は狭い。


「……とりあえず、俺のところの“居候”だ」


「“居候”……?」


「辞書にないとか言うなよ。面倒だから」


「検索……非公式スラング。

 “その家・場所に、正式な契約関係なく居ついている者”」


「そのまんまだな」


 浩一は自分で言った言葉に、少しだけ苦笑した。


 居候か。

 映像屋とスクラップ上がりのアイドール。


 ろくでもない世帯だ。


「……で、どうするかな」


 立ち上がって、モニターのひとつをつける。

 ニュースサイトと、配信プラットフォームのトップ画面が並んだ。


 ドールアイドルの新曲。

 バイオコアシリーズのCM。

 犯罪統計の右肩下がりグラフ。

 “MIDORIONグループ会長・御堂錬司インタビュー”のサムネイル。


 どいつもこいつも、綺麗に並んでいる。


 スクロールしていくと、派手なバナー広告が目に飛び込んできた。


 《新番組始動! I Doll This Game》


 《世界一“愛される”I Dollを、あなたの“I(愛)”が決める――》


 カウントダウンの数字とともに、

 中空に立つアイドールたちのシルエット。


 センターには、見覚えのあるシルエットがいた。

 世界中で流れまくっているCMで、嫌でも見た顔。


「……IDoll-B01、レイ」


 サキが、ぼんやりと画面を見て呟く。


「世界で一番、愛されているドール。

 検索結果、該当件数……約四十八億」


「物騒な人気だな、おい」


 浩一は鼻を鳴らす。


 視線をバナーの下へ滑らせる。

 そこには、小さく参加者募集の要項が載っていた。


 《参加資格:人間/ドール問わず》

 《型落ち・不良品・非公式モデルも歓迎》

 《優勝者には、多額の賞金と、人格権付与の可能性》


「……は」


 思わず、声がこぼれた。


 不良品歓迎。人格権付与の可能性。

 綺麗なフォントで書かれた、それらの文字。


「お前ら……クソだな」


 笑いながら、浩一は画面を指で弾く。


 クソだ。

 そして――


「……ちょうどいい」


 背後で、サキの右目がわずかに光る。


「“ちょうどいい”……?」


「こっちも借金あるしな。

 お前のメンテ代も、ただじゃない」


 ソファ代わりの機材ラックにどさっと腰を下ろし、

 咥え損ねた煙草をまた指先で弄ぶ。


「勝てば全部丸く収まる。

 俺の懐も、お前のボロボロのフレームも」


「……勝つ前提なのですね」


「負ける前提で出すバカがどこにいる」


 そう言う自分の声が、思ったより軽いことに、浩一自身が驚いていた。


 スクラップ上がりの居候と、落ちぶれ映像屋。

 世界一クソッタレなショーに、飛び込むには、悪くないコンビだ。


「……P」


 ふいに、サキが呼びかける。


「なんだ」


「あなたの職業は、“プロデューサー”に分類されるのですか」


「は? 誰がだよ」


「映像を作り、演者を選び、構成を組んでいる。

 一般的な定義に近似しています」


「勝手に分類すんな。……ま、呼びたきゃ勝手に呼べ」


「了解しました、P」


「……はあ」


 ため息混じりに頭をかく。


 プロデューサー。

 そんな大層なもんじゃない。

 そう思いながらも、妙に悪くない響きだと感じてしまった自分が、少し癪だった。


 モニターの中で、「I Doll This Game」のバナーがまた点滅する。


 世界で一番愛されるドールを、あなたの“I”が決める。


 ――その地獄の入り口に、今まさに足をかけようとしていることを、

 この瞬間の彼らは、まだ知らない。


 ただ一体のスクラップと、一人のしがない映像屋がいるだけの、

 狭い部屋の中で。


 新しい“I Doll”の物語が、静かに始まりかけていた。

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