6 招待状の行方
おばあさんに招かれてから、三日が経っていた。
馬車でいつものように、一人で学園へ行くとレインが待ち構えていた。
そして、勢いよく私に突撃してくる。
「大変なの! リッチモンド公爵家が、我が家に招待状を送ってきたわ!」
「へえ? すごいじゃない」
「これ、きっと雑貨屋のおばあさんの招待じゃないかしら?」
「違うわよ。私の家には届いてないもの」
「家に帰ったら確かめてみて。リアにも来てると思うの。だって我が家なんて、公爵家とは無縁よ? ほかに思い当たることなんてないわ」
──そういえば、マーベリーが名家に招かれたって言っていた。
もしかしたら、それもリッチモンド公爵家なのかもしれない。
「家に帰ったら聞いてみるわ。多分、私は関係ないと思うけど」
「ねぇ、放課後に雑貨屋へ行きましょうよ。おばあさんに聞くのが早いわ」
レインの提案にうなずいて、放課後、私たちは雑貨屋へ向かうことにした。
リッチモンド公爵家──メルキオから聞いたことがある。
国一番の大富豪で、取引先としても特別な存在だと。
◆◆◆
雑貨屋に着くと、おばあさんは留守で、代わりにお兄さんがいた。
「いらっしゃい」
「ねえ、おばあさんって、リッチモンド公爵家の人なの?」
小声で、レインが単刀直入に聞いた。
「ああ、招待状が届いたんだね。そうだよ」
お兄さんは、あっさりと答えた。
「やっぱり! じゃあ、リアにも届いてるはずよね?」
「そのはずだよ。オーレリア嬢は、大切な賓客だから」
「私が賓客? おばあさんは、どういう方なの?」
「うーん、公爵家の人。それだけ」
「お兄さんも公爵家の方なの?」
「僕は違うよ」
何度も顔を合わせているのに、名前を知らなかったことに気づく。
「あなたの名前を、教えてもらえませんか?」
「僕はジーク。やっとオーレリア嬢に興味を持ってもらえた」
ジークは少し茶目っ気のある笑みを浮かべた。
どこかで聞いた名前だと思ったけれど、思い出せなかった。
「彼氏とは仲直りした?」
「え? いいえ。もう、あの人とは元には戻れません」
メルキオとは決別した。
ティオラに振り回されるのも、もうごめん。
何より、彼はあの日、はっきりとティオラを選んだのだ。
「そうか。じゃあ、僕が立候補してもいいかな?」
「ご冗談を……」
同時にレインが勢いよく叫んだ。
「その髭、剃ってから出直しなさいよ! リアは可愛いのが好きなの。お兄さんは却下!」
「そうか、出直すとするよ」
ジークは苦笑しながら頬をさすった。
レインに腕を引っ張られて、店を出る。
「まさか、あの男。リアに目をつけてたなんて。油断ならないわね」
「揶揄われただけよ。それより、帰って招待状を確かめてみるわ」
「パーティは二週間後よ。ドレスも用意しなきゃ。お父さんも混乱して、我が家はもう大騒ぎなの!」
きっと、我が家にも招待状は届いているはず。
でも、父がそれを私に知らせるかどうか──それが問題だった。
家に戻ると、私は真っすぐ父の部屋へ向かった。
早く確かめなければ気が済まなかった。
「失礼します」
ノックして扉を開けると、父が書類から顔を上げた。
「どうしたんだ?」
「リッチモンド公爵家から、招待状が届いたと思うのですけど」
「ああ、それなら──間違いがあったようでな。今、公爵家に確認しているところだ」
「……間違い?」
「ああ。お前宛てに届いたが、ティオラと間違えたんだろうと、お祖父さまが言ってね」
「それ、私に届いたんです!」
思わず声が上ずる。
「なんでお前が公爵家から招待されるんだ?」
「行きつけのお店で、公爵家のおばあ様と親しくなったんです。それで──」
けれど、父は眉をひそめて、ゆっくりと首を振った。
「ティオラに譲っておきなさい。お祖父様はお前を行かせないだろう」
「お父様まで……私のこと、『恥』だと思っているの? そんなに皆、私が憎いの?」
「そうじゃない。ただ……お祖父様には逆らえんのだ」
父の声は弱々しかった。
――分かっていた。
婿養子の父には、祖父に逆らう力などない。
訴えても、届かないのだと。
廊下に出ると、そこにはティオラが待っていた。
完璧な笑顔で、まるでこの瞬間を待っていたように。
「演奏に参加するから、リッチモンド公爵家の招待は不要なんだけど──メルキオも招かれているの。せっかくだから彼のパートナーとして出席しようと思って」
柔らかく笑いながら、酷いことを言う。
「私が招待されたのよ? それを奪うなんて、恥ずかしくないの?」
「『恥』はリアのほうでしょう?」
ティオラは軽く笑って言い放った。
「メルキオだって私と一緒のほうが喜ぶわ。彼のためにも、諦めなさいよ」
私の返事など待たず、彼女はくるりと踵を返した。
その背中を見つめながら、うまく言い返せない自分が情けなくなる。
――いつだって、私は敗者。
でも、招待はあのおばあさんの気持ち。
それを踏みにじるような真似、したくなかった。
後で、必死に祖父に訴えたけれど、「公爵家は訂正してきたぞ。お前は引っ込んでいろ」と一蹴された。
結局、ティオラが堂々と招待状を受け取った。
翌日、ティオラはマーベリーと楽しそうにドレスを選びに出かけた。
私はただ、窓越しにその姿を見送ることしかできなかった。
読んでいただいて、ありがとうございました。




