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さよなら初恋。私をふったあなたが、後悔するまで  作者: ミカン♬


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5/12

5 ご招待

 授業が終わるなり、レインが私の手を引っ張った。

「ちょ、レイン? どうしたの?」

「いいから、早く!」


 そのまま勢いで、彼女の馬車に押し込まれる。

 御者に向かって、レインは告げた。

「行き先は雑貨屋よ」


「雑貨屋?」

「奢ってあげる。あそこのチョコレート、好きでしょう?」


「なーに、それ。慰めてくれるつもり?」

「本当はカフェでパフェでも、って思ったけど……お小遣い、もう残りわずかでね。ごめん」


「ふふ、じゃあ遠慮なく、買ってもらおうかな」

「いいわよ。チョコを食べると元気になるって、本に書いてあったの」


 ほんと、優しい親友だ。レインの言葉はいつも私を元気にしてくれる。



 雑貨屋に着くと、奥の椅子に銀髪のおばあさんが座っていた。ふわりとショールを羽織り、柔らかい声で迎えてくれる。

「あら、いらっしゃい」


 先日のプレゼントのお礼を伝えてから、三個入りのチョコレートをカウンターに置いた。


「今日は、絵を見せてくれないの?」

 おばあさんが微笑む。


「ちょっと汚してしまって……」と私は答えたが、

「それでもいいの。見せてちょうだい。いつも楽しみにしてるのよ?」

 そう言われては、断れない。スケッチブックを開いて差し出す。


「これは……ハリネズミね? まあ、可愛らしいわ」


「それを彫るのは難しいかも」

 財布を出しながら、レインが笑った。


「……あら? この辺、滲んでる。泣いたの?」

「少し、嫌なことがあったんです」


「リアの彼氏、最低なんですよ!」

「もう、レイン! 言わないでよ」


 おばあさんは苦笑して、優しい目を私に向ける。

「あらあら。最低な彼氏なんて、別れなさいな。まだ若いんだもの」


「実はもう、別れたんです。あはっ」

 照れ隠しみたいに笑うと、おばあさんの瞳がふと光った気がした。


「別れたの?」

 その声には、妙に力がこもっていた。


 ──思い出す。ずっと前におばあさんから『婚約者はいるの?』と聞かれたことがあった。

『いえ、いません』

『そう、いい人に出会えるといいわね』  あのときはまだ、おばあさんと親しくなかったので、メルキオのことは話さなかった。


「フラれちゃったんです。彼の初恋の人に……私、負けちゃいました」


「まぁ、見る目のない男ね。でも安心しなさい。もっといい人が現れるわ。私が保証する」


 おばあさんはそう言って、ふいに契約書の紙を差し出した。

「ハリネズミちゃん、買い取らせてね。チョコレートはおまけよ」


 ハリネズミの絵をおばあさんに渡して、契約書にサインすると──

 チョコを十個もくれたのでレインと半分こした。


「奢るつもりだったのに」

「ううん。ここに来て、元気出たもの。ありがとう」


 帰り際、おばあさんが微笑んで言った。

「今度、食事にご招待するわ。二人とも来てちょうだいね」

「はい、喜んで!」


 馬車の中でチョコを口に放り込むと、甘さが広がる。

「ねぇ、あのおばあさんのお家に招待されるのかしら? それともお店で?」

 レインが嬉しそうに言う。


「どんなお家かしらね」

 なぜか、私の頭に浮かんだのは、あの店員のお兄さんの優しそうな顔。

 店と同じエプロン姿で、温かな料理を作る姿を想像した。


 きっと私は、今、温もりを求めているんだ。


 馬車が屋敷の門をくぐると、現実が冷たく戻ってくる。

 私を「恥」と呼ぶ、寂しい家。

 チョコレートの甘さが、急に苦く感じられた。



 レインと別れて家に入ると、バイオリンとピアノの音が響いてきた。

 妹のマーベリーは十四歳。けれどもう、バイオリンの名手だ。

 ピアノを弾いているのはティオラだろう。二人はとても仲がいい。


 自室へ向かおうとしたとき、兄のケイナスが声をかけてきた。

「マーベリーが名家に招待されたんだ。バイオリンを披露してほしいって」

「そう、すごいわね」


「一人じゃ不安だからって、私とティオラも参加して三重奏を披露するんだ」

「お兄様はチェロ?」


「ああ。お前も何か楽器を弾けたらよかったのにな」

「不器用でごめんなさい」


 そう言うと兄は肩をすくめ、妹たちのもとへ去って行く。


 私も昔、楽器を習っていた。簡単な曲なら、ピアノで弾ける。

 でも、興味がなかった。

 ピアノに触れるより、絵を描くほうがずっと好きだった。


 それならと絵の先生をつけられたけれど、描きたいジャンルが違った。

『凡人ですね』と先生に言われてしまった。


 そのあともいろいろ試されたけど、どれも凡人扱い。

 だから家族は、私に興味をなくしていった。


 好きな絵を描ければそれでよかった。なのにお祖父様は「恥」と、うるさい。


 悲しいけれど、絵に対して敬意を持つお祖父様には、私がどうしても気に入らないのだ。



読んでいただいて、ありがとうございました。


驕る→奢る 訂正しました。誤字報告ありがとうございました!

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