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さよなら初恋。私をふったあなたが、後悔するまで  作者: ミカン♬


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4/12

4 別れ

 翌朝、早めにメルキオの馬車が迎えに来た。

 この一年、ティオラは別の馬車で。私と彼は二人っきりで、ほぼ毎日一緒に登下校していた。


 いつも他愛ない話をして、笑って。そんな日々が続くと思っていた。

 最近は、卒業後の話をすることも増えていた。


 メルキオの実家――サーカズ伯爵家は貿易商を営んでいる。

 彼はその跡取り息子で、私は彼の隣で家業を支えるつもりだった。


 私は不器用だけれど、勉強は嫌いじゃない。計算も得意だし、外国語も話せる。

 彼の力になれると思っていた。……本気で。



 ──けれど、今朝のメルキオはどこか落ち着かず、迷っているように見えた。


 少し沈黙が続いたあと、彼はようやく重い口を開いた。


「卒業まで残り半年だね。それでリアに相談があるんだけど」

「なにかしら?」


「昨日、君のお祖父様にも頼まれたんだけど……」

「ティオラの事でしょう?」

「う、うん」


 やっぱり。

 マーキス様との婚約を解消してから、ティオラはずっとお祖父様に縋っていた。


『親しく話しかけてきたのはジークス様よ? 無視できなかったの、だってマーキスのお兄様だもの』

『誘惑なんて誤解なの。私はマーキスを愛してたわ。信じてお祖父様!』


 毎日泣きながら、そんなふうに訴えていた。

 けれど、誤解で婚約が破棄されるなんてあり得ない。

 ティオラの行動は、侯爵家を怒らせるほど明らかだったんだ。


 私の家族は、彼女を田舎の領地に戻すよう提案した。

 ──けれど、お祖父様は頑なに拒んだ。ティオラを信じたまま。


 そして、その盲信に似た優しさを、メルキオも抱いていた。


「学園で悪口を言われているみたいで不安なんだって。だから僕に守って欲しいって頼まれたんだ」


 想像はつく。侯爵家との縁談が破談になれば、噂が立つのも当然。


「そう。それでどうするの?」


「半年だけ、ティオラの恋人になっていいかな?」

「私と別れるの?」


「違う、違う。偽装だよ。卒業するまでの……」

「違わないわ、私と別れたいって、はっきり言えばどう?」


「全然違うよ! 僕は卒業したらリアと結婚する、それは間違いないよ!」

「メルキオ……恋人のフリは、別に貴方じゃなくてもいいじゃない。私がいるのに」


「そうだけど……少しの間、君が我慢してくれればいいだけの話じゃないか」

「次は私が噂されるわ。あなたに振られたんだって」


「リアは強いから大丈夫でしょう? ほら、ティオラは繊細だから」


 ──ああ、この人は、私が我慢するのが当たり前だと思っている。

 彼の初恋の相手がティオラだったことも、ずっと黙って見逃してきたから。


「ねぇ、いっそ本物の恋人になっちゃえば? 正式にティオラと婚約したいってお祖父様に言えば、今なら認めてくれるわよ?」


 私がそう言うと、メルキオの瞳が揺れた。

「いや、僕は……」


 その言い淀む姿に、もう昔のような純粋なメルキオはいなかった。


「はっきり決めて。私とティオラ、どっちを選ぶの?」


 答えなんて、とうに分かっていたのに。

 それでも、私はそう尋ねてしまった。


 そして、彼は――


「ごめん、今だけだから!」

 曖昧な言葉で、ティオラを選んだ。




 その後、二人の噂はあっという間に学園中へ広がった。


 ティオラは、まるで当然のようにメルキオの隣で微笑んでいる。

 そして、メルキオも――幸せそうだった。


 新しい話題に人々は群がり、「婚約が解消になったのは、メルキオがティオラを略奪したから」なんて話まで広まった。


 私は――フラれた可哀そうな女として、噂の中心に残された。




「酷いわね。メルキオの奴、見損なったわ!」

 怒りを隠さず言ったのは、親友のレインだった。


「もういいの。フラれたのは本当だもの」

「私は別れて正解だと思うわよ?『今だけ恋人になりたい~』とか、夢見てんじゃないの? アイツ」


「そうよ夢見てるのよ、彼は。目覚めた時に痛い目に遭うはずよ」

 そう言って、私は無理やり笑った。


 午後の美術室。

 私は色鉛筆を手に一心不乱に絵を描いていた。


 色を重ねれば、心のざらつきも塗りつぶせる。

 頭の中を空っぽにしたかった。


 けれど、窓の外から流れてくるピアノの音に、心が揺れる。

 

 ――「君が我慢してくれればいいだけの話じゃないか」

 胸の奥が、また痛んだ。


 私はズルい人間なのかもしれない。

 ほんの小さな傷を、いつまでも抱えて、彼を縛りつけていた。

 そんな負い目があったから、彼には強く言えなかった。


「リア……泣かないで」

「え?」


 気づけば、スケッチブックの上に涙がいくつも落ちていた。



読んでいただいて、ありがとうございました。

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