11 さよなら初恋
ティオラが起こした騒ぎの後始末を、リッチモンド公爵家は驚くほど素早く処理してくれた。
「悪い噂が流れないように手配して。両家にはすぐに抗議書を。リアが危害を受ける可能性があるから、ティオラ嬢とマイケント伯爵家のご老人から遠ざける為に、オーレリアは公爵家で保護します!」
雑貨屋でいつも穏やかだったおばあ様が、リッチモンド公爵夫人の顔に戻り、きっぱりと指示を出す。
「もうちょっとで、私も参戦するところだったわ!」
レインはまだ怒りが収まらない様子だ。
「あれ以上、騒ぎが大きくならなくて良かった」
マーキス様が苦笑しながらレインを宥める。
「ご迷惑をおかけしてすみません」
私は冷や汗が止まらなかった。
ティオラは私の従姉妹で、メルキオは元カレなのだから。
「リアが謝ることないよ」
ジークが私の肩をそっと抱いてくれる。
「その通りよ。落ち着くまではここにいなさいね。リアはもう、私の孫同然なんだから」
おばあ様は、私とジークに優しく微笑んだ。
「ありがとうございます」
私は深く頭を下げ、公爵家でしばらくお世話になることになった。
***
──翌日。
父と兄が、慌てたようにリッチモンド公爵家へやって来た。
「この度は、本当に申し訳ございませんでした」
何度も頭を下げるその姿が、なんとも情けなく見えた。
二人の疲れ切った顔。きっと家では大騒動になったのだろう。
家族が私を直接いじめたわけではない。
ただ、祖父に「恥」と叱られても知らぬ振りで、誰も庇ってくれなかっただけ。
それに、ティオラを持ち上げ、私を遠ざけていたのも事実だ。
「祖父は領地に帰します。王都には戻しません」
兄が淡々と報告する。祖父は母のいる領地で監視下に置かれるらしい。
「ティオラは医療施設にいれます。家には戻しません」
ティオラの異常な行動が、精神の不調によるものだと判断されたようだ。
──マイケント伯爵家の“妖精姫”。そんなもの、最初から存在しなかった。
昨日見せたあの姿こそ、彼女の本性。
「だから安心して戻って来なさい、リア」
父の声は弱々しく響いた。
「いいえ、当分こちらで保護します」
おばあ様の一言で、父と兄はそのまま帰るしかなかった。
***
──その次に現れたのは、サーカズ伯爵とメルキオ親子。
「この度はご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございませんでした」
メルキオの頬には、殴られた跡があった。同情はしない。彼が招いた結果だから。
「てっきりオーレリア嬢をエスコートしたものだと思っていました。まさか、こんなことになっているとは、申し訳ございません」
サーカズ伯爵は額の汗を拭いながら頭を下げた。
「貴方のご子息は、もうオーレリアとは無関係です。正式に婚約していたわけでもありません」
おばあ様の言葉は冷静で、きっぱりとメルキオを突き放した。
「そうですが、二人は幼いころから仲が良くて……」
伯爵が言いかけると、
「でもご子息は、ティオラ嬢との仲の方が、良いみたいですね」
おばあ様が静かに切り捨てた。
──婚約が伸びていた理由。それは、私がマイケント伯爵家で冷遇されていたから。
伯爵も、きっと内心では“妖精姫”と呼ばれたティオラの方を望んでいたのだ。
サーカズ伯爵は、黙って俯くしかなかった。
重い沈黙の中、急にメルキオが顔を上げ、私に向かって訴えかけてきた。
「リア、僕達約束したよね? 僕の気持ちは変わってないよ!」
そんな言葉、もう私の胸には響かない。
「僕は君を愛してる。君だって僕を愛してくれていたよね? その気持ちを、思い出してよ!」
隣のジークが私の手を握った。私も握り返す。
本当はこの親子と会いたくなかった。
でも私がここにいる理由はただ一つ、メルキオと決着をつける為。
「何度思い返しても、貴方が私を『愛してる』と言ったのは、今日が初めてよ」
「言わなくても……気持ちは通じ合ってたよね?」
「そうかもしれない。――あの日までは。でも、あなたが私を振ったのよ」
「あれは偽装で……」
「いいえ。あの時が、私たちの分かれ道だった。もう後戻りはできないわ。私は新たな道を行くわ」
私の気持ちは揺らがない。
メルキオは肩を落とした。
「そうか……もうだめなんだね。きっと僕は一生後悔し続ける……」
「やめて! あなたの思い出に私を残さないで。あなたにも、新しい道を進んでほしい」
その瞬間、私の手を握るジークの手に力がこもった。
私のすべてを支えるように。
「リアはもう僕のリアだ。誰にも渡さない」
ジークの言葉に、メルキオは唇を開きかけて、結局、何も言えなかった。
目の奥に浮かんだ後悔が、痛いほど伝わってくる。
そして肩を落としたまま、父親に促されて扉の向こうへ。
──さようなら、メルキオ。私の初恋。
私は決して振り返らない。
読んでいただいて、ありがとうございました。




