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さよなら初恋。私をふったあなたが、後悔するまで  作者: ミカン♬


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10/12

10 ティオラ視点

 

 ピアノの旋律が、まるで頭に入ってこなかった。

 

 ──憧れのジークス様。

 本当は、彼との縁談が最初に持ち上がったのはオーレリアだった。


 でも、彼女には恋人がいた。

 だから私はお祖父様にお願いして、代わりに私を勧めてもらったのだ。


 けれど、ジークス様に断られ、代わりに婚約を申し込んできたのは弟のマーキスだった。


 マーキスも悪くはなかった。優しいし、家柄も申し分ない。

 けど……やっぱりジークス様の方が、私の理想そのものだった。


 隙を見つけては近づいてみたけど、彼は一年経っても私に見向きもしなかった。


『本当に好きなのはジークス様、あなたなんです』

 思い切って打ち明けたその日、マーキスとの婚約はあっさり破棄された。


 ──まさか、本当にオーレリアが好きなの?

 あんな平凡で、どこにでもいるような子なのに。



 数度のミスを重ね、私の演奏は最悪の出来で終わった。

 マーベリーは怒って席を立ち、ケイラスも「どうしたんだ? あんなに練習したのに」と顔をしかめる。


「体調が悪かったの」

 そう言い訳して、私はメルキオを探した。


 ──演奏前、何があったのよ? あの二人、どうしてあんなに親しそうなの?


 ようやく見つけたメルキオに問い詰めると、信じられない答えが返ってきた。


「リッチモンド夫人の事業パートナー? リアが?」

「そうだよ。店を任されるってさ」


「じゃあ、ジークス様は?」

「リアを口説いてる最中だって!」


「うそ……」

「僕だって信じられないよ!」


 メルキオの情けない顔に、怒りが込み上げた。


「それでいいの? リアを奪われて、黙ってるつもり?」

「よくないよ!」


「なら、取り返すのよ。行きましょう!」

 そう言って踵を返した瞬間、腕を掴まれた。


「父上に言われてるんだ。問題を起こすなって。リアとは後で話す」


「ここでじゃなきゃ意味がないのよ! 大勢の前で、リアが裏切り者だと見せつけてやるの!」


「だめだ!」


 メルキオの制止を振り払うように、私はテーブルのグラスを手にし、彼の顔に水をぶっかけた。


「わっ!」


 彼がひるんだ隙に、私は腕を振りほどき、ドレスの裾を掴んで走り出した。

 ――ジークス様のもとへ。



「リア!」

 大きな声で呼んだ瞬間、会場のざわめきが止まった。


 リアが振り向く。その肩を、ジークス様がそっと抱き寄せる。まるで庇うように。


 周囲の視線が一斉にこちらへ集まる。

 ──今よ。


「メルキオがいるのに何をやってるの? 偽装だって知ってるでしょう? この浮気者!」


 リアはいつものように黙り込むと思った。

 けれど、今日の彼女は違った。


「ティオラ、私たちは別れたわ」


 ……生意気に……言い返してきた?


「う、うそ言わないで! ジークス様、騙されないで!」


 そう叫んだ私を無視して、ジークス様はリアをさらに抱き寄せた。

 いやだ、そんなの見たくない!


「僕はリアを信じるよ。愛してるからね」

「ジーク……」


「一度は君を諦めた。でも、そばにいたくて雑貨屋でバイトをしていたんだ。ずっと君を見てた」

「ええ、そう話してくれたわね」


「リアが好きだ。愛してるんだ」

「ジーク……あなたの隣は温かくて、優しくて、私も貴方が好きよ」


 ――やめて!

 何よこの茶番は!


「メルキオを捨てるの? 彼が可哀そうよ、リアの浮気者!」


「浮気をしたのはメルキオよ。ティオラ、貴方を選んだのよ」


 私は唇を噛んだ。

 どう言えば二人を引き離せる? 焦りで頭が真っ白になる。


 そんな時だった。


「君が言えるのかな? 浮気者だなんて」


 低い声が背後から響く。

 振り返ると、そこにはマーキスが立っていた。


「兄を好きだって言ったよね。僕という婚約者がいながら」

「わ、私は浮気者ではないわ! 初めからジークス様が好きだったのよ!」


「僕との婚約も偽装だったのか。本当に君は嘘ばかりだな」

「ち、違う……」


「ティオラ!」

 メルキオがようやく駆けつけてきた。


「貴方もリアに言ってやって!」


「お騒がせしてすみません。連れて帰ります」

 メルキオは頭を下げ、私の腕を掴んで引き寄せた。


「謝罪だけでは済まない。君たちの家には抗議書を送るよ」


 ジークス様の冷たい声に、メルキオの肩がびくりと揺れる。

 私は抵抗したが、そのまま屋敷の外へ連れ出された。


「何てことしてくれたんだ!」

「あなたのためにやったのよ!」


 馬車の中は重苦しい空気に包まれる。

 私は爪を噛み、指先がボロボロになっていた。


 向かいに座るメルキオは頭を抱え、かすれた声で呟く。


「あの日、リアを選ぶべきだったんだ。僕は馬鹿だ……」


 ――そうよ。馬鹿だから、こうなったのよ。

 私は悪くない。悪いのは全部、あなたたち。



 屋敷に戻ると、マーベリーとケイナスが待ち構えていた。


「ティオラ、私の演奏会を台無しにしてくれたわね!」

「初めから一人でやればよかったのよ。私は具合が悪くなったの、仕方ないでしょう?」


「まだリアに頼んだ方がマシだったんじゃないか?」

 ケイナスが鼻で笑う。


「馬鹿な兄妹ね。結局リアが一番の玉の輿。あんたたちなんてクズよ」


「なんですって!」

「待てよ!」


 二人の声を背に、私はヒールを鳴らして階段を上った。


 後のことなんて、どうでもいい。

 お祖父様が全部なんとかしてくれるわ。


 ──私は悪くない。何も、悪くないのよ。



読んでいただいて、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
まぁ、爺がこの女を調子に乗らせた元凶であるのは間違いない。
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