1オーレリア
私はオーレリア・マイケント。マイケント伯爵家の長女。
みんなからは「リア」って呼ばれている。
──今、王都学園の中庭で泣いているのは、私の従姉妹ティオラ。十七歳。同い年だ。
そして、その涙に右往左往しているのが……私の婚約者(予定)のメルキオ。
まだ正式な婚約ではないけれど、幼い頃から「二人は将来結ばれる」と決まっていた。
「彼女……あざといわね」
背後で親友のレインが、冷静に呟いた。
ティオラはハンカチを取り出すこともせず、わざとらしく大粒の涙をこぼす。
そして、メルキオが差し出したハンカチで、ゆっくりと目元を拭った。
──まるで舞台の一幕みたい。
彼女は少し前に婚約を解消されて、三日間も学園を休んでいた。
そして今朝、私とメルキオを見つけるなり泣きついてきたのだ。
「ねぇ、リア。私、何も悪いことしてないのよ? 酷いと思わない?」
私は知っている。
ティオラの元婚約者は、ガルシオ侯爵家の次男マーキス。
けれど彼女は、その兄ジークスを誘惑しようとした。
結果──「節操がない」と非難され、婚約は白紙になった。
けれど、これはマイケント一族の恥。表向きは「性格の不一致」で済ませている。
「ティオラなら、またすぐ素敵な婚約者が見つかるわよ」
心にもないことを言って、私は彼女の肩を軽く叩いた。
正直、馬鹿だと思う。
侯爵夫人になれるチャンスを、自分から捨てたんだから。
そんな私の複雑な胸中も知らずに、メルキオは優しくティオラの背をなでている。
「泣かないで。リアの言う通りだよ」
「くすん……優しいのね、メルキオ。あなたが婚約者だったら良かったのに」
「ティオラ……」
メルキオの頬が、ほんのり赤く染まる。
──そう。彼が本当に好きなのは、私じゃなくティオラなのだ。
「そろそろ予鈴が鳴るわよ。メルキオ、ティオラをお願いね」
「分かった。行こうか、ティオラ」
二人は同じクラス。ティオラを支えるようにして、メルキオは振り返りもせずに去っていった。
「……いいの?」
レインが小声で尋ねる。
「うん。昔から、ああだもの。今さら何も思わないわ」
一年前、ティオラに婚約が決まったとき、私は正直ホッとした。
これでメルキオも諦めるだろうって。
でも──また、あの不安な日々が戻ってきた。
マイケント伯爵家の“妖精姫”。そう呼ばれるティオラは、本当に美しい。
波打つ金の髪、エメラルドの瞳、儚げな微笑み。まるで絵画の中から抜け出したようだ。
……私も同じ血を引いているのに、どこか違う。
顔立ちは似ている。でも、全体的に地味。華がない。
「メルキオって優しいけど、リアには合わない気がするわ。ティオラにあげちゃえば?」
レインが冗談めかして笑う。
「それは無理」
即答した。
メルキオは小麦色の巻き毛に、くりくりした青い瞳。
少し子どもっぽいけど、どこか放っておけない。
──そう、私は昔から“可愛いもの”が好き。
だから、メルキオを好きなのも……仕方ないのかもしれない。
読んで頂いてありがとうございました。
★補足:ティオラは王都の学園に通うため、祖父が預かっている孫。ティオラの両親はヒロインの母親が統治する領地で暮らしています。養子ではありません。
★補足:全ての嫡出子が爵位を受け継ぎ、次男でも爵位を名乗れる、緩い世界です。




