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2-3(戦場の恋).

 ゲナウ帝国とマルマイン王国間の緊張はピークに達し、両国騎士団が国境付近に集結するという状態になった。ジェズアルド王は、マルマイン王国に攻め込まない条件として、ミスリル鉱山権益に関してマルマイン王国が絶対に飲めない不平等な契約を結ぶことを求めた。それは、マルマイン王国のブラックロック侯爵領にある鉱山の権益に関するものだ。そこは歴史的にも両国が領有を争ってきた地域だ。さらに歴史を遡れば鉱山が発見されるまではなんの価値もないと思われていた場所だ。当然のようにマルマイン王国はその条件を突っぱねた。マルマイン人は誇り高き民族だ。


 そして今、カイルベルトは100人ほどの精鋭を率いてザナル山脈の東の裾を回り込むようにマルマイン王国へ迫っていた。


 まさか、こんな場所に騎士団が通れるようなルートがあるとは・・・。


 まあ、道なき道を行くという感じなのだが・・・。それでもこれだけの騎士団が通れるという事実がある。


  このルート以外、周りは峻厳な山や崖に囲まれて騎士団が通り抜けることは不可能だ。普通では・・・少なくとも帝国の者がこのルートに気付くことは決してできなかっただろう。

 空は曇っており、そうでなくても木々が空からの光を遮っているので辺りは暗い。まるでカイルベルトの心のようだ。空気もひんやりとしている。ときどき獣や鳥の鳴き声が遠くから聞こえる以外には、カイルベルトたちが枯れ葉や下草を踏んで歩く音がするだけだ。とても戦争の前とは思えない静かさだ。


 セリアすまない・・・。


 この先にはセリアが数十騎のアルストン辺境伯の騎士を率いてゲナウ帝国を攻めるため集合しているはずだ。


 カイルベルトがそれを知っているのは、二週間ほど前にアルストン辺境伯の屋敷でこの計画をカイルベルト自身が盗み聞きしたからだ。何度もアルストン辺境伯の屋敷に通ったかいがあって、カイルベルトは耳を押し当てると辺境伯の執務室の声が聞き取りやすい壁を発見していた。それによりカイルベルトはアルストン辺境伯とセリアの会話を聞くことができた。

 不用心だが今までこんなことをする者はいなかっただろうから、一概にセリアたちを責めることはできない。しかも辺境伯はカイルベルトのことをぼんくら王子と思って油断していたのだ。それどころか辺境伯のほうもカイルベルトから帝国の内情を聞き出そうとしていたのだからお互い様だ。 


 カイルベルトは今、愛するセリアと戦うために歩みを進めている。


 カイルベルトが盗み聞きしたアルストン辺境伯の作戦は、ゲナウ帝国に攻められた場合、本隊とは別にセリア率いる少数の精鋭部隊が、今正にカイルベルトが通っているルートでゲナウ帝国騎士団の背後を突くというものだった。最初、アルストン辺境伯はセリアが危険だと言って反対していた。辺境伯の声が自然と大きくなったのでカイルベルトにもよく聞こえた。それでもセリアは騎士団の人数で圧倒的劣るマルマイン王国がデナウ帝国の侵攻を食い止めるためにはこれしかないと引かず、最後は辺境伯に納得させた。


 やはり、セリアは勇敢だ。できればセリアは殺さずに捕虜にしたい。だからカイルベルト自身がこの部隊を率いる司令官に志願した。父であるジェズアルド王はカイルベルトが前線に立つことに反対した。無理もない。ただの前線ではなく秘密部隊なのだから・・・。しかしカイルベルトは自身でセリアの命だけは守りたかったし、ジェズアルド王はジェズアルド王でここまできたら長男と三男に比べてやや影が薄い次男に手柄を立てさせてやりたいという気持ちが働いた結果、カイルベルトは今ここにいる。

 

 セリアだけはどうしても助けたい・・・。ここまできても、やっぱり僕は甘いなと、カイルベルトは思っていた。


「カイルベルト様、そろそろです」


 副官が注意を促した。副官の声にカイルベルトは一層足取りが重たくなるのを感じた。


 あれだ!


 山裾から少し開けた場所に予想通りマルマイン王国の騎士が集合していた。


 だが・・・。


 それは予想と違って数十騎どころか百を優に超えていた・・・。


「カイルベルト様、後ろにも」


 い、いつの間に・・・。





★★★





「そうか、誘われていたのは僕のほうだったのか・・・」


 捕虜として捉えられたカイルベルトは放心状態で呟いた。


「カイル様、ごめんなさい」


 セリアは日頃のハキハキした様子とは違って、カイルベルトのほうを真っ直ぐに見るのも辛い様子だ。


「カイル様、戦場ではとても駆け引きが大切なのです。私が女だてらに15歳で戦場に出てからもう7年です。私が女にしては武力に秀でていることは確かですが、それだけでは姫騎士という名声を手に入れることはできませんでしたわ」

「そうか・・・。戦場での駆け引きにも優れていたからこそ・・・か」

「はい」


 最初から、ずっと王宮の温室育ちであるカイルベルトが相手になるはずもなかったのだ。カイルベルトは途中から計画通りに自分に惹かれているセリアに同情さえしていたのに・・・。


「ふ、お笑いだな」

「そんなことはありません。私が普通の貴族令嬢ならカイル様の思った通りになったでしょう」


 セリアは慰めるように言った。そう、セリアは普通の貴族令嬢ではなかった。転生者なのだから。前世での経験も入れればカイルベルトの倍近くの人生経験を積んでいる。


「だが、きみは普通の貴族令嬢ではなかった。男に混じって姫騎士と呼ばれ戦場で活躍しているきみが普通の貴族令嬢であるはずがなかったのに。やっぱり僕は甘い。これではダイカルトに勝てるはずがない」


 カイルベルトは最初にセリアに会ったときのことを思い出す。


 最初にセリアを見たとき、美人の部類ではあるが背も高くがっしりしているセリアを噂ほどではないと思った。これなら、僕の魅力には抗えないだろう。そう思ったのだ。


 そして最初はカイルベルトのアプローチに警戒していたセリアもあっという間にカイルベルトに心を奪われ・・・そして、あの3日間の逢瀬に繋がった。その後のアルストン辺境伯領でセリアと過ごした時間もかけがえのないものだった。恋は激しく燃え上がった。カイルベルトはそう思っていたのだ。


 恋心というものは障害が大きいほど抑えきれないほどに大きくなる。すべてカイルベルトの予想通りに進んでいると思ったのだが・・・。だが、セリアは逆にカイルベルトの思惑を見抜いて、誘惑されているように見せかけて実は誘惑されていたのはカイルベルトのほうだったのだ。


「それで僕はどうなるのかな? 殺されるのかい?」


 カイルベルトは、憑き物が落ちたようにサバサバした気持ちになっていた。カイルベルトは勝負に負けたのだ。これは戦争なのだ。


「まさか。カイル様という手札で帝国に和平を申し込みます」


 なるほど。だが自分がそれほどの手札になるだろうか? 仮になったとしても・・・。


「カイル様の思っている通りです。これで一旦戦争が終結したとしても、ゲナウ帝国は今やデナウ王国をも気にする必要もなくなった大国。小国のマルマイン王国はいずれ帝国の傘下になるか、また戦争が起こって滅ぼされるのか、マルマイン王国の将来は、そのどちらかになる可能性が高いでしょう」

「そんなことを僕に話していいのかい?」

「私はカイル様のことを信用しています。もし取引が上手く行ってカイル様が帝国にお帰りになったら、マルマイン王国のことを少しは気にかけていただけるとありがたいです。虫のいい話ですみません。でも私もマルマイン王国も必死なのです」


 だが、もしカイルベルトが帝国へ帰ったとして、何ができるだろう。セリアに手玉に取られたカイルベルトのことを王や兄、そして優秀な弟は・・・。


「すべてはセリア、きみの計画通りなのか・・・」

「いいえ、カイル様、すべてではありません」


 カイルベルトはセリアの強い口調に顔上げた。


 セリアの顔が少し赤い。


 一体どういう意味なのだろうか?

 

「そうだセリア、これだけはきみに言っておくよ。僕はきみを騙して誘惑しようとした。だけど途中からそんなことは忘れてきみと会うのを本当に楽しみにしていたんだ。やっぱり僕は甘いね」


 最後に本当のことを伝えておこう。今のカイルベルトは単なる捕虜で、殺されるか駆け引きの手札になるかどちらかしかないのだから。


「ありがとうございます」


 顔を伏せて肩を震わせているセリアは、戦場を駆け回る姫騎士ではなく普通の令嬢に見えた。

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