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2-2(ロミオとジュリエット).

「ロミオとジュリエットか・・・」


 今日でパーティーもお開きだ。セリアも用意された宿に引き上げた。なんとなくカイルベルトは、今日セリアから聞いた言葉を呟いていた。聞いたと言ってもあれはセリアが思わず口に出したといった感じだった。意味を聞いても「なんでもありませんわ」と言って教えてはくれなかった。


「カイルベルト様、もしかして転生者なのですか?」


 驚いたように放たれた質問にカイルベルトが後ろを振り向くと、今夜の主役の一人エカテリーナが立っていた。悪役令嬢と自称するカイルベルトの弟ダイカルトの妻だ。


「カイルベルト様、転生者なんですよね?」

「転生者?」

「とぼけないで下さい!」


 エカテリーナは怒ったようにカイルベルトを睨んでいる。


「いや、本当に何のことだか分からないんだ」

「ほんとう・・・なのですか?」

「本当だよ。本当にきみが何を言っているのか分からない」


 エカテリーナは疑わしそうにカイルベルトを見ている。


「では、なぜロミオとジュリエットを知っているのですか?」

「そ、それは・・・セリアがそう言っているのを聞いたんだよ」

「セリア・・・姫騎士の?」

「そうだ」

「セリア様が・・・そうですか・・・」


 俯いて、しばらく何かを考えていたエカテリーナが顔を上げた。


「カイルベルト様、申し訳ありませんでした。私の勘違いだったみたいです。ダイカルト様と結婚できてうれしさのあまり気分が高揚し過ぎていたのかもしれません。お許しください」


 そう言って軽く頭を下げるとエカテリーナは足早に去っていった。


 悪役令嬢エカテリーナ、不思議な人だ。


 カイルベルトは、さっきエカテリーナが一瞬見せた表情は悪役令嬢にふさわしいと思った。


 あれは一体なんだったのだろうか? 





★★★






「アルストン辺境伯、それにセリア、久しぶりです」


 たった一日前に先触れを寄越しただけで、突然屋敷を訪問してきたカイルベルトをアルストン辺境伯は不機嫌そうな顔で出迎えた。こんな時期に、まさか数人の護衛を連れただけでマルマイン王国を訪問してくるなどバカとしか思えないと思っているのだろう。ゲナウ帝国とマルマイン王国の関係は国境付近にあるミスリル鉱山の権益をめぐってこれまでになく緊張が高まっている。これもゲナウ帝国とデナウ王国の関係がゲナウ帝国優位の状態で安定しているからだ。カイルベルトの弟であるダイカルトとデナウ王国有力貴族ボルジア家の令嬢エカテリーナが結婚したおかげだ。さらに言えば、デナウ王国の王太子オーギュストがエカテリーナとの婚約を破棄したおかげである。


「カイル様、ようこそお越し下さいました」


 アルストン辺境伯の隣では頬を赤く染めた笑顔のセリアがカイルベルトに挨拶した。1ヶ月前に会ったばかりなのに、ずいぶん久しぶりだとカイルベルトには感じられた。


 それほど自分はセリアに会いたかったのだろうか?


 娘の様子を見たアルストン辺境伯は、諦めたような様子で「ようこそ我が屋敷へ、カイルベルト殿下」と挨拶した。結局、嬉しそうにカイルベルトを迎える愛娘のセリアを見たアルストン辺境伯は、カイルベルトを追い返すことなく屋敷への滞在を許可してくれたのだった。


 ゲナウ帝国でこのことを知っているのはカイルベルトの父であるジェズアルド王と王太子である兄アルベルトだけだ。


 カイルベルトがアルストン辺境伯領を訪問したいと言うと二人は危険だと最初は反対したが、カイルベルトの計画を聞いた父ジェズアルドが、思ったよりお前は豪胆だなと喜んでくれたのをキッカケになんとか了解を得た。その代わり手練れの護衛を5人付けてくれた。兄のアルベルトがどう思っているのかはカイルベルトには分からない。たぶん3人兄弟の中で一番凡庸なカイルベルトが功を焦っているとでも思っているのだろう。それは、まんざら間違っていない。


 カイルベルトにとって田舎ともいえるアルストン辺境伯領で過ごす時間は新鮮だった。なにより隣にはセリアがいる。


「カイル様、あれはアルブラッドと呼ばれる花です。この時期にしか咲きません」


 カイルベルトはアルストン辺境伯領にある小高い丘にセリアと二人してやってきた。丘の上からはアルストン辺境伯領が一望できる。そして二人の周りにはセリアが教えてくれた無数の小さな赤い花、アルブラッドが咲き乱れ風に揺れている。ここから見ると北東に峻厳な山並みが見える以外は、なだらかな草原のような場所が多いのが分かる。ところどころに町や村も見える。


「ずいぶん広いですね」

「ええ、アルストン辺境伯領は、たいしたものがない代わりにマルマイン王国の中では広い。そして一部を除いて見通しがいいのですわ。広いと言ってもゲナウ帝国やデナウ王国とは比べものにはなりませんが」


 セリアは薄っすらと街道が走っているのが見える南東を指さすと「あれがカイル様が通っていらした街道で、その向こうがゲナウ帝国です」と言った。


 カイルベルトは少し目を細めてセリアが指した方を見た。峻厳な山並みに沿うように街道がゲナウ帝国に続いているのが分かる。


「カイル様、この場所は陣を敷くのにとても適しています」

「なるほど」


 カイルベルトは改めて、この小高い丘からの景色全体を見回した。確かに見通しがいい。


「戦場全体が見渡せそうですね」

「はい」


 セリアは、少し間を置いてカイルベルトを見た。


「これまで、この場所を取り合って多くの血が流れました。大昔の戦いで大量の血が流れた結果、アルブラッドはこのように赤い花を咲かすようになったと言われています」

「大昔?」

「はい。まだゲナウ帝国とデナウ王国が一つの国だった時代よりさらに前のアトラス大帝国の時代です」

「それは、ほんとうに大昔だね」


 300年前まではゲナウ帝国とデナウ王国は一つの国だった。それが兄弟喧嘩の末、二つの国に分かれたのだ。以来両国は仲が悪い。そしてさらに1000年前にはその二つの国さえアトラス大帝国の一部だったのだ。


「そう英雄アルベルトによりアトラス王国がアトラス大帝国へと変貌していく中、この辺りでは多くの騎士たちの血が流れされました。その結果、それまで白い花を咲かせていたアルブラッドは赤い花を咲かせるようになった」


 アルブラッド・・・そうか、その名前もその故事からきているのか。英雄アルベルト、カイルベルトの兄の名と同じだ。いや、王太子である兄の名のほうが英雄にちなんで付けられたのだ。

 

「美しい花ですよね」


 カイルベルトは周囲に咲き乱れるアルブラッドを見る。セリアの話を聞いてから見ると一層その赤色が鮮やかに感じた。


「血のような色でしょう? 不吉な花とも言われています。まるで私のようです」

「セリアが不吉などと」

「私は姫騎士と呼ばれています。この手は多くの人の血で染まっているのです」


 確かに姫騎士と呼ばれているセリアは多くの人をその手で葬っている。そして、そのほとんどがゲナウ帝国の騎士だ。カイルベルトはアルブラッドを指すセリアの手にそっとキスをすると、今度は立ち上がったセリアの唇にキスをした。


「それは戦争なんですから、仕方のないことです。それにセリアの手はこんなに美しい。血に染まってなどいませんよ」


 セリアにキスできて嬉しいのに、なんだか胸が苦しい。小さな赤い花が咲き乱れる中に姫騎士らしく姿勢よく立つセリアは凛としてこの世の何よりも美しいとカイルベルトは思った。


 セリア、すまない・・・僕は・・・。


「カイル様、どうかされましたか? 少し顔色が・・・」

「なんでもないよ、セリア」


 最初の訪問の後も、カイルベルトは短期間に何度もアルストン辺境伯の屋敷を訪れた。


 カイルベルトを警戒しているアルストン辺境伯だが、頬を染めてカイルベルトを迎える愛娘のセリア見て、結局カイルベルトを追い返すことはなく毎回渋々ながら屋敷への滞在を許可した。その間にもゲナウ帝国とマルマイン王国間の緊張は高まり続けた。それは主にカイルベルトの父であるジェズアルド王が強気に無理難題をマルマイン王国に押し付けようとした結果だ。


 そして、カイルベルトは恋に目が眩んだ世間知らずの王子を演じ続けた。


 カイルベルトが何度かアルストン辺境伯の屋敷を訪問するうちに、恋に目が眩んで近いうちに戦争になるかもしれない敵国に何度も訪問してくるバカな王子に対するアルストン辺境伯の警戒心は徐々に薄れていった。それどころかアルストン辺境伯はカイルベルトからゲナウ帝国の情報を聞き出そうとさえした。


 しかしアルストン辺境伯の思惑とは逆に、何度もアルストン辺境伯の屋敷を訪問してセリアと逢瀬を重ねているうちに、カイルベルトのほうが先に目的を達した。恋に目が眩んだバカ王子ことカイルベルトは、戦争になった場合に最初にアルストン辺境伯が取る作戦について辺境伯とセリアが話しているのを盗み聞きすることに成功したのだ。


 盗み聞きが成功したとき、カイルベルトにはなんの喜びもなかった。あったのはセリアにすまないと思う気持ちだけだった。


 いつの間にかカイルベルトはセリアを本当に愛していたのだ。だが、これでカイルベルトも弟に引けをとらない帝国への貢献をなすことができる。カイルベルトが最後にアルストン辺境伯の屋敷を訪問したとき、去り際にセリアは「カイル様、次にお会いするのは戦場かもしれませんね」と言った。


 それほどまでにゲナウ帝国とマルマイン王国間の緊張は高まっていた。さすがにこれ以上の訪問はできない。それはカイルベルトにも分かっていた。

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