表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/28

1-4(俺の覚悟).

 ゲナウ帝国の王宮の一室で第三王子ダイカルトは父であるジェズアルド王に直談判していた。


「父上、是非王国のボルジア侯爵令嬢のエカテリーナに婚姻を申し込みたいのです」


 ダイカルトはさっきから同じことを何度もジェズアルド王に訴えている。


「ダイカルトよ。それはならん、だいたいそのエカテリーナとやらはかなり性格が悪く一部では悪役令嬢などと呼ばれていると聞いたぞ」

「悪役令嬢! 面白いではないですか!」


 ジェズアルド王は呆れた顔して我が子を見た。ジェズアルドには3人の息子がいる。長男の王太子アルベルトはすでに結婚している。堅実な性格で清濁併せ飲む度量も持ち合わせており後継者として申し分ないが、堅実すぎてやや面白みに欠けるというのがジェズアルドの評価だ。

 次男のカルベルトは独身だが優しい性格で頭も良い。ちょっと線が細いところがあるのをジェズアルドは心配し気にかけている。領土的な野心が旺盛で苛烈だと評価されているジェズアルド王だが意外と子煩悩でもある。

 最後が目の前にいる第三王子のダイカルトだ。ダイカルトには才気煥発という言葉がぴったりだ。アルベルトの前では言わないが、ダイカルトが後継者ならちょっと面白かったんだかとジェズアルドに思わせる聡明な王子だ。


「父上、デナウ王国のボルジア侯爵家といえば王国一の武門の家です。それが今回の婚約破棄事件で王家との関係がギクシャクしています。チャンスですよ」


 ダイカルトのいうことは分からないでもない。だかダイカルトが思っている以上にジェズアルド王は3人の息子たちを愛しているのだ。


 ダイカルトの嫁に悪役令嬢を迎えるなんて・・・。


「父上、王子や侯爵令嬢の結婚なんて、どうせ、ほとんどが政略結婚なのです。ボルジア侯爵令嬢だって分かっているでしょう。ボルジア侯爵が一人娘のエカテリーナを溺愛していることは有名です。きっとこの申し出に乗ってきますよ。僕は第三王子ではありますが、父上のおかげで今は帝国のほうが勢いがある上、自分で言うのも何ですが容姿だって頭だって悪くない。オーギュストの代わりとしては申し分ないはずです」

「いや、お前が申し分ないのは分かっているが、エカテリーナのほうがお前にとって申し分あるのだ」


 ジェズアルド王はやれやれと言った表情でダイカルトを見た。それでもダイカルトは引かない。


「僕は何と言われてもボルジア侯爵家の令嬢にして悪役令嬢のエカテリーナに結婚を申し込みます。こんな面白いを逃すわけにいきません」


 それが本音か・・・。ダイカルトのもの好きにも困ったものだ。


 その後もああだこうだと二人の議論は続いたが、結局ジェズアルド王は、この聡明でちょっと変わり者の息子の願いを叶え、ボルジア侯爵家に婚姻を申し込むことにした。


 ジェズアルド王自身、面白いことが好きだし何よりも野心家だ。ダイカルトの言う通り、この婚姻は面白いどころかゲナウ帝国の役に立つことは間違いない。





★★★





 巷ではボルジア侯爵令嬢エカテリーナが帝国の第三王子に嫁ぐという噂で持ちきりだった。そもそも、こないまで王太子オーギュトとエカテリーナの婚約が破棄された話題で持ちきりだったのだ。それが、こんどはエカテリーナが他国へ嫁ぐという。これが話題にならないわけがない。


 オーギュストに婚約破棄されたエカテリーナに帝国が持ちかけた話で、ボルジア侯爵家もそれを受け入れたというのだ。多くの者が面白おかしく話題にしながらも今後の王国と帝国との関係を憂いている。


 デナウ王国一の武門の家であるボルジア家とゲナウ帝国の王家との関係が深まれば・・・。誰が考えてもデナウ王国の王家にとってはあまり喜ばしいこととは思えない。


 民にとってはまた別の話だが・・・。


 それはともかく、ボルジア侯爵家がゲナウ帝国の申し出を受けたことで多くの者がボルジア侯爵家の王家に対する怒りを感じとっている。


 だが、俺にはそれは疑問だ。俺の知っているボルジア侯爵はエカテリーナを溺愛している。エカテリーナに無理を強いるとは思えない。だとすれば、これはエカテリーナが自分の意志で決めたのだろう。エカテリーナは、またボルジア侯爵家のため、ひいては王国のためを思って決断したに違いない。ただし、この結婚が、実際に王国の役に立つとすれば、それはデナウ王国がゲナウ帝国の軍門に下ったときだ。そんな十分にあり得る未来が訪れたとき、ボルジア侯爵家がゲナウ帝国王家の姻戚であること、帝国の第三王子の妻がエカテリーナであること、それが役に立つだろう。


 だが、それでエカテリーナが幸せになれるだろうか?


 俺は心がざわめくのを感じた。俺は決断すべきではないだろうか? 前世の失敗を繰り返してはいけない。もう、後悔するのはゴメンだ!


 俺は美月のことを思い出した。あれは高校2年の時だった・・・。


 美月に憧れていた俺は、学校の休み時間に少し離れた斜め前に座る美月のスカートから覗く少し艶めかしい足をチラチラと見ていた。今思うとあの頃の俺はどうしようもない陰キャだった。


 美月は、美月の机に片手を置いて話す笹尾の相手をしていた。笹尾は背が高く俺と正反対の陽キャで友達も多いがちょっと押しつけがましいところがあるやつだった。


「おい、お前、なんか俺に文句があるのか!」


 笹尾は俺が美月をチラチラ見ていたのを、何か勘違いしたらしい。


「い、いや別になにも・・・」


 気がついたら俺は笹尾に襟首を掴まれていた。


「さ、笹尾くん。く、苦しいよ」


 そのとき、キンコンカンとチャイムが鳴り、ガラリと引き戸を開けて先生が教室に入って来たので、笹尾は仕方なく自分の席に戻った。授業が終わると、笹尾はもう俺には興味を失ったみたいで何も言ってこなかった。臆病な俺はそのことに安堵した。


 たったそれだけのことだったが、この出来事は俺と美月の関係に劇的な変化をもたらした。


 美月はあのとき、押しつけがましい笹尾に絡まれて苦労していたらしいのだ。それをなぜか俺が助けたと思い込んでいた。俺はただ美月の足を見ていただけなのに。美月はずいぶんと俺に感謝してくれた。


 その後まもなく美月のほうから告白されて俺たちは恋人同士になった。ちょっと目には芸能人のようにも見えるその容姿に反して控えめな性格の美月は、俺のことを優しい男だと好きになってくれたようだった。そういえば、陰キャの主人公がクラスで人気者の女の子と恋人になるというアニメが当時流行っていた。


 俺と美月の関係はその後、二人が大学を卒業し、俺が就職に失敗し美月が一流企業に就職するまで続いた。そして、会社で虐めに遭った美月が自殺して唐突に終わった。


 俺は美月の会社での苦労に全く気がつかず・・・。いや、美月はきっと俺に気付かれないようにしていたに違いない。俺は、そんな美月に就職が上手くいかない愚痴をこぼしたりしていた。


 そこまで思い出した俺は、自然と胸を押さえていた。


 そうだ! やっぱり俺は前世の失敗を繰り返すべきではない。前世の俺は美月の苦しみに気付くことができなかった。この世界では・・・。後から後悔しても遅いのだ。





★★★






 エカテリーナが第三王子との顔合わせのため帝国へ向かうという情報を得た俺は、その日、街道でその馬車を待ち伏せた。前世を俺の性格からすれば、ずいぶん思い切ったことをしたものだ。

 だが、よく考えてみれば、俺があの断罪の場で乙女ゲーム『心優しき令嬢の復讐』のシナリオと違う行動を取ったことが原因でこうなったのだ。だから、その責任を取って俺がエカテリーナを幸せにする。俺はそう決心していた。


 立派な鎧に身を包んだ護衛たちに囲まれた馬車の行く手を遮るように俺が馬を近づけると、護衛の一人が剣を抜いて俺の前に立ちふさがった。


「俺はギルロイ家の嫡男アレクセイだ!」と俺は名乗った。

「騎士団長の?」

「ああ、騎士団長セドリック・ギルロイの息子だ」


 俺はゲームの攻略対象であり騎士団長の息子だ。ここではその立場が役に立つ。


「そういえば、確かに見覚えがある・・・」


 護衛の男は「そのセドリック団長のご子息が何の用ですかな?」と訊いてきた。俺が騎士団長の息子だと知って剣こそ収めたが、その顔には警戒心が浮かんでいる。


「エカテリーナ様と話がしたい」

「エカテリーナ様はこれから帝国へ行かれる途中だ。そんな時間は」


 そのとき、馬車の中から「かまわないわ」と透き通った声が聞こえてきた。


 エカテリーナだ!

 声まで美しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ