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1-3(悪役令嬢は月を見上げて物思いに耽る).

 結局、オーギュストとエカテリーナの婚約は破棄された。


 ある意味俺のしたことは無駄だったわけだ。ボルジア侯爵は愛娘が受けた恥辱を許さなかったし、今更、エカテリーナとオーギュストがよりを戻す雰囲気でもなかったから仕方がない。婚約は破棄されたがエカテリーナは修道院送りにはならなかった。王家側にもボルジア侯爵家側にも遺恨が残った。エカテリーナのサーシャへの虐めに関しては、それが事実だったかどうかの結論は曖昧になった。

 

 俺の発言はそんな中途半端な状況を生み出した。 


 今考えるとなんであんなことをしたのか俺自身にも分からない。なんせ俺はあの瞬間アレクセイに転生したばかりだったんだから。いや、本当は分かっている。なぜか一目でエカテリーナのことが好きになったからだ。妹を手伝ってゲームをしていた時には、全く押しキャラでもなんでもなかったのに不思議だ。そもそも、俺は『心優しき令嬢の復讐』も含めて乙女ゲームになどに興味はなかった。


 だが実際にエカテリーナを一目見たら・・・。

 

 婚約は破棄され、俺はボルジア侯爵に気に入られた。エカテリーナは修道院に送りにはならず、今はフリーだ。


 これは俺にとっては、とても都合がいい状況に思える。


 だが、それはそれとして、こうなってみるとエカテリーナの言う通りこの国の行く末は暗い。ゲームはオーギュストとサーシャが結ばれ、エカテリーナが修道院送りになりハッピーエンドを迎えておしまいだ。だが、この世界に生きる者にとってこれはゲームではない。もちろん俺にとってもだ。物語はこの先も続くのだ。将来、愚王と政治のことを何も知らない王妃の治める国の住人になるなんて、堪ったもんじゃない。そうでなくても隣国である帝国には勢いがある。


 俺はどうすべきだろうか?





★★★





 ここはボルジア侯爵家の屋敷、エカテリーナの部屋だ。外はもう暗い。


 エカテリーナが飲み干した紅茶のカップを下げて立ち去ろうとした執事のセバスは、エカテリーナを見ると、我慢できずに話しかけた。


「お嬢様、なぜ、あのようなことをなされたのですか?」

「セバス、なんのことかしら?」


 エカテリーナは、本当に何も分からないといった表情で訊き返した。訊き返しながら、執事の名前がセバスだなんてこのゲームの作者はやっぱり想像力の欠片もないわ、などと考えていた。


「いえ、お嬢様が転生者だという話は昔から聞いておりましたので」

「そうね。セバスだけが信じてくれたものね」

「はい。お嬢様の話は小さな子供の想像と言うにはあまりにも具体的でした」


 エカテリーナが小さな子供だった頃、エカテリーナは科学というものが発達した世界からの転生者だと周囲に吹聴して回った。そしてこの世界は物語のような世界なんだとも。


 精神が実際の年齢に引きずられるのか小さい頃のエカテリーナはとても無邪気だった。

 

 だが、あたりまえだがそれを信じる者はいなかった。セバスを除いては。それはそうだ。子供というものはどんな世界でも妖精と話せたりするものなんだから。そしてみんな大人になればそんなことは言わなくなる。


 だが、セバスは小さなエカテリーナを信じた。


 小さなエカテリーナが語る異世界の話は、あまりにも具体的だった。たどたどしい言葉で科学というもの説明するエカテリーナの話にセバスは引き込まれた。電気だの便利な電気製品だの、少しこの世界の魔法や魔道具に似たものを具体的に説明するエカテリーナの話が子供の想像だとはセバスには思えなかった。それは、そうだろう。エカテリーナの精神が年齢に引きずられていたとはいえ、前世では十分大人と言える年齢まで生きたのだから。


「私は信じておりましたが、それでも、お嬢様が小さい頃からお話になっていたように本当に婚約破棄されるとは驚きました。この世界が前世の物語の世界だと仰っていたお嬢様なら、婚約破棄などいくらでも回避できたはずなのでは?」


 セバスは本当に驚いたとばかりに細い目を少しだけ大きくした。


 この世界が物語の世界だと言うエカテリーナが正しいのなら、エカテリーナは未来を知っていることになる。それならいくらでもやりようがあったはずだ。なのにエカテリーナは小さなエカテリーナが言っていた通りにオーギュストから婚約破棄されてしまった。


 それがセバスには不思議でならなかった。


「だから国のためだって説明したでしょう?」

「国のためにミグル男爵令嬢がオーギュスト様に取り入るのを邪魔していたと? ですが、本当に婚約破棄されてしまっては・・・」

「その点はちょっと失敗したのよ。だってサーシャがあまりに純真な上にオーギュスト様は頭が悪すぎて、とてもイライラしたの。もっとうまく立ち回れば良かったわ」

「そうですか」


 セバスはあまり納得していないように相槌を打った。


 セバスは知っている。エカテリーナならもっと上手く立ち回るのが、そんなに難しいことではなかったことを。小さいころからエカテリーナはとても聡明な子供だった。


 エカテリーナは窓の外を見る。


 今夜は美しい満月だ。


「きれいな月ですな」


 エカテリーナの視線につられて窓の外を見たセバスが言った。


「そうね」


 エカテリーナはセバスの次の言葉を待っている。


「そういえば、お嬢様の前世の名前は前世の文字で美しい月と書いてミツキだったのでは?」

「あら、そうだったかしら。もう前世のことは忘れかけてるの。大人になったせいかしら」


 エカテリーナとセバスは黙って、互いに相手の次の言葉を待っていたが、先に口を開いたのはセバスだった。


「アレクセイ様は、なぜエカテリーナ様を庇ったのでしょうか?」

「さあ、なぜかしら。私にも分からないわ」

「アレクセイ様は、お嬢様のことが好きなのでしょうか?」


 エカテリーナは何も答えない。


「お嬢様、何を考えておられるのですか?」

「アレクセイのことよ」


 エカテリーナは即答した。


「もしかして、お嬢様はアレクセイ様のことがお好きなのですか?」

「そうよ」


 そう、エカテリーナはアレクセイのことが好きだ。


「ならば、せっかく婚約破棄されたのですから、御父上を動かしてアレクセイ様と結ばれるのも可能なのでは?」 


 ボルジア侯爵家の力を持ってすれば、エカテリーナがアレクセイと結ばれるのはさほど難しいことではない。王家だってオーギュストの醜態を穴埋めするために、ボルジア侯爵家に恩を売れるのであれば願ったりで反対はしないだろう。それに、今回の件でエカテリーナの父であるボルジア侯爵はアレクセイのことをとても気に入っている。


 でも・・・。


 エカテリーナは満月を見上げたまま「それはないわね。それより、この件を聞きつけた帝国が第二王子か第三王子あたりとの結婚を打診してくるんじゃないかしら」と言った。


 帝国は、今回の件で生まれた王家とボルジア侯爵家との間の亀裂を利用しようとするのではないか? ボルジア侯爵が一人娘のエカテリーナを溺愛していることは知られている。それに帝国の第二王子と第三王子はまだ独り身だ。第三王子は切れ者で知られている。


「それをお受けになると」

「もし、そうなったらお受けしようかしら」

「それも、お国のため・・・ですか?」

「そうかもね」

「お嬢様はアレクセイ様がお好きなのでしょう。それなら」


 エカテリーナはセバスのなぜという言葉を目で制すると、「セバス、そろそろ寝ます」と言ってセバスに部屋を出るように促した。


 セバス、いつも私のことを心配してくれてありがとう。でも話はこれでおしまい。


 小さく音を立てセバスが出ていた後、エカテリーナは、窓から満月をもう一度眺めると、何事か考えていた。

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