4-14(エピローグ).
ここは、マルマイン王国の王都マルカにあるアルストン辺境伯の屋敷の一室だ。今日ここにに集まっている4人は全員日本からの転生者だ。エカテリーナ、セリア、アレクセイ、そしてエルサの4人である。
「セリア様にマルマイン王国の次の王、いえ女王になってもらいます」とエカテリーナが宣言した。
「エカテリーナ様、私が女王だなんて! それは聞いてませんわ」
「まあ、言ってませんから・・・」
「エカテリーナ様・・・」
セリアは口を半開きにして戸惑っている。セリアのほうがエカテリーナよりだいぶ年上なのに迷える妹のようだ。
「セリア様、もし『心優しき令嬢の復讐』のシナリオ通りに進んでいたとしてもソフィアがルシアに代わっただけでアンジェリカは婚約破棄されていたのです」
「そうですね。アレクセイ」
「ああ、そうだ。『心優しき令嬢の復讐』の続編は、続編といっても最初の話と似たようなストーリーだ。ヒロインが聖女に目覚めるといったちょっとした変化はあるが悪役令嬢が婚約破棄されてヒロインが攻略対象とハッピーエンドを迎えるのは同じだ」
アレクセイの言葉にエカテリーナは頷くと「だそうです。セリア様。そして婚約破棄される令嬢は国の有力な貴族の娘です。私のときと同じですね。例え、実際に虐めが行われていたとしても、その後のことを大して考えもせずに婚約破棄するなど馬鹿王子としか言いようがありません。ルシアに対する態度を見ても馬鹿だと分かります。これまたオーギュストと同じです」と言った。
さらにエカテリーナは「断罪の場、これは 乙女ゲームではよくある場面です。一見、もし本当に虐めが行われていたのなら婚約破棄されても仕方がないように思えます。ですが、そんなのはゲームの上だけの話ですわ。当然王子の婚約者には有力貴族の令嬢が選ばれているでしょうから、婚約破棄する前に周りの大人に相談するのが当然です。ましてや、卒業パーティーでわざわざ相手に恥をかかせるような方法で婚約破棄をするなんてありえませんわ」と続けた。
「エカテリーナ様、確かにアーサーは次の王にふさわしくありません。卒業パーティーで私も同じようなことを言いました」
そう、あのときのセリアはまるでエカテリーナが乗り移ったような迫力で周りを黙らせた。
「ええ、そう仰って、いえ脅してましたよね」
「ですが、私が女王だなんて・・・」
セリアは溜息を吐きながら言った。
「あんな馬鹿王子や側近たちが国を統べる。そんなことになれば私たちが心配していたことが現実になります。私たちはこれからもこの世界で生きていくのですから」
「お前、オーギュストから婚約破棄されたとき、俺に同じ説明をしたよな」
アレクセイは疑わしそうな表情だ。
アレクセイはエカテリーナが転生者だと知ってからはこんな態度だ。だが、エカテリーナは転生したばかりのアレクセイより今のアレクセイのほうがずっとましだと感じている。それはともかく、エカテリーナたちはゲームの主人公たちがハッピーエンドを迎えた後もこの世界で生きていかなくてはならない。
「エカテリーナの言っていることは事実だが、たぶんセリアが女王になったほうが面白いとか俺たちを驚かせてやろうとか、絶対そんな邪心が混じっているに違いない」
「私はそんなに性格が悪くありませんわ」
「いや、悪いだろう。自分で悪役令嬢を名乗ってるくらいだ」
「・・・」
「アレクセイ様の言う通りですわ。エカテリーナ様、人が悪すぎますよ。私を将来の女王にしようだなんて・・・」
エカテリーナはニコニコしてセリアを見ている。
そんなエカテリーナの顔を見ていたセリアは急に何かに気がついたようにはっとした顔をすると「も、もしかしてエカテリーナ様は卒業パーティーの最後で私が皆を黙らせたから、エカテリーナ様が言いたかったセリフを私が奪ったから・・・。まさかそれを根に持って・・・」
「ふふ、セリア様、あれはいただけません。だってあれは悪役令嬢のセリフですわ」
「え、エカテリーナ様・・・」
エカテリーナはまさに悪役令嬢にふさわしい笑顔を浮かべている。
「ふん、セリアもやっとこいつの性格が分かったみたいだな。考えても見ろ。ルシアを聖女として認めてもらうとか、アーサーを廃嫡するとか、別に卒業パーティーでやらなくてもいいだろう。さっきゲームの上ではどうとか偉そうにこいつが言ったことはすべてこいつ自身に当てはまるんだよ。そのほうが面白いからそうしたんだ。そうだろう、エカテリーナ?」
エカテリーナはすまし顔で何も反論しない。
「言われてみれば・・・」
セリアは固まっている。
「まあ、セリアもこいつに目を付けられたのが運のつきだから諦めて女王にでもなんにでもなるんだな。それでエカテリーナ、この後のシナリオは?」
アレクセイの問いにエカテリーナは「幸いブラックロック侯爵家の領地はセリア様のアルストン辺境伯領の近くにあって狭い範囲でゲナウ帝国と国境を接しています」と言った。
「なるほど。ということはゲナウ帝国と併合するんだな?」
エカテリーナはアレクセイの言葉に頷いた。
娘がアーサーに婚約破棄されて怒り心頭のブラックロック侯爵は大して迷うことなくゲナウ帝国に加わることを了承した。エカテリーナと一緒に夫のダイカルトも動いてくれた。ゲナウ帝国のほうが大国だし、そのまま侯爵として迎えると言う言葉にブラックロック侯爵はむしろ喜んだ。もともとあの辺りは領土的にいろいろと問題のある地域だ。ゲナウ帝国のジェズアルド王のほうも鉱物資源が豊富なブラックロック侯爵領が手に入るのだからなんの不満もない。後は細部を詰めるだけだ。エカテリーナの優秀な夫であるダイカルトが上手くやるだろう。なんといってもダイカルトは『心優しき令嬢の復讐』の隠れ攻略対象ですべてのスペックが高い。
「貴方、最初に思ったよりも頭が回るようですわね」
「余計なお世話だ」
やっと思考能力を回復して再稼働したセリアは「お二人は案外気が合いますね」と言ってエカテリーナとアレクセイを見た。
「セリア様の言葉とはいえ、それは容認できませんわ。私はこんな陰湿な男は大嫌いです」
「こっちも願い下げだ」
「あら、確か貴方は転生してきて、いきなり私に一目惚れしたんじゃなかったかしら」
「一目惚れじゃあ性格は分からないからな」
エカテリーナとアレクセイは睨み合った。
アレクセイは、アレクセイの袖を掴んで心配そうに見ているエルサに「大丈夫だ。こいつは性格は悪いが俺たちをどうこうしたりはしない。たぶんな」と言ってエルサの頭を撫でた。
「仲が良さそうで何よりだわ。私とダイ様ほどじゃないけど・・・」
セリアは二人の態度に呆れながらも、内心エカテリーナにもこんなに子供っぽいところがあったんだと思っていた。
「ブラックロック侯爵家がゲナウ帝国に加わる。そしてアーサー殿下には王太子から降りてもらいセリアに王太女なってもらいます」とエカテリーナが話を纏めるように改めて宣言した。
アルストン辺境伯はエカテリーナの提案に乗り気ですでに王家と交渉を始めている。と言うより脅している。セリアの母はマルマイン王の従妹にあたる。セリアは国民の人気も高い。セリアがカイルベルトと結婚するきっかけとなったゲナウ帝国の侵攻を食い止めたのもセリアだ。そして、アーサーの失態でブラックロック侯爵はマルマイン王国から離脱しゲナウ帝国に加わることになるのだからアーサーの廃嫡は待ったなしだ。
「やっぱり気乗りがしませんわ」
「まあ、そこはカイルベルト様と協力してということで」
セリアはふーっと溜息を吐いた。
「まあ、セリアが本物の聖女であるルシアを確保しているんだから逆らいようがないよな」
セリアのアルストン辺境伯家とルシアの祖父が当主を務めるシェリンガム伯爵家の二つの高位貴族家が聖女ルシアの後ろ盾となり保護することになっている。すべてがエカテリーナの描いたシナリオに沿って進んでいる。
「アレクセイの言う通りよ」
エカテリーナとセリアがシェリンガム伯爵家を訪ねたとき、もともと孫のルシアに対するアーサーの態度に思うところのあったシェリンガム伯爵は喜んで協力すると約束してくれた。こうなってしまえば、ルシアの実家の男爵家など関係ない。
「今回の件でゲナウ帝国は領土を増やします。ですがマルマイン王国には姫騎士セリアと本物の聖女であるルシアがいます。そして次の時代にはセリア様が女王になる予定となれば、両国の関係も安定するでしょう」
「なるほどな。よく考えたもんだ」
「貴方に褒められてもなにも嬉しくありませんわ」
「別に褒めてないからな」
セリアの夫のカイルベルトはゲナウ帝国のジェズアルド王の次男なのだ。これならいかに領土的な野心が異常に高いジェズアルド王とて納得するだろう。まあ、それに何かあったらダイ様に頼めばなんとかしてくれるとエカテリーナは思っている。
「私が女王というのは納得できませんが、やっぱりエカテリーナ様は凄いと思いますわ。最初にエカテリーナ様に聖女ソフィアの話をしたとき、エカテリーナ様はすぐにソフィアのことを怪しいとお仰いました。私も少し変だなと思ってルシアからも話を聞きましたが、エカテリーナ様と同じ結論に達することはできませんでした」
そこでセリアは一息つくと「何よりパーシヴァルルートを試してみるというのは、例え私がアレクセイ様から続編の詳しいストーリーを聞いていたとしても、私にはとても思いつけなかったと思いますわ」と言った。
「ソフィアの聖女としての能力が今一だと聞いて、もしかしたらゲームの強制力が働いているのかもと思ったんですの。それに運よくそこの男が『心優しき令嬢の復讐』の続編のストーリーを詳しく知っていたのも幸運でした」
「結局、俺のおかげだな。エルサが続編のことを探ってきたからおかしいと思ったんだ」
「エカテリーナ様、すみません」
エルサが可愛らしく謝った。エルサはエカテリーナに頼まれてアレクセイから『心優しき令嬢の復讐』の続編のストーリーを聞き出そうとした。だけど、すぐにアレクセイに怪しまれてエカテリーナからの依頼だとバレてしまったのだ。結果としては、そのおかげでエカテリーナはアレクセイと直接話すことができた。それが計画がここまで上手くいった大きな要因となったことは確かだ。エルサの献身によってすでに立ち直っていたアレクセイはエカテリーナの話を聞いて面白がってすぐに話に乗ってきた。
「エルサいいのよ。でも思ったよりアレクセイの察しがよかったことだけが想定外でしたわ」
「ぬかせ。それより俺はこんな女を嫁にしたダイカルトとやらに同情するよ。あのときお前が俺を振ってくれて感謝してるよ」
やっぱり二人は結構気が合ってるのではないか。セリアはそう思った。
「おかげで今ではエルサのような可愛い娘がそばにいてくれて俺は幸せだ」と言ってアレクセイはエルサを抱き寄せた。
「アレクセイ様・・・」
小柄なエルサは豊満な胸を押し付けるようにして上目使いでアレクセイを見ている。
あざとい・・・。
エカテリーナとセリアは、同じようなことを考えながらアレクセイのにやけた顔を呆れ顔で見ていた。
今回の一件でゲナウ帝国とマルマイン王国の関係は安定するだろう。ゲナウ帝国とデナウ王国の関係もエカテリーナとダイカルトがとても仲睦まじくしていることもあり、とりあえず安定している。これからもこの世界で生きていくことになるエカテリーナ、セリア、アレクセイ、エルサの4人の転生者にとっては満足のいく結果となった。
5人目の転生者であるソフィアにとっては・・・。
それでもエカテリーナはソフィアがあまり酷いことにはならないように動くつもりだ。ゲームのシナリオと違ってソフィアがルシアを虐めていなかったことは、自分のためだったとはいえ、ルシアにとってありがたかったのは事実だ。
まったく悪役令嬢らしくない・・・。自分でもそう思うエカテリーナであった。
そんなことより・・・。
アレクセイとエルサを見ながら、エカテリーナはダイカルトのことを考えていた。同じくセリアはカイルベルトのことを考えていた。二人の顔がアレクセイと同じようにだらしなく緩んでいるとことに二人は気がついていない。
完
これで完結です。最後まで読んでいただきありがとうございます。
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あと、作者が最も力を入れて書いた長編「ありふれたクラス転移~幼馴染と一緒にクラス転移に巻き込まれた僕は、王国、魔族、帝国など様々な陣営の思惑に翻弄される…謎解き要素多めの僕と仲間たちの成長物語」も読んでみていただけると幸いです。




