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4-13(断罪の場再びその2).

「ええ、私は悪役令嬢のエカテリーナです。それで殿下、そこのソフィアという方が聖女だと?」

「そうだ。ソフィアこそ伝説の聖女様の生まれ変わりだ。なんせ俺自身がソフィアが神獣フェンリルから祝福を受けた現場を目撃したんだ」

「なるほど」と言いながらエカテリーナは手に持った扇子でアーサー殿下の顔を思いっきり殴った。


 バシン!


「ぐわぁー!!」


 エカテリーナの一撃は見た目以上に威力があったらしく、アーサー殿下は悲鳴を上げながら風に飛ばされた木の葉のようにクルクルと2回転して床に倒れた。アーサー殿下の隣にいたソフィアは驚いて口もきけない様子だ。


「き、貴様ー!」


 エカテリーナが名前も知らないアーサー殿下の側近候補の一人が叫ぶ。


「あら、すみません。殿下の頬に虫がいたものですから」


 殿下は片膝をついて起き上がろうとしている。鼻がつぶれて顔は血まみれだ。もごもごと何か言っているが聞き取れない。歯も折れているかもしれない。無理もないエカテリーナが手にしているのは悪役令嬢の基本装備である鉄扇だ。


「殿下になんてことを!」

「殿下!」


 あちこちから悲鳴と怒声が上がる。殿下の側近候補たちが「お前ー!」とか言いながらエカテリーナを取り押さえようとしたが、エカテリーナの前に立ちはだかった姫騎士セリアが「まずは、殿下の手当てをしなくては。ソフィア、回復魔法をお願い」と言った。


「ゾ、ゾヴィア、だのむ・・・」とアーサー殿下自身もソフィアに頼んだ。


 我に返ったソフィアは殿下に向かってしゃがみ込むと両手を翳して祈るように目を瞑った。


 しばらく経っても何も起こらない・・・。


「ルシア!」


 今度はエカテリーナがルシアの名を呼んだ。側近候補たちの背後からおずおずとルシアが現れた。回復魔法が発動せずに固まっているソフィアをセリアがそっと横に退けると、今度はルシアがアーサーの前にしゃがんで両手を突き出して目を瞑った。


 すると間もなくルシアの手が光に包まれた。以前のソフィアよりずっと強い光だ。そしてルシアはその光る両手でアーサー殿下の顔を包むように触れた。


「ああー、痛みが・・・消えた・・・」


 全てが終わった後にはアーサーの顔は綺麗に元に戻っていた。


「聖女はルシアだったのか・・・」


 側近候補の誰かが呟いた。以前のソフィアより回復魔法の効果が高い。アーサーはかなりの怪我をしていたが、少しルシアが触れただけですぐに全快した。


「な、なんで・・・」


 ソフィアが自分の両手を見ながら呟くように言った。


「本物の聖女であるルシアの力が覚醒したのと引き換えに貴方の力は消えたみたいね。ゲームの強制力ってやつかしら・・・」とエカテリーナが言った。

「ゲームの強制力・・・。なぜ、ルシアが聖女に覚醒したの? イベントは私が・・・」

「そう、貴方はシェリンガム伯爵領でゲームの知識により神獣フェンリルの祝福をルシアから横取りした。それで貴方は聖属性魔法を使えるようになった。でも、それは聖女というにはほど遠いものだった。ちょっとした傷を治すことしかできなかったんだもの」

「そ、それは、これから成長するのよ」

「それにしても伝説の聖女の生まれ変わりにしては力不足過ぎるわ。それは、貴方が真の主人公じゃなかったからよ。真の主人公であるルシアは魔法が得意だったお母さんの血を、古い由緒ある神獣伝説のある領地を持つシェリンガム伯爵家の血を引いている。貴方はそうじゃない、ソフィア。だから、あなたは神獣フェンリルの祝福を受けたものの思ったほどの聖属性魔法を使えなかったのよ」

「そ、そんな・・・」


 エカテリーナがアレクセイから聞いた『心優しき令嬢の復讐』の続編のストーリでのソフィアの役目は義母のブレンダと一緒にルシアを虐めることだった。でも、ソフィアはそうはしなかった。そのこと自体は問題ない。むしろいいことだ。だが、その代わりに姉のルシアについて回ってイベントを横取りしたのだ。


「でも、なぜルシアが・・・」

「パーシヴァルルートよ」

「え?」

「貴方がルシアから横取りしたのはアーサールートの覚醒イベントだわ。だから、ちょっと時期は遅かったけどパーシヴァルルートの覚醒イベントを試してみたの。そしたら成功したってわけよ。そして本物の聖女ルシアが覚醒したから貴方の力は消えた。さっきも言った通りでゲームの強制力ね」

「パーシヴァル・・・ルート・・・」


 茫然とした表情でソフィアは呟いた・・・。 


「私、シェリンガム伯爵夫妻からもいろいろお話を伺ったの。もともと、ソフィアが神獣フェンリルの祝福を受けたことを伯爵夫妻は不思議に思っていたみたいだったわ。だって神獣伝説のある古い伯爵家の血を貴方は引いていないんだもの」

「で、でも今頃になって・・・そんな馬鹿な・・・」

「それは私も心配していたわ。本来の覚醒イベントが起こるはずの時期からずいぶん時が経過していましたからね。でも、貴方の聖属性魔法が聖女というには効果がそれほどでもなかったこと、アンジェリカたちが実際には貴方を虐めていなかったこと、これらのことから私はゲームの強制力がまだ働くんじゃなないかと、そう思ったのよ。だからパーシヴァルルートを試してみたの」


 実際、エカテリーナとしても成功するかどうかは賭けだった。


 ソフィアは俯いてエカテリーナの話を聞いている。エカテリーナとソフィア、それにセリアと大体の事情を説明したルシア、この4人以外はエカテリーナたちが何を話しているか理解できないはずだ。だけど、雰囲気に押されたのか皆黙ってエカテリーナとソフィアのやり取りを聞いている。


「それに、貴方だって不安だったんじゃないの? だから、常にルシアをそばに置いていた。そして、貴方の心配は現実となったのよ!」


 ソフィアはゆっくりと顔を上げた。エカテリーナを見る目は憎しみに燃えている。


「思い出したわ。あなた第一作の悪役令嬢のエカテリーナね。ということは、あなただって転生者でしょう。ゲームと違って修道院送りになっていないもの。そうだ、ダイカルト様と結婚してるのよね。私と同じじゃない!」


 どうだと言わんばかりにソフィアはエカテリーナを睨みつけた。


「そうね。それがどうかしたの?」

「どうかしたって! あなたね! だったら、私がストーリーと違ってルシアに代わって聖女になってもいいでしょう」


 エカテリーナは悪役令嬢らしく笑みを浮かべると「そうね」と言った。


「だったら」

「気に入らないのよ!」

「なんですって?」

「だから、気に入らないって言ってるでしょう!」


 ソフィアは「気に入らないって・・・」と言ったまま固まっている。


「これはね。貴方がゲームの知識を利用するのが悪いとかそういうことじゃないの。貴方のやっていることが気に入らないの。だから邪魔をする。それだけよ。私がダイ様と結婚したことで本来ダイ様と結婚するはずだった人がダイ様と結婚できなかった。そういう意味では私と貴方のやっていることはそんなに違わないのかもしれない。でも、なんか気に入らないのよね。それに私は最初からダイ様と結婚しようと思っていたわけじゃないわ」


 エカテリーナはソフィアを睨みつけた。


「だって、自分の善良な姉に起こるはずだったイベントを横取りして自分が聖女になるなんて、どう考えても気に入らないわ。それにアンジェリカは貴方を虐めてなんかいないのに婚約破棄されようとしている。貴方、相当歪んでるわよ」


 ソフィアは両手を握りしめてブルブルと震えている。


「それにしてもアーサーも馬鹿すぎるわね」

「な、なんだと!」


 ルシアの聖属性魔法で回復したアーサーが怒鳴った。


 エカテリーナはそれを無視して「それとも英雄譚を読み過ぎて頭が湧いているのかしら。ソフィアが神獣フェンリルの祝福を受けたのを目撃したとたん、ルシアからソフィアに乗り換えたらしいわね。いろいろと話は聞いているわ」と言った。


 セリアはエカテリーナの言葉に頷くと「そのときのことを、私はシェリンガム伯爵や騎士たち、それにパーシヴァルから聞いています。もっとも、私もエカテリーナ様に言われて調べたんですけどね。そうそうパーシヴァルはアーサーと違って、あの後も変わらずルシアのことを気にかけていたそうね」と付け加えた。


「パーシヴァルは見所があるわね。後略対象の中でパーシヴァルだけがソフィアに騙されなかったんだから。それに比べて王太子のくせにアーサーは・・・」


 エカテリーナは悪役令嬢らしい蔑むような目でアーサーを見た。


「貴様、アーサー殿下に対して無礼な!」


 側近候補の一人が吠えた。


「お黙りなさい!」とそれを黙らせたのは姫騎士のセリアだ。

「しかし、セリア様、我が国の王子であるアーサー殿下を」

「あなた王家の血を引く姫騎士である私と本当の聖女であるルシアを敵に回す気があるのかしら」

「そ、それは・・・」

「そんなことをして王家が持つとでも? 自慢じゃないけど、私は国民に人気があります。しかもルシアはソフィアなどとは比べものにならない力を持った本物の聖女です。一度に多くの者に強力な回復魔法をかけることができることを確認しています。戦況を左右できるほどの力です。アーサーなどいう馬鹿王子にかまっていていいんですか?」


 側近候補の誰も一言も言い返せない。当然だ。ルシアはソフィアとは違う。姫騎士セリアの言うことが本当なら一人で戦況をひっくり返すほどの力を持っているのだ。エカテリーナと一緒にゲナウ帝国に出奔でもされたら取り返しのつかない結果になる。これはさすがに馬鹿でも分る。


「幸いルシアはとても優しいです。エカテリーナ様もルシアを帝国に連れて帰ろうとは考えておられません。私も王家に反旗を翻そうと思っているわけではありません。ですが、無実の罪でブラックロック侯爵令嬢を陥れようとする馬鹿王子がこのままこの国の王になるのならまた別の話です。私の言っている意味が分かりますか?」


 これは脅しだ。アーサーを廃嫡して他の王子を立てよ。ルシアを聖女としてしかるべき扱いをせよ。セリアはそう言っている、いや、そう脅しているのだ。さもなくば、さっきセリアが指摘したことが現実になるぞと脅しているのだ。


 エカテリーナはセリアのセリフを聞きながら、うーん、最後の一番いいことろをセリアに持っていかれた気がすると思っていた。


「なんで・・・パーシヴァルルート・・・なんて・・・。こんなことなら馬鹿兄貴なんかに任せないで自分でもっと攻略していれば・・・。兄貴の葬式の翌日に私まで交通事故に遭って・・・そんなの・・・分るわけないじゃない・・・」


 一方、ソフィアは放心状態で何事かを呟いていたが、誰も聞いていなかった。

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