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4-11(断罪前夜).

 アルストン辺境伯領にある辺境伯の屋敷の一室で夕食を終えたカイルベルトは愛妻のセリアとの会話を楽しんでいた。


「セリア、最近よくエカテリーナと一緒に出掛けているね」


 カイルベルトは愛妻にそう言った。カイルベルトの愛妻に向ける目は今日も優しく穏やかだ。


「はい。聖女様のことでいろいろと・・・」

「聖女様? そういえばマルカ魔術学園の卒業パーティーもそろそろだね」

「ええ、まあ・・・」

「臨時講師をしていたセリアも出席するんだろう? たぶんエカテリーナも」

「はい」

「そうか。そこで何かあるんだね?」

「それが・・・ちょっと秘密なんです」

「それは僕にもかい」


 セリアはちょっと悲しそうな顔をして「ごめんなさい。エカテリーナ様が・・・」と言い淀んだ。


「セリア、意地悪を言ってごめんね。エカテリーナの性格からしてなにかを企んでいてそれを秘密にしておきたいんだろう? 分るよ。あの人はどうも面白いことが好きそうだものね」

「カイル様の言う通りですわ」


 愛するカイルベルトに秘密を明かしたいという誘惑がセリアの心の中に湧き上がってきたのか、セリアは悩んでいる様子だ。今にも口を開きそうだ。


 それを見たカイルベルトはセリアの唇を右手の人差し指でそっと触れると「セリア、だめだよ。友情は大切にしないとね」と言った。

「カイル様・・・」


 カイルベルトはセリアとエカテリーナの間に今回のことだけではなく、なにか人に言えない繋がりがあると感じている。だが、自分に対するセリアの愛情についてはまったく疑っていない。


 なにか事情があるのだ。カイルベルトはそれを無理に聞こうとは思っていない。


 カイルベルトは愛妻をやさしく抱き寄せると軽くキスをした。セリアの顔が赤い。二人はいつまで経っても新婚のようにういういしい。カイルベルトは自分だけが姫騎士のこんな顔を見ることができると思うと優越感と愛おしさでセリアを抱きしめる手に力が入った。


「カイル様、ちょっと強すぎますわ」


 セリアが赤い顔をして言った。


「なにを言ってるんだセリア、姫騎士たるセリアにとってはこのくらいなんでもないはずだよ」

「もう・・・」

「とにかく、秘密は秘密にしといていいよ。たぶん、近いうちになにか驚くようなことが起こるんだろうね。楽しみにしているよ」


 カイルベルトは「それより」と言って愛妻を寝室に促した。さっき夕食を済ませたばかりで、まだ寝るにはちょっと早いがセリアも素直に従った。


 こうなることを予想していた侍女たちによって寝室はすでに整えられていた。




★★★





 ここはゲナウ帝国の王宮にある第三王子ダイカルト夫妻のプライベートエリアにある一室だ。


「カーチャに頼まれたことの根回しはしといたよ。だけど、本当そんなうまい話があるのかな。カーチャを疑うわけじゃないけどね。それが本当なら父上も文句はないだろうから僕が根回しする必要すらなさそうだけどね」


 そう言いながらダイカルトは楽しそうだ。ダイカルトは妻の役に立つのが嬉しくて仕方がないのだ。それを見たエカテリーナも悪役令嬢に似つかわしくない優しい笑顔を浮かべている。


「いえ、ダイ様の優秀さはこの世で私が一番知っていますわ」

「うーん、悪役令嬢がこんなに可愛くて素直でいいのかな・・・」


 エカテリーナは恥ずかしそうに俯くと「ダイ様ったら・・・。でも近いうちに悪役令嬢たる私を真骨頂を見せて差し上げますわ」と言った。エカテリーナの目はキラキラと輝いている。


「それは楽しみだな」


 実際、ダイカルトはエカテリーナのすることをいつも楽しみにしている。以前は自分が面白いことをするのが一番だったのだが、今ではエカテリーナのすることを見守るほうが楽しい。ダイカルトはエカテリーナの役に立てるのならなんでもしようと思っている。

 そういえば、エカテリーナが提案した兄のカイルベルトとマルマイン王国の姫騎士セリアの結婚もこの上なく上手く行っている。近くで見ていても恥ずかしいくらいだ。自分たちのことを棚に上げてダイカルトはそう思った。おかげでダイカルトも兄からずいぶん感謝された。だけどあれは、ほとんどがエカテリーナの手柄だ。でも、そのことがむしろ嬉しいのだ。今では妻である悪役令嬢エカテリーナの活躍を見るのがダイカルトのなによりの楽しみだ。


「そういえば、こないだデナウ王国の青年が訪ねて来てたね」


 確かにあれはエカテリーナにとっても予想外の出来事だった。


「ええ、学園で一緒だったアレクセイ・ギルロイ伯爵令息ですわ。私たちの結婚披露パーティーにも出席していましたわ」

「そうだったね。確かカーチャのお父様のボルジア侯爵が連れて来たんだったか」


 ダイカルトの記憶力は確かだ。エカテリーナの父であるボルジア侯爵はエカテリーナが婚約破棄されたときの一件でアレクセイのことがお気に入りなのだ。ダイカルトがエカテリーナと結婚しなかったら、エカテリーナはアレクセイと結婚させられていたに違いない。あのときすぐにエカテリーナに婚姻を申し込んで良かったと、ダイカルトは改めてそう思った。


「でも、ずいぶん親しそうだったよね」

「ダイ様・・・」

「ああ、カーチャ、そういう意味じゃないよ。なんだか古い友人同士のような感じに見えたから意外だったんだ。貴族の令息相手にカーチャのあんな飾らない姿を見たのは初めてだからちょっと驚いたよ」

「あんな奴相手に取り繕う必要もないからですわ」

 ダイカルトはふふっと笑うと「やっぱり気の置けない友人のようだね」と言って「そういえば、またマルマイン王国に行くんだったね」と話題を変えた。

「ええ、我儘言ってすみません」

「いや、いいんだ。それでなにか面白いことが起こる。そして僕がした根回しが役に立つ。そういうことだろう?」

「はい。きっと帝国のためにもなりますわ」

「カーチャがそう言うなら間違いないね」


 最近のエカテリーナは頻繁にマルマイン王国に出かけている。ダイカルトの兄カイルベルトの妻セリアと一緒に何事か企んでいるようなのだ。ダイカルトは、なにかよからぬことを考えている様子のエカテリーナを見るのが好きだ。エカテリーナは子供のように目をキラキラさせているのだ。そしていざことが起こるとそれは実際にはよからぬことではなく、どちらかといえば多くの者に幸せをもたらすのだ。


 我妻ながら素晴らしい。


「ダイ様、私の顔になにか?」

「いや、今日もカーチャは可愛いなと思ってね」

「まあー」と顔を赤くしてエカテリーナはダイカルトに寄り添った。


 毎日こんな感じで甘々な二人を見ているこのプライベートエリアを担当している侍女たちは今日もふーっと溜息を吐いて「お腹いっぱいね」と囁き合うのだった。

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