4-10(悪役令嬢の推理).
エカテリーナはシェリンガム伯爵家の屋敷に戻ると、今日あった出来事について皆にあまり詳しくは説明せずに少しだけ言葉を交わして自室に引き上げだ。ルシアとパーシヴァルはあれから距離を縮めて今も仲良く広間で過ごしている。見ていても思わず頬が緩む微笑ましい光景だ。
エカテリーナが自室に戻って改めて今日起こった出来事に考えを巡らせていると、ドアをノックする音がした。エカテリーナが「どうぞ」と声をかけると部屋に入ってきたのはエカテリーナの予想通りセリアだった。
「さあ、エカテリーナ様、詳しいことを教えてくださいな」
部屋に入るとすぐにセリアは勢い込んで言った。
「まあ、セリア様、とりあえず座りましょう」
エカテリーナは、今日の計画について、事前にセリアに大体のことを説明して協力を頼んでいた。だけど、詳しいことは後で話すと口を濁していたのだ。セリアを驚かせたい気持ちもあった。エカテリーナは自分でもちょっと子供っぽいとこがあると自覚している。
ソファーの向かいに座っているセリアはエカテリーナのほうに身を乗り出して話を聞く態勢になっている。
「最初にセリア様から話を聞いたときからおかしいと思ったのです。魔法が得意だった優しい母親が死んで、意地悪な継母と義妹が家に入り込む。どう考えても、主人公は母親を亡くした姉のほうですわ」
「でも、ソフィアはルシアを虐めてはいませんでしたわ。それどころか、二人は仲がよかったのです。ソフィアは実の母のブレンダからソフィアを庇うことすらしていたと聞きました。実際、ソフィアは天使のようだと評判だったのです」
「それが返って変だと思ったのです」
「それで、私にいろいろ調査するように言われたのですね」
「はい。セリア様の調査はとても丁寧で役に立ちました」
エカテリーナは頷いて話を続けた。
「そうしたら、おかしなことがどんどん出てきました。ソフィアの聖属性魔法は聖女というにはほど遠いもので、ちょっとした傷を癒すことしかできません。これでは戦場で戦況を左右するような大活躍は無理ですわ」
「私はこれから成長するのだと思っていましたが・・・」
「ええ。もちろん、これから成長する可能性もありましたけれど、私はそうは考えませんでしたわ。ソフィアが真の主人公ではないせいじゃないかと考えたのです」
「真の主人公はルシアのほうだったのですね」
「はい。真の主人公であるルシアは魔法が得意だったお母さん血を、古の魔女や神獣伝説のある領地を持つ由緒あるシェリンガム伯爵家の血を引いています。でもソフィアはそうじゃない。それが理由だと私は考えたのです」
「なるほど」
「最初にソフィアが覚醒したときのことも不自然です。ルシアがシェリンガム伯爵家の領地に招待されたときソフィアがついてきた。魔獣なんかに興味もなさそうなソフィアは魔獣狩りについてきた上、フェンリルの子供を助けて神獣フェンリルの祝福を受けた。それなのに、ソフィアはその後は一度たりともシェリンガム伯爵領を訪問していないのです」
そこでエカテリーナは一息ついた。
「それに、そのときソフィアはパーシヴァルのことを氷の貴公子と呼んだと聞きました。パーシヴァルが氷の貴公子と呼ばれるのはゲームではマルカ魔術学園に入学した後のことです」
パーシヴァルに初めて会ったときに、ソフィアはパーシヴァルが氷の貴公子と呼ばれているとルシアに教えた。これはセリアがルシアから聞いてエカテリーナに報告したことだ。
「実は、私が学園長室で初めてルシアとソフィアに会ったとき、ソフィアは初対面の私のことを姫騎士と呼びました。それで私もちょっと気になってはいたんです。どこかで私を見かけたのかと思ったんですけど・・・」
エカテリーナはニッコリと笑って頷くと「ちょっと迂闊すぎますね」と言った。
「セリア様、それ以外にもおかしなことはありました。続編の悪役令嬢らしいアンジェリカ・ブラックロック侯爵令嬢のことです。アンジェリカとその取り巻きがソフィアを虐めているともっぱらの噂でした」
「ええ、ルシアもそう言っていましたね」
「でも、おかしいんです。いつもソフィアと一緒にいるはずのルシアが嫌味はともかく実際に虐められたところを見たことがないのです。ルシアが見たのは汚された教科書とか、ソフィア自身から物が無くなったと聞いたとか、そんなことだけなんです」
「確か、食堂で取り巻き令嬢の一人から飲み物をかけられたとか・・・」
「ええ、そんな話をしていましたね。でもよく聞いてみると、そのときもその取り巻き令嬢はソフィアのほうが急に動いたと、そう言ったのです」
「言われてみればどれも証拠がありませんし、いつも一緒にいるソフィアが全く現場を目撃していないのは不自然ですね。それにしても、私がルシアやほかの生徒たちから聞いてエカテリーナ様に伝えた話からよくそこに気がつかれましたね。直接聞いた私が気がつかないことまで・・・」
セリアは少し悔しそうだ。
「私、思ったんですの。ソフィアが主人公ならほんとうに虐められるはずだって」
「ストーリー的にはそのほうが自然ですね」
「たぶん聖女が、アーサーと仲良くしているソフィアが真の主人公じゃなかったから虐めは行われなかった」
「じゃあ、ソフィアが言っていてる虐めっていうのは・・・」
「ええ、たぶん、ソフィア自身の自作自演ですわ。ゲーム通りにアンジェリカたちが自分を虐めてこないので、焦ったソフィアは自分で虐められているふりをした。私はそう考えたのですわ」
セリアはエカテリーナの言ったことをしばらく考えていたが、やがて大きく頷くと「すべてが納得できますね。エカテリーナ様はさすがです」と言った。
「まあ、それやこれやで私はソフィアが私たちと同じ転生者だと確信しました。そして『心優しき令嬢の復讐』の続編の知識を使って主人公のルシアに成り代わっていると。ですが問題がありました」
そこで間を置いたエカテリーナに、セリアは頷いた。
「初めてエカテリーナ様にお会いしたときエカテリーナ様は『心優しき令嬢の復讐』の続編を知りませんでしたものね」
「はい。私はなんとか真の主人公だと思われるルシアの力になりたかったのですが、セリア様が仰る通り詳しい続編のストーリを知りませんでした。それである男からそれを聞き出すことにしたのです」
「ある男・・・」
「ええ」
エカテリーナは苦々しい顔して頷いた。
「まあ、最終的に私はなんとか詳しい続編のストーリーを知ることができました。それでセリア様に協力してもらって今回のことを実行する決断をしたんです。ただ、黒い狼の魔獣がゲーム通りパーシヴァルに瀕死の重症を負わせたのは計算外でした。私の責任です。ルシアが聖女に覚醒してくれて助かりました。もし、失敗していたらと思うと、ぞっとしますわ」
エカテリーナはパーシヴァルが黒い狼の魔獣に大怪我をさせられたときのことを思い出すと未だに体が冷たくなる。
「今日、魔女の館で起こったことはパーシヴァルルートの覚醒イベントだったのです。乙女ゲームである『心優しき令嬢の復讐』では攻略対象毎に攻略ルートが用意されています。最初にソフィアが横取りしたのはアーサールートの覚醒イベントで、あのときアーサーは魔獣狩りの見学を希望しパーシヴァルは魔女の館の見学を希望しました。そして主人公ルシアはアーサールートを選びそのイベントをソフィアが横取りしたのです」
「そうですね。確かに『心優しき令嬢の復讐』では攻略対象毎に攻略ルートが用意されていました。普通そうですよね」
「はい。それで、ひょっとしてと考えた私は、時期はだいぶ遅くなってしまいましたが、パーシヴァルルートを試してみることにしたのです。セリア様やシェリンガム伯爵、それにパーシヴァルにも協力してもらってです。ルシアのためだと言うと、皆さん私の適当な理由に納得して快く協力してくれましたわ。でも、これは賭けだったのです。だって、すでに偽の主人公のソフィアがアーサールートの覚醒イベントを起こしてしまっていたんですから」
エカテリーナはそこで少し間を置くと「それにしても大変なことになるところでしたわ」と項垂れた。
「いえ、あれは私の油断です。エカテリーナ様の依頼で私がパーシヴァルが大怪我をしないように立ち回るはずでしたのに・・・。申し訳ありません」
「いいえ、あれこそゲームの強制力なのかもしれません。やっぱり私の失敗ですわ」
本来のエカテリーナの計画ではパーシヴァルは軽い怪我をして演技で大怪我をしたように振る舞い、ルシアの覚醒を促すはずだった。なのにパーシヴァルは本当に命にかかわる大怪我を負ってしまった。エカテリーナはゲームの強制力を甘く見ていたとかなり反省している。反省するなどあまり悪役令嬢らしくないのだが・・・。
まあ、それはそれとして・・・。エカテリーナは急にキリッとした表情でセリアを見た。
「さて、セリア様、いよいよクライマックスですわ」
「断罪の場ですね?」
「ええ、悪役令嬢が一番輝く舞台ですわ」
「エカテリーナ様は続編の悪役令嬢ではありませんよ」
「あら、そういえばそうでしたわ」
エカテリーナは鉄扇で口元を隠して「ほほほ」と笑った。さっきまで反省していたエカテリーナだが、すでに立ち直っている。




